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ターン152 朝まで隣で

 手術が終わり、ルディは集中治療室(ICU)へと移された。


 親族しか入室できず、その面会時間も限られている。


 当然、俺達チーム関係者は入ることができない。




 だけど俺達は、病院に残った。


 サーキットに戻る必要はない。


 明日の第9戦決勝レース、俺達ラウドレーシングは棄権だ。


 あんな状態で、〈サーベラス〉の修復が間に合うはずもない。


 俺達ラウドレーシングだけじゃなかった。


 6号車、19号車、37号車、38号車、39号車。


 タカサキは全車、第9戦から撤退した。


 事故原因がハッキリして対策を(ほどこ)すまで、〈サーベラス〉は走らせられない。




 事故の晩は、大勢の人が病院を訪れた。


 ルディには、面会できないにもかかわらずだ。


 まずは、同じタカサキ系チームの関係者。


 アレス監督以外の5人の監督達。


 俺とルディを除く、10名のドライバー全員。




 それに続いて、他社メーカーチームの関係者。


 ニーサ・シルヴィアや、デイモン・オクレール閣下の姿もあった。


 ニーサの相方であるラムダ・フェニックス選手は、ルディのことをひどく心配していた。


 彼は前世地球でのF1ドライバー時代、事故(クラッシュ)で大火傷を負った経験があるんだ。


 事故(クラッシュ)の恐ろしさを、誰よりもよく分かっている。




 驚いたのは、タカサキの社長がわざわざ病院に来たことだ。


 マリーノ国内最大の自動車メーカー。

 世界でもトップクラスのシェアを誇る、巨大企業の社長。


 多忙を極めるに違いないのに、そんな人が直接ルディを見舞いにきた。


 タカサキというメーカーが、いかにルディに期待を寄せていたかがうかがえる。




 俺の携帯情報端末(タブレット)には、ひっきりなしにルディの安否を気にかけるメッセージが届いていた。


 何度かルディと組んだことがある、ブレイズ・ルーレイロ。


 第6戦で彼女と喧嘩した、ヤニ・トルキ。


 ジュニアカート時代に何度もルディと戦った、キース・ティプトン先輩やグレン・ダウニング先輩のメッセージも。




 現在は世界のどこかを放浪しているはずのヴァイ・アイバニーズさんからも、メッセージが届いていた。


 それはルディの安否だけじゃなく、俺やジョージ達の心を気遣うものだった。




「ルドルフィーネは、多くの人に愛されていたんだな……」




 ミハエル先生は見舞い客達が帰った後、廊下の窓から外を眺めながらそっと(つぶや)いた。


 先生、やめてくれ。

 過去形で(つぶや)くのは。


 まるでこれからは、愛されない人生が待っているような言い方は――




「あの子は小さい頃、友達がいなかった。引っ込み思案で、1人でゲームしている方が好きな子だったからな。カートを……モータースポーツを始めていなければ、今も友達が少なかっただろう」


 そうだったな。


 出会ったばかりのルディは、どこか自信無さげな子だった。




「だけど……なんでかな……。ルドルフィーネがモータースポーツを始めて良かったとは……言えないよ」




 その通りだ。

 

 モータースポーツさえ始めなければ、ルディはこんな目に遭わずに済んだ。


 彼女をこの道に誘ったのは――俺だ。




「ランディ。お前は自分がレースに誘ったせいで、こうなったとか考えてるんだろう? 顔に書いてあるぞ。そういうことなら、俺もお前と同罪だ。ドライビングシミュレーターのゲームを買い与え、レースに対する興味を持たせたのは俺なんだからな」


「ミハエル先生は、何も悪くは……」


「ならランディだって、何も悪くはないはずだ。ジョージ・ドッケンハイム、お前だってそうだ。『マシンが壊れる予兆を、見逃したかもしれない』なんて考えているんだろう? そんなわけあるか。お前の仕事ぶりは、カート時代からルドルフィーネに何度も聞かされている」


 図星を刺されたらしく、ジョージは黙りこくってしまった。


 俺もジョージの見落としは、あり得ないと思う。


 他のメカニック達と(いっ)(しょ)に、何重ものチェックをしているのを見ていたから。




「なら速く走り過ぎた、ルドルフィーネが悪いのか? そんなはずはない。速く走るのが仕事だと、あの子はいつも言っていた。それが、プロのレーシングドライバーなんだと。あの子は自分の仕事に、誇りを持っていたんだ……」




 段々ミハエル先生が何を言いたいのか、分かってきてしまった。


 それは俺とジョージが心の奥底で感じつつ、決して認めたくなかった事実。


 それを認めてしまったら、俺とジョージはもう――




「誰も悪くはない。モータースポーツっていうのは、元々そういうもんなんだろう?」




 冷たく言い放つミハエル先生。




 薄々感じていたことなのに、言葉にして聞かされると刃物で胸を(えぐ)られたように痛い。


 そうだ。

 今回の事故は、誰の責任にもできない。


 元からモータースポーツは危険で、残酷で、無慈悲で、理不尽で、不幸を振り撒くもの。


 そういうものなんだと、認めるしかない。


 お前達はそんなものを愛し、熱狂し、人生を捧げてきたんだという指摘。


 それは「お前らのせいだ」と責められるより、ずっと――ずっと苦しい言葉だった。






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 眠れない夜が明ける。


 俺達ラウドレーシング関係者は交代で、宿泊しているホテル等へ戻ることにした。


 俺とジョージ、ヴィオレッタは、メイデンスピードウェイ近くにある実家に宿泊している。


 とりあえず、ジョージを先に帰すことにした。


 父親のドーンさんが、ルディの容態を聞きたがっているはずだ。


 ルディがジュニアカート時代に3年間在籍したRT(レーシングチーム)ヘリオンは、ドーンさんのチームだから。




「お兄ちゃんも、無理しないでいちど帰ってきてね。私も少し休んだら、すぐにまた来るから」


「ヴィオレッタの方こそ、無理するな。大丈夫。俺がタフなのは、知っているだろう? しっかり実家で、休んでから来るんだ」




 そうは言ったものの、正直ヴィオレッタにはもう来て欲しくない。


 妹が意識不明で苦しんでいるミハエル先生の前で、同じ妹というポジションのヴィオレッタと会話するのは気が引ける。


 俺が先生の立場だったら、きっと(つら)い。




 人数が減った集中治療室(ICU)前の廊下でソファに座っていると、あっという間に時間が過ぎて夜になっていた。




「ランディ……。お前もいちど、家に帰れ」


「先生の方こそ。この病院には、患者家族用宿泊施設があるでしょう? そこで、休んだらどうですか?」


「俺のことは(あと)だ。今のお前は臭い。無精ひげまで伸ばして、酷い有様だ。ルドルフィーネが目を覚ました時、そんな(ざま)じゃ会わせられない。いいから担任の言うことを聞け。副担任を、クビにするぞ?」


「今でも俺は、副担任扱いなんですね……。分かりました。(いっ)(たん)帰ります」




 俺は重い体を引きずって、病院の外へと歩いて行く。


 今は何時だ?


 日が暮れたのは、ついさっきだったような気がする。




 駐車場に停めてある愛車、白い〈サーベラスMarkⅡ(マークツー)〉の近くまで来た時だ。


 すぐ隣に、赤いスーパーカーが停車した。


 真っ赤なヤマモト〈ベルアドネ〉。


 この車は、確か――




「ニーサ、また来てくれたのか? お前、今日は決勝だろう? まさか、レースを放り出してきたのか?」


「なにを言ってるんだ。もう夜中だぞ? ……とっくに終わったよ。私とラムダさんが勝った」


「……そっか、おめでとう」


「ルディちゃんは……?」


「まだ、目を覚まさない」


「そうか……。ランドール、貴様も大丈夫か? 酷い顔をしているぞ?」


「大丈夫……。いや、大丈夫じゃないかもしれない」


「ランドール?」


「大丈夫なわけないだろ! きついよ! 苦しいよ! 怖いよ!」




 なんだよランドール・クロウリィ、情けないな。


 お前はニーサ・シルヴィアに、ドライバーとして認めて欲しいんじゃなかったのか?


 こんなに(もろ)くて、自分勝手で、臆病なところを見せたら、幻滅されちまうぞ?




 だけど、口から(あふ)れる弱音が止まらない。




「畜生! なんだってんだ!? どうしてこんなことになった!? 俺は怖い! このままルディが目を覚まさなかったら、どうしようかと……。いや! 目を覚ましたとしても、ルディに()()()()を伝えなきゃいけないんだ! それを聞いた時、ルディがどうなるか……。考えただけで、震えが止まらない!」


「ランドール……」


「ああそうさ! 俺はルディが、ミハエル先生が、チームの皆が苦しんでいる時に、怖いだのなんだの自分のことしか考えていない! 最低だ! 最低の野郎だ! 自分で自分が嫌になる!」


「ランドール!!」




 突然、着ていたシャツの(えり)をニーサから(つか)まれた。


 そのまま強い力で、駐車場の外へと引きずられていく。


 彼女のことだから、また俺を殴るつもりなのかもしれない。


 だけど、別に構わない。


 こんな情けない男は、どうなっても知ったこっちゃない。




 ニーサが俺を引きずってきたのは、病院に隣接する公園だ。


 患者さんのリハビリとかで、運動するのに使うんだろう。


 そこのベンチへと、乱暴に座らされた。




 そして――




 温かく、柔らかな感触に戸惑う。




 ニーサから頭を抱きかかえられているんだと気付くのに、数秒かかった。




(つら)かったよね。苦しかったよね。ランドール・クロウリィ、あなたはよく頑張った」


 ああ。

 この口調は、アンジェラさんと話す時のニーサだ。


 前にいちどだけ、俺にもこの口調が向けられたことがあった。


 (いっ)(しょ)にドラゴンステーキを食べに行く、ドライブの途中だったな。




「俺は頑張ってなんかいない。自分のことしか……」


「ううん、そんなことはない。あなたはさっき、『皆が苦しんでいる時に』って言った。自分のことしか考えていない人に、他人の苦しみが分かるはずないよ」


 ニーサは優しく、俺の髪を撫で続けてくれた。


 手術室前で、俺がヴィオレッタにそうしていたように。




「私は知っている。あなたはとても優しくて、周りの人の心ばかり気にしてしまう。自分の心の痛みは、後回しにしてしまう。だから今のあなたには、後回しにしたツケがきているの」


「ニーサ……」


「自分の心も、気にしてあげて。でないと見ている周りの人達も、(つら)くなる。あなたの周りに集まっているのは、あなたと同じで優しい人達なんだから」


「ニーサ……。ありがとうニーサ…………」




 心が緩む。


 壊れてしまわないようにと、強く張り詰めていた心が。




「なあニーサ、話を聞いてくれるか? 少し、長い話になるけど」


「うん、いいよ。なんの話?」


「俺とルディとの思い出」


「聞きたいな。……でも、どうせならもっと前。ケイトさんと、出会った辺りから」


「そんなに前から? さらに長くなっちゃうよ?」


「ううん、いいの。私はみんなと比べて、あなたと出会うのが遅かったから……。もっと知りたい。あなたとみんなが歩んできた、レース人生を」


 その言葉に、少し違和感を覚えた。


 出会うのが、遅かった?


 なんだかずっと前から、俺はニーサ・シルヴィアを知っているように錯覚していた。


 言われてみると確かに、ルディやマリーさんより5年も(あと)か。

 



「え~っと。それじゃ、ケイトさんとの出会いから。あっ、でもそれなら、トミー伯父さんの話からしないといけなくなるな」


「大丈夫、全部話して。朝まで隣で、聞いててあげるから」


「さすがに、そこまで長くはならないと思うよ」




 つくづく俺は、見通しの悪い男だと思う。






 結局空が朝日で白く染まるまで、ニーサと話し続けた。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] ニーサにバブみを感じる日がくるとは……! くそー わ、私は騙されないんだからねっっっ 私の中のヒロインは永遠にルディですっ 早く目覚めよー! ルディーー!
[一言] 誰の責任にもできない、誰も悪く無い。 逆に辛いですよね。みんな辛そうで、見てられない。なんでこうなったのか……。 ニーサ〜!! 優しいなぁ〜ニーサは。 この展開。急接近しちゃうじゃ無いです…
[良い点] やっぱり先生は先生はなんだなと、しみじみと思いましたね。 ショックを受けている中、決して生徒にあたったりしないし、気遣い諭しさえするんですからね。 指摘の部分は悪い意味ではなく、妹が選んだ…
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