2人の出会い
ソエが11歳のときだった。
オンタリー劇団の団長であり花形役者でもあるオンタリーと、同じく花形女優であるルエアンがソエを呼びつけた。
舞台の大道具の組み立てを手伝って下の方を支えていたのに、あの2人が他人の都合を気にしないのはいつものことだ。
オンタリーの部屋に入ると、すぐに床に縮こまっている女に目が行った。
座っていても驚くほど背が高いのがわかる。胴も長いのだが、足を伸ばしたら跳ねずにソエを跨げるのではないかと思われた。そして、これも長い腕で膝を抱えて憂鬱そうに床の一点を見つめていた。
「おい、そいつに触ってみろ」
呼び出した2人がにやつきながらソエに言った。
それを聞いた女は頭を振り、言葉にならない声を発しながら逃げ出そうとしたようだった。足がもつれて結局は床を這うことになったのだが。
後ろで大人2人が何か笑いながらはしゃいでいる。
ソエは面倒臭いのでその女の剥き出しの腕を掴んで引き起こし、真っ直ぐ座らせた。ついでにスカートと結んでいない髪も少し整えた。
そこで部屋は奇妙な沈黙に包まれた。
さっきまで腹の底から笑いを抑えきれないというようだったオンタリーとルエアンの唇が萎み、触られた女も不思議そうに顔を上げてソエを見ている。
可愛い目だな、とソエは思った。
長い沈黙のような気がしたが実際は一瞬だったのかも知れない。オンタリーが鈴を鳴らして、他の使用人にネズミか何か捕まえてくるよう命じた。
まもなく使用人が尻尾を持ってネズミをぶら下げてきた。
それを女の腕に押し付けると、ネズミの体に突然大量の水疱が膨れ上がり、まるでその塊に押し潰されるような叫び声をあげ、絶命した。
女がまた苦しそうな声を出した。
6年前のあの時からソエはずっとミンフの側にいる。
ミンフの体は毒でできている。その毒を利用するためにどこかからオンタリーがミンフを購入したらしいことまではわかるが、ミンフの素性などは本人もわからない。
その毒は毛先にまで漲っており、生物や植物が少し触れただけでも凄まじい反応を起こして殆どがその場で死んでしまう。
皮膚が濡れているわけでもなく空気が汚染されることもないのは、それがおそらく魔法でありそういった特質を持つからであろう。
そして、この時はまだわからなかった事だが、ソエはあらゆる魔法を受け付けない力を持っていた。
どんな結界もすり抜けてしまうし、幻術に惑わされることもなく、どんな攻撃にも傷つけられることがないのだとソエはその身をもって知っていくことになる。
あの2人の命令がなければきっと一生そのままだった。感謝すべきだろう。
あの時部屋を包んだ沈黙は、ずっとソエの頭の底に冷たい水のように静かに佇んでいる。