魔法習得後の話
キャラ名や地名は全部それっぽい雰囲気になるよう付けていますが、タミーウンはパチンコ屋みたいだけどその内慣れるだろうと思いながら使い続けて最後まで違和感が残りまくりでした。
タミーウンが追う男は、街を出て街道を外れ森の中へと入っていった。
下生えを踏みしめて進んだ先に、人目を憚るように小さな野営が組まれているのが見えてきた。
木漏れ日の下に座っている数人の男と、子供を抱いている女、そして頭領らしい大柄で目を引く男がいる。
タミーウンは魔法によって気が大きくなっていた、いや、自堕落な生活によって思慮が大きく欠けていた。魔法で姿は消せても、足音や体に触れた植物の揺れまでは消せなかったのだ。
野営の位置まであと十歩ほどという所だった。もう一歩、と透明人間が足を踏み出したとき、腰掛けていた男の一人が突如として飛び上がり、と次の時にはもう見えぬ筈の人間の首もとに剣を突き付けていた。
「なあ俺すげーだろ。この辺、首だろうと思ったらやっぱり首だわ」
顔が半分無い男は、空中をまさぐって獲物の輪郭を確かめながら、仲間に自慢した。口調は軽いが手つきには殺意が漲っており、触れた者の全ての意識を凍らせるようだった。
「どうする?」
「そこの魔法使い、姿を見せろ」
一連の出来事に対して何の反応もせず、大柄な男は冷たい声で命令した。
タミーウンは大人しく魔法を解いてアホ面を晒す。既に助かることは諦めて、震えも起きない。
だが、彼にかけられたのは思いがけない言葉だった。
「俺に協力しろ。必要な物は用意する」
確実に悪事に加担することになると予想していながらも、タミーウンは全力で魔法作成に取り組んだ。
魔法を依頼されて作るのは初めてだ。街に部屋を借りて研究室とし、朝から晩まで計算に明け暮れた。
たまに「現地」の測量や観測のために外出してもその道中、馬の背中で筆記を続けて転げ落ちそうになるので、付き添いの者によく怒られていた。
必要とされることが、自分でも驚くほど嬉しかったのだと思う。
主人となったコルハクーは資料を頼めばすぐ用意してくれるし、食事も栄養を気遣ってくれる、良い主人である。
詳しいことは誰も何も語ろうとはしないが、依頼された魔法と人々の態度を見れば、彼らの立場と関係は容易に推察できた。
コルハクーの一番の部下は、最初にタミーウンを捕らえたヤカフである。兄のように気安く接しながらも、主君に対して絶対の忠誠を誓っているのがわかる。
唯一の子供、ハンミーヤはコルハクーの娘だ。その娘を世話しているのは乳母である。
そして、やはりコルハクーに従う六人の部下。その誰もが優れた知性と武勇を備えていたと思う。
最も武術に秀でていたのはコルハクーで、その次はヤカフだった。
そのヤカフがもう動けないから、自分が今出ていくのだろう。
数年前にも、何度かこの土地の中で反乱が起きたが、全てヤカフが喜んで剣を奮って解決していた。タミーウンが争いに呼ばれることなど初めてである。
「屋敷を他人の目から見えなくする」という魔法は最初の想定の半分の期間で完成した。
最初の要求には無かった、近隣の町の出入り口で僅かに錯覚を起こさせ、以前から屋敷を知っている人間にも位置を忘れさせるという術まで仕込んでみせた。
その二日後には、もうこの土地は占領されていた。コルハクーが互いに顔見知りらしい当時の屋敷の主を庭で処刑して、この土地の主になることを宣言したとき、その声の荘厳さに一帯の樹木も震え上がったような気がした。
その後は現在の状況に連なる。
コルハクーは何を思って最初からこんな仕組みの村にしたのか。
こんなものが長続きするわけがないと、あの男がわかっていない筈がない。
優しいハンミーヤの乳母は、狂気を増していくこの状況に次第に心を病み、やがて自ら命を断った。
――――――タミーウンが屋敷の外に出ると、僅かに生臭い風が頬を撫でた。
屋敷の正面に伸びる道、両側を家畜もとい人間の小屋に挟まれた場所に、揉み合っている集団がある。
夜闇の中、ランプの橙色が動く物を小間切れにして映し出す。それは大人の男の足首を掴んで頭の上で振り回す人間を、星を掴んで踊る狸のように見せた。
その狸が集団の相手もそこそこに、こちらに真っ直ぐ進路を取り出した。
魔法使いの杖に気付き、先に排除すべきと判断したか。杖は夕食のときタミーウンの背後の壁にあるのを目にした程度だろうが、優れた洞察力の賜物か、それとも情報提供者がいるのか。
まあいい。
タミーウンは杖を地に立て、「本当の顔」を通して現在の大気、土地の状態を分析し、拘束に使えるだけの紫の光を抽出して固定化した。
そして、自分の「肉の頭」の中で今の空間に適した魔方陣を組み立て、「本当の顔」に転送する。「顔」は目の無い視線によって想像を現実にした。
一連の流れは一瞬のうちになされた。
地面に広がる紫色の魔方陣の中を、しかしその女はただ走って通り抜けてくる。
―――――こいつ、魔法が効かないのか?
そんな人間がいるというのは、本で一度読んだことがある。
簡単な術だが確実な力を持つこれに何の反応もしないのであれば、タミーウンにできることはもう何もない。
彼の魔法は、全て術者起点型なので、タミーウンが死ねばこの屋敷は外から見えるようになってしまう。
コルハクーはその後どうするのだろう。
満面の笑みを浮かべているようなソエがもう目の前に迫っている。
小便をちびりそうだ、と思う。
自分が死んだらこの杖はどうなるのだろう?
焚き付けにされるだろうか。柵の補修に使われるか、その辺に打ち捨てられるか、どれが一番マシだ?
いや、どれも嫌だ。
ソエは手を振り上げて彼の頭を掴み、流れるように膝をその顔面に入れた。
その瞬間、杖に付いている板も砕けて地に落ちた。