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ターン6 再会の刻

 木々の幹と木漏(こも)れ日が、後方へと流れて消える。

 



 俺は落ち葉を巻き上げながら、(こう)(よう)色づく秋の森を駆け抜けていた。


 子供用パーカーのフードが、風になびいて引っ張られる。




 走り続けているうちに、地面は上り坂に入った。


 だけどそんなことで、俺は走るスピードを緩めたりはしないぜ。




 どんどん急になっていく勾配に逆らって、地面を蹴る足にさらなる力を込めた。




 上り坂の先。

 青空と地面の境目に、金属でできた白い人工物が見える。


 ガードレールだ。


 つまり、あの先は道路。


 車が来ていないことを確認。


 俺はガードレールの支柱に手をかけると、片手で逆立ちした。




「ほっ」




 掛け声と共に、空中で1回転。


 勢いで、ゆるふわのブロンドヘアが揺れる。


 アスファルトの路面に、足から綺麗に着地した。


 間髪入れずに大地を蹴り、再加速する。


 片側1車線の道路を横切って、再び森の中へ。


 いま横切った道路を辿(たど)って行っても、今回の目的地には着くことはできる。


 だけど森の中を突っ切った(ほう)が、最短距離なんだ。




 少しでも早く、目的地に着きたい。

 

 はやる気持ちを、抑えきれない。


 まるで子供だな。


 そりゃあ今は、子供の体だけど。




 樹神暦2622年。


 この俺、ランドール・クロウリィは5歳になっていた。




 母さんに、レーシングドライバーへの道を反対されたあの日から2年間。


 結局、全然モータースポーツに関われていない。


 前世地球では4歳からモータースポーツの世界へと足を踏み入れた俺としては、出遅れた感があって焦る。


 だけどそれも、仕方ないことだったとも思っている。


 頭の中が大人だとは言っても、肉体は幼児。


 両親の協力が得られないなら、できることはたかが知れている。


 父さんは、俺がレーシングドライバーを目指すのをこっそり応援してくれていた。


 母さんが怖いから、表立って協力はしていないけど。


 隠れてハードなトレーニングを積んでいることを、母さんには秘密にしてくれている。


 わざとモータースポーツ誌を俺が読める場所に放置して、情報をくれたりしている。


 この2年間は、()(ふく)の日々だった。


 母さんの目を盗んで知識を(たくわ)え、体を鍛えるだけ。


 あとは自動車の整備工場を(いとな)んでいる、父さんの仕事の手伝いをしたり――


 母さんの負担を減らすべく、家事をしたり――


 妹ヴィオレッタの面倒を見たり――


 正直忙しくて、モータースポーツに関わる暇が無かったってのもある。




 だけどそんな日々も、そろそろ終わりにしよう。




 ヴィオレッタは3歳になり、赤ん坊の時ほどは手がかからなくなった。


 育児の負担が減ったことで、母さんは整備工場の経理や事務の仕事に手が回るようになった。


 母さんのサポートが手厚くなったから、父さんの仕事もスムーズに回る。


 そして俺も、5歳になった。


 だから1人で親の目が届かないところまで遊びに行っても、何も言われない。




 時は来た。


 サーキットが、レーシングマシンが俺を呼んでいる。


 聞こえるだろう?


 森の木の枝を震わせる、甲高い呼び声。


 2ストロークエンジンの排気音(エキゾーストノート)が。




 森が途切れ、視界が開ける。


 目の前に広がる(なつか)しい光景に、俺の青い瞳から涙が(こぼ)れた。






■□■□■□■□

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 「カート」と聞いて、何を想像するだろうか?


 大抵の人が思い(えが)くのは、買い物で使うショッピングカート。


 あるいは、遊園地のゴーカートってところかな?


 モータースポーツで言うカートは、遊園地のゴーカートのイメージで大体間違ってはいない。


 運転手1人だけが乗れる、低くて小さな車体。


 それにエンジンやタイヤ等、走るために最低限の装置だけが付いている乗り物。


 ただし頭に「レーシング」と付くカートは、遊園地のものとはスピードが全然違う。


 100km/hぐらい出てしまう。


 俺が前世で中学生の時、全日本選手権で乗ってたFS-125クラスなんて130km/h出てた。




 当然、この世界のレーシングカートも速い。


 地球でレーシングドライバーを目指す少年少女は、幼い頃からカートで腕を磨くことが多い。


 この異世界ラウネスでも、それは同じだった。


 小さいうちは自動車の運転免許や、レーサーになるための競技者ライセンスを取れないからね。


 カートなら、幼児からでもサーキットを走ることができる。


 講習を受けて、安全に走れると判断されればの話だけど。




 俺の家から片道5kmの峠道を登った山上にあるここは、ドッケンハイムカートウェイ。


 レーシングカート専用のサーキットだ。


 1周の長さは925m。


 道幅は、1番広いところで10m。


 カート専用だから、市販の自動車やそれをベースにしたレーシングカーには狭すぎて走れない。




 緑鮮やかな芝生の上を、縦横無尽にのたうつアスファルトの路面。




 俺は金網にしがみついて、コースを駆ける数台のカートを見つめる。




 パーン! と(はじ)ける、乾いた排気音(エキゾーストノート)




 鼻腔と闘争本能を刺激する、オイルの焼ける匂い。




 そして(いっ)(ぱん)(じん)が聞いたら(すく)んでしまいそうな、大気を裂く(かざ)(きり)(おん)




 何も変わらない。




 俺が幼い頃から慣れ親しみ、フォーミュラに上がってからもトレーニングで時々乗っていた地球のレーシングカートと。




 いや。

 よく見ると、細かい違いがあるか?



 

 まず、タイヤが()き出しじゃない。


 ホイールは車体側面から見えるようになっているけど、路面に接地する横幅(トレッド)面は樹脂製らしきカウルに覆われていた。


 地球にもカウルでタイヤを覆ってしまっているクラスはあったけど、基本は剥き出しだった。


 俺もフルカウルのマシンには、乗ったことがない。


 こっちの方が空気抵抗(ドラッグ)減って、最高速が伸びるかも?




 そしてもうひとつは、エンジンに空気を取り入れるノイズボックスの付け根。


 燃料と空気を混ぜて混合ガスにする、気化器(キャブレター)っていう部品が付いているはずなんだけど――


 その辺りの形状が、妙にスッキリしていた。


 まさかこの世界のカート用エンジンって、乗用車みたいなコンピュータ制御の電子制御式(フューエル)燃料噴射装置(インジェクション)なのか?


 地球と同じどころか、こっちの方が進んでいるじゃないか!




 より進化しているマシンに対する興奮で、金網を(つか)む俺の指が震えた。




 乗りたい!




 なんとしても、あれに乗りたいぞー!



 

 俺は乗りたい欲求が異常燃焼(デトネーション)を起こし、カートを目で追うことに集中し切っていた。


 だから隣に来ていた人の気配に、気付くのが遅れてしまったんだ。




「坊主……。どうしたんだ?」




 振り向くとそこにいたのは、中年男性。


 このドッケンハイムカートウェイのロゴが入った帽子を、浅く(かぶ)っている。


 帽子の被り方が浅いのは、(ひたい)の両端から生える小さな角が邪魔になっているからだ。


 背はうちの父さんよりも低いけど、筋肉量は互角かそれ以上。


 力士みたいな圧迫感がある。


 くしゃくしゃと天然パーマのかかった水色の髪を持つその男性は、ドワーフ族と呼ばれる種族だった。




「『どうした?』って、走るカートを観ているだけだよ?」




 俺の返答では納得がいかなかったらしく、ドワーフのおっさんはさらに質問を重ねる。




「そりゃ、観ているのはわかるがな……。そんなにはち切れそうな笑顔なのに、滝のような涙を流していたら、どうかしちまったんじゃないかと心配になるぞ?」




 えっ?

 また泣いていたの、俺?


 慌てて目元を手で(ぬぐ)うと、確かに涙でべっちょり濡れていた。


 鼻水は垂れていなかったのが、幸いだ。




「泣くほどカートが好きなのか?」


「泣くほどカートが好きだよ」




 今度の俺の答えは、おっさんを納得させるものだったようだ。


 軽く(うなず)くと手招きし、俺に背中を向けた。




「ついてきな。ジュースぐらいは、おごってやるよ」






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 今の俺は、5歳児。


「知らない人に付いて行ってはいけません」


 と、シャーロット母さんからはよく言い聞かせられている。




「俺、中身は大人なんだけど」


 と口答えすると、


「そういう自信過剰なところが、心配なの! 体は5歳児なのよ!」


 って、怒られた。




 確かにそうだな。


 自分で言うのもなんだけど、俺の容姿は可愛らしい。


 どこぞの貴族かお金持ちのお坊ちゃんに間違われそうな、金髪碧眼のミニ王子だ。


 こんな子を見て、良からぬことを(たくら)む変質者もいるかもしれない。


 変質者の1人や2人には、負けないぐらい鍛えているつもりだ。


 だけどそんなことを言うとまた、自信過剰だって母さんに怒られるんだろうな。




 ドワーフのおっさんにホイホイついて行くなんてのも説教案件なんだけど、言っておきたいことがある。




 知らない人じゃない。


 初対面だけど、俺はこのおっさんを知っている。




 連れられてやって来たのは、カートコースと隣接して建てられているお店。


 カートショップドッケン。


 カートとそれに関連するパーツ、レーシング装備(ギア)とかを取り扱うお店。


 ロビーの床は、黒と白の市松模様。


 モータースポーツで競技終了を告げる、チェッカー(フラッグ)と同じ(がら)だ。


 レーシーな雰囲気を、(かも)し出しているな。


 店舗の隅には丸テーブルがいくつか置かれ、休憩スペースになっているみたいだ。


 テーブルを囲んでいる椅子に座るよう、おっさんは俺に(うなが)す。




「オレンジジュースで、いいよな?」


「スポーツドリンクで、お願いします」


 本当はスポーツドリンクを水で薄めたヤツが欲しいところだけど、そこまで注文するわけにもいかない。




「ん? 急に喋り(かた)が、大人みたいになったな」


 いきなりの敬語に、おっさんが若干戸惑う。


 さらに戸惑いそうな言葉を、俺は続けた。






「実は中身が大人だって言ったら、信じてくれますか? 『RT(レーシングチーム)ヘリオン』監督、ドーン・ドッケンハイムさん?」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] サーキットが視界に飛び込んだ時の描写、素敵すぎます……!! 特に主人公の熱意が伝わってくるエピソードだと感じました(*´ー`*) [気になる点] つかぬ事をお尋ねしますが、もしかして生で観…
[良い点] もうね、 — 「泣くほどカートが好きなのか?」 「泣くほどカートが好きだよ」 — これにやられましたよ。 [一言] と言うわけで、読み始めましたよ。 お金の話は兎も角、ランディの活躍に期…
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