表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/195

ターン72 たまには観戦もいいもんだ

 スーパーカートのレースで、3位表彰台に登った日の午後――




 俺達は引き続き、「ラウンド・アンド・ラウンドサーキット」に(とど)まり続けていた。


 ただし今いる場所は、コース上やピット、その裏手にあるパドックエリアじゃない。


 観客席だ。


 メインストレートを臨むグランドスタンド中段に、「シルバードリル」の面々は陣取っていた。





 午後からは少し暖かくなって、とてもすごしやすい気候だ。


 まさに絶好のレース()(より)


 爽やかな春風が、吹き抜け(ざま)に俺の(ほお)()でてゆく。




 右隣に座っているのは、ケイトさん。


 彼女の背に生えている天使のように白い翼も、風に吹かれ揺れていた。


 太陽の光を反射しながら、優しく輝いている。




 左隣には、ヴィオレッタ。


 紫色をした我が妹の長髪も、春風にもてあそばれている。


 褐色の(ほお)にまとわりつくそれを、ヴィオレッタは面倒臭そうに指で払った。




 さらにその左隣に座っているのは、チームオーナーにして監督のマリー・ルイス嬢。


 風に吹かれたドリルヘアは、今日もギラギラと陽光を反射しまくる。


 他の観客の皆様方から「(まぶ)しい!」とクレームがこないか、気が気じゃない。




 おっと、存在を忘れていた。


 ケイトさんのさらに右隣に座っていたのは、水色の髪を持つひょろドワーフ。


 ジョージ・ドッケンハイムだ。


 コイツは最近ニット帽を被っているから、水色の髪の毛は揺れていない。


 爽やかな気候を楽しんでる()()りもなく、奴は食い入るように遠くを見つめていた。


 視線の方向は右。


 この「ラウンド・アンド・ラウンドサーキット」のメイン直線(ストレート)


 その遥か奥を見つめている。




 耳を澄ませば、遠くから車の排気音(エキゾーストノート)が近づいてきていた。




 1つや2つじゃない。


 複数の――そして多種多様な音域の排気音(エキゾーストノート)だ。




「……来ます」




 ジョージの(つぶや)きに呼応するかのように、排気音(エキゾーストノート)の群れはさらにその音量を上げながら接近してくる。


 まだマシンの姿は見えないのに、音量はもう轟音レベルだ。


 樹脂でできた、グランドスタンドの座席が――


 その上にかかる屋根が――


 大気の震えに合わせて、振動している。




 遠くにキラリと、2つの光点が見えた。


 それはまさに、肉食獣の眼光。


 大気を食らいつくすような勢いで、こちらに駆けてくる。


 その(ほう)(こう)は、脳天まで突き抜けるように甲高い。


 高回転型自然吸気(NA)エンジンのサウンドだ。




 レイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉GT-B。


 レイヴン社が世界に誇るスーパーカー、〈RRS(ダブルアールエス)〉をベースにしたレーシングカーだ。


 フォルムは地を()うように低く、幅広い(ワイド)


 エンジンは後部中央(リヤミッド)に搭載されているから、ボンネットが低い。


 その上では角丸長方形デザインのヘッドライトが、ギラリと輝いていた。


 屋根(ルーフ)上には、横長の吸気口(エアインテーク)


 曲面を多用しているものの、全体的に見れば直線的でシャープなボディ。


 どことなく、俺が地球で好きだったホンダNSXを思い出させるな。


 シャープなデザインながらも、レース仕様だから車体の至るところに空力(エアロ)パーツが散りばめられている。


 大型リヤウイングやフロントバンパーの小翼(カナード)は、いかにもレーシングカーらしい攻撃的な雰囲気を(かも)し出していた。


 カラーリングは紅白のツートン。


 金属質な排気音(エキゾーストノート)を奏でる心臓は、3.5(リッター)V型8気筒エンジン。




 フォウン! と大気を鋭く切り裂いて、紅白の(やいば)が俺の眼前を通過した。


 横窓(サイドウィンドウ)から、ドライバーのヘルメットが見える。


 動体視力が異常な俺は、シールドを上げていたドライバーの顔まで認識できた。




 ――ダレル・パンテーラ。




 俺と同じスーパーカート選手権(シリーズ)MFK-400クラスに参戦している、ドワーフ族のドライバー。


 彼は午前中に行われたスーパーカートと、このレースの両方に参戦している。


 ダブルエントリーってやつだ。




 同じカテゴリーでいつも競い合っているドライバーが、大舞台で戦っている姿を見るのは心が踊るな。


 俺もいつか、〈RRS(ダブルアールエス)〉GT-Bに乗れるんじゃないかと思えてくるんだ。




 トップでメインストレートを駆け抜けた、〈RRS(ダブルアールエス)〉。


 それを追って、極彩色に(いろど)られた鉄の魔獣達が殺到した。


 このレースで最速を誇る、クラス(ワン)のマシン達だ。




 クラス1のベース車両は、どいつもこいつもスーパーカー。


 馬力は軽く500馬力を超える、モンスターマシンだ。


 ついでにいうと、価格は何千万モジャもする車ばかり。




 そんな怪物達は、排気口から激しくアフターファイアを噴き上げながら1コーナーに雪崩れ込んでいく。


 全車、超ハードブレーキング。


 ホイールから覗くブレーキローターを(こう)(こう)と赤熱させ、物理法則を無視したかのような勢いで車速を落してゆく。


 シフトダウン時に発する空吹かし(ブリッピング)音は、まるで大口径機関銃だな。


 耳じゃなくって、腹に響く。




 これがプロへの登竜門にして、アマチュア最高峰と言われるTPC耐久選手権(シリーズ)か――


 TPCってのは、チューンド・プロダクション・カーの略だ。


 その名の通り、市販のスーパーカーやスポーツカーをレース用に改造した車で競い合う。


 国内最高峰のレースである「GTフリークス」のマシンに比べたら、これでもまだ改造範囲が狭くて大人しい(ほう)だ。


 それでもその迫力は凄まじく、圧倒される。


 俺が今まで乗ってきたカートとは、全然違う。


 地球で乗ってきたフォーミュラカーとも、車体の大きさや重量が違う。


 だからTPC耐久マシンの走りは、やけに豪快に感じた。




 ――凄いな。




 TPC耐久クラス1のマシンは、重量1tを超える車ばっかりのはず。

 

 そんな重たいマシンを、よく思いのままにコントロールできるもんだ。


 前世と今回の人生を合わせても、俺は軽い車でのレース経験しかない。


 そんな俺にとって、TPC耐久ドライバー達のテクニックは熟練の職人技に見えた。


 旋回(コーナリング)スピードの高いフォーミュラカーの(ほう)が、反射神経や体力は要るけどね。




 こういう市販車をベースにした「ハコ車」のレースは、地球でもあまり真剣に見たことがなかった。


 俺の目標は、スーパーフォーミュラやF1だったから。


 でもこの世界(ラウネス)には、そういうタイヤ剥き出し(オープンホイール)のカテゴリーが存在しない。


 俺が目指す世界最高峰レース、「ユグドラシル24時間」もGTカーによるレース。


 つまり市販のスーパーカーやスポーツカー、高性能車をベースにした車両で争われている。


 この世界(ラウネス)でプロドライバーを目指すなら、ハコ車への転換は避けて通れない。




 俺は地球にいた頃、ハコ車があまり好きじゃなかった。


 重いし、動きがダルいし――


 研ぎ澄まされたスピードを誇る、フォーミュラカーを乗りこなしてこそレーサーだと思っていた。


 でも、こっちの世界にないもんはしょうがない。


 カートを卒業したら、割り切ってハコ使いを目指そう。




 それにスポーツカーとかは、単純に好きだ。


 地球でも俺は、オープンタイプのスポーツカーに乗っていた。


 そんな俺の美的感覚からすると、レイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉GT-Bはとてつもなくカッコいい!


 是非ともあのむしゃぶりつきたくなるような美女のシートに収まって、サーキットをイチャイチャしながら駆け抜けたいもんだ。




 そんな妄想をしている間に、別な排気音(エキゾーストノート)の群れがやってきた。


 クラス1の集団からひと呼吸おいて迫るそれは、TPC耐久において2番目に速いクラスであるクラス(ツー)


 こちらはクラス1のように、何千万モジャもするようなスーパーカーばっかりじゃない。


 それでもたぶん、俺じゃ買えないけどね。


 排気量2500~3500ccぐらいの、ハイパワースポーツカーがクラス2の主役。


 これもまた、なかなか迫力のあるクラスだ。


 周回(ラップ)タイム自体は、俺が乗っているスーパーカートの方が速いはずだけどね。


 パワーと重量があるから、その圧力は凄まじい。




 クラス2に引き続き、軽量(ライトウェイト)スポーツカーが中心のクラス(スリー)、身近なコンパクトカーが主役のクラス(フォー)が駆け抜けていく。




 耐久レースはこういう風に、複数のクラスを(いっ)(せい)に走らせることが多い。


 これは地球でも、この世界(ラウネス)でも変わらない。


 長時間に及ぶ耐久レースでは、いちいちクラスごとに走らせる時間は取れないからね。


 異なったスピードの車を混走させることで、波乱が起こりやすくするっていうエンタメ的な狙いもある。




 まったく――


 波乱が起こりやすいなんて、ドライバーは大変だよ?


 見ているお客さんは、面白いだろうけどさ――


 いや。

 お客さんも、大変かもね。


 異なるクラス同士がごちゃごちゃになって、クラスごとの順位がわかりづらい。




 ふと気になって、俺は周囲にいる「シルバードリル」の面々に尋ねてみた。


 コース上を走っているマシンの轟音にかき消されないよう、かなりの大声でね。




「ねえ。みんなはどのクラスで、どの車が1位なのか把握できてるの?」




 俺はできている。


 でも、普通の人には無理なんじゃないかな?


 そう思って聞いてみたんだけど、ケイトさんから意外な答えが返ってきた。




「TPC耐久の運営が配信しとるアプリケーションを使えば、携帯情報端末(タブレット)で順位が見れるで」




 なんと!

 俺は携帯情報端末(タブレット)、持ってないからなぁ――


 地球にもレースの情報が見れるアプリがあったけど、ラウネス(こっち)のはずいぶん詳細な情報まで見れるそうだ。


 順位は元より、周回数や周回(ラップ)タイム、ドライバーの乗り換え状況、実況付き中継映像まで動画で見れるらしい。


 大型モニターも設置されているけど、手元の端末で見れるのは便利だな。




 それに走ってるマシンをよくよく見れば、(フロント)ガラスに順位と思わしき数字がLEDランプで表示されていた。


 この世界のレースって、観客に優しいのね。




「あっ! クラス(ワン)の2位が、入れ替わるっスよ!」




 俺の正面。

 1列下の観客席で、ポール・トゥーヴィーが叫び声を上げた。


 コイツはレースが始まってから、ずっとハシャギまくっている。


 マシンが通過する度に両手を上げて、「フォーッ!」とか叫んでいた。


 だけど、別に恥ずかしいことじゃない。


 なんでかというと、周りの観客もみんなそうしているからだ。




 白熱の2位争いに、観客はひときわ大きな歓声を上げる。


 2位を走っていた、ヤマモト〈ベルアドネ〉。


 それに襲い掛かるは、海を越えてハーロイーン国からやって来た刺客。


 ヴァイキー社製のスポーツカー、〈スティールトーメンター427〉だ。




 大柄でマッシブなフォルムの〈ベルアドネ〉に対して、〈スティールトーメンター〉は丸みを帯びたコンパクトなデザイン。


 コンパクトとはいっても横幅(トレッド)は広く、いかにもスーパーカー然としている。


 〈ベルアドネ〉の背後にピッタリと張り付いていた〈スティールトーメンター〉が、外側にマシンを振った。


 前走車を風よけに使う、スリップストリーム。

 そのスリップから抜け出て、追い抜き(オーバーテイク)を試みたんだ。


 2台は横並び(サイドバイサイド)


 間隔は()()()――つまりは完全に、接触している。


 ゴリゴリと車体を(こす)り合わせた状態のまま、ハードなブレーキングを開始した。


 250km/hを超えていた車体は、2秒ちょっとで時速90km/hまで減速する。




「うわっ! マジっスか!? 2台とも、よくあんな不安定な状態で突っ込んでいけるっスね!」




 俺もポールと同じく、驚いている。


 ああいう接触(コンタクト)しながらの競り合いっていうのは、俺にはあまり経験がない。


 うーん。

 あれもいずれは、身に着けないといけない技術かな?


 接触で車が傷つくのは、嫌なんだけど。




 まあそれは、将来的に考えるとして――





「はぁ~。カッコイイなぁ……。乗りたい」




 俺は1コーナーに突っ込んでいくマシンの群れを眺めながら、口から自分の欲望を垂れ流していた。

 





「お兄ちゃん、凄くいやらしい顔になってる」




 ヴィオレッタの指摘を受けて、俺はスライムみたいになっていたであろう表情を慌てて引き締めた。






今回登場したヤマモト社のスーパースポーツ〈ベルアドネ〉は、由房さんの作品「まおよめっ!~幼馴染が実は魔王で本当の聖女は私だそうですが、何も知らないままに求婚されました~」https://ncode.syosetu.com/n4276el/に登場する、骸姫ベルアドネより命名させていただきました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] 特に気づく事なくふむふむと読み終えて、後書きで気づいたヤツがいるらしいです。 「……あ」 人の頭って不思議です。 ヤマモト〈ベルアドネ〉GTはディスアゴィテーニでフルキット1/8モデル…
[一言] 美女達よりも車に夢中とは……w いかにもランディらしいエピソードですけどw
[一言] 乗りたいなぁと言ってるということは、乗るんですよね〜。 オファー?来ちゃいます?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ