ターン49 副賞、頭ナデナデが贈られます
ピット内に設置してあるタイミングモニターで、確認してみる。
ルディ君のタイムは、36秒299。
去年クリス・マルムスティーン君が出したコース最速記録は36秒371だから、確かに上回っている。
ちなみにルディ君のタイムは、今回公式練習走行を走った全車の中で4番手。
トップはクリス君だ。
去年自分が叩き出したコース最速記録を、さらに更新している。
ルディ君、凄いな。
デビューレースなのに、いきなりこのタイムか。
大したもんだ。
まあ俺も、コース最速記録は更新できただろうけどね。
エンジンの水温さえ、きちんと上がっていれば――
非公式になら、去年の12月に練習走行で最速記録更新してるけどね。
それも食いつきが劣る、前年モデルのタイヤでだもんね。
1年間走って、くたびれた車体でだもんね。
だから、悔しくなんかないもんね。
「ランディ。君は何か、大人げないことを考えていませんか?」
ジョージに言われて、俺はハッと我にかえる。
「そそそんなことないよ、ジョージ! ……おめでとう、ルディ君。素晴らしい走りだったよ。俺も、教えた甲斐があるってもんさ」
俺はちょっと不審にどもりながらも、右手を差し出した。
ルディ君と、ガッチリと握手を交わす。
地球にいた頃、 フォーミュラカーの世界では「最大の敵はチームメイト」なんて言葉があった。
チームメイトは自分と同じマシンを与えられているわけだから、負けた時に道具の差を言い訳にできない。
だからドライバーはチームメイトに勝たないと、自チームや他のチームからも評価してもらえないっていうね。
地球でF3に乗っていた時、チームメイトは間違いなく最大の敵だった。
でも、ルディ君は――
実車のカート歴2ケ月ちょっとの子――それも弟子相手にムキになるなんて、大人げないよな。
子供の体になってから、考え方や感情も体に引っ張られている気がする。
そういえばクリス君も、中身オッサンなのに子供っぽいよなぁ。
「ふふっ、ランディ。レーシングドライバーなんて、みんな負けず嫌いのガキばっかりよ? トミー兄さんだってそうだったんだから、それでいいのよ」
ありゃりゃ。
シャーロット母さんには、しっかり心を見透かされていたか。
そうだよね。
負けず嫌いじゃないと、プロレーシングドライバーになんてなれないよね。
自分の負けず嫌いを正当化した俺は、午後から行われた予選でトップタイムを叩き出してやった。
クリス君の新コース最速記録を、さらにコンマ2秒更新だ。
■□■□■□■□
□■□■□■□■
■□■□■□■□
□■□■□■□■
樹神暦2628年4月
マリーノ国全国選手権ジュニアクラス
第1戦
決勝日の朝。
まだ明け方で太陽は低く、薄暗い。
それでもパドックエリアに張られた各チームのテントには、煌々と明かりが灯っていた。
マシンを整備する工具の音やチームスタッフ達の声で、すでに賑わいを見せている。
俺とルディ君はコース上を歩き、路面の状況を確認中だ。
他にも何組か、コースを歩き回っている人達がいた。
昨日行われた公式練習走行と予選タイムトライアルで、最速ラインには相当タイヤのゴムが乗っている。
そこを踏んで走ればタイムが出そうな反面、外したら遅くなってしまうだろうな。
俺とルディ君が路面を観察していると、グレーのカートスーツを着た少年が話しかけてきた。
宿敵「シルバードリル」のエースドライバーにして、俺と同じ転生者。
前世地球ではドリフト競技のドライバーだった、クリス・マルムスティーン君だ。
「よう、ランディ。調子良さそうじゃねぇか。まさかコース最速記録を、破り返されるとは思わなかったぜ」
「おはよう、クリス君。君も調子良さそうだね。また体が、ひと回り大きくなった?」
俺とクリス君が出会ったのは、3年前。
俺が基礎学校2年生で、クリス君が3年生だった頃だ。
当時のクリス君は体が細く、マシンコントロールの上手さだけで走っていた。
だけどここ2年ほどで背が伸び、身体のパーツのひとつひとつが太くなっている。
クリス君は、トレーニング嫌いだ。
だけど「シルバードリル」ではマリーお嬢様監督の下、死ぬほどサーキットを走り込まされたらしい。
幸いというか不幸にもというか、「シルバードリル」の本拠地コースであるウィッカーマンズサーキットには夜間照明設備があった。
だから学校帰りの平日にも、夕方から夜遅くまで吐くほど走らされたんだとか。
獣人のキースとグレンが音を上げるような、地獄の走行プログラムだったらしい。
クリス君はトレーニング嫌いだけど、マシンを走らせるのは大好きなんだ。
おかげでマリーお嬢さまのシゴきにも耐え切り、人間族の子供としては立派な体格を手に入れていた。
「へっ。俺達人間族は相当鍛えないと、モータースポーツの世界では生き残れねえからな。……それにしてもおめーんとこの後輩、速ぇけど細すぎじゃねぇか?」
クリス君が、ルディ君をじろりと睨む。
するとルディ君は、怯えて俺の背後に隠れてしまった。
「はっ! 体格だけじゃなく、度胸も足りねぇなぁ!」
「クリス君。あんまりウチの後輩を、虐めないでくれる? 君の髪型が、怖すぎるんだよ。レース中はヘルメットで見えなくなるから、ルディ君も平気だと思うよ」
以前のクリス君は、赤黒い髪のサイドを刈り上げたツーブロックヘアだった。
今日の彼は、中心以外を綺麗に剃り上げたモヒカンヘアーになっている。
クリス君は目つきも悪いし、どう見ても世紀末世界でヒャッハー! とか叫んでいそうな人だ。
「ほっとけ! いま若いねーちゃん達の間では、密かにモヒカンブームなんだそうだ。もうすぐこの髪型が、モテるようになるんだよ。マリーお嬢様んところのメイド、キンバリーが言ってたぜ」
ああ!
1番話を聞いてはいけない人の言うことを、真に受けるなんて。
もう、取り返しがつかないな。
――まさかキンバリーさん。
本当にこの髪型が、カッコいいとか思ってないよな?
「ランディ。1番手スタートのおめーに、言っとくぜ。……せいぜい、スタートは気を付けろよ」
「何だい? ジャンプアップを狙ってくるのかい? ……かかってきなよ。あんまり前ばかり気にしていると、後ろからウチのルディ君にブチ抜かれるよ?」
舐められないよう、こちらもとりあえず挑発で返す。
以前のように、故意にぶつけることはなくなったクリス君。
だけど彼は、ペナルティにならない範囲ならやる男だ。
弱気を見せると、強引に鼻先をねじこまれる可能性だってある。
それに――
俺は背後で縮こまっている、可愛らしい後輩を見た。
怯えてはいるけど、その碧眼はクリス君を見据えている。
逸らしてはいない。
予選5番手ルディ・シェンカー。
ひょっとしたらひょっとして、なにか面白いことが起こるかもしれない。
■□■□■□■□
□■□■□■□■
■□■□■□■□
□■□■□■□■
午後になり、決勝レースが始まる。
まずはスタート進行。
ダミーグリッドと呼ばれる地点に、各チームマシンを運ぶ。
今回のダミーグリッドは、コース外に指定されている。
俺は自分のことより、ルディ君のことが心配だった。
レーススタートの前に、様子を見に行きたい。
だけど迂闊にマシンの傍を離れると、敵チームから妨害工作を仕掛けられる可能性がある。
俺はジョージにマシンの監視を任せ、後輩を励ましに向かった。
ルディ君は、心細そうに愛車の傍に佇んでいる。
「やあ、ルディ君。ちょっと、緊張しているみたいだね」
俺は緊張をほぐすために、ルディ君の両肩を掴みモミモミとほぐした。
ちょっとビックリさせてやろうかと思って、背後からいきなりだ。
「はうっ! ランドール先輩!」
「ランディ君、何しとんねん!」
「わっ! ケイトさん、ハリセンはやめてよ! 肩を揉んだだけなのに、なんで怒るのさ?」
っていうか、どこから取り出したの?
なんでサーキットまで、ハリセン持ってきてるの?
「『肩を揉んだだけ』って、それでもセク……いや。なんでもあらへん」
渋々といった様子で、ケイト・イガラシ嬢はハリセンを背中の翼の中へとしまう。
うーん。
天翼族の翼には、秘密がいっぱいだ。
「ビックリした~。ランドール先輩は、ボクをリラックスさせようとしてくれたんですね?」
「そうだよ。……でもあんまり、効果なかったみたいだね。まだ顔が、真っ青だよ?」
「そうなんです。ジュニアのレースとはいっても、けっこうな数の観客が見ているじゃないですか? ボク、目立つのは苦手で……」
たかが子供クラスオンリーのレースイベントとはいっても、この世界の人々はモータースポーツ大好き。
コースの金網には、びっしりと観客が張り付いていた。
目立つのが苦手な子には、少々辛いかもしれない。
「ルディ君には今年1年間、7戦を通して成長してもらいたい。だから、1戦目からそんなに気張らなくてもいいんだよ? 今回は、完走してくれたら充分さ」
「完走……。そうだ、先輩! ボクが完走したら、ご褒美を下さい!」
「OK。俺にできることならね」
「それじゃあ……。ボクが完走したら、頭をナデナデして下さい」
「……へ?」
何だと!?
そんなに簡単なことでいいのか?
「いいよ。完走できたら、頭がハゲるまで撫でてあげるよ」
「ハゲるのは、ヤです。でも、先輩が頭撫でてくれるなら……。ボク、頑張れる気がします」
頭を手で庇いながらも、ルディ君は嬉しそうに宣言した。
なぜか横でケイトさんが不満げな表情だったので、一応ケイトさんにも聞いてみる。
「ケイトさんも、頭ナデナデ要る?」
「ウチの方が、お姉さんやろ? ランディ君が優勝したら、ウチがランディ君の頭ナデナデしたる」
よし!
言質取ったぞ!
優勝したら、キュートなお姉さんの頭ナデナデGETだぜ!