ターン42 マッチレース! オズワルドVSエリック
■□ランドール・クロウリィ視点■□
樹神暦2628年、1月の末。
俺は激闘の中に、身を置いていた。
この戦場では、救援要請が絶え間なく飛んでくる。
「ランディ先生~! この問題、わかりませーん! 教えて教えて!」
いたずらっぽく声を上げるのは、クラスメイト達だ。
「俺は先生じゃないってば! 待って待って。これを教え終ったら、すぐ見るから」
戦場は教室。
敵は、算数の文章問題だ。
学力が大人の俺は、すでに自分の課題を瞬殺していた。
小学生レベルの問題だからといって、手は抜かない。
レーシングドライバーとして必要な状況判断力や思考スピードを訓練するべく、解答の精度と計算スピードには拘わって授業に挑む。
んで、一瞬で課題を終えてしまう俺には、先生から別の任務が与えられてしまうってわけ。
苦戦している味方――授業でわからないところがあるクラスメイト達に、勉強を教えるっていうね。
この世界の文明は、地球よりちょっとだけ進んでいる。
基礎学校の全生徒が、情報端末を授業で使いこなしていた。
地球でいうと小学1~6年生に当たる、初等部の生徒も全員だ。
地球でも、情報端末の導入は始まっていたらしいけどね。
さっき俺は「後で教える」なんて答えていたけど、その生徒の机まで行って教えるわけじゃない。
タブレット同士をブルートゥースのような短距離無線通信でつなぎ、リモートで書き込みながらマイクとスピーカーで会話しつつ教えるつもりだった。
黒板も電子黒板になっているし、何年も前からデジタル化が進んでいる。
地球で俺が学生をやっていた頃と比べると、異世界の教育現場はスピーディかつ教えやすくなっていると感じるね。
そんな素晴らしい環境なのに、ちーっとも真面目に授業しない不良教師が俺達の担任だった。
「ミハエル先生! 生徒の俺に任せていないで、先生も教えて回って下さい」
教室前方の窓際。
教師用デスクの椅子に腰かけ、何やら熱心にタブレットをいじっている男がいる。
尖った耳と、腰まで届くサラサラな藍色の長髪が特徴だ。
中年に見えるのは、髭を伸ばしているからだろう。
実年齢は24歳と、大学を出てからまだそんなに経っていない。
このクラスの担任教師、ミハエル先生。
彼の種族はエルフ。
俺が目標にしている伝説のドライバー、アクセル・ルーレイロ。
そしてその息子である、ブレイズ・ルーレイロと同じ種族だ。
「ランディ。これは、お前の学習のためだ。最高の勉強法は他人に教えることだって、よくいうだろう?」
「教育論っぽいことを語っても、ダメです。ちゃんと授業してくれないと、授業中にゲームで遊んでいるのを校長に密告しますよ?」
「ふーん。それじゃあ俺も、校長先生とお前のお母さんに話しちゃおうかなぁ~?
お前がスポーツクラブの助っ人で、『色々と良くしてもらっている』こと」
俺の頬が引きつると同時に、クラスの何人かの顔もヒクついた。
その情報を、仕入れているとは――
このナマケモノ教師、油断ならないな。
実は俺、様々な競技のスポーツクラブに助っ人として参加しているんだ。
地球から伝わった野球、サッカー、アメリカンフットボールにバスケットボール。
ラピッドボールという、ドッヂボールとサバイバルゲームを組み合わせたようなこの世界独自の球技にも参加した。
空手と剣道を組み合わせた格闘技、剣術格闘のクラブからは、出禁を食らってしまったけど。
「対戦相手が死んじゃうから、もう来ないでくれ」
――だってさ。
俺は助っ人の対価として、控えめではあるけど金銭を受け取っていた。
だって、レース資金が欲しいじゃん。
この異世界ラウネスでも、基礎学校初等部生徒のアルバイトは禁止されている。
解禁になるのは、地球の高校1年生に当たる10年生からだ。
バイトもどきの事実が、バレるのはマズい。
校長より、母さんにバレる方が怖い。
「どうしたランディ? 顔に、焦りが出ているぞ? お前、転生者で精神年齢は俺より上なのになぁ~。すぐ、顔に出るよなぁ~」
ヘラヘラと笑う不良教師に、俺はイラっとした。
苛立ちはミハエル先生にも伝わってしまっているだろうけど、このヒゲエルフは全く動じていない。
なかなか神経の太い男だ。
俺がヒゲエルフをどう処理しようかと悩んでいると、教室のいたるところから声が飛んできた。
「ミハエル先生が授業しなくても、別にいいんじゃない? 先生より、ランディに教えてもらった方がわかりやすいし」
「私、ランディに教わり始めてから成績伸びた」
「先生。校長にサボりのことは黙っといてあげるから、ランディのことも黙っといてくれよ。先生がクビになっても困らないけど、ランディがクラブの助っ人に来てくれなかったら困るんだよ」
――あ。
ヘコんだ。
ふてぶてしいヒゲエルフは、机に突っ伏してシクシクと泣き始めた。
やがて、チャイムが鳴る。
日直は泣き続ける先生をスルーしてさっさと号令をかけ、生徒達は何事もなかったかのように解散した。
俺はちょっと気が引けたんで、突っ伏して泣いているミハエル先生の顔を覗き込んでみる。
すると泣いているフリをしながらこっそりゲームをしていたんで、放置することにした。
ヒゲエルフ!
俺の心配を返せ!
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放課後。
俺はジョージ、ケイトさんと3人で、校門へと伸びる散歩道を歩いていた。
下校して、スクールバスの停留所へと向かう最中だ。
ジョージは7年生になり、中等部へ。
ケイトさんは10年生になり、高等部へ。
それぞれ進級して、校舎は変わっている。
だけど校舎は全部敷地内にあるから、帰りはこうやって一緒に下校できるってわけさ。
これから「RTヘリオン」のメンバーは、ウチの工場に集合する予定になっている。
スポンサー企業YAS研の社長、エリック・ギルバート氏からお話があるらしい。
わざわざ足を運んでくれるそうだ。
本当なら、こちらから訪ねていくべき場面なんだけどね。
エリックさんは、ウチの工場で話したいと言ってきた。
「あ~。気が滅入るな。たぶん、来季の出資額を減額するって話か……。いや。スポンサーを降りると、言われる可能性だってあるな」
「ランディは案外、ネガティブ思考なんですね。年間ランキング8位は、そんなに悪くない成績だと思いますよ? 減額の可能性は無きにしも非ずですが、スポンサーを降りるとまでは言ってこないでしょう」
「エリックさんには、かなりの額を出資してもらっている。それでランキング8位は、相応の対価とはいえないよ」
「ランディ君は真面目というか、プライド高いというか……。状況から考えるに、ウチもそない悪い話やないと思うとるで」
2人はそう言って励ましてくれるけど、俺は憂鬱な気分になっていた。
地球の全日本F3で成績が振るわなかった頃を、思い出してしまったんだ。
昨年「シルバードリル」がやらかした10台エントリーには、さすがにウチ以外のチームからも苦情が出たらしい。
2628年シーズンからは、
『1チームからの参加台数は、最大で4台まで』
という競技規則が設けられた。
これで去年よりは、マシな戦いになるはずだけど――
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俺達3人は、学校の送迎バスを降りた。
クロウリィモータースの工場へ向かうと、すでにエリック・ギルバートさんの愛車が敷地内に停まっている。
ハーロイーン国の自動車メーカー、EFF社製の高性能スポーティセダン〈S383〉だ。
工場の建物内に入ろうとすると、シャッターの奥から排気音が響いてきた。
音は2種類。
片方は、ターボエンジンの音。
大地を揺るがすような、低く図太いサウンド。
もう片方は、バルルッと大気を切り裂く大排気量OHVエンジンの音。
地球ではアメ車に多い、ワイルドなサウンドだ。
「ああ。あの2人、またやり合っているな。父さんは仕事サボっていると、また母さんにどやされるよ」
ウチは貧乏だけど、工場の建物は割と大きい。
工場内には、応接室なんてものもあったりする。
そこでは2人の男達が火花を散らし、熱い戦いを繰り広げていた。
片方は俺の父、オズワルド・クロウリィ。
相手はウチのチームスポンサー、エリック・ギルバート社長。
彼らが握っているのは、実車のハンドルを模したコントローラー。
ペダルや変速レバーが付いているだけじゃなく、モーターの反力で実車さながらのハンドル手応えを実現する高性能な玩具だ。
2人は真剣に、ゲームをプレイしている。
ソフトは超リアルなドライビングシミュレーター、「レーサーXX」。
ゲームだと、甘く見てはいけない。
地球にも、ドライビングシミュレーター系のゲームは存在した。
そちらも、年々進化を重ねている。
俺が地球で死んだ頃の最新作は、コースやマシンの操縦性がリアルに再現されていた。
プロレーシングドライバーが、練習に用いるぐらいにだ。
FIAっていう地球中のモータースポーツを統括する団体が、そのゲームで「世界選手権をやるぞ」なんて言い出した時も驚かなかったよ。
思ったより、早く実現したなって程度さ。
地球でそれぐらい、技術が進んでいたんだ。
モータースポーツが地球より遥かに盛んなこの異世界で、ドライビングシミュレーター系のゲームが進化していないわけがない。
収録車種や、コースの数は膨大。
車の挙動があまりにリアルに再現され過ぎていて、素人はまともに走らせられないなんてこともある。
リアルのレースほどじゃないけど、オンラインで行われるレースは大盛況。
動画サイトでその模様は配信され、すごい再生回数を誇っている。
ゲームなのに、他のスポーツ動画を圧倒するほど人気なんだ。
俺達が応接室へと入って来たのに、父さんとエリックさんは全然気づいてくれない。
対戦レースに、夢中になっている。
かなり接戦みたいだ。
話しかけて集中力を乱したりしたら、相当恨まれる予感がする。
俺達3人は頷き合い、レースの結末を黙って見守ることにした。