Nobody is Together with Rules
タイトルの英文の意味が通じるかはアレですね
靴職人のツスーの寝床は梯子を登った先、物置にしていた屋根裏に藁布団を敷いたものである。
かつて妻と使っていた部屋に、いま妻といるのは別の人間……ヨクンの妹と、あれから程なくして産まれた我が娘である。
ヨクンとその父は、コルハクーの懐への潜入を確実なものにせんと、幼馴染みであるツスーを含めて、極一部の者にしか計画を説明しなかった。
それは、本人たちの家族を犠牲にする残酷なものだった。
ヨクンの母が、辛すぎる出来事のために命を自ら断つことすら、盗賊たちの信頼を得るために利用された。
たった一人、遺された妹がヨクンに代わって財産を引き継いだものの、やはりそれまで穏やかに暮らしてきた若い娘には耐え難い日々だっただろう。
ツスーは時折、兄の親友として様子を見に行ったが、健気に微笑む姿が痛々しく、つい全てを打ち明けてしまいそうになることがあった。
だが、それを話してしまえば、ヨクンの目的がコルハクーに伝わってしまう可能性があった。――――この街の住人に、コルハクーの協力者がいる。
それは過去に、同じく潜入や奇襲の計画が持ち上がったものの、必ず邪魔が入ったことからわかっている。
ヨクンの妹のことで悩むツスーを見て、妻は明るく言った。
「じゃあさ、家に来てもらったら?」
「家って?この庶民の家で暮らすのか?」
「そう!広いお屋敷じゃ寂しいでしょ」
戸惑う彼に、妻はもう決定しているような口ぶりで答え、だいぶ目立ってきた腹を撫でた。
「それにね、もうすぐ子供が産まれるから、色々手伝ってくれると助かるのよね」
この言葉は、嫌味や打算ではない。この妻に限っては。
人懐っこい性格で、他人のために働くことを厭わないが、他人に甘えることもまた上手い陽気な女である。
話は進み、寝る場所をどうするか相談した結果、ツスーが屋根裏へ行くことが決まった。
内気な妹も妻とはすぐ打ち解けて、ツスーの仕事中に2人の笑い声がよく聞こえるようになった。
屋根裏には窓が一つある。
ここで寝るようになって、子供の頃、窓から山腹にある屋敷を見たことがあると、ようやく思い出した。
コルハクーの屋敷を守る結界は強力である。
街の誰もが、記憶にある方向を探してみても、決して見つけられない。あっちにあったはずだと思って目を向けても、気が付けば体が回転してあらぬ方を眺めている。方向感覚が狂い、具合を悪くする者も少なくない。
それはこの小さな窓枠にあっても同じことだった。近所の家の屋根が景色の下の方を覆い、その向こうに山があり、山の中腹に大きな屋敷が見えていた筈なのだが。
その日、ツスーはいつもより仕事を仕上げるのが遅くなってしまった。
自宅にある作業場を簡単に片付け、寝床への梯子を登っているとき、いつもとは違う空気を感じた。
登りきると、窓から山に火の手が上がっているのが見えた。その紅さと月に照らされ、遠い記憶の中と同じ屋敷の姿がはっきりと浮かび上がっている。
彼は梯子をほとんど滑り降り、妻たちの寝室の扉を開け放った。
「おい!大変だ!!」
妻の寝台から2つの影が身を起こす。妻とヨクンの妹だった。
ツスーが使っていた寝台に寝ている頭は娘である。
え?お前、一緒に寝てんの?という疑問が頭をよぎったが、口はそれよりも優先すべきことを伝えた。
「今すぐ肉屋のメトさんの家へ行ってくれ!屋敷が見えると言ったらすぐ判る!そしたらすぐ家に戻って戸締まりしとけ!」
そして出ていきかけて、頭だけ引きかえして、これだけは言おうと思った。
「ヨクンがやってくれたかも知れないぞ!」
妹が呆気に取られている内に、妻も寝間着に上着を羽織って出ていこうとしていた。
「リセヤ、すぐ戻って来るね。ラへをお願い」
そうして一瞬見つめあった2人の間に、整理しきれない様々な感情が駆け巡った。
その頃、炎に照らされた屋敷の中ではミンフとハンミーヤが追いかけっこをしていた。
ヨクンからミンフを託されたフシエは、まずこの長身を隠す場所を考えた。
木の下に繋がれているあのク×女のことが気にかかっていたが、仕方あるまい。
ヨクンの真意はわからないが、自分もこの騒動に乗らない手は無いだろう。
匿うとなると、フシエに与えられた自室ではいけないだろう。隠れる場所が無いし、先ほどの男はフシエの部屋の位置を知らないだろうが、追いかけてくればすぐに見つけられるだろう。
ならば、一般人が簡単には入れず、自分には許されている場所――――お頭の娘、ハンミーヤの居室だ。
音を立てぬようミンフに注意して、お嬢様の寝ている部屋の扉をあけ、中に滑り込む。
覆いをかけたランプの灯りの中で、ハンミーヤは寝台の上で静かに寝息を立てていた。この部屋に外の騒ぎは聞こえて来ない。それとも、収まりつつあるのだろうか?
(ここでしばらく待ちましょう)
フシエの囁きがよく聞こえなかったので、ミンフはその口元へと身を屈めたが、突然何かに気付いて跳ねるように身を起こした。その拍子に後ろの棚に激突し、飾ってある小物が派手な音を立てて床に散らばった。
「あっ……」
「ぅうん?」
ハンミーヤは寝ぼけた声を出しながらも、すぐに枕元のランプを覆っている布を取り払った。部屋の隅にいる侵入者2人の姿が浮かび上がる。
「…………どうしたのよ?ミンフだったわよね?」
その声はまだ不安定だが、顔には自分のお気に入りを傷つけられた不快さが既に浮かんでいた。
「ああ、ごめ……」
「たおがらわるのみけたかったさら!ごけんまあい!」
なんでもない顔でごまかそうとしたフシエを遮り、ミンフは真剣に謝った。
「何よ?ゆっくり言って」
言わなくていい、とフシエは静止したかった。
「あこ、かろが……」
そう言いながら自分の顔を指すのを見て、ハンミーヤは残酷なほど無邪気な笑みを浮かべた。
そうか。こいつの顔に何かあるのか。
こんな夜中に、何だか面白いことが起きたではないか、と。
ツスーは妻に頼んだのとは反対の方向へ走り、仲間の家の扉を叩いて回った。
「カウンシ!起きてくれ!!屋敷が見える!!」
もう他の家に聞かれても構わない。ほとんど絶叫しながら殴っていた。
この数年、ヨクンとの連絡が途絶え、信頼できる仲間とも秘密の漏洩の心配から交流が少なくなっていた。それが今、不安材料となってツスーの鼓動を速めている。
だが、いくらもたたないうちに扉の側の窓からランプの灯りが漏れて、返事が聞こえた。
「今行く!今服着てるからよ!!」
鍛冶屋が在庫を解放する。貸し馬屋が馬の背に鞍を乗せていく。仲間ではない街の人々も起き上がり、蜂起しようと詰めかけていた。
盗賊たちに恨みのある者、悪人に立ち向かいたいと願っていた者、騒ぎに加わりに来ただけの者。
事実を言うと、「恨み」のある者は殆どいない。
夜警で巡回していた領主の私兵にも出くわした。何もせず去って行ったが、すぐに隊列を組んで戻って来るだろう。コルハクーと癒着している領主にとって、今回のことは問題になるであろうから。
肉屋のメトも、数年前に取り決めた約束通り、すぐにあちこちに手を回してくれたようである――――女房は無事に帰っただろうか。
「屋敷の結界が解けたってことは、奴らも好きに逃げ出せるってことだ!見つけたら捕まえろ!領主には渡すな!!」
ツスーは村の出口で松明を作りながら、指揮官として出撃する馬の走る方向や武器の数を調整した。
まだ屋敷の状況の報告はあがって来ない。こちらは義憤と興奮だけでどの程度戦えるだろうか。
ツスーが心配するほど、領主はコルハクーを重用しているわけではなかった。
そもそも、結界が消えた時点で月光の下に屋敷が現れたのは、巡回の兵士に発見されていた。
寝床で兵士の報告を受けた領主は、目を開けて「放っておけ」と発言しただけだった。
賄賂をくれるから見逃してやってはいたが、コルハクーはこちらを蔑む表情を隠しているつもりで全く隠せていないので、別にいなくなっても構わない。
「おい、待て。罠はちゃんと把握してんだろうな?」
「罠?何か仕掛けられてるのか?」
怪訝な顔をするヨクンに、ソエも不思議な顔をした。大して変わりはしなかったが。
「そりゃあるだろ?悪人の屋敷なんだから」
「いや、聞いたことはないが……冒険小説じゃあるまいし」
何も気に止める様子もなく、ヨクンは屋敷に足を踏み入れた。
まさか、罠は無いのか?
それでは昔読んだ小説も、以前いた劇団での仕事の度に得意気に「罠を解除しておいたから」と言われていたのも嘘だったのか?罠の解除料として結構な額を差し引かれていたのは?
ヨクンは順番に屋敷の中の部屋を改めていく。
ソエは無言でついて行った。頭の中からはミンフのことは半分抜け落ちて、殆ど過去の金のことで一杯になっていた。




