ターン155 リスタート(5)
ブラックダイヤモンドシティの自宅タワーマンション。
ヴィオレッタが寝静まった後の暗いリビングで、俺は電気もつけずにノートパソコンと向かい合っていた。
見ていたのは、GTフリークス公式サイトのレース結果だ。
最終戦の優勝マシンは36号車、〈ロスハイム・ラウドレーシングサーベラス〉。
3日前のあの日、俺は予選スーパーラップでコース最速記録を叩き出した。
後からタイムアタックした9台は、誰も俺のタイムを上回ることができなかったんだ。
なのでそのまま、予選1番手を獲得。
先頭から決勝レースをスタートした俺は、後続との間に40秒もの間隔を築いて相方のポール・トゥーヴィーへとバトンタッチ。
なのにポールの奴はその間隔を吐き出しまくって、ゴールした時はわずか2.7秒差だった。
『俺っちは後ろとの差を見て、ペースをコントロールしてたんスよ』
なんて言ってたけど、本当かどうかは疑わしい。
無事に優勝できたから、良しとするか。
最終戦で優勝したおかげで、年間王者にもなることができたしな。
ウェブサイトのページを切り替えて、2639年の年間ランキングを画面に映し出す。
『ランドール・クロウリィ』。
1位のところにあるのは、俺の名前だけだ。
2位にはニーサ・シルヴィアとラムダ・フェニックス選手の名前が、並んで表示されている。
3位には俺と同じく、ポツンと1名だけの名前が。
『ルドルフィーネ・シェンカー』。
当然だ。
最終戦、ルディは欠場で1ポイントも獲得できなかった。
最終戦で俺がノーポイントだったなら、俺と彼女の名前は一緒に並んだままだっただろう。
去年の第1戦から、今年の第9戦までの19レース。
いつウェブサイトでポイントランキングを見ても、俺とルディの名前は一緒に並んでいた。
さらにページを切り替えて、歴代の年間王者一覧を表示する。
40年の歴史を誇るGTフリークスは、始まって以来ずっと2人1組のセミ耐久レース方式を取っている。
1名だけのチャンピオンは、前例が無いわけじゃない。
より上位のカテゴリーである世界耐久選手権からお声がかかって、シーズン半ばで旅立った選手もいる。
逆に全くGTフリークスで通用しなくて、途中でクビになる選手も。
病気で1レースだけ欠場とかもある。
そういう風に途中で相方を欠いて、年間王者が1名だけの年というのもあるにはあるけど――かなり少ない。
2637年王者、ヴァイ・アイバニーズ/ランドール・クロウリィ。
リザルト表にこの名前が刻まれた時は、嬉しかったな。
だけど、今年は寂しい。
2639年王者、ランドール・クロウリィの名前が涙で歪む。
「ルディ……。一緒にチャンピオンに、なりたかったよ……」
ヴィオレッタが起きてこないよう、声を殺して俺は泣いた。
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翌日俺は、ルディの入院している病院を訪れていた。
もうニュースやラウネスネットで知っているとは思うけど、GTフリークス最終戦で優勝したことを報告したかった。
年間王者を獲得したことも――
そして――
やっぱりレースを続けるという決意を、伝えたかったんだ。
俺は病院の駐車場に愛車〈サーベラスMarkⅡ〉を停め、病棟へと歩いて行こうとした。
すると全然違う方向から、ルディの声が聞こえる。
「ランディせんぱ~い! こっちこっち!」
患者衣姿で、手足には所々包帯が巻かれている。
にも関わらず、ルディはぴょんぴょんジャンプしながら俺を呼んでいた。
彼女が立っている場所は、病院に隣接している公園の広場だ。
近づいて見ると、顔の右半分を覆っていた包帯が無い。
包帯の代わりに、顔の右半分を覆っていたのは――
「えへへ……。カッコいいでしょう? サイボーグエルフと呼んで下さい」
「それは……機械化された、義眼なのかい?」
顔の骨に合わせ、湾曲した樹脂製のプレート。
その端っこ。
側頭部あたりには、制御装置らしき小さな箱型の部品が取り付けられている。
そして真ん中。
かつて空色の瞳があった場所からは、メカニカルなレンズが覗いていた。
「今はまだ元の目には及ばないけど、かなり良く見えるんですよ。GTフリークスマシンのヘッドアップディスプレイみたいに、空中に色々な情報とかも表示されて面白いんです」
「へえ、ハイテクなんだな。……ん? 『今はまだ元の目に及ばない』ってことは、これから性能が上がって元の目に近づくのかい?」
「当たりです。この義眼、まだ研究・開発途中の製品なんです。これから製造元と一緒にデータを集めて、よりよい目を作っていきます。元の目を、超えるぐらいの代物をね。まずは先輩、データ収集を手伝って下さい」
そう言ってルディが俺に手渡してきたのは、野球のグローブだ。
「キャッチボールに、付き合って下さい」
俺の返事も聞かずに、ルディはササッと距離を取る。
急いで左手にグローブをはめて身構えたところに、彼女の放った軟球が飛んできた。
「う~ん。ちょっと、狙いよりズレたな。まだまだか……」
不満そうなルディの発言に驚いた。
俺はキャッチする時、少ししかグローブを動かさなかったぞ?
ああ、思い出した。
ジュニアカート時代にもトレーニングの一環として、ルディとは何度かキャッチボールしたことがあったんだ。
その時俺は、全くグローブを動かさなかったっけ。
ルディって球威はヘロヘロだけど、コントロールはプロのピッチャー級なんだよな。
その基準からすると、今のは失投なのか。
まだ怪我が治りきっていないルディに合わせ、俺はふわっとボールを投げ返す。
すると彼女は、難なくキャッチした。
かなり正確に、距離感を測れているみたいだ。
「凄いな。そこまで機械化義眼の技術が発展してるなんて、知らなかったよ。どこの製品なんだい?」
「えへへ……。ランディ先輩も、知っている会社ですよ」
また、ルディからの球が来る。
今度はさっきより、正確さが増した気がした。
「俺の知っている会社?」
あらためて、ルディの機械化義眼を観察。
――ん?
俺は以前にも、これと同じ雰囲気の製品を見たことがあるような気がする。
「分からないとダメですよ~? 以前に先輩も、資金援助を受けたことのある会社なんですから」
脳裏に浮かんだのは、片手が義手の紳士。
幼少期に俺とルディのレース活動を支えてくれた、義手・義足メーカーYAS研の社長エリック・ギルバートさんの姿。
この義眼の雰囲気は、エリックさんの筋電義手と似ているんだ。
「まさか……。YAS研さんの製品なのかい?」
「あったり~。そしてYAS研さんは来年、ボクの個人スポンサーにもなってくれるそうです」
「スポンサーだって? いったいなんの?」
「先輩、何を寝ぼけているんですか? レーシングドライバーのスポンサーっていったら、レースにお金出してくれるに決まってるじゃないですか?」
しっかりしろとばかりに、ルディから強めの球が飛んで来た。
快音を響かせて、白球が俺のグローブに収まる。
「じゃ……じゃあ、ルディはレースに……」
「GTフリークスみたいな、速いカテゴリーのマシンはまだ無理ですけどね。チューンド・プロダクション・カー耐久のクラス4にでも出てみないかって、シーン社長が」
「あのヘビースモーカーなオッサン、今は社長なのか……。資金援助してくれるとはね。スーパーカート時代、俺のことはあっさり切り捨てたのに……」
「今回の話は、会社のいいプロモーションになると思ったみたいですね。会社想いなんですよ、あの人」
シーン社長――
当時は専務だったな。
エリックさんの葬儀でスポンサード打ち切りの話をされた時は、嫌な奴だと思ったけど――考えを改めよう。
彼のおかげで、ルディがまたレースに復帰できるかもしれないんだから。
「ルディ……。やっぱりレースを続けるよ。俺も、ジョージもね」
「テレビで最終戦のスーパーラップ見て、そうなるだろうと思いましたよ。……先に行って、待ってて下さいね」
どこで――とまで、ルディは言わない。
答えは分かり切っている。
西の空――その果てにある島だ。
天まで届く世界樹と、1周25kmの超難関公道コース。
そして世界最速のマシンとドライバー達が、俺達を呼んでいる。
「ああ! 待っていろよ、樹神レナード! そして、待っているからな! ルドルフィーネ・シェンカー!」
俺は左手にはめていた、右利き用グローブを外した。
全力投球するためだ。
俺は元々左利き。
両利き同然になるよう訓練してはいるけれど、やっぱり左投げの方が球威は上だ。
もちろん俺の全力投球は殺人ボールだから、ルディに怪我させないよう彼女の遥か頭上を狙って投げた。
西の空に向かって――
そしてボールは西側にあった病院の窓ガラスを割り、俺はお局様っぽい看護師さんからしこたま怒られた。
ついでにルディも怒られた。
実はまだ、キャッチボールをしていいような治り具合じゃなかったらしい。
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■□3人称視点■□
樹神暦2640年2月
マリーノ国西地域
薄暗い研究所の床に、鎖で縛り上げられた猫耳獣人の子供がドサリと投げ出された。
「こ……ここはどこだニか? おいちゃんは確か……。淫魔族のアンジェラと、ホテルで緊縛プレイを楽しんで……。ニャッ! 確かその後で、怪しげな薬を嗅がされたんだニ!」
子供ではなかった。
見た目は子供だが、年齢は44歳というとっつぁん坊や――ヌコ・ベッテンコートだ。
「20歳以上年下の娘さんと、何やっとるん?」
呆れたその声に、ヌコは聞き覚えがあった。
縛られた状態のまま、頭を起こして声の方向を見る。
するとそこには、背中から翼を生やした小柄な女性のシルエット。
「ケ……ケイト……! これはいったい、どういうことだニ!? ここは、どこなんだニか!?」
「シャーラのテストコースに隣接しとる、研究所や。ちょっとヌコさんに、お願いがあるねん。ほんでアンジェラちゃんに、連れて来てもろたというわけや」
「お……おいちゃんはケイトみたいなぺったんこにシバかれるより、豊満なアンジェラに縛られて虐められる方が好きだニ!」
「変態プレイのお願いなんて、せえへん! それに、誰がぺったんこやねん! ウチは着やせするタイプなんや! ……そやのうて、コレやコレ! ヌコさんの得意分野やろ?」
ケイト・イガラシは自分の傍らにあったシートをめくり、その下に隠されていたものを見せつける。
「これは……。お願いって、これを手伝えってことだニか? こんなものに、おいちゃんが関わっていいだニ? おいちゃんは、一介の改造屋に過ぎないだニよ?」
「むしろ、ヌコさんでないと無理やな。シャーラ本社にはもう、36年前のスタッフが残ってないねん。レーシングロータリーの技術は、失伝されてしもうとる。今、最先端を走っとるのはヌコさんなんやで」
ヌコはしばらく、シートの下にあったそれを眺めていた。
だがやがて、覚悟を決めた表情になる。
「条件があるだニ!」
「シャーラは貧乏メーカーやから、給料は期待せんとってな。ウチも仕事量の割に、やっすいねん」
「給料の問題じゃないだニ。……仕事の合間、週1ぐらいでアンジェラが虐めてくれるなら引き受けてもいいだニ」
「……アンジェラちゃんに、頼んでみるわ」
熱心なマサキ・マサキ神の信徒――いや。
ただのドМであるヌコに溜息をつきながら、ケイトは視線を研究所の壁へと向ける。
そこには、2枚の大きなタペストリーが掛けられていた。
1枚は、翼を持った猫のシルエット。
おとぎばなしに登場する、光の精霊レオナ。
長い時を経て復活した、シャーラのピュアスポーツカー。
この世界で唯一、ロータリーエンジンを心臓に持つ〈レオナ〉のエンブレムでもある。
そして、もう1枚のタペストリーは――
それは青い不死鳥だ。
渦巻く蒼炎の中から再び鳥の形を取り、灼熱の翼をはためかせ空へ舞い戻ろうとしている。
これは自動車メーカー、シャーラのエンブレム。
かつてユグドラシル24時間を制したGR-4型〈レオナ〉にも、光の精霊と青い不死鳥の姿が描かれていた。
青い不死鳥が飛び行く先は、西の空。
屋内なので空は見えないが、ケイト・イガラシはその方角に向き直る。
そして静かに――
しかし、力強く宣言した。
「不死鳥、復活や」
よう、クソガキ共。オレはヴァイ・アイバニーズだ。
5章まで読んでくれて、ありがとよ。
「評価のお願いするなら、ジジイより女の子を出せ」だと?
馬鹿野郎。世の中にはな、オレみてえな渋いジジイがいいって奴らもいるんだよ。
というわけで、いっちょ評価やブックマークを頼むぜ。
やり方は簡単だ。
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次は最終章だからよ。
ランディ達が最後まで走り切れるよう、見守ってやってくれよな。




