第一村人発見
眼下に広がる村へ行く道を探すため、2人は村を左下に眺めながら山の中を進んで行った。
ソエ1人なら崖を滑るなり転がり落ちるなりして真っ直ぐ行ってやるのだが、ミンフにそんな危険なことはさせられない。
ここで自分たちを取り囲む木々の雰囲気が、故郷やこれまでの森とは違う気がする、とソエは思った。
この辺は秋が早いのだろうか。虫は大量にいるが静かに飛び回り、鳥の声はどこまでも遠くへ響いて誰か受け取る相手を探している。森全体がこれからの変化を受け入れるために黙って耐えているような感じがする。
この印象の意味を、ソエはまだ知らない。
また1歩、と踏み出したミンフを、不意にソエが制止した。
その視線が向けられているのは前方の木立。人1人が隠れられるくらいの幹から、黄色い布の端がはみ出ていた。
もし追っ手ならば、こんなお粗末な隠れかたはしないだろう。おそらく近隣の村人だ。
だが、村人が外部の者をあまりに警戒する様子を見せるのだったら、ソエたちはどう接するべきか……
大体そんなときは、今は亡き母親の教えに従い、ただ1つの手段「明るく挨拶する」。これに限る。
旅をしている間、これが上手くいかないことも当然、あるにはあった。
だが少なくとも故郷の街では、そうやってこの不細工な顔を皆に売ったことでツテが生まれ、やがて劇団での職にありつけたのだ。
「大丈夫だ。行こう」
繋いだ手でミンフを後ろ側に置きながら、2人はまっすぐ黄色い布の方へ進んだ。
その気配を感じ取ったらしい。
木の陰から人が飛び出し、木漏れ日で黄色い服をまだらに光らせながら、さほど速くもない足で森の向こうへと走り去って行った。後ろ姿から、自分と同じくらいの若い女だろうと思われる。
その女を追うわけではないが、2人は同じ方向へ歩を進め、やがて日常的に使われているらしい道路へ出ることができた。
傾斜になった道を下り、年季の入った細い橋を渡ると、果物畑が両脇に連なっていた。
樹には熟す手前の青い果実が、たわわに実っている。
1人の壮年の男が近くの樹の側で作業しているが、ソエたちに気を取られているようで、やや落ち着きがない。
2人が男の方に進路を向ければ、男は待ってましたとばかりに近付いてきた。
「あー、すんません。道を訊きたいんですが」
気さくな表情をしていた男だったが、相手がよく見えるようになるにつれ、その顔が驚きに変わっていく。
まあ、そうなるよな。
ソエの諦めのような気持ちとは裏腹に、男は言った。
「あんたら、ルーエラとニネリイか?お兄さんが探してたぞ」
「今年の春だったなぁ。うちの末娘が結婚式の靴を失くしたって大騒ぎしてたときでな、馬に乗って使者が2人来たんだよ。髪の結いかたが都会風に洒落た髪型しててなぁ。それで、さる名家のお嬢様で妹だって娘が家出しちまったんで探してるんだって言ってな。ものすごいノッポのお嬢様と、そのアレだ、鼻とかが珍しい顔をしてる侍女の2人組だってな!お嬢様が行くなら『中央』じゃねぇかと思ったんだが、あの人らは念のためあちこち探し回ってるんだと。それで俺も何か力になりたいと思ったんだが、セウビタヤの、領主のな、旦那があいつらには一切関わるな、この先何かあっても(あったなぁ)報告するなって村の皆に命じたんだよ。
(以下詮索と大人らしい忠告が続く)
この地図か?んんとな、こりゃうちの村はのってねぇな。ほらここのヤージンヒから南西に行った所だから。これも何か雑な地図だな。領主さまの蔵書館ならちゃんとしたやつが……あん?宿?おうおう!それならマホスの家がやってるからな!さっそく行こうか!」
このケヤーシという男に案内されて村の中を歩いて行くと、ソエとミンフは瞬く間に注目の的となった。
民家の前で遊んでいた子供が、家出した女だと叫びながら母親に報告しに走る。別の子供たちは後ろから付いてくる。騒がしいので大人も様子を見にくる。
誰も話しかけて来ないのは、ケヤーシのお喋りの邪魔をしないという気遣いであろう。
マホスがやっている宿というのは、小間物屋も兼ねている小さな店である。
軒下に食器や縫い物の道具、歯磨き粉などを並べており、マホスはその隣に椅子を置いていつも縫い物をしている。
そして今は作りかけのシャツを膝の上に置いて、妙な集団がこっちにやってくるのを眺めていた。
「よう、お客さんだぞ!連れて来たんだから紹介料貰わねえとなんてな!(いつも言うけど本気じゃないぞ)お嬢さん方、ここがマホスの宿でな、魚の煮込みが美味いからたくさん注文してやってくれ!(マホスの方を向いて)この2人、わかるか?ほら春にお嬢様が家出したってんで探しに来ただろ。都会風の洒落た髪型してなぁ。あんとき丁度ナヤーが結婚式の靴が無ぇって、すぐ見つかったのにまー大騒ぎしやがって。そうだセウビタヤの旦那には報告しとくか。あの人が使者に関わるなって言ったんだしなぁ。ちょっと今行ってくるわ。(ソエとミンフを見て)一緒に……いや宿が先だな!ちゃんと料金は相談していっぱい負けて貰えよ?どのくらい泊まるんだ?あぁ分かった分かった!行ってくる!」
こうしてやっと、ソエとミンフは大勢の村人が見守る中で寝心地のいい寝台と美味しい食事にありつくことができたのだった。




