ターン45 チームメイト候補を口説き落とせ
「本来は去年も、3台体制の予定だったでしょう? ランディ君とキース君、グレン君で。その前の年も、NSDー125ジュニアの子達は2台体制でした。複数台参加が『RTヘリオン』の伝統だったのです」
エリックさんに言われて、思い出した。
俺1台だけ参戦って体制が決まったのは、去年の3月始め。
全国選手権、第1戦のエントリー受付が締め切られる直前。
あの時はキース先輩とグレン先輩の代役ドライバーを探す時間がなくて、1台体制になっちゃった。
だけど本当は、あと2台走らせるだけの資金的余裕がウチのチームにはあったんだ。
ドーン・ドッケンハイム総監督やシャーロット母さんは、第2戦以降も代わりのドライバーを探していたらしい。
だけど「シルバードリル」が有力な子をみんな囲い込んじゃって、全然ウチにきてくれなかったんだよね。
「わたくしの調査によると、このルディ君の家庭は両親が亡くなっていてお兄さんとの2人暮らし。経済的に余裕がなく、本物のレーシングカートを始めることは不可能だったそうです」
それは厳しいな。
俺の場合お金はなかったけど、ずっと父さんが応援してくれた。
今は母さんも妹も、応援してくれている。
ルディ君と同じ家庭環境だったら、俺でもレースを諦めていたかもしれない。
「お兄さんはコツコツとお金を貯め、『レーサーXX』をプレイするための装備一式をルディ君に買い与えました。自分は仕事が忙しくて帰りが遅いから、寂しい思いをさせないようにと」
エリックさんは手元の手帳に目を落としながら、すらすらと説明していく。
どうやらかなり詳細な調査報告が、書き記されているらしい。
「お兄さんの優しさに心打たれたルディ君は、家事をこなす傍らシミュレーターで走り込み続けました。そして、仮想現実での世界一にまで登りつめたのです」
うーん、なんだろ?
エリックさんの調査報告が、やたら詳しいのが気になるなぁ。
まるでそのお兄さんから、直接聞いてきたような?
「あからさまな順位調整は、競技規則で禁止されております。しかしチームメイトへのちょっとした援護射撃は、水面下で行われている。去年のランディ君も、それを10台相手にやられてかなり苦しい思いをしたでしょう」
確かに。
せめてチームメイトがもう1台いれば――って、何度思ったことか。
「どうです? 仮想現実で速いドライバーは実車でも速かったり、短期間で速くなれるケースが多い。2台体制なら限られた走行時間中に異なるセットアップを試せたり、情報を集めるスピードが段違いになります」
エリックさんの口角が、吊り上がる。
「私としては、ランディ君と同じ条件……全ての参戦資金を我が社が持つという条件で、乗せてみたいと思っています」
俺が答えるより先に、声を上げたのはシャーロット母さんだ。
「まあ! お兄さんと2人だけなんて、寂しかったでしょうに……。ぜひ、ウチのチームに入って欲しいわ。そして私を本物の母親だと思って、甘えさせてあげたい」
母さん、趣旨変わってるよ。
これはアレだな。
母さんはルディ君に、薄幸の美少年というイメージを抱いたみたいだ。
可愛げのない悪ガキだったら、どうするのさ?
へいへい。
俺みたいな中身はオッサンじゃなく、普通に可愛い男の子が欲しかったのね。
母さんの気持ちも、わからなくはない。
「後輩……か。K2-100に乗ってる間は、とうとう入ってこなかったんだよな……」
俺は、前世でも次男。
下に妹や弟は、生まれなかった。
今回ラウネスに転生して、ヴィオレッタという可愛らしい妹を持つことができたけど――
弟だって、欲しいぞ~!
地球ではずっと兄さんに頼ってきた俺にとって、弟分というのは実の妹とは別に憧れる存在だ。
よっぽどの悪ガキでなければ、ウチのチームに入ってもらいたい。
「わかりました、エリックさん。勧誘はどうします? 俺が学校で、誘いましょうか?」
「ランディ。君1人で、大丈夫ですか? あまり交渉事が得意だとは、思えないんですが……」
「心配するなよ、ジョージ。俺が失敗したら、君の出番だ。南プリースト基礎学校の番長であるジョージが、脅してチームに捻じ込んでくれよ。ケイトさんが、色仕掛け……って手段もアリだな」
俺のアイディアに対し、その場にいた全員がツッコミを入れてきた。
母さんやエリックさん、ジョージにケイトさんは元より、いつの間にか応接室にコーヒーを運んできてくれていたヴィオレッタまでが、キレイに声をハモらせて。
『自分で平和的に勧誘しなさい!!』
まったく、ノリのいい連中だね。
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父さんとエリックさんの、熱いバーチャルレース。
そしてドーン・ドッケンハイム総監督不在の中で、勝手にチーム人事が決められた翌日。
いまは学校の昼休み時間中だ。
俺はさっさと昼食を済ませ、3年生の教室が並ぶ廊下へとやってきていた。
3年B組――去年まで俺がいた教室が、ルディ君のクラスらしい。
「ねえ、そこの君。そう、三つ編みが可愛い君だよ。……このクラスに、ルディ・シェンカーって子がいるでしょ? いま、教室の中にいるかな?」
話しかけた3年生の女の子は、なぜか反応できずにホケーっと突っ立ったままだった。
「俺、4年C組のランドール・クロウリィっていうんだけど……」
そこまで言った時、ようやく三つ編み女生徒は再起動した。
再起動と同時に、オーバーヒート。
顔を真っ赤にして、両手で口元を抑える。
おいおい。
手に持っていた教科書、落っこちちゃったよ?
彼女の教科書が床に着く前に、俺は腰を落としてヒラリと拾った。
三つ編み女の子が床へと視線を落とした時には、教科書はもう俺の手の中。
彼女に向かって、拾った教科書を差し出してあげる。
「はい、気を付けなよ。それでさ、ルディ君に会いたいんだけど? ……ああ。ルディ君に、何かしようってわけじゃないからね。安心してよ。ちゃんと俺は、この学校の4年生さ。えーっと、生徒証見せようか?」
「……あっ! いえっ! ランドール先輩のことは、知っています」
そう?
俺って有名?
「速いカートレーサー」ってことで、有名だといいな。
番長「破壊神ジョージ」といつもつるんでいる、危険人物として有名とかだったら嫌だ。
三つ編みっ子は、飛ぶような勢いで教室に駆け込んでいった。
「みんな! 大変よ大変! ランドール先輩がきているわ!」
いや。
用があるのは、ルディ君だけなんだけど――
その「熊が出たぞ~!」みたいな反応、やめてくんないかなぁ?
教室内では、歓声やら悲鳴やらが上がってドタバタしている。
だけど、20秒で落ち着いた。
正確には、19秒56。
今日も俺の体内ストップウォッチは、絶好調。
「あの……。ランドール先輩、ボクがルディ・シェンカーです」
教室から出てきた子は、短パンに草色のカーディガンを羽織った子だった。
――なんて美少年なんだ!
儚いほどに白い肌。
どこか愁いを帯びた、クリクリっと大きくて丸い碧眼。
男子としては、やや長い髪。
女子だったら、ショートボブっていうぐらいの長さかな?
翡翠色に煌めいている。
顔立ちは彫刻のように美しくもあるけど、子供らしいあどけなさも矛盾せずに共存していた。
これは――
ウチの母さんじゃなくても庇護欲を掻き立てられる、魔性のショタっ子だ。
おまけに髪の間から覗く、長い耳――
エルフ族だ!
俺の知り合いには、碌なエルフがいない。
クソ生意気なファザコンエルフ、ブレイズ・ルーレイロとか。
授業しないでゲームしている、ナマケモノヒゲエルフのミハエル先生とか。
果してルディ君は、どうなのかな?
「初めまして。ランドール・クロウリィです。ルディ君に、大事なお話があってきたんだ」
「えっ!? そのう……。大事な話って……?」
「ここじゃ何だから、校舎裏に行こう」
何人もの生徒達が教室から身を乗り出して、聞き耳を立てているからね。
チームの機密情報が、マリーお嬢様にでも漏れたら面倒だ。
「校舎裏に行こう」って言った瞬間、教室から「キャー!」って声が聞こえた。
何だよ?
何でそんなに、喜んでるんだよ?
まさかこのクラスの女子達って、もうこの歳で「腐」に目覚めてるとかじゃないよな?
いくら俺がルディ君を可愛いと思ってるからって、将来ランドール×ルディとかの薄い本を書くのはやめてくれよ。
薄い本――?
うっ!
何だろう?
頭が痛い。
何か、思い出してはいけないことがあったような――
「あの……。ランドール先輩? 具合悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、平気さ。……行こう。昼休みが、終っちゃうよ」
ルディ君。
そんなに潤んだ瞳で、俺を見上げないでくれ。
何だか、変な属性に目覚めそうだ。
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いそいそと校舎裏にやってきた、俺とルディ君の2人。
周囲には、誰もいない。
――いや。
隠れて何かいっぱいいる!
マリーさんのスパイとかじゃ、なさそうだな。
ほぼ全員、下級生っぽい気配だ。
「えっと……。それでランドール先輩。ボクに、どんな用なんですか?」
「単刀直入に言おう。君が欲しい」
隠れている気配が、ざわめいた。
君達。
隠れる気あるのかい?
「えっ……ええっ! そ……そんなこと、急に言われても……。大体先輩とボクは、知り合ったばかりじゃないですか」
「急な話で、驚くのは分かるよ。でも俺は、君のことを(昨日から)ずっと考えている。考え過ぎて、夜も眠れない(昨日だけな)。知り合ってからの時間は関係ない。俺には君が(チームメイトとして)必要なんだ」
そこまで言った時、背後から猛スピードで誰かが駆け寄ってきた。
「ランディ君のドアホー! それじゃあまるで、口説いとるみたいやないか!」
実際口説いてるんですよ。
チームに入ってくれるようにね。
ケイト・イガラシさんが、俺の後頭部に何かを振り下ろしてきたのが気配で分かった。
とりあえず回避。
避けて空になった空間を、白い閃光が走り抜けた。
ケイトさんは、いつも学校にこんなものを持ってきているんだろうか?
「君はもうちょっと、自分がモテる男だっちゅうことを自覚せぇへんと。まったく、罪作りやねんから」
ぷんすこ怒る、ケイトさん。
彼女が肩に担いでいるそれは、割とデカいサイズのハリセンだった。