ターン2 ライバル達の種族事情
俺の名前は、ランドール・クロウリィ。
両親からは、ランディって愛称で呼ばれている。
歳は――2歳だ。
2歳にしては、自我がしっかりしてると思うだろ?
それもそのはず。
自身の感覚としては、24歳ぐらいだと思っている。
実は俺、前世の記憶があるんだ。
さっき思い返していた通り、22歳まで地球の日本って国でレーシングドライバーをやっていた記憶が。
なんでわざわざ「地球」なんて説明を入れるかっていうと、ここが地球じゃないから。
地球とは異なった次元に存在する異世界、「ラウネス」。
俺が新しい生を授かり、人生というレースの舞台になるサーキット。
「異世界なのに、自動車やレースが存在しているのか?」なんて思っている人もいるかもしれないな。
だけど心配ご無用、ちゃーんとある。
しかも、大人気。
初めてこの世界で瞼を開いた時に、ほっとしたもんだ。
ベビーベッドの上で回転するベッドメリーに、車のおもちゃが付いてるのを見てさ。
俺がよく知る、タイヤが4つ付いた形。
SF映画で見るような宙に浮いて走る車とかだったら、俺が地球で身に着けたドライビングテクニックは役に立たなかったに違いない。
車やレースが存在しているだけじゃなく、生活様式が地球人のそれと似ているのもありがたい。
電気はあるし、蛇口を捻れば水が出る。
地球でいうインターネットに当たる「ラウネスネット」という通信網や、パソコン、タブレットのような情報端末もある。
我が家の家電製品がほとんどタッチパネル式になっているあたり、地球よりも若干文明が進んでいるかもしれないな。
前世と違って、今世のウチは貧乏。
家電製品は、最新の物じゃないはずなのにね。
言語も不自由していない。
何でか分からないけど、俺はこの世界の共通語を完璧に理解している。
明らかに、日本語じゃないんだけどな。
英語に似ているからか?
いずれヨーロッパに行ってレースするつもりだった俺は、前世の小さい頃から英語を勉強していた。
だから簡単に理解できたのかっていうと、ちょっと違うような気もする。
英語も、そこまで得意じゃなかったから。
まあ理解できているんだから、細かいことはいっか。
そんな感じだから、ここが異世界だということを時々忘れそうになる。
思い出すのは、母さんの耳を見た時とかだな。
リビングのテーブルで、帳簿をつけているシャーロット母さん。
その少し尖った耳に、俺は視線を向けた。
次に視線を、手元の図鑑に落とす。
タイトルは「世界の様々な種族」。
図鑑には写真入りで、この異世界に住んでいる色んな種族のことが解説されている。
まずは尖った長い耳と、透き通るような白い肌が外見的特徴のエルフ族。
ウチの母さんは、図鑑の写真ほどは耳が長くない。
肌も、アジア人ぐらいの色合いだ。
なんでもダークエルフという褐色肌のエルフもいるらしくって、母さんの母さん――つまり俺の婆ちゃんがそのダークエルフだそうな。
母さんは、人間族とダークエルフのハーフ。
爺ちゃんが人間族で色白な人だから、母さんは肌の色も耳の尖り具合も中間ぐらいなんだろう。
このエルフ族って種族は、とても目が良いそうだ。
単に、遠くまで見えるってだけじゃない。
動くものを捉える動体視力。
距離を測る深視力。
視線が向いている方向以外も、広く見れる周辺視野。
おまけに物の位置関係を把握する、空間認識力も優れているらしい。
これだけ目がいいなら、レースさせても速いだろう。
要警戒っと。
次に、反射神経と敏捷性に優れた獣人族。
獣人といっても、そこまで獣に近いわけじゃない。
頭の上に獣の耳や、お尻の上に尻尾が生えている程度だ。
他の見た目は、地球人とほぼ変わらない。
耳や尻尾の種類は様々。
犬や猫みたいなのが生えている人が多いけど、ネズミやウサギみたいな耳と尻尾の人達もいるらしい。
反射神経と敏捷性に優れているってことは、暴れる車をねじ伏せるマシンコントロール力に優れているはずだ。
彼ら獣人も、サーキットでは強敵になりそうだな。
そして強靭な筋力を持つ、巨人族。
俺の父方の爺ちゃんが、ギガンテスだ。
オズワルド父さんが身長190cmと巨漢なのも、ギガンテスの血らしい。
巨人といっても、平均身長は2m前後。
窮屈だけど、ギリギリでレーシングカーの運転席に収まらない程の巨体じゃない。
レーシングドライバーは体重の何倍もの慣性力に耐えながら、長時間運転しなきゃいけない。
筋力は、必要不可欠な要素。
巨人族と体力勝負になったら、不利かもしれない。
図鑑にはまだまだ色んな種族が載っているけど、いま読むのはここまでにしよう。
ん?
俺はどんな種族なのかって?
俺は人間族。
この異世界で、最もメジャーな種族だぜ。
単に、数が多いだけの種族だともいえるけど。
地球人と、ほとんど一緒。
緑色の髪や紫色の瞳とか、地球人ではあり得ない色をした人はいる。
だけど、それだけ。
エルフのような目も、獣人のような反射神経も、巨人族のような体力も持ち合わせていない。
うーん。
これってレーシングドライバーを目指す上で、結構ハンデなんじゃなかろうか?
そう考えると、不安が湧いてくる。
前世のレース経験があるから、それを活かして幼い頃から無双する――というわけにはいかないかもしれない。
モータースポーツって練習するのにも凄くお金が掛かる競技だから、経験の差は大きなアドバンテージだと思ったのにな。
自分の生まれた種族を嘆いても、何も始まらないよね。
先天的な能力で負けているなら、鍛えるしかない。
というわけで、筋トレをしたいところなんだけど――
こないだ母さんに、止められたばかりだからな。
家の外に出て、ランニングでもするか?
2歳児なもんだから、母さんは俺が1人で外に出ると心配する。
――っていうか、普通はそのぐらいの年齢の子を1人で外に出さないよね?
だからそーっとリビングの扉を開けて、外に行こうとしていた。
だけど母さんには、あっさり発見されてしまう。
さすがハーフエルフ。
いい目をしてるぜ。
「ランディ。お外は、もう少し待ちなさい。近所のお兄ちゃんお姉ちゃん達が、来てくれるから」
母さんが言い終わる前に、玄関のチャイムが優しい音色で鳴った。
「シャーロットさん、こんにちはー!」
母さんが開け放った玄関扉の先にいたのは、7歳~12歳ぐらいの子供達。
男女も種族もバラバラ。
割合的には、尻尾や獣耳を生やした獣人が多いかな?
「いつも悪いわね。私はヴィオレッタの面倒も、見ないといけないものだから……」
「いいんです。僕達は遊び場所を貸してもらえるし、ランディ君は大人しくて手がかからないから」
母さんに受け答えしているのは、グループのリーダー格である犬耳獣人の少年。
日本でいうなら、小学校5~6年生ってところかな?
俺が住むマリーノ国では、基礎学校っていうのがある。
小学校、中学校、高校が義務教育としてひとつになっている感じだ。
多分この少年・少女達は皆、ベーシックスクールの初等部ぐらいだと思う。
2歳の俺より、お兄さん、お姉さんだ。
「そう? 助かるわ。それじゃあ私は、ヴィオレッタにミルクをあげないといけないから。あとはよろしくね」
ヴィオレッタは、生まれたばかりの俺の妹。
母さんよりダークエルフの血が濃いらしく、肌はミルクチョコレートのようにおいしそうな褐色。
思わず食べちゃいたくなる。
俺と父さんは、ヴィオレッタは必ず美人になると確信している。
将来変な虫がつかないか、とても心配だ。
生まれたばかりだろうがなんだろうが、心配なものは心配だ。
そのヴィオレッタが眠る部屋へと、母さんは引っ込んでいく。
「じゃあランディ君は、お外で遊ぼうね」
そして俺の方はお兄さん、お姉さん達に連れられて、家の外へと出て行った。
よっし!
外で思い切り体を動かして、トレーニングするぞ!