暗い森
夜、暗い森の中の一本道を2人の人間が小さなランタンを下げて歩いている。
土が踏みならされて馬車の往来も少なくない道だが、今は他に人影もなく民家の明かりもここからは見えない。
空には半月。時折どこかで囁くように鳥が啼き、そのたびに歩いている1人は周囲を落ち着きなく見回す。
それに対してもう1人はしっかりした足取りで前へ進んでいる。背中に荷物を背負い、腰に一振りの剣を下げている。
びくついている方は手ぶらで頭から膝までフードつきのマントで覆われている。遠目に見て2人とも女であると推測できる。
お使いの行き帰りでもあろうか。剣の腕に多少の覚えがあるとしてもこのご時世、夜中に出歩くものではない。
ほら、道端から木の陰から見るからに堅気とは思えない男達が湧いてきた。下卑た笑いを浮かべている。
剣を下げた女が男達の前に立ちはだかり連れを逃がそうとするが、すでに退路も塞がれていた。8人に囲まれたのを見た女は、観念したように連れの女のマントを剥ぎ取った。
野暮ったい覆いの下から白い華奢な肩が現れ、ランタンの灯りで眩しく輝いた。
男達の歓声。その後短い叫び声が連続した。
そして森はまた静かになった。
最近、盗賊が減っているらしい。
無法者が改心したわけでもあるまい、「狩り場」を移動したか気のせいだろう。「中央」から取り締まりの兵士が派遣されたという話も聞かない。
「中央」には剣を振った風圧だけで何十人と薙ぎ払ってしまう武人がいるという。睨んだだけで空から雷を落とすことのできる大魔術師がいるという。
だがそんな話はこの片田舎には関係のないことだ。地元の警備兵は都会に出たがるだけの若造か飲んだくれの年寄りばかり。兵団の上層部など、盗賊を排するどころか結託して収穫したものを分けあっているという話さえある。
おまけに田舎の魔法使いときたら……とオヤジの話はとどまることを知らない。1日に何度でも同じ話ができる人間だろう。
このオヤジがやっている宿屋兼酒場に泊まっている男、ロトクは適切な相槌を打ちながら茶色い酒を飲み焼いた肉をかじり、明日からのことをぼんやりと考えていた。
やはり「中央」へ行こうか。
この国の中央。政治と学問と軍事を司る総合府のある大都市。海に面したそこにはもうひとつの海、建物の屋根屋根がうねりを造って地平線まで広がり、豊かな山のような図書館が聳え立ち、あらゆるものが国内外から集まるという。自分が探しているものも見つかるかも知れない。
ロトクは海を見たことがない。十年以上前に故郷の村を飛び出し、ある都市に辿り着いた。その中で裏通りを歩き回り、働き、遊ぶという憧れていた生活を送った。
だが、その都会ですらもまだ小さな世界にすぎなかったのだ。やっぱり「中央」だ。「中央」ならもっと大きな仕事もできるだろう。
よし、今夜手紙を書いたら明日出発して――――
「こんばんは。一部屋空いてるか?」
入り口の鐘が鳴り、女の声がした。
振り向いてそちらに目をやったロトクは、表には出さなかったもののぎょっとしてコップを取り落としそうになった。
そこに、とてつもなく不細工な女がいたからである。