ターン174 ランドール・クロウリィにひと言物申し隊
世界耐久選手権第5戦、インヤンザ12時間が終わった。
レース終了時刻が早朝だったから、このクローネ国を出て次戦の舞台に旅立つのは翌日だ。
宿泊しているホテルでちょっとだけ仮眠を取るつもりだったのに、目覚めたらもう夕方。
チームのみんなで夕食でも――と思っていたら、携帯情報端末にメッセージが届いた。
ブレイズ・ルーレイロと組んでレイヴン〈イフリータ〉85号車を走らせている、鬼族のヤニ・トルキからだ。
『ランディ、ちょっと出てこい。ワシらはな、お主にひと言物申したいことがあるんじゃ』
ヤニにしては、真面目な口調だった。
「ワシら」って言ったのが、気になるな。
他にも誰か、同伴者がいるのか?
ひと言物申したい内容はなんだ?
トラブルか?
あいつといきなり殴り合いのケンカになったりはしないだろうけど、万が一って可能性もある。
巻き込まれたりしないよう、ヴィオレッタは置いていくことにした。
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ヤニから呼びだされた場所は、インヤンザシティの繁華街にあるビアガーデン。
砂漠地帯ということもあって、地球のアラビアっぽいファッションの人が多かった。
エキゾチックな踊り子風衣装のビアガールさん達が、舞うように華麗な動きでお酒を運んでいる。
ビールだけじゃなく、ワインとか紹興酒とか様々なお酒を提供してくれるお店みたいだ。
「こっちじゃ、ランディ」
赤銅色の肌と、額に1本角を持った長身の男。
鬼族のヤニ・トルキだ。
奴は俺を見つけ、こちらに向かって手招きをしている。
あいつ、本当にヤニか?
いつものヤニなら、鼻の下を伸ばしながらビアガールさん達をガン見しているはずだ。
近づくまで、俺には気付きもしないだろう。
テラスの隅っこにある席に近づいてみると、ヤニの両脇に2人の男が着座していた。
なんだ? この面子は?
1人は――まあヤニと一緒にいても、不自然じゃない。
赤く燃える長髪のエルフ、ブレイズ・ルーレイロだ。
こいつはヤニのチームメイトだからな。
最近ヴィオレッタへの悪い虫っぷりが加速しているから、会いたくはない相手だったけどさ。
ブレイズは、いつも通りの神経質そうな表情で――
「やあやあ、ランディじゃないか。よく来てくれたね。僕らは君が来てくれるのを、ずっと楽しみに待ってたんだよ」
――誰だ?
この陽気なエルフは?
俺の知っているブレイズ・ルーレイロは、こんなにフレンドリーな奴じゃない。
ニセモノか?
ニセモノなら、テラスから投げ捨てても問題ないよな?
妙にヘラヘラしたニセモノ疑惑ありのブレイズから視線をずらし、反対側の席に座っていた人物を見る。
銀髪の男が、テーブルに突っ伏してシクシクと泣いていた。
この後頭部は――デイモン・オクレール閣下だよな?
なんで泣いているの?
とりあえず席に着きつつ、俺は飲み物を注文する。
もちろん、ノンアルコールだ。
「ヤニ。この状況を、説明してくれ。世界耐久選手権ドライバーが3人も雁首をそろえて、なんの会合なんだ? 俺に物申したいことって、なんだ?」
ヤニは鋭く俺を見据えていた。
さっきから背後をビアガールさん達が行き交っているのに、全然目もくれず。
このヤニも、ニセモノなんじゃないだろうな?
「ランディ。今夜きてもらったのは、他でもない。お主にちと、説教したいことがあってな。……女性問題についてじゃ」
「またかよ!」
ヤニ達は知る由も無いだろうけど、昔マリーさんからも色々言われたな。
あの時の彼女は、酔っ払っていて――ん?
そういえば、こいつら――
「なあ、みんな……。ひょっとして、お酒飲んでる?」
「あはははーっ! ちょっぴり、ほんのちょっぴりだよー!」
代表して、ブレイズが答える。
明らかに、ちょっぴりじゃないテンションだった。
「……ったく、3人ともワークスドライバーだろ? 自動車メーカーの広告塔なんだから、人前で派手に酔っぱらったりとかは……」
「おっとランディ。説教するのは、ワシらの方じゃぞ? なぜ、オクレール閣下が泣いておるのか分かるか?」
あっ、ヤニも閣下呼びなのか。
「閣下と呼んでよいぞ?」なんてわざわざ言ってきたから、俺だけの特別な呼び方かと思ってたのに。
そういえばアンジェラさんも、閣下って呼んでたな。
なんか、ちょっとガッカリ。
閣下はテーブルの上に突っ伏したまま、泣いてる理由をメソメソと語った。
「くぅ~、師匠が……師匠が……。4人の女性と関係を持っているとは聞き及んでいたが、まさかその内1人がマリー・ルイスだったなんて……」
ああ。
俺とマリーさんが仲いいのは知ってたけど、4人の女性の内に含まれてるとは思ってなかったのね。
――っていうか、俺を4股野郎みたいに言うな!
「閣下、それ誤報」
俺の返答を受けて、閣下がガバっと身を起こした。
汚ねえっ!
鼻水が垂れてるじゃないか!
イケメンでも、鼻水が垂れちゃあ台無しだな。
「で……では? 師匠もマリー・ルイスも、お互いなんとも思っておらぬと?」
「レースをともに戦う、大切な仲間とは思っているよ。でも、閣下達が想像しているような、惚れた腫れたの対象じゃないよ。俺の方は、そう思っている」
これは失言だった。
「『俺の方は』ということは、マリー・ルイスの気持ちは師匠に向いているのではないか。うぉ~ん!」
閣下はまたテーブルに突っ伏して、泣きだしてしまった。
「ランディ。お主のハーレム野郎っぷりは、少々目に余るぞ? いい加減にしたらどうじゃ?」
「だからハーレム野郎とか、人聞きの悪いこと言うなよ。だいたい、ヤニには言われたくないね。お前はいつも、片っ端から女性に手を出して……」
「……やめた」
一瞬、ヤニがなにを言ってるのか分からなかった。
「『やめた』って……なにを?」
「じゃから、女に片っ端から手を出すのをやめたんじゃ」
「……お前、本当にヤニ・トルキか? ひょっとして、酔っ払ってる?」
俺は首を傾げて、鬼族の顔をしげしげ見つめる。
むう。
このキリリと引き締まった顔は、なにか変なものでも食べたのか?
「はははっ、ランディ。ヤニの奴は本当に、女の子に手を出すのをやめたんだよ。ウチのレースクィーンにも、見向きもしないんだ。僕も最初、病気になったかと思ってね」
ブレイズは爽やかに笑いながら、なかなか辛辣な言葉を吐く。
「ヤニ、どうして? お前は昔、『ワシは女にモテたくて、レースをやっておるのじゃ』なんて言ってたじゃないか」
「今でもその願望は、変わってはおらんわい。じゃがそのモテたいという対象が、大勢の女から1人の極上の女に変わったというだけじゃ」
ヤニの言う「極上の女」には、心当たりがあった。
「へえ……。やっとルドルフィーネ・シェンカーに、本気になったのかい?」
「ああ、そうじゃ。前から本気のつもりじゃったが、ルディは他の女に手を出す男を好かんようじゃからな」
「当たり前だよ!」
あと、10年は早く気づけよな。
そうすりゃアンジェラさん事件で、ルディからの評価を落とすこともなかったのに――
あの事件、ルディに密告ったの俺なんだけどね。
「ルディが、ランディのことを好いておるのは知っておる。じゃが、ワシが本気になったからには……」
「ああ俺、ルディには振られたよ?」
俺の発言にヤニは言葉を止め、ブレイズは腹を抱えて爆笑し、閣下は変わらずにメソメソと泣き続けていた。
「なん……じゃと……?」
「世界耐久選手権開幕直前の話さ。のらりくらりして最低とか、ヤニより最低とか罵られて、しこたま殴られた」
「ルディは相変わらずだな~」とか叫びながら、テーブルをバンバン叩いて笑うブレイズがウザい。
こいつも、彼女に殴られた経験があるみたいだな。
「そうか……。ランディより、ワシの方がマシか……。いや待て。それは、喜んでいいのか?」
「喜んでいいんじゃない? とにかくルディはフリーだ。頑張れよ、ヤニ」
「う……うむ……」
ちょうどその時、俺が注文したグレープフルーツジュースを持ってビアガールのお姉さんがやって来た。
なんというか、こう――
大変立派なものをお持ちのウサ耳獣人お姉さんで、悲しいかな男3人は一瞬胸元に目を奪われ、すぐに視線を逸らす。
テーブルに突っ伏しっぱなしだった、オクレール閣下以外は。
「くっ……見てしまった……。ワシはまた、見てしまった~! うぉおおおおっ! 修行が足りぬ! 煩悩退散! 煩悩退散!」
突然ヤニはビアガーデンの床で、片手腕立て伏せを始めてしまった。
どうやらこれが、酔っ払った時の芸風らしい。
ストイックなのはいいけど、暑苦しいぞ!
元が煩悩の塊みたいな男だ。
振り払うためには、あと300回ぐらい腕立てしないとダメだろう。
「ねえねえ。ルディに振られてもやけにさっぱりしているけど、ランディ義兄さんには好きなコとかいないのか~い?」
俺は反射的に、拳を振るった。
顔面をぶち抜くつもりの左ストレートだったのに、ブレイズはヒラリと避ける。
ちっ!
こいつもルディと同じで、非力なクセにやたらと動体視力だけはいいな。
「ひどいな~。当たったら、即死しちゃうよ~」
「安心しろ、はなから殺る気満々だ。今度義兄さんとか言ったら、〈レオナ〉GT-YDの屋根に縛り付けてオーバーテイクシステムONだ」
脅してやったのに、まだヘラヘラしていやがる。
ブレイズに、お酒飲ませるのはダメだな。
ウザくて憤死しそうだ。
「……それで、ランディ。君は誰が好きなんだい?」
「ニーサ・シルヴィア」
別に、隠すようなことじゃない。
というかハーレム疑惑を払拭したいので、積極的に公言していきたいところだ。
マリーさんやケイトさんの前では、言いづらいけど――
「ニーサ・シルヴィアだって?」
ここにいる面子の中で、同じ世界耐久選手権ドライバーであるニーサを知らない奴はいない。
ヤニは腕立て伏せを中断して、突っ伏していた閣下も上体を起こして驚いていた。
「ああ、そうだ。世間ではハーレムだ何だと根も葉もない噂が飛び交ってるみたいだけど、俺が愛しているのはニーサ・シルヴィアだけだ」
男3人が揃って、『ほぉ~』と声を漏らす。
なんだよみんな?
そんなに他人の恋愛事情が気になるのか?
乙女か?
「ニーサ・シルヴィア……ねえ。そいつはまた、大変な相手を……」
ブレイズの反応に、俺は違和感を覚えた。
「大変な相手? そりゃあいつはジャジャ馬だけど、そういうところ含めて可愛いだろ?」
「ああ、彼女本人の問題じゃなくてだね……。あそこの家族は……」
「親父さんのガゼールさんが、ニーサべったりなことか? それともお母さんのヴァリエッタさんが、重度の中二病なことか?」
「いや、両親じゃなくて……。まあいいや。面白そうだから、黙っとこう。あのことを知った時、ランディはもう少し僕に優しくなってくれるかもしれない」
ブレイズの台詞は意味不明だけど、なんかムカつく。
俺が知らないニーサの情報を、奴が知っているというのは不満だぜ。
「し……師匠。では師匠は、マリー・ルイスとは……」
「お付き合いしたりとかはしていませんし、これからもしません! っていうか、マリーさん以外ともお付き合いしていません!」
「ひゃっほう!」
全然らしくない叫び声を上げて、閣下は椅子から飛び上がった。
やっぱ、閣下も酔ってるな。
ところが喜んだと思ったのもつかの間、閣下はまたテーブルに突っ伏して泣き始めた。
今度は何だよ?
この泣き上戸吸血鬼、メンドクセー!