ターン168 ポール、行きまーす!
ディシエイシ国、フェア・ウォーニ・ビーチ。
南半球にあるこの国は、母国マリーノとは気候が真逆。
3月は、夏の終わり。
しかも赤道に近いから、夏の終わりでも暖かいを通り越して充分暑い。
今日も、絶好の海水浴日和だ。
「いいっスね! いいっスね! 照りつける熱い太陽! 輝く白い砂浜! コバルトブルーの美しい海! そして……グフフ……。天使のような、水着のお姉ちゃん達!」
俺の隣でいやらしい笑みを浮かべているのは、水着姿の小鬼族ポール・トゥーヴィー。
こいつは目玉がクリクリとしてマスコット然とした可愛らしさがあるから、こんな表情をしてもなんとか許されることが多い。
もしヴィオレッタに向けてこんな表情をしたら、沖合に向かって遠投してやるけどな。
「なあ、ポール。泳ぐにしても、軽くにしとけよ。あんまり激しく泳いで疲れると、レースに差し支えるぞ?」
「ぜーんぜん、まーったく心配無用っス! なぜなら今回ビーチに来た目的は、水泳なんかじゃないっス。俺っち達には、隠された秘密の作戦があるっスよ!」
「なんだよ? 秘密の作戦って?」
腰に手を当て遠くを指差し、謎のポーズを決める小鬼族。
そんなポールを、俺はジト目で睨みつける。
こいつ、絶対ロクなことを言い出さない。
「ナ・ン・パ♪」
まぶしい小鬼族スマイルとウインクが、バチコーンと炸裂する。
「……そっか、頑張れよ。俺は泳いでくるから」
背を向けて歩き出そうとした俺のビーチパーカーを、ポールはガッチリ掴んで離さない。
「なに言ってるんっスか? 今回の主力は、ランディさんっスよ?」
「俺?」
「そうっス! 黙っていれば、良い意味での顔面凶器! 喋っても無自覚天然タラシ! エロ筋肉ボディも、ビーチなら晒し放題! 人格的に色々残念なところもあるっスけど、ひと夏のアバンチュールなら問題なし! ナンパをする為に生まれてきたような男っス!」
「褒めてんのか貶してんのか、分かんないよ!」
「ランディさんに離脱されたら、戦線がもたないんスよ~。俺っち1人でナンパに挑むなんて、確実に戦死するっス」
「そんなことは、ないと思うんだけどなぁ……」
実際のところ、ポールは結構モテる。
顔つきはカッコイイ系じゃないけど愛嬌があるし、その場にいるだけで男女問わず楽しくしてくれる奴だ。
それに、なんつったって元GTフリークスドライバー。
現世界耐久選手権ドライバーだからな。
「ポール君可愛い~」とか言われながら、お姉さんに囲まれるタイプだったりする。
だけど愛玩動物扱いのそれは、本人の望むモテ方ではないらしい。
「とにかく、助けると思って一緒にナンパして下さい~。俺っち達は、チームメイトじゃないっスか~」
ポールは小さな体をさらに縮こまらせて、砂浜の上で土下座をキメた。
そんな俺達の様子を、他の海水浴客達はジロジロと好奇の視線で見つめてくる。
これはマズい。
すぐに土下座を、やめさせないと――
「分かった分かった! ちょっとだけだぞ? あと、俺はポールの横に立っているだけで積極的には動かない。それからニーサには、絶対秘密にしてくれ」
「さっすがランディさん! 一緒にナンパ道を、極めようっス!」
「俺の話、聞いてた!?」
ポールは土下座体制からバビョンと飛び上がり、瞬時に索敵体制に入る。
「ランディ隊長! 3時方向に、目標2機発見! ものすごい武装っス! 締めてかからないと、やられるっスよ!」
「勝手に隊長に任命するなよ」
「直ちに迎撃に向かうっス。ポール、行きまーす!」
カタパルトから射出されるように、猛然と突撃を開始するポール。
放っとくとさらなる問題を起こしそうなので、俺も渋々あとを追いかけた。
「そこのお姉さん達! すっごい可愛いっスね! 俺っち達はこのビーチに来たばかりで、勝手が分からないっス。ここの楽しみ方を、教えてもらえないっスか?」
俺が追いついた時にはもう、ポールはナンパ砲を発射していた。
「すっごい可愛い」とかポールは言ってるけど、ナンパ対象達はこちらに背を向けているからなぁ。
本当に可愛いのかどうかは、分からない。
ただ、スタイルは良さそうだ。
1人はこう、色々とバインバインな感じ。
もう1人は小柄で各パーツも小ぶりだけど、滑らかで可愛らしい曲線を描いたボディ。
背中に生えた小悪魔風の翼と、天使のように白い翼がそれぞれ良く似合っていて――ん?
俺はこの人達を、知っているような――
「なんや? ポール君やないか? もう着いたんか?」
振り返った天使は、やっぱり知人。
エンジニアにして〈レオナ〉GT-YDのチーフデザイナー、ケイト・イガラシさんだった。
「ファッ!? け……け……け……ケイトさん!? 今頃、サーキット入りしてるはずじゃ……」
指差しながらプルプルと痙攣するポールに向かって、ケイトさんは呆れたような表情を向ける。
「作業が思ったより、ずっと早く片付いてしもうてな。せっかくやからチームのみんなでビーチに繰り出して、気力充填中や」
「そ……そうっスか。いや~、奇遇っスね。俺っちもランディさんと、レース前に軽く泳いでコンディションを整えようと……」
嘘つけ!
ナンパゴブリンが!
だけどナンパがバレて困るのは、俺も一緒。
黙っておく。
「おおー、ランディ君やないか。ウチの水着、どないや?」
ケイトさんはポールの背後にいた俺を見つけ、クルリとターンを決めてみせる。
彼女の水着は薄水色で、2段フリル付き。
ふわふわとした質感が、天使っぽさに拍車をかけている。
「とっても似合ってるよ」
俺の賛辞を受けて、ケイトさんは嬉しそうに表情をほころばせた。
「ねえ、ランディ君。私の水着はどうなの?」
ケイトさんと一緒にいた、もう1人の女性。
バインバインの方は俺達ブルーレヴォリューションレーシングのレースクィーンを務める、淫魔族のアンジェラ・アモット嬢だった。
「アンジェラさんも、素敵だね」
彼女は紫のハイレグワンピースでキメている。
ははあ。
ポールがすごい武装って言ってたのは、彼女のことか。
これは火力があり過ぎるな。
水着から色々と、零れ落ちてしまいそうだ。
ポールの奴が血走った目でガン見してるけど、アンジェラさんは気持ち悪がったりはしていない。
むしろ舌なめずりをして――
アンジェラさん。
そいつ一応ドライバーなんで、レース前に絞りつくすとかやめてね。
「あら? ニーサは一緒じゃないの?」
「ああ。水着、持ってきてないんだってさ」
「もったいないわね。あの子も水着になると、凄いのよ?」
アンジェラさんの言葉に、俺の隣で唾を飲み込むポール。
なんかムカついたので、後頭部をはたいておく。
「ランディさん、なにするんスか!?」
とか苦情を言ってきたけど、受け付けません。
「向こうに、マリーちゃんもおるんやで」
ケイトさんに引き連れられて、俺達はビーチの奥へと歩いて行く。
そこにはパラソルの下、優雅に寝そべっているマリーさんの姿があった。
彼女の水着はワンショルダー。
胸の辺りに小さめのフリルが付いた、可愛らしいピンクのビキニ。
マリーさんはかなり出るとこ出てるから、可愛らしい水着だとアンバランスな魅力があるな。
「あら、ランディ様。ポール。到着しましたのね」
「やあ、マリーさん。お疲れ様」
「ふふふ……。頑張って下さったのはケイト様やジョージ様達スタッフで、ワタクシはそんなに大した仕事はしていませんわ」
「ん? そういえば、ジョージの姿が見当たらないな。あいつはどこへ?」
「ヌコ様がホテルで倒れているので、ちょっと様子を見てきてもらっていますわ」
「えっ!? ヌコさんが!? いったいどうしたんだい? 気候が違い過ぎて、風邪ひいたとか?」
なんてこった。
パワートレイン担当エンジニアであるヌコさんが体調不良だと、チームの戦闘力はガタ落ちだぞ?
ヌコさんあってのロータリーエンジン。
ロータリーエンジンあっての〈レオナ〉だからな。
「えっと……その……。病気とかでは、ありませんわ。ワタクシの口からは、ちょっと……」
頬を赤くして、目を伏せてしまったマリーさん。
代わりにヌコさんの容態を解説してくれたのは、アンジェラさんだ。
「うふふふ……。昨夜は、頑張らせ過ぎちゃったかしらねぇ……。少し、干からびてるだけよ?」
こ――この欲望まっしぐら淫魔族は!
「アンジェラさん。チームを内部崩壊させる気?」
「崩壊しないように、これでも我慢してるのよ? ヴァイ監督もいい男だから味見したいのに、アキラちゃんが邪魔してくるし」
俺達シャーラ・BRRのレースクィーンは、淫魔族のアンジェラさんとエルフのアキラさんの2人体制。
ヴァイさん大好きっ子のアキラさんは、迫る大食らい淫魔族を必死でブロックしているらしい。
「それともランディ君が、私の相手をしてくれるのかしら?」
前屈みになり、胸の谷間を強調してきたアンジェラさん。
ポールを生贄に差し出して逃げようと思っていたら、誰かがアンジェラさんの尻尾をガシッと掴んだ。
「キャッ!」
さすがのアンジェラさんも、敏感な部位を唐突に掴まれたら悲鳴のひとつやふたつは漏らしてしまう。
やったのは、瞳に暗い炎をたたえたマリーさんだ。
「アンジェラ様? おいたはそこら辺にしておかないと……」
「あらぁ、怖い怖い。心配しないで。マリーさんも、混ぜてあげる。……ああん♡」
ますますチームオーナーの神経を逆なでしてしまい、アンジェラさんはさらなる尻尾ムギューの刑に処される羽目になった。
やたら艶っぽい悲鳴を撒き散らしているせいで、周囲からの注目が凄い。
「やれやれ。騒がしい者達だ」
涼やかな美声が、暑いビーチにひやりと流れる。
それを聞いてマリーさんは尻尾から手を離し、アンジェラさんの悲鳴も止まった。
少し離れた所でビーチチェアに寝そべり、肌を焼いていた若者。
こいつが声の主か?
いや。
こいつは、若者じゃなくて――
「閣下? デイモン・オクレール閣下じゃないか?」
焼かなくても、すでに褐色の肌。
冷たい青みがかった銀髪。
今日の恰好はさすがにカンドゥーラでもレーシングスーツでもなく、サーフパンツ1丁だ。
石油メーカー「モトリー」の御曹司にしてレーシングドライバー。
恐らくは連続童貞記録を108年に更新中の、デイモン・オクレール閣下がそこにいた。
吸血鬼が太陽降り注ぐビーチで日光浴とか、地球のファンタジー好きが聞いたらガッカリしそうなシチュエーションだな。
「久しぶりであるな、師匠」
閣下はサングラスを持ち上げて金色の瞳を覗かせつつ、気品溢れる笑みを向けてきた。
「……師匠?」
マリーさんが、怪訝そうな声を上げる。
この呼び方は、やめて欲しい。
俺は閣下の恋愛指南役なんて、引き受けてないからな。
「閣下が勝手に言ってるだけさ。あだ名だよ、あだ名」
「あだ名で呼び合うなんて、仲がよろしいのですわね」
「その通りだ、マリー・ルイス。余と師匠は、固い絆で結ばれておる」
「あら。でしたらレース中、師であるランディ様に道を譲って下さりませんこと?」
「そなたや師匠からのお願いでも、それは聞き入れるわけにはいかぬ。余にもヴァイキーワークスのドライバーとしての、立場があるのでな」
デイモン・オクレール閣下もヴァイキー〈スティールトーメンター〉GT-YDのドライバーとして、世界耐久選手権に参戦している。
閣下はGTフリークスで派手な成績は収めていないものの、堅実な走りで年間ランキング上位につけることが多かった。
だから累積で、スーパーライセンスを取得できたんだ。
しかも閣下がハンドルを握るのは、1号車――
昨年のチャンピオンカーだったりする。
「もっとも、多少の協力は吝かでもないぞ? 敵チーム同士であるとはいえ、余の実家『モトリー』はそなたらを資金援助する立場にあるのでな」
「ふふふっ。同じ石油会社をスポンサーに持つ仲間同士、フェアに競いましょう。……ところで、オクレール様」
「なにかな? マリー・ルイス」
「なぜワタクシの方を、見ようとしないのですか?」
俺以外の全員が、そう疑問に思っていただろう。
さっきから閣下は、会話中にもかかわらずマリーさんを見ようとしない。
さては――
「……年頃の女子が、そのように肌を晒すものではない」
やっぱり!
マリーさんの水着姿なんて、チェリーな閣下には刺激が強すぎるんだ!
「オクレール様は、大変女性の扱いに長けていると噂に聞いていたのですが……」
「ふっ。生憎余は、修行中でな」
カッコつけてるけど、女の子の水着姿すらまともに見れない108歳。
なんて残念なイケメン御曹司なんだ。
「なんだか、思っていたのと違うお方なのですわね……」
マリーさんの中で閣下への恐怖心が下落して、残念に思う心が高騰した瞬間だった。




