ターン183 どこかで聞いたようなお話だぞ?
俺は奇妙な夢を見ていた。
舞台はこの世界でも地球でもない、別の世界。
そこでの俺は、白い装束と鎧を身に纏う剣士だった。
鏡に姿を映してみると、前世で日本人だった頃の顔だ。
黒髪、黒目が懐かしい。
ニーサも登場した。
現実のニーサとほとんど同じ見た目だけど、なぜか夢の世界のニーサには尻尾が無い。
西洋の王族みたいな恰好をしているのに、腰に下げた剣はどう見ても日本刀。
なんだ? このミスマッチ感。
そうそう。
ミスマッチといえばこの夢の世界には、凄まじくミスマッチな部分があった。
建物とかは近世ヨーロッパや、それをベースにしたファンタジーっぽい感じ。
なのに人が搭乗して動く機械の巨人――SFテイスト溢れる、ロボット兵器があったんだ。
俺はそれの操縦者でもあったらしく、シャーラワークスカラーみたいな白いロボに乗って大空を飛び回っていた。
それはそれで気持ちよかったけど、やっぱり地上を走るレーシングカーの方がしっくりくるな。
ロボの操縦席には、翼を生やした猫がいた。
あれ?
これっておとぎ話に聞く、光の精霊レオナじゃね?
俺はそのロボや猫と共に、空の上で敵と戦っていた。
赤く輝く一ツ目に、刀剣のような細く鋭い手足。
悪魔みたいな6枚の翼を生やした、どう見ても悪役っぽい真っ黒なロボが相手だ。
映像通信みたいなやつで、敵操縦者の顔が見える。
日本人らしき、黒髪黒目の男。
やけにむっつりした表情の野郎だな。
こいつがまた強くて、俺の白いロボはズタボロにされてしまった。
相手の黒いロボも相当追い込んでやったけど、俺の負けだな。
最後はロボの操縦席から引きずり出されて、そのむっつり男に捕まって――
おわっ!
宙に黒い穴が現れたぞ!?
俺はその黒い穴に、引きずり込まれそうになった。
尻尾無しニーサがこちらに手を伸ばしてるけど、全然届かなくて――
うん?
この場面――
前にヴァリエッタ・シルヴィアさんから聞いた、「黒髪の君」が行方不明になるシーンじゃね?
まさか黒髪の君って――俺?
いやいや、そんなはずはない。
俺の前世はフォーミュラカーのドライバーで、巨大ロボットの操縦者なんかじゃなかったはずだ。
でも俺って、地球で死亡した時の記憶がないんだよな。
ひょっとして地球からラウネスに転生してくる前に、別世界へ寄り道してたりして――
まさか――ね――
そうだとしたら、俺は転生前の自分とニーサを取り合っていたようなもんじゃないか。
「黒髪の君はクソ野郎だ」とか、「ラウネスに転生していたらぶっとばす」とか、ブーメラン極まりないことを言ったり考えてたりしてたって話になってしまう。
ヴァリエッタさんにも、殺されてしまう。
あの人、黒髪の君にめちゃめちゃキレてたからな。
そうだ。
これは、ただの夢だ。
ニーサやヴァリエッタさんから聞いた話のせいで、黒髪の君になった夢を見ているだけに違いない。
断じて、前世の記憶なんかじゃないはずだ。
そう考えよう。
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夢の世界から現実へと、意識が浮上してくる。
俺が目を開くとそこには、見慣れてはいないけど見知った天井があった。
「ホテル・ローラ」の客室。
その天井だ。
指で自分の髪をつまみ、視界の範囲内まで持ってくる。
ゆるふわの金髪。
俺の――ランドール・クロウリィのもので間違いない。
黒髪じゃないことに、安堵する。
久しぶりに前世の姿を見て懐かしい気持ちにはなったけど、俺はもうラウネス人なんだ。
この体は、手放さない。
ベッドから身を起こし、上半身をペタペタと触って異常がないか確認。
全裸である以外、特に変わった点は――
――あった。
長く、しなやかな物体が、右腕に巻き付いている。
黄金色の鱗に覆われたそれは、竜のような尻尾。
「ううん……ランディ……」
尻尾の主が、切なげな寝言を漏らした。
同時に巻き付く尻尾の力が、ギュッと1段階強くなる。
俺の隣では、ニーサ・シルヴィアが眠っていた。
彼女も服を着ていない。
つまりはその――
そういうことだ。
昨夜世界樹の麓で一緒に踊った後、俺は彼女を部屋へと送り届けた。
「お茶くらい、飲んでいかない?」
体が冷えていたこともあって、俺はその提案に飛びついた。
そしてお茶を頂きながら話しているうちに、またお互い気分が盛り上がって――
確認しよう。
今は大事なレースウィーク中だ。
しかも今日は、その中でも重要度が高い予選日。
当然ドライバーは、最高のコンディションで走行に臨まないといけない。
それなのに、俺とニーサは――
これはプロアスリートとして、非常にマズい行為。
チームにバレたら、怒られる。
現に俺も第1戦の時、アンジェラさんとポールを怒ったし。
「う……ん……。ランディ、どこ……?」
ニーサの手が、先程まで俺が寝ていたベッドの上をまさぐる。
体を起こしてしまっているので、そこにはもうシーツしかない。
俺を探し求めている様子が可哀想で、同時にものすごく愛おしい。
俺はそっと、彼女の手を握る。
寂しげだったニーサの表情が、安心したように和らいだ。
もう、チームから怒られた時は怒られた時だな。
俺が勢いに任せて強引に――って言えば、ニーサが責められはしないだろう。
女神のような寝顔に引き寄せられ、そっと額に口づける。
その拍子に、ニーサ・シルヴィアは目を覚ました。
「……おはよう、ランディ」
「ああ。おはよう、ニーサ」
笑顔で挨拶を交わした直後、彼女は自分が服を着ていないことを思い出したようだ。
恥ずかしそうに掛布団を引き上げ、口から下は覆い隠してしまう。
なに?
この可愛い生き物。
「なんか……照れる……」
「俺もだよ」
本当に、なんだか気恥ずかしい。
再びベッドに寝そべって、ニーサと同じように布団を引き上げてしまった。
その代わり布団の中で、ニーサの体を抱き寄せる。
――暖かい。
「まさかひと晩で、あなたとこんな関係になるなんて……」
「ニーサ、本当にゴメン」
「ううん、謝らないで。私が部屋に誘ったんだし……。ただ……。結婚もしてないのにこんなことをしたって知れたら、ランディの身の安全が……」
ニーサの心配には、思い当たる節があった。
娘べったりパパである、ガゼール・シルヴィアさんだ。
そりゃもう烈火のごとく怒って、俺をフルボッコにするだろう。
あの人はさすが竜人族って感じで、めちゃくちゃケンカが強かったからなぁ――
奥さんであるヴァリエッタさんが、俺に好意的なのが救いだ。
奥さんと娘には頭が上がらないみたいなので、なんとか俺が殺されない方向に説得していただきたい。
「やっぱガゼールさんには、殴られるかな? 大事なひとり娘に、手を出したんだ。それぐらいは、覚悟してるさ」
「えっ?」
ニーサの青い瞳が、大きく見開かれた。
あれ?
なんか俺、変なこと言った?
「ん? ニーサが俺の身を心配してるのって、ガゼールさんから殴られないかって話じゃないの?」
「いや……。確かにそれも、心配なんだけど……。ランディいま、私のことをひとり娘って言った?」
「言ったけど……」
あれ? あれ? あれ?
だってニーサに兄弟や姉妹がいるなんて話、聞いたことないし――
シルヴィア邸に行った時も、見なかったぞ?
実はひとり娘じゃなくて、ひとり息子でしたなんてオチはないよな?
ちゃんと娘なのは、昨夜確認済みだ。
「私には、お兄様がいるよ。仕事の都合で、ずっとハトブレイク国に住んでるけど」
なにぃーーーーっ!?
そいつは衝撃の新事実だ!
あっ。
でもその方が、都合いいかも?
シルヴィア家には、ニーサ以外に跡継ぎがいるってことだよな?
俺は長男だから、もしこのままニーサと結婚となればその辺で揉める可能性があった。
それが、解消されるじゃないか。
「へえ! そいつはビックリ! お兄さんは、どんな人なんだい?」
「ランディみたいな人かな? あなたがヴィオレッタちゃんに接するみたいに、私を可愛がってくれるの」
そうか――
以前フェア・ウォーニ・ビーチで、俺とヴィオレッタが羨ましいって言ってたな。
あれは兄妹が欲しかったって意味じゃなくて、自分はお兄さんと離ればなれだから羨ましいって意味だったんだ。
「ちょっと、過激なところもあってね。私がハトブレイク国に留学中、近づいてきた男達を片っ端から病院送りにしたり、社会的に再起不能に追い込んだりしてた。心配症な人よね」
あ――あるぇ?
どこかで聞いたようなお話だぞ?
俺は自分の笑顔が、凍り付いていくのを感じていた。
「お父様よりずっと腕っぷしが強いし、私のこととなるとすぐ暴れちゃう人だからね。ランディに何かしないか、心配……って、どうしたのランディ? 凄い汗よ?」
想像してみる。
もし仮にだけど――
想像するだけで、腹立たしいことだけど――
ヴィオレッタがブレイズ辺りとこういう関係になったら、俺は相手をどうするだろう?
1.抹殺する
2.滅殺する
3.殲滅する
――こんなところか?
つまりニーサのお兄さんも、そういう行動に乗り出してくるに違いない。
しかもお兄さんは、あのガゼールさんより腕っぷしが強いだと?
俺、生き延びれるの?
畜生!
インヤンザシティでブレイズが言ってた、「シルヴィア家は大変」ってこのことだな?
あいつはハトブレイク国人だから、お兄さんの存在を知ってたんだ!
「あは……そうか……。お兄さんか……あはあはあはは……」
「ランディ? どうしたの? 具合悪そう」
乾いた笑い声を上げる俺に、ニーサは心配そうに話しかけてくる。
とりあえず――だ。
「今度から、ブレイズ・ルーレイロにもう少し優しくしてやろうと思う」
俺の宣言に、ニーサはきょとんとした表情をしていた。
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「よし、今なら誰もいない」
俺はカメラ式のドアアイを使って、廊下の様子を確認していた。
このホテル・ローラは外観こそお城っぽいけど、設備はこういうハイテク機器が満載だ。
時刻は早朝。
こんな時間に、ニーサの部屋から出て行くところを見られでもしたら一大事だ。
シャワーを浴びて濡れた髪はドライヤーで完全に乾かしたものの、ボディソープの香りは染みついてしまってるからな。
なにをしていたのかは、明らかだろう。
言い訳はできない。
素早く出て行こうとしたところで、ふと背後を振り返った。
まだバスローブ姿のニーサと、目が合う。
「また、後でな」
チュッと彼女の頬に軽く口づけて、俺は微笑みかける。
笑顔を返されて、胸が高鳴った。
俺は――
浮かれていたんだと思う。
だからニーサとのキスで数秒の時間をロスしても、ドアの向こうを再確認はしなかった。
その数秒の間に廊下を誰かが通りかかる可能性は、充分考えられたはずだ。
そして通りかかってしまったのは、俺のよく知る人物で――
ケイトさんと並んで、最もニーサの部屋から出て行く瞬間を見せてはいけない人物で――
「そんな……。ランディ……様……。どうして、ニーサ様の部屋から……」
銀の縦ロールがふるふると震え、悲し気に光を反射していた。
グレーの瞳には、みるみる涙が溜まってゆく。
廊下には、マリーさんが立ち尽くしていた。
桜色のイブニングドレスに、身を包んだ姿で。
「結局、ランディは地球からこっちに転生してくるまでの間、何やってたんだ?」
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戦女神の使徒時代のランディを見る事ができます。