ターン25 転生レーサーズ
「おいおい。なんだよランディ、このタイムは?」
「お前、母ちゃんに怒られるぞ!」
一緒にタイミングモニターを見ていた先輩方2人から、俺に向かってブーイングが飛ぶ。
無理もない。
俺が公式練習走行で出したタイムは、チーム内トップのキース・ティプトン先輩から2秒も遅い。
後から行われる予選でもこんなタイムだったら、予選落ちの可能性だってある。
この異世界ラウネスでは、地球よりも参加台数が遥かに多い。
今回の戦いの舞台である「ウィッカーマンズサーキット」で、K2-100クラスの走れる台数は36台。
対して参加台数は、70台。
公式練習走行も予選のタイムアタックも、3グループに分けて行われる。
そうしないとコース上が大渋滞で、まともに走れないからね。
地球のレースでは参加台数が多かったバブル期ぐらいしか、予選落ちなんて出なかった。
だけどこの世界では頑張らないと、すぐ予選落ちになる。
「キース君もグレン君も、絶好調ね。さて、ランディ。このタイムは、どういうことかしら?」
いつの間にか背後に来ていたシャーロット母さんの声が、俺の頭上から発せられる。
「わざと手を抜いた」
俺の返事に、キース先輩とグレン先輩はぎょっとしていた。
だけど母さんは、納得がいったみたいだ。
「ずーっとあなたのストーカーをしていた、『レーシングトルーパーズ』のクリス・マルムスティーン君ね?」
「そそ。あいつに、手の内晒したくなくて。あと、タイヤをケチった」
このフリー練習走行までは、持ってきた自前のタイヤを使うんだ。
前後左右4本の1セットで、13,000モジャもする。
地球のコストなら、26,000円ってところだろう。
無駄遣いはしたくない。
予選タイムアタックと決勝レースは、ブリザードタイヤ社から配給される新品タイヤを履くんだけどね。
「手の内を隠すのはいいけど、ちゃんと予選ではタイム出せるの? コーナー毎に、色々トライしてはいたみたいだけど……」
「ああ、大丈夫。あとは全部繋げれば、きちんと周回タイムは出せるよ」
俺は、まるっと1周のタイムアタックはしていない。
ひとつのコーナーだけアタックしては、次のコーナーは流してという走りを繰り返していた。
コーナーふたつ分ぐらい間隔を開けて俺を追跡していたクリス君に、三味線ひいてたのを気付かれてないといいんだけど。
「おい! 奴が、こっちに歩いてくるぞ!」
「クリス・マルムスティーンの野郎だよ!」
先輩方2人が、俺の前に立ちはだかった。
おお。
なかなか頼もしい先輩方だ。
先輩達の背中の隙間から、人間族の子供が歩いてくるのが見える。
白いカートスーツに、暗い赤色のツーブロックヘア。
口元には、へらへらとした笑いを浮かべていた。
ああ。
そういえばコイツ、俺と同じ転生者なんだっけ?
どうりで子供なのに、可愛げのないヤツだと思ったよ。
「よう、『RTヘリオン』のザコども。今日は、俺達の本拠地へようこそ。わざわざやられに来るなんて、ご苦労なこった」
こいつ、前世では何歳だったんだろう?
転生者の俺はノーカウントとして、先輩達は今年で9歳だぞ?
地球で大人だったとしたら、子供相手に大人げなさ過ぎるもの言いだ。
「うるせー! ウチのチーム舐めんじゃねえ! お前なんか、ぶっちぎってやる! ……ランディがな!」
「そうだそうだ! 周回遅れにされて、泣くなよ? そうだよね? ランディ?」
前言撤回。
後輩頼みとは、なんて頼りない先輩達なんだ。
あなた達も公式練習走行のタイムは、2番手と3番手でしょう?
もっと、自信持っていいと思うけどな。
まあ目の前にいるクリスの野郎は、その2人をコンマ7秒も引き離してのトップなんだけど。
「あ!? 舐めた口を、利いてんじゃねえよ! 俺の方が中身は年上だって、前も言っただろうが? 敬語を使えよ」
残念。
君の言い分は通らない。
転生者は前世から通算した魂の年齢じゃなくって、この世界での肉体年齢で扱うと国際法で決まっている。
学校の飛び級とかは、し易いんだけどね。
ちゃんと、魂年齢相当の学力があれば。
俺はしてないだけで、飛び級しようと思えば簡単だ。
だけど最近は、別に飛び級しなくてもいいかな~? なんて思っている。
クラスの子達とも仲良くなっちゃったし、今更飛び級するのも寂しいな。
「へえ? クリス君って、前世では何歳だったの?」
「敬語を使えって言ってるだろうが! ……前世では、21歳。お前らよりも、ずっと年上だったんだよ!」
「……ん? トータルでは俺と、同い年じゃん」
ランドール・クロウリィ。
享年たぶん22歳。
今年で8歳。
クリス・マルムスティーン。
享年21歳。
今年で9歳。
お互い前世と今世でのトータル年齢は、30歳。
ああ――
俺もついに、三十路か――
「ちっ! そうかよ! ……お前、地球ではどんなレースの種類で走ってたんだ?」
「全日本F3だよ」
「ハッ! フォーミュラのボンボンか? ちょっとケツが滑ったぐらいでビビっちまう、腰抜けどもの集まりだろう? しかも、F3かよ? せめてF1とかF2のドライバーとかだったら、大したもんだけどな」
こいつバカ?
滑って怖いんじゃない。
フォーミュラカーは横滑りして風が正面から当たらなくなると、タイムが落ちるんだよ。
風の力で車を路面に押し付ける力――ダウンフォースが無くなるから。
あとF3を舐めてるところや、今は日本にF2レースが無いことも知らないところから考えるに、こいつはレース畑の人間じゃないんだろう。
かと言ってモータースポーツに全く関係ない人間を、レナード神がこちらに転生させるとは思いにくいな。
「そういう君は、どんなカテゴリーで走ってたのさ? ラリーストかなんかかい?」
「へっ! お前らみたいに、車任せで走る奴らと違う。俺達は、常に限界を超えた領域で走っているんだ」
あー。
大体わかった。
こいつが、どんな競技をやってたか。
「こらこら。2人とも、喧嘩しちゃダメよ? こんにちは、クリス・マルムスティーン君。私がランドールの母で、ヘリオンのK2-100クラスを監督しているシャーロット・クロウリィよ。今日は、お手柔らかにね」
にこやかに、クリスへと挨拶する母さん。
でも、俺にはわかっている。
心の中では、「クソガキが! 明日の決勝ではいわしたるから覚悟せえよ!」とか思っているんだろ?
母さんの聖母スマイルに、雷に打たれたかのような反応を見せるクリス。
すぐにヤツはいやらしい笑顔を浮かべ、俺の耳元に向けて囁いた。
母さんに聞こえないよう、小声でだ。
「お前の母ちゃん、いい身体してるじゃねえか。残念だな。子供の身体でなきゃ、俺の女にしてやるのに……。クックックッ……」
こいつ!
なんてことを考えてやがる!
こんなこと、母さんには――
「どうしたの? ランディ」
「こいつ、母さんみたいな女性がタイプなんだってさ」
すぐに報告するしかないじゃないか!
「まあ! おませさんね。こんなおばちゃんが、いいだなんて」
母さんが頬に手を当て、首をかしげる。
満更でもなさそうじゃないか。
父さんが見てたら、泣いちゃうよ?
「お前……!」
何だ? クリス君。
照れてんのか?
顔を真っ赤にして口をパクパクさせる様は、子供らしくて可愛げがある。
「クリス君、わかってるの? 君がそういうことをできるような歳になった時には、ウチの母さんはもう4じゅっ!」
衝撃と共に、景色が縦スライドした。
母さんの神速拳骨が、俺の頭部に直撃したんだ。
くそっ!
なんて早業だ!
たんこぶができて、ヘルメット被れなくなったら困る!
「オホホホホ。ウチもミーティングがあるから、またね~」
母さんにカートスーツの襟首を掴まれて、俺はチームのテントへと連行されていった。
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「あー。やっぱりヘルメット被ると、痛ってー!」
「情けない。僕のパンチは受け流せたのに、自分のお母さんの拳骨を避けられないとは……」
「うるさいな、ジョージ。背後からだから、拳の風切り音が聞こえた時にはもう遅かったんだよ」
「お兄ちゃんが悪い」
「はいはい、すみませんでしたー」
妹ヴィオレッタの断罪に、俺は棒読みで応える。
「ランディ。さっきの失礼発言は、予選1番手を取ったら許してあげるわ」
「えっ、母さん。それは困るよ。俺、ポールなんて狙ってないし」
『えっ!?』
その場にいた全員が、驚きの声を漏らした。
ヴィオレッタまで驚いていたけど、ポールポジションって意味分かってる?
驚いている周りを尻目に、俺はマシンのシートに滑り込む。
「とりあえず、クリス君のタイムをサインボードで出し続けてくれるかい?」