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序終 また森の中

「お()しかったね!あの、りく()の……えーと……」

「ウズトゲノツタモモンガの肉な!気に入ってくれると思ったぜ」

ロトクは胸を張った。腹のくちくなった3人は上機嫌で宿への道を歩いている。活気のある店内で熱い料理を食べて火照った顔に夜風が心地いい。

宿で一言も発しなかったミンフはすっかりロトクと仲良くなっていた。

ミンフは舌がよく回らず、僅かに知能に遅滞があるのがわかる。

食事中でもマントと手袋をしたままだった。

「なんで外さないんだ?食べにくいだろ?」

「あ()、えー、」

「皮膚が弱いんだよ」

ソエも初対面では岩のように愛想がなく表情に乏しいが、共にテーブルを囲んでみればその内面は案外柔らかい。むしろかいがいしくミンフの世話をやいているのは優しげである。ただし眉間は常に皺が寄っている。

歩く道で、店の中で、ソエの顔は少なからず嘲笑を受けた。あからさまに嗤う声も耳に入ってくるが、ソエは少なくとも表面上は意に介していないようである。

3人は小川にかかる短い橋を渡った。

宿は街の外れのほう、そこから少し行けば山へ繋がる林がある。

宿に入り、カウンターで別の客と喋っていたオヤジにおやすみを言い―――今日はおやすみ、また明日お喋りしよう―――ソエとミンフが部屋に入るのを見送ってロトクも部屋に戻った。



隣の部屋から何かゴソゴソと作業している音が聞こえる。

夜も更けた。

空に月はなく、周辺の民家や商店にも明かりは殆ど見えない。

やがて作業の音は止み、窓の開く微かな音が聞こえた。

続いて重いものが落ちる音。窓から飛び降りたのだろう。

ロトクが身を隠しながら外を除くと、暗闇に2つの影が動くのが見えた。長身の女の腰に手を沿えて、荷物を背負った女が歩いていく。

――――気付かれたか。

ロトクも自室、2階の最奥の部屋から躊躇なく飛び降りて後を追った。音も立てず着地する。

前を行く2人は小路を早足で歩き、倉庫の陰に曲がった。林はすぐその先にある。もしこのまま見失ってしまったら……

ロトクが同じ角を曲がった次の瞬間、両足が浮き、背中に衝撃が走った。

一瞬混乱したがすぐに倉庫の壁に押し付けられているのだと解った。

それもソエが左手でロトクの襟首を掴んで持ち上げている。それは顔の特徴と共に予め聞いていた力そのものだった。

その体勢のままソエは背中からマッチを取り出し、壁に擦って火をつけた。それをリュックにぶら下げているランタンに移動させる。

2人の視界が開け、ソエは追っ手の顔を確認しロトクは対象の顔に浮かぶ怒りと、ミンフだと思った物を見た。

その長いマントは地面に横たわっている。恐らくソエの腰にあった剣に枕か何か巻き付け、その上にマントを被せて偽装したのだろう。腰を抱えていると思ったのは持ち上げて長身に見せていたのだ。暗いので足元までは見えなかった。

押し付ける手に力がこもり、ロトクの胸を強く圧迫する。

「ライーノの回し者か?」

ソエが低い声で訊いたが、ロトクは自分の依頼人の名前を知らなかった。

目的の人間を連れて行けば、数年は食うに困らない報酬を約束してくれた依頼人。捜索と定期的な報告のために、支度金もたっぷりくれた。

代わりに自分が探している者の名前を出した。すなわち、ソエとミンフの本名である。本当はミンフがマントを取らない理由も知っている。

舌打ちと共にロトクは解放され、その場に崩れ落ちた。

逃げよう。そう思ったが今度は地面に叩き付けられた。背中にソエの全体重がかかる。また息が苦しくなる。

女の両手がロトクの両頬を包み込み、首を背中側に曲げていく。

骨の軋む音が頭蓋に響き、堪えようのない痛みで世界が極彩色に染まる。

「せっかくあいつも懐いてたのによぉ」

囁き声が聞こえる。そうだ、声は悪くない。

最後の最後にロトクは絶世の美女に抱きしめられている幻想を見た。




いつもの朝である。

宿屋のオヤジはまた喋りながら客を送り出し、喋りながら迎える。

女2人組も宿を発った。ロトクの朝が遅いのはお馴染みになっている。

もし宿泊客が代金分の日数を過ぎても戻ってこなかったら、一月は荷物を預かっておいてくれる。その期間が過ぎたら宿が好きに処理していい。







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