ターン81 インタビュー対策
ああ、最高だ。
最高のマシンに、最高のチーム。
そしてケイトさんが用意してくれた、最高の戦略――
俺は皆に感謝しながら、コース上をゆっくり流していた。
ゴールしてから、ピットに戻るまでの1周――ウィニングラップだ。
スーパーカートはそこまで人気のあるカテゴリーじゃないけど、観客席にはそこそこ人が入っている。
俺は観客の皆さんに向かって、大きく手を振った。
いまエンジンは全開ではないから、音量も控え目。
歓声や拍手の音が、俺の耳まで届く。
「ありがとーっ! みんな、応援ありがとーっ!」
マイクやビデオカメラを向けられたり、大勢から注目されると固まってしまう俺。
だけどマシンのシートに収まり、ステアリングを握っている時はパフォーマーと化すんだよな。
この拍手と歓声に、答える義務があるってもんだろう。
後で競技長から、怒られるかもしれないけど――
1発かまそう!
このスモー・クオンザサーキットの1コーナーは、退避場所が広い。
メイン直線が2kmもあって、めちゃめちゃスピードが乗るコースだからね。
ブレーキングミスやマシントラブルで飛び出してもぶつからないよう、コース外側にアスファルト舗装の広大な空間が用意されているんだ。
俺はそこを、パフォーマンスにうってつけのエリアだと判断した。
コースを外れ、退避場所へと飛び出す。
「クリス君ほど、上手くはないだろうけど……。いっくぞぉ~!」
俺は左手のクラッチパドルを握り込み、エンジンと駆動輪の動力伝達をカットした。
アクセルを踏み込んでエンジン回転数を上げ、そのままスパッとクラッチを繋ぐ。
急激に掛けられたパワーに耐え切れず、タイヤは滑り始めた。
――どうだ!
普段は絶対にやらない、派手なドリフト走行だ!
後輪がアスファルトに、タイヤ痕を刻む。
そのままクルクルとブラックマークで円を描く、ドーナツターンを披露。
俺は車にストレスがかかるドリフトは嫌いなんだけど、今日ぐらいはいいだろう。
タイヤちゃんはもう寿命だし、最期に華やかな送り方をしてやろう。
エンジン回転数だって、回転数上限に当たらないよう気を付けている。
クルクルとドーナツターンをしていたら、いつの間にかチームメイトのポール・トゥーヴィーがやってきた。
奴も俺に合わせてマシンをスライドさせ、ドリフト走行を始める。
互いに鼻先を突き合わせた、息ピッタリのツインドーナツターンだ。
おおー!
ポールの奴、上手いじゃないか!
観客の盛り上がり方は、最高潮を迎えた。
だけどそんな熱狂の時間は、唐突に終わりを迎える。
「あれ?」
突然、俺のエンジンが止まってしまった。
え?
え?
ひょっとして、ドリフトでエンジンぶん回したから壊れた?
でも、故障した感覚とか音とか全然なかったよ?
そこで俺は、思い出した。
今回は燃料搭載量を、ギリギリまで削っていたことを。
――ガス欠だ!
カッコつけてパフォーマンスしたのに、なんてダサい幕切れ。
指差して爆笑するポールに見送られながら、俺はマシンをコースの外まで押して行った。
ドライバー込みだと、200kgにもなるモンスターカートをね。
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マシンを押してピットまで帰ってきた俺は、さっそく勝者インタビューを受ける羽目になった。
絶え間なくカメラのフラッシュを浴びせられて、眩しい。
目を細めたいところだけど、俺はなんとかこらえる。
これから勝者インタビューを受けるのに、変な顔になってしまったら台無しだからね。
それにしても、集まっているメディア関係者の数が凄い。
いくらカートの中では最高峰カテゴリーだとはいっても、国内選手権にこれだけ集まるってのはね――
モータースポーツ人気が、地球とは全然違うのを再認識させられる。
これがマリーノ国内で人気No.1カテゴリーのGTフリークスとかになったら、どれだけメディアの人達が集まるんだろう?
勝者インタビューは、記者会見みたいな席じゃない。
ピットの前で、立ったまま受け答えをしていく形式だ。
インタビュアーは、スーパーカート運営団体のピットレポーター女性。
彼女は、メカニックが着るような耐火スーツ姿だった。
『ランドール・クロウリィ選手、まずは最終戦の優勝おめでとうございます』
『ありがとうございます』
差し出されたマイクを握ってしまうような、間抜けなことはしない。
いつもはインタビューで緊張してしまう俺だけど、今日はとっておきの対策があるんだ。
『マリーノ国内のスーパーカート選手権では初となる、4連勝ですね。意識はしていましたか?』
『はい。第4戦で、優勝したあたりからですね。チームの方針として、「残りは全部勝とう」と狙っていました』
『今回の優勝で、年間チャンピオンも確定しましたね。今のお気持ちを、聞かせて下さい』
『とにかく、ホッとしていますね。チームはいつも最高の車を用意してくれて、最高の仕事をしてくれました。そうなると結果が出なかったら、ドライバーの責任なので。自分の仕事を全うできて、良かったです』
『これで年間ランキング4位以内ですので、スーパーカート世界一決定戦である「パラダイスシティGP」への出場権を獲得しました。意気込みを聞かせて下さい』
『そうですね……。パラダイスシティGPは、公道を封鎖してレースを行う市街地コース。私もチームも初めてのコース形式ですから、戸惑うことも多いでしょう。ですが世界中のトップランカー達と一緒に走ったり、ストリートコースを体験できる数少ないチャンス。挑戦者として、思いっきりぶつかって……おっと。「ぶつかって」なんて言うと、縁起が悪いですね』
記者達の間で、笑いが巻き起こる。
どうよ?
今日の俺は、冗談を言う余裕まであるんだぜ。
『とにかく、チャレンジ精神は最後まで失わないでいきたいです』
『国外からの参加者で、クロウリィ選手が気になるドライバーは誰ですか?』
『「全員が強力なライバルです」……と、言いたいところですが、ハトブレイク国のブレイズ・ルーレイロ選手を挙げます。彼とは5歳の時に、レンタルカートでやり合って以来なので。戦うのが、楽しみです』
『ありがとうございました。あの……最後にひとつだけ、聞いてもよろしいですか? ……なんでインタビュー中、ずっとソレを握っているのですか?』
――突っ込まれた。
やっぱりちょっと、問題があっただろうか?
マイクを向けられるとアガってしまう俺の、インタビュー対策。
ケイトさんが提案した時は、「最高のアイディアだ!」と思って飛びついたんだけど――
『これは……。その……。緊張しない、おまじないみたいなもんで……』
俺はインタビューの間中、ずっと両手で握り締めていたんだ。
スペアパーツとしてチームがストックしていた、カートのハンドルを。
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「いや~。もうランディさん、最高っス! 音速の芸人って名乗って欲しいっス! ガス欠からの、ハンドル持ってインタビュー! ずるいっスよ! サーキット中の笑いを、独り占めっス!」
インタビューを終えた俺を、ポールが弾ける笑顔で出迎える。
お調子者小鬼族はさっさとレーシングスーツを脱ぎ捨て、私服の黒い襟付きシャツとジーンズに着替えていた。
クソ~。
自分だけ、先に――
俺も汗だくで気持ち悪いから、早く着替えたかったのに。
「ポール。明日から俺と一緒に、トレーニングしようか?」
もちろん、俺を笑ったポールに対する嫌がらせだ。
「か……勘弁して欲しいっス。俺っち、今からもうシーズンオフっスよ?」
パラダイスシティGPに行く俺と違って、ランキング6位で終わったポールは今シーズン終了。
参加資格があるのは、各国のランキング4位までだからね。
「なに言ってるんだ? シーズンオフだから、じっくりトレーニングの時間が取れるんだろう? 来年に向けて、鍛えるんだよ」
「ランディさんのトレーニングに付き合っていたら、来シーズン開幕前に死んじゃうっス」
ポールがすでに死にそうな顔になっていたから、これ以上トレーニングの話は勘弁してやることにした。
カサカサとゴキブリ並みの素早さでポールが逃げ出した後に、今度は監督のマリーさんがやってきた。
「無事、インタビューも乗り切りましたのね。レースの時より、ハラハラしましたわ」
「いや~。一向に慣れる気配がなくって、申し訳ない」
俺は自分の弱点を、放っておけるタイプじゃない。
一応、インタビューや取材を受ける練習はしたんだよ?
キンバリーさんに、ビデオを撮ってもらったりしながら――
だけど、全然ダメだった。
「ふふっ。そんな些細なこと、今はどうでもよろしくてよ。……やりましたわね」
「マリーさんが、俺をこのチームで乗せてくれたからさ。本当にありが……」
「お礼を言うのは、早いのではなくて? もう1戦、残っておりますのよ」
そうだ。
これから行くパラダイスシティGPが、本当に今年最後のレース。
そして――
このチームで挑む、最後のレースになるだろう。
俺はレイヴン社の企業チーム、「ドリームファンタジア」のディータ・シャムシエル監督からオファーを受けた身。
今年の年間ランキング3位以内に入れば、来年は乗せてやると言われている。
チャンピオンになった今、その条件は軽くクリアしていた。
後はパラダイスシティGPの出来次第というところもあるけど、ここまで活躍しておいて移籍話が立ち消えになるなんてあり得ないだろう。
つまり――
俺がこのチームを出ていくのは、確定なんだ。
だから――
「マリーさん……。このチームで、カート世界一になろう」
俺の言葉を、マリーさんはフフンと鼻で笑った。
――満面の笑みを、浮かべながら。
「当たり前ですわ」
そう言って、マリーさんは右手を差し出してきた。
俺はその手を、ガッチリと握り締める。
いつかのグランドスタンドで、手を繋いだ時とは違う。
堂々とした――やや男臭いともいえる握手だった。
「ちょっとー! マリーさん! 私の許可なく、お兄ちゃんの手なんか握っちゃダメよ!」
背後から飛かかってきたヴィオレッタが、俺の首に腕を巻き付ける。
「なんやなんや? 手なんか握って、マリーちゃんやらしーで」
ケイトさんはその可愛らしい顔をやらしー感じに歪めながら、話に割って入ってきた。
女性陣に囲まれてちょっと困っていた俺を、ジョージが1歩引いたところからヤレヤレといった様子で見守っている。
ベッテルさんは俺と目が合うとニヒルな笑みを浮かべ、キンバリーさんは相変わらず危ない表情をしながらビデオカメラを回していた。
パラダイスシティGPの出場権を得たから、このチームでもう1レースできる。
俺のレースキャリアがどうとかより、それが嬉しくてたまらなかった。