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ターン84 スタッフの頭数

 いつの間にか俺は、フローリング張りの床に倒れていた。




 ここは――クロウリィ家の寝室だな。


 ベッドから、落下したらしい。


 寝相は、いい(ほう)なはずなんだけどな。




 床にうつ伏せたまま目覚まし時計を見上げると、時刻は5時27分。


 アラームが鳴るより、早く目覚めてしまったみたいだ。




「今のは……夢?」


 父さんに「いい夢見ろよ」と言われたその晩に、女神様から正座させられる夢を見るとはね。


 しかし、妙にリアルな夢だったな。



 

 鳴ってしまう前にアラームを止めたくて、俺は目覚まし時計に近づこうとしたんだけど――




「え? ウソ? 足が、(しび)れている?」




 だから、あんな夢を見たのか――


 あるいは夢の中の影響が、体に出たのか――


 真相は、分からない。




 足の痺れが引くのを待ったから、いつもより早朝トレーニングに行くのが遅れた。


 それだけは、ハッキリした現実だった。






■□■□■□■□

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 水曜日(リヴァイアサン)


 俺達は、チーム「シルバードリル」の工場(ファクトリー)内に集合していた。


 几帳面なジョージがいつも片付けているから、工場内の空間は余裕がある。


 だけど今日は輪をかけて、ガランとしていた。


 すでにマシンも工具も、パラダイスシティGP(グランプリ)の舞台であるディシエイシ国に向けて出発している。


 俺達学生組が学校に行っている間も、大人のスタッフ達が荷物をまとめてくれていたからね。


 さらに放課後からは、こういう作業が鬼のように速いジョージも参加していたし。


 遠征準備完了は、どこのチームより早かったんじゃなかろうか?


 ――というわけで、もうこの工場で俺達がやる作業は残っていない。




「俺、女神様の使徒なんだってさ」


 ヴィオレッタが()れてくれたコーヒーをすすりながら、俺は一昨日(おととい)見た夢について話し出した。




「ははぁ。ランディさんの女神様好きは、もはやビョーキっスね」


 失礼な感想をぬかすポール・トゥーヴィーに、俺はジロリと非難の視線を向ける。


 だけどジョージ・ドッケンハイムとケイト・イガラシさんも、ポールと同意見みたいだ。


 皆の白い視線が、俺に集まる。




 そんな中、妹のヴィオレッタだけは反応が違った。




「お兄ちゃんがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね。神でも魔王でも、驚かないわ」




 ああ。

 うちの妹は、なんて物分かりがいいんだ。




「戦女神リースディースの? 転生者は皆、レナード神の使徒ではありませんの?

 

 ()(げん)そうな顔をするマリーさん。


 地球からこの世界に来た転生者達は、皆そんな風に言われる。


 レナード神の使徒といっても、何か特別な使命や力を授かるわけじゃないんだけど。


 ただレース関係者は、この世界でもモータースポーツにかかわるのをオススメされるらしい。




「俺、まだレナード神に会ったことがないんだよ」


 俺の告白に、全員が驚いた。


 ジョージですら、顔がピクリと動く。




「ラ……ランディ(くん)、本当に転生者なん? レナード神に会ったことない転生者とかリースディース神の使徒とか、前例が無いで」


 そう言われて俺は、ハッと気づく。


 地球からの転生者のつもりでいたけど、俺が地球で過ごした記憶は本物なんだろうか?


 地球の父さんが、母さんが、兄さんが――


 そしてカートやフォーミュラカーでサーキットを駆け抜けた日々が、全て(いつわ)りのものだったとしたら?




 俺には、地球の記憶で欠けている部分がある。


 死んだ瞬間と、その直前の記憶。


 女神様が言っていた、「彼女」のこと。


 それをリースディース様やレナード神が隠すために、偽の記憶を植え付けているとしたら?




 俺は――


 本当は、地球からの転生者ではないのかもしれない。




「ランディ君、顔色が悪いで?」


 ケイトさんの金色の瞳が、心配そうに俺の表情を(うかが)っていた。




「大丈夫、大丈夫さ」


 ちっとも大丈夫じゃなかったけど、皆を不安にするわけにはいかない。


 俺は作り笑いを浮かべながら、拳を握って気合を入れた。




「まあランディが女神の使徒だろうと、普通の転生者でなかろうと、どうでもいいことです」


「せやな。あんまり重要やあらへん」


「速ければ、なんでもいいんスよ」


「ランディ様は、ランディ様ですわ」


 チームの皆にとって、俺が本当に転生者かどうかなんて重要じゃないみたいだ。


 それぞれの言葉が、俺をホッとさせる。




「お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんよ。私がこの世界に生まれた日から、それだけは確かな事実。この世界で生きてきた自分の人生を、もっと信じて」




 ヤバいな――


 妹の優しい言葉に、涙腺が決壊しそうだ。


 俺は涙が(こぼ)れないよう、天井の照明を見上げた。




 そうだ。

 俺は今この世界で、こんなに素晴らしい仲間達に囲まれているじゃないか。




 地球の家族達のことは、偽りの記憶だとは思えない。


 それはそのまま、胸の奥にしまっておく。


 その他の余計な葛藤や不安、思い出せないことは、全部ぶっちぎってみせようじゃないか。




「みんな……ありがとう。もう、大丈夫だ」


「元気出たみたいっスね。まずは景気づけに、カート()(かい)(いち)になるっスよ。俺達みんなの力を合わせて、てっぺんを獲るっス!」


 椅子から立ち上がり、人差し指を天に突き立て()(かい)(いち)宣言をするポール。


 俺達のチームにはその力があると、自信満々な表情だ。




 まったく、コイツときたら――


 年間ランキング6位だったのに、その自信はいったいどこから――


 ん? 6位?




 パラダイスシティGP(グランプリ)の出場条件は、各国のランキング4位以内だ。




「ポールは出場できないのに、わざわざ応援に来てくれるのかい? ……自腹で?」


 今回の海外遠征にかかる費用。

 俺の宿泊費や滞在費、渡航費はチームが負担してくれる。


 ジョージやケイトさんの分もだ。




 だけど、ポールは?




「そりゃ俺っちもスタッフとして、当然頭数に入って……」




 ポールが着ているシャツの(すそ)を、クイクイと引っ張る白くて可愛らしい手。


 手の主は、申し訳なさそうな表情のマリーさんだ。




「ポール……。今回あなたは、チームスタッフの頭数に入っておりませんわ」


「ファっ!?」


 元から目が大きめなポールなんだけど、今回はさらに目を見開いて驚く。


 まるでギャグ漫画みたいな、過剰(オーバー)リアクションだ。




「そそそそそんな! せっかく俺っちはランディさんをサポートしつつ、ついでにディシエイシ国の美味いもんを食ったり海岸でサーフィンして遊ぼうと思ってたのに!」




 おいコラ!

 ポールお前、遊ぶ気満々じゃないか!




「だって……。サポートなんて言っていますけど、出場できないドライバーに仕事なんて無いでしょう?」


「ゴブゥ!」


 ポール即死。


 マリーさん、それはオーバーキルだよ。


 それにしても、なんとも小鬼族(ゴブリン)らしい断末魔だな。




「なんてことっスか……。俺っちはヴィオレッタちゃんと同じで、お留守番なんスね」


 緑のペンキで塗られた、コンクリート製の床。

 そこに膝を突き、ガックリとうなだれるポール。


 そんな小鬼族(ゴブリン)に追い打ちをかける、無慈悲な事実が発覚してしまった。




「ポール君。私は今回、スタッフとしてチームに帯同するわよ?」


 自分と同じく留守番だと思っていたヴィオレッタの言葉に、ポールの中で悲しみが臨界点を超えた。




「マリーさんのバカ~! 変な髪型~!」




 (ぼう)()の涙を流しながら、ポールは工場(ファクトリー)から走り去った。


 だけど追う者は、誰もいない。

 



 ――ま、いっか。


 俺も含めて、全員がそういう気持ちになっていた。




「そんなに来たかったのなら、最初から言えばピットへの通行証(パス)を発行しましたのに……。旅費は、自腹ですが」


 変な髪型と言われたのを気にしているのか、マリーさんは人差し指で銀髪ドリルをいじりながら()(ぜん)としていた。




「マリーさん。それはちょっと、ポールのお財布には厳しいんじゃない?」




 実はこの世界(ラウネス)では、航空運賃が安い。


 地球よりだいぶ、ジェット燃料のコストが低いからだそうだ。


 だからといって、ポールのお小遣いから出せる(がく)じゃないよなぁ。


 あいつは、今年でやっと13歳。

 基礎学校(ベーシックスクール)7年生に、自腹でディシエイシ国まで来いというのは酷だろう。


 地球に例えるなら、日本とオーストラリアぐらいの距離がある。


 宿泊費は、地球と似たような価格設定だしね。




「あら? ランディ様は、ご存じなかったですの? ポールの家は、それなりの資産家ですわ。旅費ぐらい親に頼めば、すんなり出してくれるでしょう。もっとも今からでは、ホテルの予約が取れないでしょうけど」




 ポールは、いいとこのお坊ちゃんだったのか。


 子供がカートをやっている家って、それなりに裕福な場合が多いもんね。

 それは地球でも、この世界でも変わらない。


 実家は貧乏なのに、ずっとスポンサーがついていた俺が特殊なんだ。




「ポールも来年は出場できるかもしれませんから、予習のために連れて行ってもよかったのですが……。遊ぶ気満々だったので、突き放したのです」


 うん。

 マリーさんの判断は、妥当だね。




 でも、ポールの気持ちは少し分かる。


 パラダイスシティは、海岸沿いに位置するリゾート地。


 オシャレな高層ビルを背後に、足元には真珠をすり潰したように白く輝く砂浜。


 そして眼前に広がるのは、エメラルドグリーンの美しい海。


 遊びたくなるのも、当然か。



 俺達も、市内をちょっと観光したりはする予定だった。

 市街地(ストリート)コースである、道路の下見も兼ねてね。


 レース前に怪我でもしたら(おお)(ごと)だから、海で泳ぎはしないけど。




「仕方ありませんわ。ポールには、多めにお土産を買って帰りましょう」




 マリーさんが立てたポールのご機嫌取り計画(プラン)に、俺達(いち)(どう)は大きく(うなず)いた。






■□■□■□■□

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■□3人称視点(コースサイドカメラ)■□




 翌週、火曜日(イフリート)

 メターリカ国際空港




 クロウリィ夫妻は展望デッキから、戦場に旅立つ子供達を見送っていた。


 ランディ達を乗せた旅客機が、轟音を上げながら滑走路を加速してゆく。


 この世界(ラウネス)の旅客機は、地球のジャンボジェット等とは翼の形状がかなり異なる。


 大きな三角形の主翼と小さな前(カナード)翼を持つ、クロースカップルドデルタ構造をしていた。


 この機体は、航空会社のコーポレートカラーである鮮やかな紫色。


 クロウリィ夫妻の(まな)(むすめ)、ヴィオレッタの髪を連想させる機体色だ。




 旅客機は滑走路を離れると、みるみる高度を上げた。


 あっという間に、豆粒のようなサイズになる。




 この世界の旅客機は、ほとんどが超音速機。


 洋上に出るとアフターバーナーを点火し、マッハで目的地へと向かう。


 音を超える速度で、自分達から子供達が遠ざかる。


 その寂しさを胸に押し込め、オズワルドは不安げな妻を気遣った。




「そんなにランディが、心配か?」


「ええ……。パラダイスシティGP(グランプリ)は、今までのレースとは違うわ。けが人が続出する、危険極まりない公道コース。死亡事故が起こった年だってあるわ。心配に決まっているじゃない」




 オズワルドはそっとシャーロットの肩を抱き、息子達が飛び去った方角を見つめた。




「今は信じよう、俺とお前の息子を。そして、それを支える娘を」




 青い空の彼方に向けて、オズワルドは祈る。






 「無事に帰って来い」と。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] >俺は……、本当は地球からの転生者ではないのかもしれない。 こういう展開すこ( ˘ω˘ ) >「お兄ちゃんは、私のお兄ちゃんよ。私がこの世界に生まれた日から、それだけは確かな事実。もっとこ…
[一言] ランディの過去、気になりますねぇ。 ポールくん、ちょっとかわいそう……。
[一言] ポールは本当いいキャラですね。 今度は公道レース。
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