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紐、あるモブの死ー1

ヤーンシはこの村の生活を気に入っている。

たまらなく好きだと言うわけではないが、寝床と食事と仕事を毎日探す手間がないのがいい。

あと、女も探さなくともあてがって貰える…………のだが、これに関しては多少の不満を抱かざるを得なかった。

というのも、妻として与えられた女はすぐに妊娠してしまい、出産が終わるまで屋敷の中に隔離されてしまったからである。屋敷の一角に妊婦専用の部屋があり、そこで手仕事をしたり薬を飲んだりして過ごすそうだ。

その薬とはそこら辺に生えている草なのだが、昔、とある魔法使いが妊婦の流産を防ぐために開発したという。

まったく迷惑な話である。

その間ヤーンシは性欲を発散できる相手を取り上げられるというわけだ。

村に新しい女が入ってくることは、滅多にない。人の女房を借りれば金を要求される。仲間に金を取られるのは癪だ。

子供を生んで育てても使い物になるまで何年もかかるのだから、そこら辺から拾ってくればいいのに、お頭の考えることはわからない。

「流産を抑える薬草」も絶対ではない。以前、ある仲間の女房は隔離して数ヵ月後に破水して(それが何なのかもヤーンシには不明だ)結局流産している。

あの男がそれで心なしか気落ちして見えるのは、なんとも不思議な物だった。

ヤーンシの女房は男の子を産んで戻ってきた。数日間はひたすらうるさいし臭かったが、やがて慣れた。


そして今夜も泥のように眠りこけていた。

突然、叩きつけられるような衝撃を受けて目を覚ます。

「起きろクソ!!さっさと武器庫行って一番列ニの屋根行け!!」

脇腹に蹴られた感覚が残っている。

この怒鳴り声は班長だろう。靴で蹴ったのは非常事態で脱ぐ暇がなかったからだろう。普段なら、こんな下っ端の小屋でも土足で上がりはしなかったと思う。その声の主が扉を開けて慌ただしく出ていくとき、外の明かりの中に浮かんだ影もやはり班長だった。

なんだか外が騒がしいようだが、何があったのだろう。

ランプの灯りをつけると、女房は上体を起こして子供を抱いていた。ヤーンシの背中の腕もとっくに目覚めて跳ね回っている。

「あの人なんだって?」

「……武器庫に行けって」

「で?その後は?」

「……わからない」

ヤーンシは舌打ちをして外に出た。まだ眠いが走って武器庫に向かう。

背中の腕が始終動いて目立つヤーンシは、ちんたら歩いたり出動していなかったりすれば、暗くてもすぐにバレるからである。

武器庫で投げるように弓矢を渡され、また走った。適当に。

どこへ行くべきか分からないので、騒ぎから遠そうな所で上司にも見つからなそうな屋根に…………まあ、あそこにしとくか。



外壁に足を掛けて飛び乗った所で、ヤーンシは違和感を感じた。何か踏んだような気がする。

屋根に登るのはまだ二度目の経験である。だから踏みしめる感触をよく知っているわけでもないのだが、今、足と屋根の間に何かがある。

――――人間?

小さなランプと星明かりの下、布でくるまれた細長い物が横たわっているのがわかった。

それはあまりにも長身で横幅が狭く、丸太の様にも見えるが、微かな曲線が人体の様相を示している。

体重をかけた足で踏んだにも関わらず、相手は無反応である。

しかし、背中が呼吸で上下に動いている。

ヤーンシはこの遭遇から迷わず背を向けて、どこか別の屋根に行こうと飛び降りた。

村の誰かがやっていることだったら、下手に手を出せば怒られるだろう。

もし敵か何かだったら、下手に手を出せば殺されるだろう。そもそも、今何が起こっているのかも知らないのだし。



今度は班長の指示したであろうと思われる辺り――――騒ぎに近い場所に向かってみた。

再び小屋の上に登ると、仲間たちの乱闘しているのが目に入った。

言うまでもなくこの位置も最初の指示とはかけ離れている。

ヤーンシは矢をつがえ、弓を構えた。背中の腕が静かに縮こまる。

そのまま乱闘の様子を眺める。

どうやら、一人の女が乱闘の中心になっているらしい。棍棒や長柄の武器を持つ男達を物ともせず、すごい力で薙ぎ倒して行く。

矢が手から離れて、誰もいない壁に刺さった。再び矢をつがえる。

通路を挟んで斜め向かいの小屋の上にも弓を持った同じ班の男がいるが、やはり矢を射つのに躊躇している。

それにしても不細工な女だ。明かりがランプだけで、暗いからそう見えるのではないと思う。

矢を放った。

隣の屋根に誰かがいるのに気付いた。

ヨクンだった。特に仲が良いわけではないが、ヤーンシはこの年上の人間に怯えることもなかった。

元名士の家系のお坊ちゃんという生い立ちは有名である。それは、このごみ溜めのような場所にあっても隠しきれない品性からも窺い知れた。

それであの女は何なんだろう?

目的がこの村のお頭の命だったら、それさえ叶えば出ていくのだろうか?

呆然と想いを巡らせていたそのとき、閃光が弾けて視界が白に染まった。


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