魔法習得講座
夕食の後も、魔法使いのタミーウンは研究に勤しむのが日課となっている。
灯りを長時間、大量に使うには予算も限られているのでほどほどに切り上げねばならないが、タミーウンは夜の闇の下で目覚めているのが好きだ。
最近は、現在この村に入る為には大岩の周りをまわって呪的通路を開くように、部外者が入り込めない仕掛けを更新しようと模索しているところである。
材料となる色を確定するための式を組み上げて、魔法使いは唸りながら思い切り両手を天井に伸ばす。解放感が全身に広がっていく。
そろそろ寝よう、と思った所で、野外が不自然にざわめいているのに気付いた。
今いる部屋は小屋のある方には面していないが、そちらから怒鳴り声や何かのぶつかる音が聞こえてくる。
間も無く、足音を抑えながら急いできた男がタミーウンに戦闘の協力を求めてきた。
魔法とは、基本的に異世界との交流である。
この世界に無いものを構築、召還、創造、あるいは在るものを破壊、転送、隠匿するという歪みの矛盾を修正し、現象として固定するための手段である。
睨むことで炎を生じさせるか、手をかざして炎を生むか。
鳥に変身して空を舞うか、風を起こして空に飛ぶか。
草を調合して薬を作るか、毒を作るか。
魔法を習得する第一歩は、まずはその辺の雑草や小石をひたすら観察し、解体することから始まる。それはありきたりな自然物であることが必要となる。
朝から晩までいくつもいくつもいじってばらしていく内に、自分の体のどの器官が何をどう捉えるのかわかってくる。
耳が拾う音、指先の感触、呼吸に混じるもの、目に入るもの、体の感覚の中から「魔法の糸口」を見つけ出す。
糸口とは、自身の体の中で魔法を使うのに適した部位のことでもある。
見つかったものに納得いかなければ、更に追求するべきだ。
後はその糸口を土台に数学、化学、物理学、生物学などあらゆる学問を参照し組み合わせ、時には歴史や他人の体液すら取り込んで自分の望む魔法を発動させる為の術式を構築していく。
ほとんど机の上で完結する作業だ。未完成の魔法は暴走する可能性が高いので、発動させながら調整していくことは熟練の者でもやらない。
魔法を作る為の計算とは、主に術者の身体的特徴を基盤としている。
体の部位の色や大きさ、重さの設定は魔法の発動に最低限必要だ。
加えて、本人の感情や思想すら術の成立や結果に影響を及ぼす。
だから、誰にでも使える呪文とかいったものは存在しない。
大まかな理論は確立されつつあるが、例外は無数に生まれ続けている。
魔法を習得するというのは、地図も方角を示すものもない船で大海を彷徨うのと似ている。
魔法を作る過程が人を異常にさせるのか、異常だから魔法使いになるのか、人間的に問題がある者ばかりだというのが世間の認識である。
タミーウンは後者だろうと自分で思う。
ある程度成長した頃から、学校に行くのと人足の父親の手伝いの時以外、ずっと何かを解体していた。父親は酒を飲みながらそんな息子を怒鳴りつけた。
数年後タミーウンの出した結論は、自分の体では何もわからないということだった。ただ漠然と逃げ出したいだけだ、ということもここで明確に気付いた。
そこで、杖の先に板をくくりつけてみた。この何もない板が自分の真実の顔である。この顔が次元を超えて見えぬものを覗き、聴こえぬものを聴き、自分の知りたい言葉を紡ぐ。
杖の発明によって、タミーウンは自分の姿を消す魔法を作り上げることができた。15歳でそれができた彼は早熟の部類である。
その翌日、少年は誰にも別れを告げず街を飛び出した。ここよりもっと都会に行きたかった。姿を消して馬車や荷車に飛び乗り、時たま掏摸を働いて遠くの都市へと流れ着いた。
そこでは運良く余裕のある魔法使いの弟子となり、貴重な書物に浸りながら好きに研究ができた。
しかし、自分よりも意思のなさそうな弟弟子が自分の研究を後追いし、自分より素晴らしい成果を見せたので、やはり何も言わずにそこを出てきてしまった。
情けないことに、その後の生活はただ盗人としてその辺を這い回るだけ。書き物の道具は荷物袋の中でひしゃげていった。
ある日、兵士らしい男が商店で大量の食物を買っているのを見た。その様子に何か興味を引かれたタミーウンは、姿を消して男を尾行することにした。