ターン192 あいつは俺のライバル
ブレイズ・ルーレイロと、最初に出会ったのはいつだ?
――もう、20年も前か。
初対面の時は、生意気で神経質なガキだなという印象だった。
そしてレンタル用のキッズカートでやりあって、「こいつは凄い奴だな」と思うようになった。
以来、ずっと意識してきた。
スーパーカートの世界一決定戦、パラダイスシティGPの時は燃えたな。
やっとブレイズと大舞台で戦う機会がきたんだと、胸を熱くしていた。
結果は2人とも、コーナーひとつ曲がり終えることなくリタイヤになっちゃったけど。
ノヴァエランド12時間の時はお互い担当走行時間がかち合わず、コース上でのバトルにはならなかった。
代わりに、親父さんのアクセル・ルーレイロとやり合ったな。
地球にいた頃の憧れだった、元F1ドライバー。
そんな人と勝負した思い出より、ピットから見守っていたブレイズ対クリス・マルムスティーン君のバトルの方が深く心に残っている。
俺がGTフリークスに乗っている頃、ブレイズはツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズで親父さんとチャンピオン争いをしていたな。
その頃にはもう親父さんのアクセル・ルーレイロより、ブレイズ・ルーレイロの活躍を目で追うようになっていた。
もちろん、アクセル・ルーレイロへの尊敬の念は失っていない。
それでも、俺のライバルはブレイズなんだ。
同じ夢を、価値観を持ち、力の限りぶつかり合って互いを高め合う。
そんな存在に5歳の頃から出会えて、本当に幸運だったと思う。
前世地球でプロになれなかったのは、ここまで熱くさせてくれるライバルを見つけられなかったからなのかもしれない。
今生でも色んな人に支えられて走り続け、夢の舞台である「ユグドラシル24時間」まで辿り着くことができた。
だけどここに辿り着けるドライバーになるまでに、俺を成長させてくれたのはブレイズなんだ。
そういった意味では、感謝している。
妹のヴィオレッタに近づくことに関しては、ムッとしている。
けれども「どんな男なら、ヴィオレッタの相手として許せるか?」と尋ねられれば、1番に思い浮かんでしまうのがあの赤髪エルフだ。
大変不本意だけどね。
それにアイツから、「義兄さん」とは呼ばれたくない。
なんというか――
ブレイズとは、対等で純粋なライバル関係でありたいんだ。
それが義理の兄弟になっちゃうと、なんか違うというか――
大事なライバルを、妹に取られるような気がするというか――
なんか気持ち悪いこと考えてるな、俺。
ツンデレか?
今も〈レオナ〉GT-YDの運転席内で、気持ち悪いことを考えている。
後方モニターに映る、レイヴン〈イフリータ〉GT-YDのヘッドライト。
それを見て「くそっ! 来やがった」という戦慄と、「やっぱり来てくれたな」という悦びが同時に湧いているんだ。
チームの勝利が――
みんなの夢が――
ニーサ・シルヴィアとの結婚がかかっている状況だっていうのに、なにを考えているんだか。
1周ごとに、後ろから迫るヘッドライトが大きくなる。
少しづつ、だけど確実に。
追いつかれるのは、仕方ない。
ブレイズはさっきのピットインで、タイヤを新品に変えている。
一方俺のタイヤは、3スティント目。
長持ちするようメチャメチャ硬い材質のタイヤを選んだし、気を遣って管理しながら走ってはきた。
だけどもう、摩耗して性能劣化が始まっている。
ブレイズとのスピード差は顕著だ。
ユグドラシル島の空は、紫色からピンク色へと変わりつつあった。
――ゴールが近い。
コントロールラインを通過した時、無線が入った。
『この周で、24時間が経過するで! 最後の1周や! 気張りぃ!』
ケイトさんの励ましを受けて、気合が入る。
相変わらずゾーン状態が続いて、集中できてはいた。
けれども体力は、確実に消耗しているからな。
気合、大事。
ついに最後の1周か。
ここまで来たかって感慨もあるけど、このコースは1周が他のサーキット5周分ぐらい距離がある。
まだまだ頑張らないといけない。
頑張らないと――ほらほら、来た!
後方モニターいっぱいに映し出される、紅蓮の魔神。
ブレイズ・ルーレイロが駆るレイヴン〈イフリータ〉85号車は、俺の真後ろ――テール・トゥ・ノーズの位置にまで迫ってきていた。
まだ、第1区間のビル街だっていうのに。
くそー!
このまま丸々1周、抑え込めっていうのは辛いぜ!
ブレイズの奴は、走行ラインを変えたりといった抜く素振りを見せない。
この区間では、仕掛けるつもりがないみたいだ。
ブレーキング自慢な奴のこと。
狙いどころは、第2区間から第3区間への境目。
1.5km高速道路の直線終わりで、仕掛けてくるつもりなんだろう。
あそこは400km/hからのフルブレーキング。
狭いインターチェンジの下り口で頭を押さえてしまえば、その後は抜きにくい峠道区間だからな。
俺が抜き返せる可能性は低い。
どう対処したものかと思考を巡らせながら、俺はハイウェイ区間の高速コーナーを切り返していた。
平均速度が上がったから、ブレイズとの差が少し開いたように見える。
だけど実際には、離れている秒数は変化していない。
「ん? あれは……」
前方に、周回遅れのマシンが見えた。
今は空の色を反射してピンク色に輝いているけど、実際にはクロームメッキの銀色に塗装されている。
楕円形のテールランプを持つその車は、カーナンバー1。
昨年の世界耐久選手権チャンピオンカーである、ヴァイキー〈スティールトーメンター〉GT-YD。
周回遅れで青旗が出てるし、この先の直線であっさり追い抜きできそうな相手だったんだけど――
「こいつはラッキーだ! スリップに入らせてくれ!」
直線に入った瞬間、前を行く〈スティールトーメンター〉はオーバーテイクシステムとドラッグ・リダクション・システムを作動させた。
もうレースは最後の1周。
1号車は他の車と競り合っているわけでもないのに、なぜ車に負担のかかるオーバーテイクシステムを作動させるんだ?
疑問に思ったけど、せっかくだから風よけに使わせてもらう。
スリップストリームだ。
バチバチにやり合っている俺とブレイズは、当然オーバーテイクシステムもDRSもオン。
1号車がオーバーテイクシステムとDRSを使ってくれなかったら一瞬で抜き去ってしまうから、スリップは使えないところだった。
俺単独で走っていたら、走行風圧をもろに浴びてブレイズに抜かれていたかもしれない。
ありがとう、1号車のドライバー!
追い抜き様に、チラリと運転席を見やる。
すると銀色のヘルメットを被ったドライバーが、親指を立てていた。
デイモン・オクレール閣下じゃん。
閣下は俺を、アシストしてくれたのか?
そう言えばBRRと1号車は、共に閣下の実家である石油メーカー「モトリー」の資金援助を受ける身。
『多少の協力は吝かでもないぞ?』
なんて第1戦の時に言ってたあれ、本気だったんだ。
閣下。
図々しいのは分かっていますけど、ついでに後ろからくるブレイズの奴をブロックしてはいただけませんかね?
そんな都合のいいことを考えていたら、本当に閣下は俺とブレイズの間に車体を割り込ませた。
そのまま俺達3台は、狭いインターチェンジを曲がり切るためにフルブレーキング。
インターチェンジ手前で閣下を追い抜きできなかったブレイズは、タイムロスだ。
閣下――
どうしてそこまで――
周回遅れが青旗無視して抑え込み続けると、ペナルティが出る可能性だってあるのに――
あっ! そうか!
閣下達の1号車はブレイズ達85号車と、WEMの選手権争いをしているんだ。
つまり俺に勝って欲しいというよりは、ブレイズに勝って欲しくないわけね。
年間ランキングポイントで、逆転負けしちゃうから。
熱い友情かと思って、損したぜ。
閣下もペナを食らうわけにはいかないから、峠道に入って3つ目のコーナーでブレイズに道を譲った。
前の空いたブレイズはペースを上げ、俺が上りから下りに入る頃には再び後ろに張り付いてくる。
奴は、なりふり構わなくなってきた。
この区間は、道幅が狭い。
幅広なGT-YDマシンが、2台並ぶのがやっと。
なのにブレイズは走行ラインを縦横無尽に変化させ、コーナー毎に何度もマシンの鼻先をねじ込んでくる。
「ノヴァエランド12時間を、思い出すぜ!」
あの時やり合っていたのはブレイズじゃなくて、親父さんのアクセル・ルーレイロだったけどな。
ほんと、親父さんそっくり――いや、違う!
ブレイズのアタックの方が、父親のアクセル・ルーレイロよりさらに鋭い!
だけど俺も、あの頃のままじゃない。
「こういう走り方は、好きじゃないんだけどな!」
俺はコーナー入口で〈レオナ〉の後輪をスライドさせて、向きを変える。
ドリフト気味のコーナー進入だ。
この狭い峠道ではタイヤを滑らせる損失よりも、早目に車の向きを変えて加速体勢に入れる利益の方が大きいはずだ。
コーナーへの進入速度を上げて、ブレイズから抜かれないようにもできるしな。
もちろん車を大きくスライドさせたら、タイムは遅くなってしまう。
だけどそうならない走りを、俺は知っている。
4輪スライドさせながらも、失速しないギリギリの領域で無駄なく駆動力を掛ける走り。
真似させてもらうぜ! クリス君!
マシンのスライドが止まると、〈レオナ〉の4輪は力強く路面を蹴飛ばす。
荒れた舗装なのに、しなやかに路面へと吸い付いて。
さすがはジョージの作ったアクティブサスだ。
操縦性も、俺の好みそのもの。
性癖を全て見透かされているみたいで、恥ずかしいな。
クリス君とジョージの力を借りた俺は、ブレイズの激しいアタックをしのぎ切った。
峠道の第3区間から、平地区間の第4区間へ。
大きな右ターンを曲がり終えると、世界樹ユグドラシルが視界に入る。
6kmの直線、「サンサーラストレート」へ突入だ。
今度は、ケイトさんとヌコさんの力を借りるぜ!
オーバーテイクシステムで1500馬力を発揮するヌコさんの4ローターエンジンと、ケイトさんがデザインした空気抵抗の少ないロードラッグモード。
その2つを使い、紅蓮の魔神〈イフリータ〉を振り切って――
振り切って――?
オーバーテイクシステムが、作動しない?
いや、違う。
ハンドルに備え付けられた、オーバーテイクシステムの赤い作動ボタン。
そこには、俺の左手親指がかかっている。
動いていないのは、俺の指だった。




