ターン3 トレーニングの成果
ウチの父さんは、自動車整備工場を営んでいる。
その名も「クロウリィ・モータース」。
そんなに儲かっていないはずなんだけど、なぜか工場の建物と敷地は結構大きい。
工場は、自宅を兼ねている。
玄関から出た俺と近所の子供達は、工場前にある庭に来ていた。
整備待ちの車が多い時は、この庭にもお客さんの車が停まっていたりする。
だけど今、工場内に入っているのは2台だけ。
庭はガランとしていた。
そういう時ウチの庭は遊び場として、近所の子供達に提供されているんだ。
ただボール遊びの類だけは、禁止になっていた。
工場のシャッターや、窓ガラスを破壊するといけないからだ。
ボール遊びができない子供達の間で、現在ブームなのがチャンバラごっこ。
男の子達はほぼ全員が、夢中で打ち合っている。
女の子でも、体を動かすのが好きな子達は積極的に参加していた。
そしてそういうタイプでない女の子達は、おままごとの真っ最中。
おままごとの中心にいるのが、このグループ最年少である俺だ。
「はーい、赤ちゃん。おむつを変えましょうね~」
猫耳を生やしたお姉さん、俺はもうそんな年齢じゃない。
2歳になった立派なマリーノ国男児に、赤ちゃんプレイとはなんたる屈辱。
「ランディ君は、可愛いね。金色の髪と青いおめめが、お人形さんみたい」
うっとりとした声でそんなこと言われても、嬉しくはない。
男の子にお人形ってのは、全然褒め言葉じゃないぜ。
それにしても、おままごとは退屈だ。
大体これって、家の中でもできる遊びなんじゃなかろうか?
一応、これもトレーニングの一環だと思っている。
参加している子達全員の表情筋から、感情や思考を読み取ったりしていた。
手足の位置や動き、重心の変化から次の行動を予測するなんてことも。
だけど、飽きてきたな。
そろそろ、自分の体も動かしたい。
おままごとだと、俺は必ず赤ちゃん役をやらされてしまうからなぁ。
そうなると、動けない。
「おれもチャンバラごっこがしたいよ」
俺の発言に、楽しくおままごとの真っ最中だったお姉さん達の表情が引きつった。
「ダメだよー! ランディ君まだ2歳なんだから、怪我しちゃうよー!」
うーん。
予想通りの反応だな。
ところが俺の発言を聞きつけた男の子達が、わらわらと周りに集結し始めた。
「なになに? ランディも、チャンバラやってみたいって?」
「やっぱり、男の子だな~」
「いいぜ。俺の剣を、貸してやるよ」
そう言って巨人族の男の子が、俺にチャンバラ用の剣を差し出してくれた。
2歳児の小さな手の平には、ちょっと柄が太くて握りにくい。
ふーん。
おもちゃかと思ったら、なかなかしっかりした作りだな。
これは地球に居た頃、テレビで見たことがあるぞ。
スポーツチャンバラとかで使う、エアーソフト剣ってヤツだ。
中に空気が入っていて、しなる。
当たっても、痛くない。
だけど思い切り振っても壊れない程度には、強度がある。
剣を受け取って、何回か素振りをしてみる。
すると周りの男の子達は、「けっこうサマになってるじゃん」とはやし立てた。
その一方で女の子達は、「やめときなよ」と俺に思いとどまるよう説得してくる。
エアーソフト剣は、びっくりするほど俺の手に馴染んだ。
前世地球でも、剣道とかフェンシングとか剣を使う競技は経験してないんだけどな。
エアーソフト剣は、大人が使うと小剣サイズといったところ。
初等部ぐらいの子供が使うと長剣。
2歳児の俺が振るうと、巨大な大剣ぐらいの比率になる。
それでも、持て余すような気はしなかった。
「それじゃあランディ、かかって来いよ」
俺の相手をしてくれるのは、リーダー格の犬耳君だ。
おままごとをしながら、君達男子の動きも見ていたよ。
犬耳君が、この中では最強だね?
「ティム~。手加減してあげなきゃ、ダメよ~」
「もちろん、わかっているさ」
お姉さま方は、心配そうだ。
だけど犬耳獣人のティム君は、1番腕が立つんだ。
手加減も、1番上手なはず。
だからこそ、俺の相手に立候補してくれたんだろう。
そして相手がグループ内最強剣士なら、俺もいいトレーニングになりそうだ。
「それじゃ、いくよ~」
「よ~し、来……ぶわっ!」
あ、いけね。
ティム君がまだ喋り終わってないのに、攻撃しちゃった。
俺が放ったのは、片手での胸突き。
避けるかと思ったんだけど、当たっちゃったな。
「ビックリした~。まさか、いきなり突いてくるなんて……」
「ひょっとして、突きってダメなの?」
そういえば中学の時に剣道部の奴が、「高校生になるまで突きは禁止」とか言ってたような気がする。
「いやいや、ダメなんてことはないぞ。ただ意外な攻撃だったから、驚いちゃっただけさ」
そう言って、剣を正眼に構えるティム君。
明らかにさっきより、守りが固い。
これなら、思いっきり打ち込んでも大丈夫だよね?
俺は鋭く踏み込んで、速くコンパクトな連続技を放つ。
どうやら「当てれば勝ち」というルールっぽいから、一撃の重さはあまり重視しない。
ロックドラマーが叩く激しいフレーズの如く、リズミカルに。
そして縦横無尽に、剣を振るう。
これは、なかなか楽しいぞ。
剣で打ち込むってのは、腕や上半身の動きだけじゃなくフットワークが重要なんだな。
全身運動になってよろしい。
こうやって休む間もなく打ち込んでいれば、心肺能力も鍛えられそうだ。
「ちょっ! 待っ……あだっ! あだだだっ!」
どうしたのティム君?
何発か、攻撃を食らっちゃってるよ?
君は優れた身体能力を持つ、獣人族。
2歳児人間族の攻撃を、捌ききれないなんてことはないだろう?
ちょっと、手加減しすぎなんじゃない?
それに俺は、動体視力や反応速度も鍛えたい。
だから、そちらからも打ち込んできてくれるとありがたいんだけど。
「このっ! 調子に乗るなよっ!」
おっ。
俺の心の声が聞こえたのか、ティム君が仕掛けてきてくれたぞ。
あまり大きく振りかぶらず、最短距離で俺の頭を狙う飛び込み面。
――って、何だよ?
そのスローモーションな動きは?
手加減してくれているんだろうけど、さすがにわざとらしすぎるよ?
あまりにゆっくりだったもんだから、ティム君が剣を振り上げる前に小手を押さえる。
さらに体を半回転させて、相手の打ち込みをやり過ごした。
すれ違い様に、反撃で頭を一撃。
「なっ! 何だぁー!? その動きは!?」
ティム君の驚きように、俺の方もビックリしちゃったよ。
周りを見回せば、見守ってくれていたお兄さん、お姉さん達も驚いていた。
「スゲー! ティムに勝てるヤツなんて、今まで誰もいなかったのに!」
「キャー! 可愛いだけじゃなくて、強いのね!」
「ランディ、お前本当に人間族か? 本当に2歳か?」
どうやらティム君は、割と本気だったらしい。
スローモーションに見えたのは、俺の動体視力が良すぎたせいか?
身体能力も、2歳の人間族としては規格外だったみたいだ。
うむうむ。
ベビーベッドに寝ているだけの頃から、鍛えていたからな。
なるべく体を動かして運動神経の発達に努めたり、回転するベッドメリーを目で追って動体視力の鍛錬をしていたり。
あとは両親に隠れてこっそり続けている、筋トレの効果だろう。
普通は2歳児が筋トレなんてやっても、体を壊すだけだ。
だけどなぜか俺は、筋肉痛の治りが異常に早い。
だから、ガンガン負荷をかけてやっている。
よし。
体が順調に鍛えられているのは、実感できた。
今日はこのまま、チャンバラごっこを続けよう。
体の使い方を覚えたり、間合いを測ることで空間認識能力を鍛えよるんだ。
これも、プロレーシングドライバーになるためのトレーニング。
その後も俺は、張り切ってチャンバラごっこを続けた。
はじめは面白がって積極的に打ち合ってくれていたお兄さん達だったけど、数日後にはチャンバラごっこに付き合ってくれなくなった。
俺が一方的に、ボコり過ぎたせいだ。
かくして俺は、おままごとの赤ちゃん役に戻されることとなる。
人生って、ままならないね!