ターン33 乗り子×どりる
今回のサブタイトルは、なまこさんことただのぎょーさんの作品、「なまこ×どりる」https://ncode.syosetu.com/n3777fc/のパロディであり、ご本人から許可もいただいております。
南プリースト基礎学校、初等部の校舎裏。
あまり人気がない場所に、俺は連れて来られていた。
案内してくれるのは、執事のベッテルさん。
そして俺とベッテルさんに続き、建物の陰に隠れながら追跡する怪しい人影が2つ。
ジョージとケイトさんだ。
おいおい、2人共。
新しいスポンサー候補さんとの会談を、覗き見るつもりかい?
失礼になっちゃうだろう?
演技下手な俺が何かやらかさないか、心配でついて来ているのかもしれないな。
だけど、大丈夫だよ。
俺はスポンサーさんに対しては、演技無しの直球勝負。
俺という乗り子が出資に値する人間であることを、言葉や立ち振る舞いで存分にアピールする。
それが演技でなく素になるよう、今まで自分を磨いてきたつもりだ。
大企業のご令嬢であろうとも、話相手が務まる程度の教養、話術、礼節はセットアップ済み。
さあ!
契約交渉という名のバトルスタートだ!
俺はそんな風に意気込みながら、ベッテルさんの後ろを付いて行っていた。
やがて1本の桜が、視界に入る。
「乙女の桜」。
校舎裏にひっそりと生えている、大きなマリーノザクラに付けられた愛称だ。
この桜が咲いている時期に、その下で女性が意中の男性に告白すると将来結ばれるという伝説がある。
ちなみに地球のソメイヨシノなんかに比べると、花が咲いている期間がめちゃめちゃ長い。
3月の始めから、4月の終わりまでずーっと咲いていたりする。
記憶にあるソメイヨシノの色よりも、若干ピンクが強い気がするな。
そんなマリーノザクラが鮮やかに咲き乱れる下で、少女は優雅にこちらを見つめ、微笑んでいた。
彼女は基礎学校の3年生。
人間族の女子としては、背が高い。
椅子に座っていても、それが良く分かる。
西洋人形のように整った顔立ちと、白い肌。
今はその白い頬が、ほんのり薔薇色に染まっている。
俺を見つめてくる瞳は、深いグレー。
そして、髪――
長い彼女の銀髪は、午後の日差しを反射してキラキラと輝いている。
前髪はパッツン気味に切りそろえられていて、他の部分は――
ひと言で言い表すなら、ドリルか?
横髪は、見事な縦ロールに巻かれていた。
肩の前を通り、胸の前に垂れ下がっている。
後ろ髪もドリル。
何本あるんだ?
えーっと。
前2本の後ろ4本。
計6本のドリル持ちなんて、相当なドリルマニアだな。
朝からセットするの、大変じゃない?
分かるよ。
ドリルは漢のロマン――って、相手は女の子だった。
そんな風にドリルをガン見していると、お嬢様は立ち上がって優雅に一礼した。
動きにくそうな桃色のフワフワドレスを着ているのに、その仕草は滑らかで洗練されている。
――っていうか君、その恰好で登下校してるの?
「お会いできて光栄ですわ、ランドール・クロウリィ様。ワタクシ、3年A組のマリー・ルイスと申します」
「こちらこそ。貴女のような美しいお嬢さんに出会えて、とても光栄だね。3年B組、ランドール・クロウリィ。レーシングカートのドライバーだよ」
俺は悩んだ末、敬語は無しでいくことにした。
交渉相手だから、敬意は払わないといけない。
だけど彼女は、学校の同級生でもある。
あまりへりくだって、不利な契約内容を呑まされてもいけない。
フランクかつ、敬意は失わないようにという戦略を取ろう。
彼女に促され、俺はテーブルに着いた。
細かい意匠が美しい、白色の丸テーブルだ。
学校の備品じゃない。
これ、さっきのベッテルさんが持ってきたのかな?
軽い樹脂製だから、持ち運びに苦労はなさそうだ。
テーブルに着くと、すぐにベッテルさんが紅茶を持ってきてくれた。
うーん。
もう16時を回っているし、まだ9歳の体だからな。
カフェイン摂取は避けたいけど、ここで口にしないのは失礼だろう。
それに俺、コーヒーの次に紅茶も好きだしね。
鼻孔をくすぐる豊かな香りに、俺は我慢をやめティーカップを手に取る。
うん。
美味しい。
コレは間違いなく、高い茶葉を使っている。
「今日はワタクシ、ランドール様とお話してみたくって……」
マリーお嬢様はどこかモジモジしていて、話しにくそうだ。
おかしいな?
彼女は幼いけど、経営学や帝王学を学んだ強者。
その態度は、大人相手にも堂々としたもの。
その代わりに高慢で、我儘だと聞いていたのに――
ここは俺が、話しやすい雰囲気を作ってやらねば。
「俺も君とは、話してみたかったんだ。君のことを(スポンサードしてくれる人かどうか)知りたいし、君にも俺(というドライバー)のことを知って欲しい」
薔薇色だった彼女の頬が、なぜか朱色にまで変化した。
大丈夫かな?
風邪か?
背中に悪寒を感じて振り返ると、ケイト・イガラシさんが倉庫の陰からこちらを覗き見ていた。
彼女は殺気のこもった視線を、俺に向けている。
あ――あれ?
なんか俺、会話マズった?
そう言えばケイトさんと妹のヴィオレッタから、俺って女の子に慣れ慣れし過ぎるというお叱りを受けたこともあったね。
それ以上ケイトさんと目を合わせるのは怖かったので、マリー嬢の方を向き直る。
「マリーさん、大丈夫かい? 熱でもありそうな顔色をしているけど?」
「……! だ……大丈夫ですわ! それよりランドール様の得意な、レースのお話を聞きたいですわ」
おお!
やっぱり、レースに興味があるんだな?
スポンサーとして、期待――
いや待て、俺。
ひょっとしたらスポンサーじゃなくって、彼女自身がドライバーとしてレースに出たいのかもしれない。
――それでもいいか。
それならRTヘリオンの実績や雰囲気の良さをアピールして、彼女をドライバーの一員として引き込んでしまえばいい。
マリー嬢の興味が増すよう、俺は彼女にレースの魅力を語っていった。
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「凄いですわね……。そんな激しい闘いが行われているなんて、知りませんでした。殿方が、夢中になるはずですわ」
「マリーさんもいちど、俺が走るところを観にくるかい?」
「良いのですか?」
「ちょうど明日、ドッケンハイムカートウェイっていうサーキットで新しい車のシェイクダウン……慣らし運転があるんだ。もし、時間があればどうかな?」
「ええ! 明日の予定なんて、みんなキャンセルして行きます! 楽しみですわ」
よし。
ここにまた1人、新たなモータースポーツファンが誕生しました。
俺の話術も、大したもんだろ?
レースを知らない女の子にも分かりやすく、かつワクワクさせるような話し方を心掛けたんだ。
「あら、もうこんな時間ですわ。ふふふっ。ランドール様のお話が楽しくて、ついつい話し込んでしまいました」
マリー嬢は左手に嵌められた腕時計を見て、名残惜しそうにする。
「俺の方こそ、楽しかったよ。君のような可愛い子が、楽しそうに話を聞いてくれたんだからね」
お嬢様相手に、ちょっと軟派な言い方かもしれないな。
だけどこれも、戦略の内だ。
「可愛い」という台詞は、本当にそう思ったからすんなり声に出た。
「そんな……。可愛いだなんて……。殿方から、そのように言われたのは初めてですわ」
こうかはばつぐんだ。
頬に手を当ててモジモジするお嬢様は、小動物のような愛くるしさがある。
高慢だの我儘だのの噂は、いったい何だったのか?
「あの……ランドール様……」
「ああ。俺のことは、ランディって呼んで」
何故かまた、背中に殺気が突き刺さる。
ケイトさん、なんで怒ってるの?
「実はワタクシ、ずっとランディ様のことが気になっておりました」
「知っていたよ」
授業中に窓から外を見たら、木に登ってビデオカメラを俺に向けているメイドさんがいたり――
体育の授業中、茂みの中から盗撮しているメイドさんがいたり――
あれ、マリーさん家の人だったんだね。
俺が出資するに足る人物かどうか、情報収集していたんだろう?
盗撮メイドさんは不審者として先生に報告しちゃったけど、大丈夫だったかな?
「それで俺は、君のお眼鏡にかなうドライバーだったかな?」
「は……はい! それはもう! あの……こんなことをいきなり言い出すなんて、はしたない女だと思われるかもしれませんが……」
ありゃ?
この展開は、ドライバー志望かな?
大丈夫、はしたなくなんてないよ。
モータースポーツは、紳士・淑女のスポーツです。
レーシングカートから世界耐久選手権まで、ありとあらゆるカテゴリーに女性ドライバーは進出しております。
筋肉量の面で人間族の女性ドライバーは不利だけど、ドライビングテクニックで性差はない。
一緒にバリバリトレーニングして、速くなろうね。
「ランディ様。ワタクシと……、け……、結婚を前提に、お付き合いして下さい!」
OK、OK。
君と俺とはチームメイト。
トレーニングだって練習走行だって、どれだけでも付き合うよ。
――は?
彼女はいま、何を前提にって言った?
空耳でなければ、結婚て言ったような?
何故?
ホワイ?
どうしてこうなった?
モータースポーツの話をしていて、結婚の話が出るなんて超展開過ぎるだろう?
とりあえず、今の言葉が空耳かどうか、確認したい。
「ええっと……。マリーさん? いま、結婚を前提にって言った?」
恥ずかしそうに目を伏せながら、マリー嬢はコクリと頷いた。
どうしよう――
近くにドッキリ用カメラとかの気配もないし、これはガチだ。
ドライバーの判断だけで、処理していい状況じゃないな。
チームよ、俺に何かアドバイスをくれ。
そう思って俺は、ジョージとケイトさんが隠れている倉庫へと救援要請の視線を向けた。
すると有難いことに、サインが出ている。
ケイトさんは渋い顔で、頭の上にバッテンを作っていた。
そしてジョージは――
人差し指で天を指し、クイクイと突き上げる。
ジョージ・ドッケンハイムからは、ペースアップのサインが出ていた。