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フシエのトラブルシェアハウス コルハクー編 終わり

先ほどハンミーヤを閉じ込めた部屋は、その広さと陽当たりから、7陽と呼ばれている。

先代の頃までは婦人たちの娯楽部屋に使われていたのを改造したもので、優雅な装飾を取り払い、藁布団を敷いた。

村に立つ小屋よりずっと良い。天窓から陽光が降り注ぎ、二方向の壁にある窓からは木柵越しに揺れる樹木が眺められる。

扉の外から閂をかけ、主に妊娠した女を閉じ込めるが、ここではやっと男の暴力に晒されることが禁じられた。

女を労るために造ったのでは、決してない。



コルハクーの率いた一団がこの屋敷を占拠し、本格的に生計を立てることを考えなければならなかったその初期が、全員の精神が最も荒んでいた。

ほとんど強迫観念のように「悪党である」ことを心がけ、酒をひたすら呑み、獲物になった人間は男も女も、死体になってもなお痛めつけた。

そんな中で、一団の中の一人の男が、一人の女を見初めるという事態が起きた。勿論まともな出会いではない。

だが男は、屋敷の中の自分にあてがわれた一室に女を住まわせて、世話をし始めた。

当時コルハクーにも、ハンミーヤとその乳母と偽らせていた妻がいたので、それ自体に言うことはなかった。

タミーウンの結界は、外界からの接触を遮断していたが、まだ内部から出ていく者を焼き殺すという能力は持っていなかった。

あの時、男はここを捨てて女を連れて出ていってしまえば良かったのに。

女はその一部屋の中で暮らし、やがて身籠った。

しかし、悪人に対してでも、やってはいけない悪事があるのだと理解できない者は、やはり出てくるのだろう。

ある日、コルハクーたちがこの屋敷に来てから仲間に加わった若い男が、興味本位で他人の部屋を覗き込み、見つけた妊婦を何の気なしに玩具にした。

何が悪い?普段から皆やってるようなことじゃないか。

やがて部屋の主が戻り、鼓動を止められた裸の胸と腹を見つけた。

なあ、俺の部屋の女知ってるか?――――お前の女?どうかしたか?―――いや、いい――――なあ、あの部屋にいる女知ってるか?――――ああ、俺がさっきヤった女っすかね?――――そうかもな、どうだった?――――

屋外にいた若い男の「武勇伝」を聞いた後、その男はそのまま相手を地面に叩きつけた。

瞬きもせず、若い男の頭蓋を延々と岩に打ち続ける男を、みんな黙って見ていた。やがて骨が砕け、今度は溢れた脳味噌を素手でかき回すのを見て、ヤカフが呟いた。

「………やっべぇな」

コルハクーがそちらに目をやると、ヤカフは右側におり、顔の左側である何もない側面を見せていた。

ヤカフは左目が無いのを補うために、常にコルハクーの左側に立って行動していた。死角から襲撃を受けても、自分の身体を盾にできるように―――――実際はどこから何が来ても完璧に対応できていたが。

享楽的で、他人の命など虫けらのように見ているのだろうと思っていたヤカフにも、隠した感情や主である自分に意見できないこともあるのだと、コルハクーは二十数年付き合ってきて初めて気が付いた。

率直に言って死んだ女と若い男はどうでも良く、必要な能力を持っていた男の心は壊れたまま戻ることはなかったが、コルハクーはこの土地なりの「秩序」というものを徐々に形成し、収益を上げていった。





数年前、リーホがこの地に連れられて来たときのことを、フシエは覚えている。

あの時のこの子は、今いるミンフのように細かったが、それは枯れ枝のような死に体だった。村の男たちが狙いを定めた荷物の中に紛れ混んでいた。

当時、その場で発見した男が夕食の席で得意気に語っていた話では、どうもこの荷主たちは、盗賊に襲われた体にして、この娘を亡き者にしようと目論んでいたようである。そんなとき、活動範囲を拡げた我々と運良く出会った。

ならばお望み通り、と荷主や護衛の持ち物も命もそっくり頂いて、この娘を引き取ってやったのだ。

権力争いか何かの敗者だろうか?

広間の床に、やはり裸にされて転がされた少女の惨状に、非道な男たちも流石に言葉を失った。

皮は骨に貼りつき、肘と膝の関節が丸く浮き上がっており、あばら骨も掴めるほど飛び出している。短い髪は、伸びたのを力任せに切り落としたような粗雑さだった。

眼と口は力なく開き、辛うじて呼吸できている。

もう長くはないだろう、と誰もが思った。

「7陽で世話をさせろ」

コルハクーはそれだけ言って、食事を続けた。

同情か気紛れか、コルハクーの真意は永久に解らない。

すぐに娘に薬や飲み物が用意され、その時7陽にいた女や側女が看護した。

リーホという名前はその時、女たちが相談して付けたものである。

その時腹の中にいた子供は、今も小さな小屋の中で成長していたり、こんな劣悪な環境よりは、と遠くの街で素性を隠して引き取って貰ったりした。

最初は拒絶反応など起こしたものの、周りの予想に反し、リーホは緩やかに回復していった。

女たちの看護と、タミーウンの薬の賜物である。

タミーウンにとって薬の調合は専門外というわけではないが、「他人の経過観察をする」「親身になる」というような行為がどうにも面倒臭く、厄介ごとを押し付けられた意識ばかりがあった。

そんな彼でも、患者が次第に生気を取り戻していく様を見つめ続けるうちに、態度がいくぶんか和らいでいったようだ。

コルハクーも特に声をかけるわけでもないが、ごく稀に7陽の扉の小窓から覗き込むなど、興味がある素振りを見せた。

命を救ってくれて、おまけに見た目が良いコルハクーを少女が恋い慕ったとして、誰が責められよう。

側女は右腕を切り落とされると知ってからは、その時に備えて左腕だけで全ての用を成せるように、自ら訓練を始めた。

目方がここに来たときの二倍に増え、体調がすっかり良くなったリーホは、迷わず右腕を差し出した。

側女となった後は、月のものが少し遅れればすぐに子堕ろしの薬湯を飲まされ、体調不良を起こすと判っていても進んで身を捧げたがった。

あの男がどれだけの人を苦しめたか、わかっていてもリーホにはコルハクーが唯一の人だった。




「誰がお頭を殺したの?」

「『中央』の兵士だよ。俺たちが中から手引きしたんだ」

ヨクンが答えた。フシエは呆気に取られたが、平静を装い、沈黙を続けた。

「詳しくは知らないが、あれは雷鳴隊の人かもしれないな。たった一人で大勢を薙ぎ倒していったからな」

雷鳴隊とは、「中央」の兵士の中で最上位に位置すると言われる集団である。法にも政府にも縛られぬ義賊であるとか(兵士なのに)、どんな場所でも足音を立てずに標的の首を刎ねるとか、伝説めいた噂が遠く田舎まで広まっている。

そして、後にややこしくなりそうな問題をなすり付けるのにも適していた。

「へえ?」

疑わしげに、リーホはソエを見やった。両手に宝石を抱えて、このクソガキはどれだけ厚かましいのか。こいつだけは宝物庫に入れるんじゃなかった。

「おお、なんかすごい奴だったな。力持ちで」

予め打ち合わせてあったのか、ソエは軽く話を合わせ、ヨクンに大きな宝石の指輪を握らせようとした。お前も持ってけや、と。

「麓の街から中央に報告があったから、来てくれたんだろうな。背が高くて身体も厚みがあってどっしりしてて、いかにも精鋭って感じだった」

ヨクンは説明しながら、ソエの手をさりげなく確実に押し返した。

「走るのも跳ぶのも、人間技とは思えなかったな」

同調しながら、今度はフシエの服の襞に宝石を押し込もうとして断固として拒否されるのを、リーホは茫然と眺めていた。

おそらく嘘だ。

だが、一人はいつでも剣を抜けるし、一人はとにかく得体が知れないという相手に、復讐を考えたとして何ができよう?

「……そう」

それだけ言って、リーホは静かに宝物庫から出ていった。

「ところで、ハンミーヤはどうなるの?」

少女の背中を見送りながら、フシエが訊ねた。

「コルハクーが正当な手続きを経ていないから、この土地と財産の相続権は一切ない。おそらく引き取る血縁者もいないから、孤児院にいくことになるな」

それはフシエの予想と、全く同じ答えだった。そしてあの娘の年齢なら、入って数年で身を立てる術を考えなくてはいけない。

「私が引き取ることは可能?もちろん庶民としての生活をさせるわ」

「そりゃあ出来るが……」

いい淀んだヨクンのその先の言葉はよくわかる。あの贅沢三昧で世間知らずで幼稚なお嬢様と暮らすのは、さぞ大変だろう。

フシエが引き取ろうと思った理由は、「情が湧いた」だけである。ハンミーヤとて、元をただせば望んでこの環境におかれたわけではないのだから。

それにリーホも。もしかしたら自ら命を絶つ気かも知れないが、共に来ないか誘いたい。

それから木の下に繋がれていたケイルヒ。嫌いだったけど気になっていたあいつは、無事だったら連れていこう。




屋敷の外に出ると、空がやっと白み始めているところだった。太陽はもう間もなく、向こうの山の後ろから昇って来るだろう。

村の中には、コルハクーの手下とは違うように見える男達が大勢詰めかけていた。小屋の扉は全て開け放たれ、閉じ込められていた女達が眩しそうに空を眺めている。

村の状況は、あちこちに血飛沫の跡があり、燃えかすの柱がそびえ、崩れた小屋や岩が転がっている。雷鳴隊ってすげぇなぁ、とソエは思った。

「ヨクン!無事だったか!」

一人の男が、ヨクンを見つけて駆け寄ってきた。そして二人、頭上で固く手を握りあった。

話したいことはお互い山のようにある。だが、まずヨクンが優先したのは、保護した女を仲間たちに安全な場所へ送り届けてもらうことだ。

屋敷の中にいた側女などを案内する。ハンミーヤは未だに閉じ込めたままだが。

馬に引かれる荷台に乗る女たちを見て、一人の御者が驚きの声をあげた。

「あんた、街で会ったじゃないか!危ないから街道は止せと言ったのに通ったのかい」

こんな不細工と細長い女は見間違えようがない。

「ああ………でも無事だった」

「すぐに助かって運が良かったなぁ。星と風と精霊に感謝だな」

「ああ、あと雷鳴隊にな」

ソエの言葉に、周囲がざわめいた。

「雷鳴隊!?あの『中央』の雷鳴隊が来てくれたのか!?」

さっきから頭がふらつくのは、眠いからだとソエは気付いた。街に着いたらすぐに、ここに来る前日に泊まった宿の同じ部屋を取って、床下に隠しておいた貴金属を回収しておきたいのだが。

隣に座ったミンフの腕にもたれた。

ヨエ(ソエ)ぶち(無事)るれしい(うれしい)

ミンフはいつものように幸せそうに言った。

「うん。ミンフも無事だからな」

そう答えて、ソエは深い眠りに落ちていった。









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