ターン24 美人スーパーバイザー(人妻)
■□???視点■□
ピットエリアの裏手にある、舗装された広い空間――「パドックエリア」。
いつもはガランとして、人も疎らな空間。
だがレース予選日の今日は、色とりどりのテントがあちこちに立っていた。
メカニックやエンジニアも、慌ただしく走り回っている。
俺はそんな喧噪に包まれたパドックエリアを、自チームのテントに向かい歩いて行った。
基礎学校低学年、ガキレーサーどもの姿が多い。
ちっ!
目ざわりな奴らだぜ!
まあ俺も今は、ガキの体なんだけどな。
白いカートスーツに包まれた体は、今年で9歳になるガキのそれだ。
ああ。
めんどくせえな。
早く成長して、高学年用クラスのNSD-125ジュニアに出たいぜ。
俺は去年から低学年向けクラスのK2-100クラスに参戦して、いきなりマリーノ国中央地域の年間王者を獲得した。
全7戦中、6戦でポール・トゥ・ウィンだ。
ポール・トゥ・ウィンって知ってるか?
予選1番手で、決勝レースでも勝ったってことだ。
1発の速さもレース距離でも、俺は敵無しだったって意味なんだよ。
何?
1戦取りこぼしてるじゃないかって?
ハッ!
最終戦を、欠場したんだよ。
6戦目で優勝した時点で、もう俺のチャンピオンが確定しちまったんだからな。
周りのガキどもが、遅すぎるんだ。
「あっ! おはようございます、先輩!」
「おお」
俺は後輩達の挨拶に、適当に応じる。
肉体的にも年長者だし、精神年齢はもっと年長者だからな。
ちょっとばかし尊大に振る舞っても、構わねえだろう。
上級生にも、デカい面はさせねえ。
上級生っつっても、精神年齢は俺よかずっと下だからな。
見下されても、仕方ねえってもんだろう?
「テメーら、わかってんだろうな? 去年ウチのチームが完全制覇できなかったのは、テメーらがトロいせいだぞ?」
俺の台詞に、同級生のイングヴェイは露骨に顔をしかめやがった。
あ?
事実だろうが?
ちっ。
こんなことなら、最終戦に出とくんだったぜ。
俺も監督も、こいつらだけで充分勝てると踏んだんだ。
だから最終戦は参戦しないで、経費節約してやろうと思ったんだけどな。
――ったく、頼りねえやつらだぜ。
「……で、どんな奴なんだ? 去年の最終戦でポール・トゥ・ウィンをやらかした、ランドール・クロウリィって奴は? 転生者なんだろう? このクリス・マルムスティーン様と同じ……な」
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■□ランドール・クロウリィ視点■□
「さあ、みんな! 準備はいい? もうすぐフリー練習走行が、始まるわよ!」
今、このテント内に集められているドライバーは3人。
みんな、K2-100というカートのクラスに参戦している。
1人は俺、ランドール・クロウリィ。
並んで立っているのは、エンジニア兼メカニックのジョージ・ドッケンハイム。
一応俺専属ということになっているけど、大人のメカさんの手が足りていないんでね。
他のドライバーのマシンも、手伝ったりしている。
そして、先輩ドライバーが2人。
「OKボス。ストレッチ、終わったッス」
「水分補給も、バッチリだよ」
キース・ティプトンとグレン・ダウニング。
俺より1学年上の基礎学校3年生。
キース先輩が赤い髪と猫耳、猫尻尾の獣人。
グレン先輩が、青髪の犬獣人。
どちらも陽気な性格だ。
俺が転生者だというのを知ってからも、気持ち悪がったり遠慮がちになったりすることはなかった。
フレンドリーに接してくれている。
この世界で「転生者」というイレギュラーな存在が割とすんなり受け入れられるのは、先輩転生者達の活躍と人柄によるもんだろう。
感謝しないとね。
今のところ、モータースポーツ界ではありがちなチームメイト同士の確執とかはない。
打倒「レーシングトルーパーズ」で、それどころじゃないからね。
倒すべき敵チームがいる場合は、ドライバー同士の結束も固いもんだ。
俺達の指揮を執っているのは、本来このチームの監督であるはずのドーン・ドッケンハイム氏じゃない。
ドーンさんの肩書は、総監督。
今は隣のテントで、上位クラスであるNSD-125ジュニアの指揮を取っていて忙しい。
カートショップの社長でもあるドーンさんは、お客さん達のところにも顔を出さないといけない。
だから俺達低学年クラスや幼児クラスは、保護者の親に監督代行をやってもらったりしている。
俺達の指揮官はというと――
束ねられた髪は、艶やかな栗色。
目はサングラスで隠れていて、見えない。
口紅で彩られた魅惑の唇は、敵との戦いを前に喜びでつり上がっている。
完全に、「狩る側」の笑顔だ。
上半身は、チームのロゴが入った白いシャツ。
はだけた上部からは、黒いタンクトップが覗いている。
ついでにそのタンクトップは大きく盛り上がり、「どうだ!」と自己主張しているようだ。
下はぴっちりとしたジーンズ。
スマートかつ適度に肉付きのある足は強調され、多くの男性を虜にするだろう。
俺だって、視線が行っちゃうかもね。
自分の母さんでなければ――
保護者代表としてK2-100クラスを仕切っている大人は、俺の母シャーロット・クロウリィだった。
去年までは俺のレース活動に大反対だったのに、今は一転。
積極的に応援――を通り越して、口うるさく指揮するようになっていた。
嬉しいような、悲しいような。
「……というわけで今日の予選も明日の決勝も、路面温度が4月とは思えないぐらい高くなりそうだから……コラ! ランディ! しっかり話を聞きなさい!」
「お兄ちゃん! 集中!」
「はいはい」
なぜか妹のヴィオレッタも母さんの隣で、俺達に睨みを利かせている。
母さんに似たのか、なかなかのしっかり者だ。
チーム内の色々な雑用を、手伝ってくれていた。
最近ますます可愛らしくなったんで、兄としてはとても心配だったりする。
オズワルド父さんからも、「サーキットで変な男が寄り付かないよう、しっかり見張っといてくれ」と言われているし――
え?
父さんは、どうしたのかって?
仕事だよ。
母さんがいないから、寂しい上に忙しいだろうなあ。
自分も俺のレースを見たいもんだから、
「絶対ビデオ撮ってきてくれよ」
と、母さんに懇願していた。
去年の最終戦。
俺のデビューレースの録画を、いまだに何回も見ていたりする。
父さんのためにも、勝って帰らないとな。
ピットロードまで大人達と一緒にカートを押してきてから、俺はシートに滑り込んだ。
ブレーキを踏みながら、ハンドルに取り付けてあるセルスターターのボタンを押す。
キュルキュルという音が聞こえた次の瞬間には、エンジンに火が入った。
うん、素晴らしい。
気化器を使っていた地球のカート用エンジンより、電子制御式燃料噴射装置化されたこの世界のエンジンの方が圧倒的に始動性がいい。
遠心クラッチが繋がらない低回転域で、軽く空ぶかし。
エンジンの反応を確かめる。
「ふむ。調子は悪くないね」
呟く俺に、マシンの横についていたジョージが答えた。
「タカサキのデリバリーエンジンで、当たり外れがあるなんて話は聞きませんからね。品質は、確かですよ」
そう。
このクラスでは公平なレースになるように、エンジンは自前のものが禁止されている。
タカサキ社が有料で貸し出してくれる、デリバリーエンジンを使用しないといけないルールになっていた。
エンジンの各部には封印が施してあるから、分解したら車検で即バレて失格になるんだ。
周りのマシンも、同じようにエンジンを始動していた。
サーキットには、爆音と高揚感が広がってゆく。
まるで、ロックバンドのライブ開始時みたいだな。
目の前にいるのは、先輩ドライバーのキース・ティプトン。
黒いカートスーツの中央に描かれた、ロゴが目立つ。
ふたつあるロゴのうち、ひとつは「YAS研」のロゴ。
エリック・ギルバート氏が経営する、義手・義肢メーカーだ。
ここが、メインスポンサー様。
1番、お金を出してくれている会社だからね。
目立つ背中と胸の部分には、でっかく広告を入れさせてもらってますよ。
YAS研さんは今年から、企業ロゴを一新していた。
メカニカルでサイバーな雰囲気を醸し出す、義手の肘から先。
それが、企業名のバックに描かれている。
以前は、文字だけの地味なロゴだったらしいんだけどね。
エリック社長が、「攻め」に出ているのを感じる。
YAS研さんロゴの下に描かれているのは、チーム名。
「RTヘリオン」。
これを見ると、「やっとこのチームに入れたんだなあ」って感慨深い気持ちになる。
あ。
でも黒いチームカラーは、悪役っぽくてあんまり好きじゃない。
色々と思案している間に、コースオープンの時間がやってきた。
ピットロード出口にいるコース係員から、緑旗が振られる。
「さあ、お仕事の時間だ」
俺は、ヘルメットのシールドを下ろす。
他のドライバー達が殺気立ってコースインしていく中、俺のマシンはクルージングのようなゆったりとした加速でコースインした。