ターン31 遥かなるターゲット
俺はコース上からピットロードへと戻り、パドックエリアの指定された場所にマシンを停めた。
マシンの破損を、目視でざっとチェック。
よし。
特に目立った破損はないな。
タイヤは地球のレーシングカートと違いフルカウルで覆われているから、横幅面の摩耗状態は見えない。
だけど、手応えはあった。
タイヤのピークの部分を、キッカリ使い切った手応えが。
俺のすぐ後ろに停車したのは、同じチームの犬耳獣人ドライバー。
グレン・ダウニング先輩だ。
RTヘリオン、1位、2位フィニッシュ。
マシンを降りた俺達はガッチリと握手し、互いの健闘を称え合う。
停車した車の列の後方を見やれば、キース・ティプトン先輩の姿もあった。
キース先輩はスタート直後にコースアウトしたのに、6番手まで順位を回復している。
先輩方より、さらに後方へと視線を向けた。
すると、終盤に大スピンをやらかした(俺がそう追い込んだんだけど)クリス・マルムスティーンの姿が見える。
――あれ?
1、2、3――19、20位!?
あらら。
ギリギリ1ポイント、獲得してるよ。
残り体力ゼロ+タイヤもズルズルで、あそこからの挽回は難しいと思ったんだけどなぁ。
うん。
ちょっと見直したぜ、クリス君。
『ランディー!』
名前を呼ばれて振り返ると、チームのみんなが俺の元へと駆け寄ってくるところだった。
ありがとう。
みんなが支えてくれたから、勝つことができたよ。
この感謝と嬉しさ、興奮を、表現するパフォーマンスは何かないもんか?
某インディカードライバーみたいに、金網によじ登るか?
いやいや。
この近くには、金網がないし――
――そうだ!
俺はヘルメットも脱がずに、その場でヒラリと後方宙返りを決めた。
■□■□■□■□
□■□■□■□■
■□■□■□■□
□■□■□■□■
『これよりマリーノ中央地区ジュニア選手権K2-100クラス、暫定表彰式を行います』
アナウンサー女性の声が、スピーカーを通してパドックエリアに響き渡る。
暫定表彰式っていうのは文字通り、まだ正式な結果じゃないってこと。
正式な結果が出る前なら、納得のいかない参加者は抗議申し立てもできる。
レース後の車検で車両規定違反が発覚すれば、失格になってしまうことだってある。
でもウチのジョージなら、そんなヘマはしないだろうな。
彼は子供とは思えないぐらい、優秀なメカニックだ。
違反になってしまうことがないよう、充分に対策している。
俺なんかよりジョージの方が大人びていて、転生者臭いな。
『K2-100クラスの優勝は、RTヘリオン。ランドール・クロウリィ選手ー!』
俺は表彰台の真ん中――1番高い場所へと登ってゆく。
いい景色だ。
競技人口の多いこの世界では、表彰式を観に集まってくれる人がけっこう多い。
たとえそれが、カートの子供用クラスでもだ。
俺はこのレースの勝者なんだ。
勝者に相応しい、堂々とした態度を心掛けないとな。
レース後に手渡された、ブリザードタイヤ社のロゴが入った帽子。
俺はそれを、深めに被る。
浅く被るとつばが邪魔になって、ロゴが見えないからね。
ブリザードタイヤさん、今後も色々よろしくお願いいたします。
なんならタイヤを、タダで支給してくれてもいいのよ?
『第2位! RTヘリオン。グレン・ダウニング選手ー!』
グレン先輩は両拳を突き上げて、喜びを露わにした。
去年はトルーパーズの連中に、表彰台を独占されることが多かったからなぁ。
鬱憤が、溜まってたんだろうね。
グレン先輩もキース先輩も、シーズンオフ間の練習でずいぶん速くなった。
これなら、今年はやれるぞ!
K2-100クラスのチームタイトルを、奪取する!
『第3位! チーム「レーシングトルーパーズ」、イングヴェイ・インペリテリ選手ー!』
あっ。
トルーパーズのカーナンバー2、そんな名前だったんだ。
終盤でグレン先輩に抜かれての3位だっていうのに、嬉しそうにしている。
これはあれだな。
チームメイトのクリス君より、前でフィニッシュしたのが嬉しいんだろう。
フフフ――
敵チームのドライバー同士に、軋轢アリ。
これは、利用させてもらうとしよう。
『優勝したランドール・クロウリィ選手に、インタビューさせていただきたいと思います』
――ん?
インタビューなんて、去年の最終戦で勝った時はなかったぞ?
まあいいか。
ここはスマートに、チームへの感謝とかを述べて――
突き出されたアナウンサーのマイクを見て、俺の脳みそはフリーズした。
「えっと……。その……。あのぅ……」
思わず俺は、マイクを握りしめてしまう。
『あっ、マイクは握らないで下さいね』
レース中は精密機械のような冷静さをキープできたのに、今の俺はオーバーヒート中だ。
電装系は焼き切れ、エンジン内のピストンは溶け、ガスケットから噴き抜けた冷却液が蒸気となって溢れ出す。
エンジンルームからは火の手が上がり、ドライバーは一刻も早い脱出が要求される。
気分的には、それぐらいヤバい。
何年間もインタビューなんて受けていなかったから、すっかり忘れていた。
俺はマイクを向けられるとアガってしまって、何も喋れなくなってしまう奴だったんだ!
しどろもどろになった俺を、両脇のグレン先輩とイングヴェイ君が見てポカーンとしている。
分かる。
気持ちは分かるよ。
普段の俺からは、想像つかない姿でしょ?
大ピンチなんだよ!
助けて先輩!
「どうしたー!? ランディー! 頑張れー!」
表彰台の下から届く、キース先輩の声援――というか野次?
それがかろうじて、俺の肺と喉を動かす原動力になった。
「ゆうしょうできて……よかったです」
スマートじゃない。
スマートさの欠片もない。
まるで、子供じゃないか!?
いやいや。
小さい頃から活躍しているアスリートの子とかは、もうちょっと大人びた受け答えをするぞ。
『はい! ありがとうございましたー! 続きまして、シャンパン・ファイトに移らせていただきまーす!』
ふーっ。
アナウンサーのお姉さんが、空気を読んで切り上げてくれて助かった。
レースでかいた汗より、今のインタビューでかいた汗の方が多い気がする。
胸を撫で下ろしている俺を見て、左側でプッ! と噴き出した奴がいた。
「レーシングトルーパーズ」のカーナンバー2。
3位に入った、イングヴェイ・インペリテリ君だ。
「なんだ~お前? 転生者だっていうのに、インタビューぐらいで真っ赤になっちゃって」
「うるさいな~。誰だって、苦手なもののひとつぐらいあるもんでしょ?」
「イングヴェイ。ランディはインタビュー受ける以外に、演技もド下手くそなんだよ。こないだもお母さんにすぐバレる嘘ついて、めちゃめちゃ怒られてたしね」
グレン先輩。
チームの機密事項を、敵に流すのやめてくれませんか?
「マジかぁ~? お前、本当に転生者なのか~? 俺らと同じぐらい、ガキっぽい……ぶわっ!」
秘技!
早撃ちシャンパンファイト!
俺は目にも留まらぬ早業でシャンパンの栓を抜くと、指で栓をして高速シェイク。
勢い良く噴き出す泡を、イングヴェイ君の顔面に浴びせてやった。
ハッハー!
どうだ?
シャンパンファイトって栓を開ける前の振り方より、実は開けた後の指使いと振り方がポイントなんだよ!
「ランディ! 隙あり!」
勝ち誇っていた俺の死角から、グレン先輩のシャンパンが浴びせられる。
さらにイングヴェイ君も俺の泡ビームから立ち直り、危険な笑みを浮かべながら瓶の口を向けてきた。
「うわっぷ! 2人とも、タンマ! タンマ! ウグゲホオエッ!」
鼻からシャンパンの泡が進入し、俺は激しくむせた。
■□■□■□■□
□■□■□■□■
■□■□■□■□
□■□■□■□■
日が傾き、サーキットが夕焼け色に染まってゆく。
高学年向けクラスであるNSD-125ジュニアのレース後車検も終了して、早いチームはすでに撤収を始めていた。
祭りは終わりだ。
皆が、日常へと帰ってゆく。
ウチのチームも、撤収準備は完了していた。
今は皆が飲み物を口にしながら、雑談を交わしている。
「はぁあああ~」
「どうしたの? ケイトさん? おっきな溜息なんてついちゃって」
「ランドール君……。なんだかウチ、寂しくなってしもた……」
ケイト・イガラシさんはサインエリアのコンクリートウォールに肘をつき、走るマシンのいなくなったコース上を見つめていた。
コース係員が竹箒と背負い式のエンジンブロワで、タイヤカスやパーツの破片、埃なんかを掃除している。
同じ2ストロークエンジンとはいえ、清掃用エンジンブロワの音はレーシングカートと比べると物足りない。
それにどことなく、哀愁漂うサウンドだ。
「もう、レースは終わりなんやね……。もっと、見ていたかった……」
「いや、全然終わりじゃないよ?」
「へ?」
「俺が出場しているマリーノ中央地区ジュニア選手権は、年間7戦で争われるんだよ? あと6戦いい結果を残さないと、チャンピオンにはなれないってわけさ」
「ああ、そうやね。ランドール君とジョージ君は、もう2戦目に向けて準備が始まっているんやね。大変や……」
「いやいや。何を他人事みたいに言ってるのさ? ケイトさんも、一緒に戦ってくれるんだよね?」
「え? ウチも?」
「あれ? チームに入ってくれるんじゃないの?」
「ウチは子供やし……。なんもでけへんで?」
「俺とジョージも、子供だよ? ケイトさんより、小さいよ?」
「……また、レースに来てええの?」
「ぜひ、よろしくお願いします!」
俺は右手を差し出す。
少しためらってから、ケイトさんは俺の手を握り締めた。
――よし!
労働力ゲット!
ケイトさんの顔が、少し赤い気がする。
夕日が反射してるんだな。
顔を見つめていると、彼女は手を放し顔を逸らした。
おっと。
女の子の手を握りっぱなしは、ちょっと馴れ馴れしすぎたかな?
いくら俺が、8歳児の体とはいってもね。
「……そうさ、終わりなんかじゃない」
俺はコンクリートウォールの縁に飛び乗って、右手を夕日に向かってかざした。
カートでチャンピオンになり、レース界を駆け上がる。
目指すゴールは世界最高峰のレース、「ユグドラシル24時間」。
「これから始まるんだ」
俺は手の中の太陽を、握り締めた。
こんにちは、ケイト・イガラシやで。
1章を読んでくれておおきに。
2章からウチは、データエンジニアとして参戦するで。
正直、ちょっと自信無いねん。レースの世界は初めてやから。
みんなが評価とかブックマークしてくれたら、頑張れるかもしれへんな(チラッ)。
やり方は簡単やで。
画面上に出ている黄色いボタンからブックマーク登録。
この下にある★★★★★マークのフォームから、評価の送信ができるねん。
みんな、ウチに自信をくれへんかな?