ターン149 音速の妖精
第2戦 スモー・クオンザサーキット
なんとルディが2戦連続で、予選1番手獲得だ。
「ご褒美に、前回未払いの分も含めて頭ナデナデして下さい」
って言われたからモーターホームの陰でこっそり撫でようとしたら、応援に来ていたマリーさんに見つかった。
「ワタクシはスポンサーなので、無条件に頭ナデナデを受ける権利があると思いますわ」
なんていう謎理論で迫られ、2人とも撫でようとしたら今度はヴィオレッタがやってきた。
「お兄ちゃん達、レースウィークなのに何を遊んでるの?」
と、怒っている時のシャーロット母さんそっくりな笑顔を向けられちゃったよ。
俺もルディもマリーさんも、顔を引きつらせて曖昧に笑うことしかできなかった。
決勝レースでは、ルディが走行中にエンジン大破。
俺の出番は無し。
これはエンジニアやメカニックの責任だと思うのに、ジョージ・ドッケンハイムの野郎は
「ランディの日頃の行いが悪いからです」
と、俺のせいにしやがった。
なんでみんな、頷いてるの?
理不尽じゃない?
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第3戦 シン・リズィ国際サーキット
このサーキットは、マリーノ国の西地域にある。
シャーラ本社に近かったから、ケイト・イガラシさんが応援に駆けつけてくれた。
初めて生で見るGTフリークスということで、ケイトさんは大興奮――
かと思いきや、意外と冷めた目でマシンを見ていた。
「確かにハイレベルなマシンやけど、あれに比べたら……」
周りに聞かれないよう小声で囁いたつもりみたいだけど、俺とジョージにはバッチリ聞こえてしまった。
「ほう? ケイト先輩は、これより速いマシンをご存じで?」
と、眼鏡クイッをされつつジョージに凄まれ、
「知らへん! 知らへん! ウチはそんなマシン、ぜーんぜん知らへん!」
と、めちゃくちゃ怪しい慌て方をしていた。
ケイトさんの目の前で、ルディが3戦連続の予選1番手を奪取。
ルディとケイトさんが抱き合って喜んでいると、スーツ姿の怪しい人達がピットに押しかけてきた。
「チーフ、逃げても無駄です。帰って仕事しましょう」
そう言われたケイトさんは、シュンとした表情で大人しく連行されていった。
ちなみに予選日の話だ。
決勝レースを観れずに、連れ戻されたケイトさん
かわいそうに――
決勝レース終盤では、またまた変速機トラブルが出てしまった。
それでもなんとか誤魔化しながら走り切り、3位表彰台をゲット。
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第4戦 アンセムシティ市街地コース
レース前に、チームのみんなで「飞伊賀海栗」へと食事に行った。
マリーさんとデートした、あの展望レストランだ。
前回と同じイケオジウェイターさんが出迎えてくれて、なんだか嬉しい。
頼むのはやっぱり高級なまこ、「ギョウ・タダーノ」のステーキ。
マリーさんがこっそり『津孤讃々』も注文していたけど、お酒は弱いんだからメッ! って言うと酒乱令嬢は飲むのを諦めてくれた。
「じゃあもったいないから、マリー先輩の代わりにボクが飲みます」
レースウィークだからやめろと言う間もなく、カパーっと一気に飲み干すルディ。
「おいしいけど、全然酔っ払えないですね。アルコール度数低いんですか?」
もちろん、そんなことはない。
酔いにくく覚めやすい体質の俺でも、そこそこ気分が良くなってしまう代物だ。
最近は音速の妖精なんて呼ばれているルディだけど、その晩新たに酒豪エルフの称号が追加された。
レース予選では、ルディがまさかの4戦連続予選1番手。
これは、GTフリークス史上初の快挙らしい。
決勝ではウチのチームに不利なタイミングでセーフティーカーが入り、ポジションダウン。
それでも5位。
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第5戦 ラジャスタウン市街地コース
今回は、特別なレースだ。
俺やルディが走っているGTフリークスと、ブレイズ・ルーレイロが参戦しているツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズ。
2つのカテゴリーのレースを同じ日にやってしまうという、欲張りなイベントが初開催だ。
その代わりレース距離は、いつもの2/3である200kmに短縮なんだけど。
予選1番手はもう、ルディの指定席だ。
迎えた決勝日。
まずは午前中、俺達GTフリークス勢がレースをする。
今回は、ノートラブルだった。
先頭からスタートして、最初から最後までずっとトップ。
順位を落としたのは、ピットインした際の一時的なもの。
それ以外はずーっとレースの先頭という、完全無欠のポールトゥウィン。
ぶっちぎりの1人旅をし過ぎたせいで、観客からも実況からも存在を忘れられちゃったらしい。
あんまりテレビに映らなかった。
「ランディ様。ルディ様。スポンサーのワタクシとしましては、テレビにマシンが全然映らないのも困りますわ。もう少し、自重して下さいませ」
なんて言ったマリーさんは、どこまで本気なんだか。
そんな俺達の圧倒的勝利が霞んでしまうほど、午後からのツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズは盛り上がった。
その理由のひとつとして、世界耐久選手権を降りたアクセル・ルーレイロがフル参戦しているからだ。
しかも息子のブレイズと、チャンピオン争いをしている。
予選1番手からスタートしたアクセル・ルーレイロと、2番手からスタートしたブレイズ。
ツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズはレース距離が100kmしかないスプリントレースだから、ドライバー交代やタイヤ交換はない。
2人は3位以下を大きく引き離し、延々と一騎打ちを続けた。
勝ったのは、息子のブレイズだ。
体力の無い奴のことだから、ヘロヘロで表彰台に上がるんじゃないかと思ってた。
だけどしっかりとした足取りと、堂々とした立ち振る舞いだったのが印象に残っている。
むしろ父親であるアクセル・ルーレイロの方が、疲労困憊だ。
そんな2人の姿を見て、ブレイズが父親を越える瞬間は近づいている――いや。
もうすでに、越えているのかもしれないと思った。
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第6戦 エアロスミスサーキット
同じタカサキ勢である6号車のドライバーが、酷い食あたりを起こしてしまった。
スーパーカートやチューンド・プロダクション・カー耐久のタカサキ系チームで走っている誰かを代役に呼ぼうにも、今回は海外レースなので間に合わない。
そこで白羽の矢が立ったのは、このガンズ国家連邦でストックカーに乗っているヤニ・トルキだ。
「うははは。久しぶりじゃのう、ランディ、ルディ」
相変わらずのジジイ言葉で、フレンドリーに話しかけてきたヤニ。
だけどルディは、ツーンと無視だ。
自分に気がある素振りを見せていたのに、淫魔族のアンジェラさんと致してしまったヤニが許せないらしい。
気の毒なヤニ――
まあ自業自得だし、そのことを密告ったの俺なんだけど。
無視されて気落ちするヤニだったけど、走りのキレは落ちていない。
フリー練習走行の時に行われた新人テストは、楽々合格。
予選でも3番手タイムを叩き出し、なんとスーパーラップまで任されてしまう。
そこでも3番手。
今回の予選スーパーラップは昨年の年間王者、レイヴン〈イフリータ〉100号車――じゃなかった。前年度王者だから、今年はカーナンバー1だ。
その1号車が気を吐き、予選1番手。
2番手がニーサの〈ベルアドネ〉23号車。
ルディは4番手だった。
んでもって決勝。
スタート直後、いきなりルディとヤニがぶつかりました。
破損したマシンを修理するためにピットインしちゃったから、順位は2台とも大幅ダウン。
それでもウチが9位。
6号車が8位まで巻き返してレースを終えたんだから、俺もルディもヤニも大したもんだ。
ただな~。
その後ルディとヤニが事故に関して、
『自分の車体先端が前に出ていた。優先権は自分にあった』
って、パドックで大喧嘩しちゃったんだよな。
それで2人とも、コントロールタワー3階――通称、生徒指導室に呼び出しを食らってしまったんだ。
かなり怒られたはずなのに、ケロッとした感じでルディは戻ってきた。
全然反省してない様子だったから、アレス監督が追加で説教しようとしたんだけど、
「監督、なに言ってるんですか? あれで正解。レースは舐められたら終わりです」
と言い切られ、引き下がってしまった。
代わりにアレス監督は、俺にぶちぶちと文句を垂れる。
やれ「後輩の教育はしっかりしてくれ」だの、「ランディの友達は、ロクなのがいない」だの。
ルディはともかく、ヤニの面倒までは見れないよ!
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第7戦 セブンスサインサーキット
またもやルディが予選1番手だ。
なんか、ちょっと怖い。
今はチームメイトだからいいけど――
俺、ルディと戦うことになったら勝てるの?
俺もルディも、絶対チームから放出しないでくれとタカサキのお偉いさん達に祈るばかりだ。
でもこんだけ活躍したなら、来年は各メーカーでルディ争奪戦が始まるかもしれないなぁ――
ところが決勝レースでは、2番手スタートのニーサ・シルヴィアが意地を見せた。
決勝日の路面コンディションにタイヤが合わず、予選の時ほどは速くないルディ。
そんなルディに、ニーサはスタート直後から凄まじいアタックを仕掛けたんだ。
何度も順位が入れ替わり、マシン同士がガツガツ接触する接近戦だった。
こりゃGTフリークスの伝説として、数十年は語り継がれるバトルだな。
激し過ぎる戦いに観ているお客さん達は大盛り上がりだったけど、正直俺は引いてた。
女子アスリート同士の戦いって、感情剥き出しで男子のより恐ろしい時があるよね?
最後はニーサが、ルディをコース外に弾き出して終了。
やっぱあいつ、ラフファイト強いな。
ペナルティが出るか出ないかギリギリの際どい接触だったけど、引かなかったルディにも非があると判断されてニーサにペナルティは課されなかった。
俺達の36号車は砂利に埋もれてスタックし、そのままリタイヤ。
また、俺の出番無し?
いや、仕事はあった。
悔し泣きするルディを宥めるっていう、大変な仕事が。
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第8戦 スピードキングダム
レイヴン勢はルディの予選1番手を阻止するために、なりふり構わなくなってきた。
序盤の成績が振るわなかったせいで今シーズンのチャンピオン争いは絶望視されていた16号車が、捨て身のアタック。
燃料タンクを極端に軽くし、タイヤもかなり柔らかいものを選択してきた。
いや、別にルール違反じゃないけどさ――
予選スーパーラップから決勝までの間に、給油とかタイヤの変更ってできないからね?
レース決勝ではスタート早々燃料もタイヤも無くなって、2回ピットに入らないといけなくなるからね?
さすがのルディもそんなバンザイアタックには敵わず、予選スーパーラップは2番手。
決勝は――
うん、分かってた。
予選1番手からスタートした〈イフリータ〉16号車は、スタートからわずか7周でピットに戻る羽目になって優勝争いから脱落。
その後は俺もルディも、悠々と走らせていただきましたとも。
今回は、楽だったな~。
いつもは短距離で爆発的な速さをみせるルディが、ちょっとペースをコントロールして長く走ってくれたんだ。
おかげで後半を担当する俺も燃料タンクを軽くできたし、タイヤにも余裕があってかなり気持ちよく走れた。
今季3勝目!
そして、第9戦――
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樹神暦2639年11月
GTフリークス 第9戦
メイデンスピードウェイ
予選日
「あ~。なんか俺って最近、ルディに比べると全然活躍してない気がする」
ピットでちょっと、投げやりにぼやいた俺。
当のルディはトイレにでも行ったのか、ピット内にはいない。
代わりに反応したのは、応援に来てくれていたマリー・ルイス社長だ。
「ランディ様。チーム全員、ちゃんと分かっておりますわ。ランディ様がマシンを労わり、チェッカーまでもたせて下さるからこそ、ルディ様も全力で走れるということを」
「シーズン後半は、そこまで気を遣ってドライブしてたわけじゃないよ。エンジニアやメカニック達が頑張ってくれたから、全然マシンが壊れなくなったもんね。……ねえジョージ。タイジーさん。……ジョージ? タイジーさん?」
先程まですぐ近くにいたはずの、ジョージとタイジーさんの姿が見えない。
どこへ行ったのかと見回すと、2人とも〈サーベラス〉の傍らで作業中だ。
タイジーさんはボディパネルを外し、後輪サスペンションのプッシュロッドを点検中。
ジョージの方は、マシンの下に潜り込んでいる。
位置からして、前輪の足周りをチェック中みたいだ。
「……2人とも、どうしたの? さーべるちゃんは、絶好調だよ? 午前中の予選でも、トップタイムだったし。なにか、気になることでもあるの?」
ジョージは寝板をスライドさせて、マシンの下から這い出てきた。
そしてエンジニアのタイジー・マークーンさんと顔を見合わせてから、少しためらいがちに口を開く。
「実は……。最近のルディ、ちょっと速すぎると思いまして」