ターン54 海外遠征に行くぞー!
■□ランドール・クロウリィ視点■□
樹神暦2629年11月
レーシングカート全国選手権ジュニアクラス
最終戦 マッコーリオートスポーツランド
このマッコーリオートスポーツランドは、海沿いにあるサーキット。
今日も歓声の中、2台のマシンがホームストレートを駆け抜けていた。
共に黒い樹脂製のカウルで、タイヤの横幅面まで覆われたレーシングカート。
2台は3位以下を大きく引き離し、コース上で淡々と周回を重ねている。
ゴールまで、あと2周。
先頭を行くのは、黒いカートスーツに白いヘルメットのドライバー。
つまりはこの俺、ランドール・クロウリィ。
レースがスタートしてから23周、ずっとトップを守り続けていた。
俺はチラリと背後を振り返って、後ろとの差を確認する。
2位を走るのは、同じく黒いマシンに水色のヘルメット。
チームメイトのルドルフィーネ・シェンカーだ。
いや~。
ルディは、あっという間に速くなったな。
さすが、仮想現実レースの世界一。
どう走ればタイムが出るのか、よく分かっているんだよな~。
体力的にはまだ、後半バテる傾向がある。
だけど、そんなの関係ないぐらいに速いんた。
1年半ぐらい前、レースデビューした頃が懐かしい。
いきなりデビューレースで先頭を走り、周りを驚かせたっけ?
その後もレース後半は、失速することが多かった。
だけど彼女は前半に凄まじいスピードを見せて、何度も表彰台に登っている。
そう。
ルディは俺と、同等のレベルまで登ってきていた。
後の課題は、体力ぐらいかな?
それも走り始めた頃に比べると、ずいぶんと向上したもんだ。
俺に続いて、ルディはヤシの木を中心に回り込むコーナーを滑らかに立ち上がってくる。
体力とタイヤを温存しているのか、走りに攻撃性さは感じられない。
俺との差より、3位にいる「シルバードリル」の選手との差を気にしていた。
ライバルチームの連中を、徹底的に封じ込めるつもりらしい。
素晴らしい。
実にいい仕事だ。
セカンドドライバーとしては、最高だ。
彼女のサポートがあったおかげで、今年は凄く走りやすかった。
俺は順調に優勝と表彰台入りを重ね、前戦終了時点で全国選手権のチャンピオンが確定している。
ランキング2位のルディと、差が開き過ぎたんだ。
今から俺がリタイヤして彼女が優勝したとしても、逆転不可能なポイント差がある。
だからといって、目の前の優勝を他の誰かに渡すつもりなんか無いんだけどね。
俺とマシンは、最終コーナーを立ち上がった。
そのまま潮風を切り裂いて、矢のようにホームストレートを走り抜ける。
路面に描かれた白線――コントロールラインを通過した。
チェッカーフラッグ。
レース終了だ。
ついでに、今年の選手権も終了。
俺が年間チャンピオン。
ルディがランキング2位だ。
チームタイトルも獲得した。
今年のRTヘリオンは、俺ら2台だけの体制。
それでも、シルバードリルを抑え切ったんだ。
4人ものドライバーを擁する、シルバードリルを。
シルバードリルは、有力ドライバー達がみんなジュニアクラスを卒業したのが痛かったみたいだね。
クリス君、グレン君、キース君の3人は、もう在籍していない。
グレン君とキース君は、NSD-125クラスに移った。
これは俺とルディが現在走っているNSD-125ジュニアから、ジュニアという部分が取れたクラスだ。
エンジンやタイヤはそのままで、大人向けサイズの車体を使用する。
マシンのスピードはさほど変わらないけど、彼らはこれから大人達を相手に戦わないといけない。
クリス君は、さらなるステップアップを狙っている。
基礎学校7年生から乗れる、スーパーカートっていうカテゴリーに乗ろうとしているんだ。
スーパーカートはもう、カートとは呼べないような乗り物なんだよな。
なんとも安直な名前だけど、まさにスーパーな性能。
タイヤや車体も、俺達が今乗っているカートより遥かに大きい。
フォーミュラカーに近いサイズだ。
スーパーカート最速のMFK-400クラスでは、2ストロークのV型4気筒400ccっていう化け物みたいなエンジンが使われる。
6速の変速機がついていて、常にパワーが出るエンジン回転域をキープ可能。
だから加速は、ロケットのよう。
最高速度は、230km/hを超える。
当然、カート用のコースでは狭すぎてレースができない。
メイデンスピードウェイみたいな、国際格式のサーキットを走る。
地球でいう鈴鹿サーキットや、富士スピードウェイぐらい大きなサーキットが舞台ってこと。
動画サイトで見た感じからすると、ありゃ地球のF3マシンより速いな。
そんな超速マシンに乗りたいクリス君は、いくつかスーパーカートのチームが開催したオーディションを受けたそうだ。
ただ、彼ほどの腕を持ってしてもレギュラーシートは得られなかった。
下位のチームから、何回かスポット参戦のチャンスをもらえただけ。
仕方ないといえば仕方ない。
クリス君には、彼個人を支援してくれるスポンサーがいない。
今までお金を出してくれていたマリー・ルイス嬢は、今のところスーパーカートには興味が無い。
だからクリス君への支援は、終了となった。
スーパーカートはクラスにもよるけど、普通のカートとは桁違いにお金がかかる。
スポンサーを持ち込まないと、乗せてくれるチームはほとんどない。
クリス君はモヒカン頭をスキンヘッドに改造し、中等部生徒なのにもうスーツを着てスポンサー探しの営業を始めていた。
俺もスーパーカートに上がるために、そろそろ営業活動を始めないとな。
チェッカー後のクールダウン周で観客の声援を受けながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
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「でも営業を始める前に、やらないといけないことがあるんだよな~」
「そうですよ、ランディ先輩。今年はアレが、初開催ですよ?」
「お兄ちゃん。まさか、忘れてたんじゃないでしょうね?」
「さすがに、忘れてはいなかったけど……。来年に向けた、営業の方が気になってね」
「はっはっはっ! あんな大イベントより、来年の去就が気になるとは……。ランディ君は大物なのか、心配症なのか……。まあ私に、任せておいてください。我が社以外にもスポンサーを集められるよう、声をかけていますから」
今日は稼ぎ時の日曜日であるにもかかわらず、ドッケンハイムカートウェイはお休みだ。
シリーズチャンピオンとチームタイトル獲得の祝勝会として、バーベキューパーティが開かれていた。
いつもはレーシングエンジンの音がこだまするサーキットに響いているのは、肉が焼けるジューシーな音。
オイルの焼ける臭いに代わって、何とも食欲をそそる匂いが観客のいない芝生上を吹き抜けていく。
バーベキューコンロの周りには、RTヘリオンジュニアチームのメンバーが勢ぞろいしていた。
NSD-125ジュニアクラスを束ねる、シャーロット母さん。
そのクラスでドライバーを務める、俺とルディ。
中等部学生なのに、チーフメカニックのジョージ・ドッケンハイム。
データエンジニアと戦略担当を担当する、ケイト・イガラシさん。
備品やスケジュールの管理など、色々と細かい雑用をテキパキとこなしてくれる俺の妹ヴィオレッタ。
メインスポンサーであるYAS研の社長さん、エリック・ギルバート氏。
それからK2-100クラスで走っている、低学年の子供達が3人とその保護者達。
彼らのマシンを担当する、大人のメカさんやスタッフさんが3人。
あ、忘れてた。
ジョージの父。
チーム全体を束ねる総監督で、今年はK2-100の子供達を指揮していたドーン・ドッケンハイムさん。
あと俺の担任教師、ミハエル・シェンカー先生もちゃっかりいる。
ルディの保護者だしね。
俺は肉が焼けるのを待ちながら、隣にいたミハエル先生に話かけた。
「そういやミハエル先生も、ドライビングシミュレーターはやるんですか? ゲーム好きそうだし」
「ん? 俺はレースゲームや、ドライビングシミュレーター系はやらねーよ。MMORPGでギルドマスターを務めているから、色々と忙しくて他のジャンルに手を出す暇がねーんだ」
「その責任感を、仕事でも発揮してくれると嬉しいんですけど……。意外だな。てっきり先生は、ルディのためじゃなく自分がプレイするために『レーサーXX』の装備一式を購入したと思ったのに……」
「お前の中で、俺はどんだけダメ兄貴なの? ……ダメ兄貴なのは、事実だけどな」
おちゃらけていたミハエル先生だったけど、急に真面目な顔つきになって語り始めた。
「俺が働いている間、ルディは家で1人だ。寂しい思いをさせているってことは、分かっていた。その寂しさを埋めるためにゲームを買い与えるなんて、手抜きといえば手抜きだよ。実車のカートなら友達もできたんだろうが、させてやるだけの稼ぎはなくてな……」
「でも先生が働いて買ったシミュレーターゲームで、ルディは腕を磨いていた。世界大会で勝って、ウチのチームに入れる切っ掛けができた。……先生が、頑張ってくれたからですよ」
「おお。嬉しいことを、言ってくれるね。ランディ。お前中身はオッサンなのに、いい子だな。3学期は、俺の副担任にしてやろう」
「結構です。いい加減、俺に授業をさせるのはやめてください」
「ちぇ~、融通の利かない奴め。そういえばよ、さっきお前やルドルフィーネ、エリックさんが言っていた大イベントって何だ?」
「あれ? ルディから、聞いていないんですか? 彼女も今年はランキング2位だから、出場できるのに……」
「何だ何だ? 楽しそうなイベントの予感がするぞ?」
「残念ながら、先生はお留守番です。余計なスタッフを連れていく費用は、ありません。それに今から急に、何日ものお休みは取れないでしょう?」
「何日も? 費用? ひょっとして、海外遠征か?」
「ええ。お隣のナタークティカ国まで」
このマリーノ国は、菱形の国土を持つ島国。
海を挟んだところにあるクオメタル大陸のナタークティカ国が、距離的には1番近い隣国だ。
マリーノとナタークティカは、共にモア連合という国家連合体――地球でいうEUみたいなものに所属していた。
そのおかげで、地球のパスポートみたいな身分証明書が無くても渡航できる。
そういう身分証が必要になるのは、ガンズ国家連邦やツェペリレッド連合の国に出入りする時ぐらいだ。
ツェペリレッド連合ってのは、ブレイズが住むハトブレイク国が所属している国家連合ね。
俺は気軽な口調で、ミハエル先生に告げた。
「モア連合統一戦に、ちょっくら参戦してきますね」