ターン52 完走を目指します!
■□ランドール・クロウリィ視点■□
前の周、俺とルディ君との差は開かなかった。
それに焦ったのか、ルディ君はペースアップを試みたようだ。
コース幅をこれでもかと広く使い、渾身のアタックをしている。
あー、ルディ君。
そいつは不味い選択だな。
この残り周回数で2秒差なら、ムキになって差を広げなくてもいい場面。
タイヤに負担をかけるだけだよ?
ルディ君は、タイヤが冷えた状態でも速いドライバーみたいだ。
だけどタイヤをレース終盤まで持たせる、管理はまだまだだな。
シミュレーターみたいにタイヤの摩耗状態をドライバーに教えてくれるインジケーターなんて、実車には存在しないからね。
ちなみに俺は、「タイヤが冷えた状態では遅い」という不名誉な評判が立っている。
「遅い」んじゃなくって、速く走らないだけだからね。
必要があれば、やれるって意味さ。
なぜ、やらないのかって?
それは今年のタイヤが、去年までのと性格が違うからさ。
ブリザード社がこのクラスに供給している、BZKーHG02。
このタイヤは先代モデルのHG01に比べて、グリップ力が格段に向上していた。
温まりも早く、あっという間に作動温度域に入る。
おかげで今年は、コース最速記録ラッシュになるだろう。
ところがだよ。
俺とジョージ、ケイトさんは、長距離走行のテストをこなすうちに気づいてしまった。
コレ、去年のHG01より持ちが悪くなってね? ――と。
正確に言うと、「去年から進化していない」んだと思う。
だけどグリップ力は、向上している。
当然旋回スピードは上がるから、タイヤへの負担も増える。
それで耐久性がそのままだと、ずっと全開で走っていたら最後までタイヤが持たない。
クリス、キース、グレンの3人も、それに気づいている。
だから簡単に俺のブロックを破れないと見るや、無理な追い抜きを仕掛けてこなくなった。
奴らも、タイヤの温存に努めているんだ。
俺がスパートをかける瞬間に、合わせるつもりなんだろ?
でも、残念だったね。
4周終わって、残り20周。
俺はもう、行くよ?
タイヤ管理には、自信がある。
スタートしてからの数周も、丁寧にタイヤを温めた。
おまけに昨日の予選で、俺はただコース最速記録を出したわけじゃない。
予選セッション終盤にちょろっとコースに出て行って、ドカンとタイムを出したんだ。
他のドライバー達に比べて、走行距離はかなり抑えられている。
追撃開始だ。
だけど、いきなり限界までペースを上げたりはしない。
まずはルディ君とのギャップを、コンマ1秒縮めてやった。
クリス君達も、ペースアップした俺のすぐ後ろについてくる。
次の周も、またコンマ1秒。
――と思っていたら、コンマ3秒縮まっていた。
これはルディ君に、ミスがあったな。
さらにコンマ1秒――
――のつもりだったけど、縮まらなかった。
ルディ君が、頑張ったらしい。
まあいいか。
俺自身はちゃんと、狙ったラップタイムで走れている。
次の周で、またコンマ1秒縮めた。
だんだんルディ君の背中が、大きくなる。
そして、追撃開始から5周目。
ついに俺は、ルディ君を捕まえた。
疲れ始めたのか、後ろから見ていると細かいミスが目立つ。
俺が近づいてきたことで、プレッシャーも感じてしまっているんだろう。
ちょこっと前輪の滑りが出て、ベストなラインから10cmぐらい膨らんじゃったり――
ブレーキングで、後輪が一瞬ロックしちゃったり――
立ち上がりの加速で、わずかに駆動輪がスライドしちゃったり――
そういった小さな小さなミスが積み重なって、大きなタイム損失になっていた。
俺とルディ君の距離は、すでにテール・トゥ・ノーズ。
マシン同士の鼻と尻が、当たりそうな程にくっついていた。
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■□ルドルフィーネ・シェンカー視点■□
「ランドール先輩が、来てる!」
分かり切ってることなのに、ボクは思わずヘルメットの中で叫んでしまったんだ。
たぶん、自分に言い聞かせるためなんだと思う。
先輩はボクの後ろにピッタリとくっつき、風を受けないようにしていた。
これが、生のスリップストリームかぁ。
シミュレーターでも再現されているけど、現実ではどんなもんだろうと気になっていたんだ。
背後から聞こえる、ランドール先輩のエンジン音が軽い。
ボクらエルフ族は、耳がいいからね。
本当に空気抵抗が減って、速度が伸びているっていうのがよく分かった。
できれば最初は、追い抜く側で体験してみたかったなぁ――
ランドール先輩は緩い1コーナーを、スリップに入ったままついてきた。
続けて直角の2コーナーのブレーキングで、車をボクの横に並べる。
外側で粘ってみたけど、続く3コーナーのブレーキングで完全に追い抜かれちゃった。
1周目のボクと同じような組み立てだけど、先輩は精度が全然違う。
安定感抜群のブレーキングと、スケートのように滑らかなコーナリング。
あっという間に、ボクの眼前から消えていった。
いいものが見れた――なんて、感心している場合じゃない。
またすぐに荒々しいエンジン音が、背後に迫ってきたんだ。
ライバルチーム「シルバードリル」のエース、クリス・マルムスティーンさんだ。
この人は敵だから、ランドール先輩みたいに簡単には抜かせないぞ!
ボクはだいぶヘバってきた体を、奮い立たせた。
裏の直線後のヘアピンで、抜かれないようにブレーキングを遅らせる。
ブレーキングは、エルフドライバーの得意技だってランドール先輩が言ってた。
種族柄、動体視力と空間認識力が高いからね。
確かに先輩は、そう言ってたのに――
クリスさんは、ボクより3mもブレーキングを遅らせてきた。
「いくら何でも、オーバースピード……」
ボクが思った通り、クリスさんは突っ込み過ぎだった。
なんとか車の向きはかわったものの、遠心力で後輪が滑っている。
鮮やかな逆ハンドルで立て直していたけど、それでも失速しちゃうのは間違いない。
クロスラインを取って、立ち上がりスピードの差で抜き返せる!
――って思ったのに、ダメだった。
クリスさんは、派手にドリフトした割に失速が小さい。
左右が入れ替わる次のスプーンカーブで、内側を取られちゃった。
クリスさんの背中も、ゆっくり見送ってる暇はなかった。
次に背後から聞こえたのは、2つのエンジン音。
グレンさんと、キースさんだ。
この2人も敵チームだから――
どうやってブロックしようかなんて、考える暇もなかった。
スプーンコーナーで、キースさんに外側から被せられちゃったんだ。
それにビックリしたボクは、アンダーステアを出しちゃった。
膨らんでできた狭いスペースに、グレンさんはすかさず鼻先をねじ込んでくる。
次のコーナーに入る頃には、2台とも前に行かれてた。
ああ。
敵チームの3台を、あっさり前に行かせちゃうなんて――
これじゃ、セカンドドライバー失格だよ――
ヘコんでいるところに、背中からまたエンジン音が聞こえる。
今度は誰だろう?
RTヘリオンじゃない、シルバードリルでもないチームのドライバーだ。
――もう限界だ。
心も体も、そしてタイヤも。
やっぱりボクには、本物のレースなんて無理だったんだ。
ピットに戻って、棄権しよう。
そんなことを考えながら、バックストレートを走っていた。
そしたらちょうど、ホームストレートを走っていたランドール先輩とすれ違う。
ドッケンハイムカートウェイは、ホームストレートとバックストレートが隣り合わせなレイアウト。
そして進行方向が逆だから、ランドール先輩の姿を正面から見れた。
先輩はレース中なのに、ボクを見ながらハンドルから左手を離した。
何だろう?
親指を立てるハンドサインで、励ますとか?
先輩は手の平を下に向け、何かをわしゃわしゃと撫でる動作をした。
――すっかり忘れてた!
ボクは完走したら、先輩から頭ナデナデしてもらえるんだ!
そうだ。
5位まで順位を落としたぐらいで、何を落ち込んでいるんだ。
完走するんだ。
それが先輩から――チームから課せられた、ミッションだったじゃないか。
後ろから迫ってくるマシンなんて、もう怖くない。
どうせ前に行った4人と比べれば、大したことないドライバーなんでしょ?
抜きたければ、勝手に抜いていけばいい。
でもボクは、最速ラインを絶対に譲らないからね。
なんだかもういちど、体に力がみなぎってきた。
タイヤがタレてきたのも、いいことなのかもしれない。
旋回スピードが落ちて、ボクの体にかかるGも軽くなったんだから。
順位はもう、考えない。
その代わり、何が何でもマシンをゴールまで持っていく。
ボクはそう決心して、マシンを走らせ続けた。
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■□ランドール・クロウリィ視点■□
最終コーナーを立ち上がる俺の耳に、歓声が届く。
これが最後の1周だ。
2番手のクリス君とは、3秒も差が開いていた。
どうやらクリス君、終盤はタイヤが少しタレてたみたいだね。
コントロールラインで、チェッカーフラッグが振られた。
俺の優勝だ!
約1年半ぶりの優勝!
母さん、ケイトさん、ヴィオレッタ。
サインエリアから手を振るみんなの表情が、嬉しそうだ。
ジョージ。
クールに無表情を、装ってるんじゃないよ。
内心、嬉しくてたまらないんだろう?
今日はスポンサーのエリック・ギルバートさんが、仕事の都合でこられなかったのが残念だ。
今日中にメールで優勝報告するのはもちろん、アポ取って早く直接報告に行きたい。
そして、俺のチームメイト――ルディ君。
ルディ君がいなければ、クリス君達は一致団結して俺に襲い掛かってきただろう。
だけど今日は、そうならなかった。
ルディ君のスピードに、コース上全てのドライバーが気を取られてしまったんだ。
そういった意味で、今日の優勝はルディ君のおかげでもある。
俺はクールダウンの1周を終えて、マシンをピット裏にある指定の場所へ停めた。
レース終了後にも車検があるから、そのために車両保管されるんだ。
あれ?
何かおかしい。
いつもはすぐ、チームの誰かが駆けつけてくれるのに――
もうひとつ、気になることがあった。
背後を振り返っても、ルディ君のマシンがいないんだ。
――まさか!?
俺はヘルメットも脱がずに、ピットの方へと駆け出した。