ターン143 それって共食いみたいなもんじゃないの?
貧乏性な俺は、長い間マイカーを所有しない生活を送ってきた。
ヌコさんのショップで働いていた頃はお店の〈レオナ〉を乗り回していたから不便はなかったし、ブルーレヴォリューションレーシングからもプロとして食っていける程の契約金を受け取っていたわけじゃないからね。
車を買うなんて贅沢は、なかなかできなかった。
だけどタカサキとワークスドライバー契約をしてからは、レンタカーとして新車の〈サーベラスMarkⅡ〉を貸し与えられていたんだ。
こいつは今年年間王者を獲得したボーナスとして、晴れて俺のマイカーになる。
やったね!
さすがはマリーノ国最大の自動車メーカーで、世界的にもトップクラスのシェアを誇るタカサキ。
600万モジャの高級スポーツカーを、ポンとくれるなんて太っ腹!
まあ俺みたいなGTフリークスドライバーが乗ることによって、それ以上の宣伝効果があるんだろうけど。
というわけで俺は、サーキット以外でもさーべるちゃんを乗り回している。
「おいおい……。まさか、アレか? でも、あの尻尾とプラチナブロンドは……ニーサ・シルヴィアだよな?」
待ち合わせ場所である、公園の駐車場。
そこにはポツンとひとつだけ、人影があった。
服装はカーディガンにロングスカートという、お淑やかなお嬢様っぽいコーディネート。
――あっ。
忘れがちだけど、あいつ一応お嬢様だっけ?
髪は1本の三つ編みにして、肩の前に垂らしていた。
おまけにサファイアのような瞳の上から、リムレスのお洒落な伊達メガネを装着だ。
誰だ?
このたおやか知的美女は?
いつもの歩く貴金属みたいな派手さ、煌びやかさはどうした?
俺達GTフリークスドライバーは有名人だから、変装してくるだろうとは思っていたけど――
ここまでくると、詐欺罪だぜ。
人違いだったら恥ずかしいなと思いつつ、俺はニーサ(仮)の前に車を停めた。
「悪いな。待たせたか?」
運転席のパワーウィンドウを下ろし、呼びかける。
聞き慣れたニーサの声で返事があって、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「だ……大丈夫だ。3分14秒8しか、待っていない」
コンマ1秒刻みで言われると、ものすごく待っていたように聞こえるんですけど?
「……とにかく、乗りなよ」
そう促すと、ニーサはドアを開け助手席へと滑り込んできた。
花のような優しい香りが、ふわりと車内に充満する。
いつものニーサは汗と、それを誤魔化す爽やか系香水の匂いしかしないのに――
今日の彼女は、いったいどうしちまったんだ?
「えーっと……。 ニーサおすすめのお店って、どこにあるんだ?」
「あ……ああ。まずは、ルート11に出てくれ。そこを郊外方面に向けて、しばらく走る」
「わ……分かった。出発するよ」
ニーサがシートベルトを装着したのを確認して、俺は〈サーベラス〉を発進させた。
ううっ、なんだか緊張する。
GTフリークスの新人テストで、初めて36号車のハンドルを握った時みたいだ。
「……運転、上手だな。加減速は恐ろしくスムーズだし、安全確認、交通法規は完璧。忍者のように素早く、ひっそりと交通の流れに溶け込んでいる」
「へっ? あっ……その……褒めてくれて、ありがとう」
おかしい!
いつものニーサなら最後に、「まあ、私の方が上手いがな」とか余計なひと言を付け足してくるのに。
ちなみにこの世界での忍者は、かなり誤解されたイメージで地球から輸入されている。
本当に姿を消したり、分身したりできる特殊能力者だったと思われているみたいだ。
こないだも忍者が貴族の令嬢に転生して天井に張りついたり、変わり身の術で王子様から逃げる謎のテレビドラマが放送されていたな。
異世界の存在だから、歴史学者も誤解の解きようがない。
「ヴィ……ヴィオレッタちゃんは、一緒に来なかったんだな」
「う……うん。俺の車、2人乗りだから」
「なら、私の〈ベルアドネ〉を出せば良かったかな?」
「そうだな。俺も〈ベルアドネ〉には、乗ってみたかったよ。だけどあの車も、後部座席狭いだろ?」
「そうだな。窮屈だから、仕方ないよな?」
「そうだよ、仕方ないさ」
そう。
ヴィオレッタを置いてきたのは、仕方ない。
2人っきりなのは、仕方ないことなんだ。
道幅が広くて走りやすい国道に出たところで、俺は疑問に思っていたことをニーサに尋ねた。
「それで? 今日はどうして、お昼ご飯に誘ってくれたんだ?」
「いや……その……心配でな。美味しいものでも食べさせて、元気づけようかと思って。ヴァイさんの引退が、突然発表されただろう? 貴様も知らなかったみたいだし、ショックだったんじゃないかと……」
「……お前、俺のことを心配してくれたのか?」
「なんだ? 悪いか?」
ようやくいつものニーサっぽくなって、なんだかホッとする。
「いや、ゴメン。なんだかおかしくってさ。俺はさ、ニーサの方こそ落ち込んでるかと思って心配していたんだ。最近、公園でランニングしている姿を見ないし」
「それは朝のトレーニング量を増やしたから、ランニングの時間を早めただけだ。……そうか。貴様も私のことを、心配してくれたのか」
先に噴き出したのは、俺だったかニーサだったか――
ほとんど同時だったかもしれない。
その後は2人で大声を上げ、盛大に笑った。
信号待ちで止まった時に隣の車の運転手から変な目で見られたから、ひょっとしたら車外まで笑い声が聞こえていたのかもしれない。
「すまん、心配かけたな。私は大丈夫だ。2位でチェッカーを受けた後、ガス欠で止まったマシンの運転席で大泣きしたがな」
「知ってるよ。すっごい泣き腫らした目をしていたから」
「悔しかった。もの凄く、悔しかった! でも……」
「でも?」
晴れ晴れとした笑顔で、ニーサは答えた。
ああ。
恰好は変わっても、いつものキラキラした笑顔は変わらないな。
「楽しかったよ。あなたと一緒に、コース上で踊るのは」
――待て待て!
いきなり口調を変えるなよ!
それに今、俺のことを「貴様」じゃなくて「あなた」と呼んだな?
言ったニーサ本人も、自分の言動に驚いたみたいだ。
口を手の平で抑えて、愕然としている。
顔を真っ赤にするぐらいなら、初めから言うなよ。この失言令嬢!
「ランドール! 貴様、なにを真っ赤になっているのだ! ちょっと、呼び方を間違えただけではないか! 特別な意味など無い!」
――えっ?
俺も真っ赤になってるの?
「忘れろ! 今のは忘れろ! いいな!?」
ものすごい剣幕で念を押すニーサに、俺は首を縦に振るしかなかった。
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俺とニーサがやってきたのは、郊外の丘の上にひっそりと建っているレストランだった。
看板に書かれた店名は、『ステーキハウス・ ムテキングダム』。
そして店名の横には、なにやら王様っぽいキャラクターが描かれている。
俺はそのキャラクターが、どうにも気になった。
なんだか、ねっとりとした視線を向けてくる王様だな。
俺達はウエスタンドアを開け、西部劇風の店内に入った。
肉の焼けるいい香りが流れてきて、食欲が刺激される。
今日は平日で、しかも昼食には早い時間。
なので俺達以外、ほとんどお客さんはいない。
席について、設置された注文用端末をタッチ。
実にジューシーで美味しそうな、ステーキやハンバーグの画像が表示された。
「へえ、いい感じのお店だね。ニーサのオススメは、なんだい?」
「そうだな。私のオススメは、このドラゴンステーキセットだ。オニオンソースが、特に美味しい」
ニコニコしながら、注文用タッチパネル端末の画面を指差すニーサ。
だけど俺はそのオススメを聞いて、ちょっと顔が引きつってしまった。
「……え? 竜人族が、ドラゴン肉食べるの?」
この世界では、食用のドラゴンというものも飼育されている。
猛獣ゆえに飼育できる牧場は限られていて、ドラゴン肉は手に入りにくい高級品となっていた。
食用では、あるんだけど――
「それってさ、共食いみたいなもんじゃないの?」
ニーサのドラゴン尻尾を見ながら問いかけると、彼女は呆れたような顔をした。
「なにを言ってるんだ? 牛の獣人だって牛肉を食べるし、オークだって豚肉を食べる。ケイトさんだって、鶏肉を食べていただろうが?」
あー、そういえば。
鳥の翼を背中に持つケイトさんも、フライドチキンをすごくおいしそうに食べてたな。
本人が気にしていないのに、俺が気にしてもしょうがない。
2人ともドラゴンステーキを注文して、料理が運ばれてくるのを待った。
「なあ、ヤマモトも大変じゃなかったか?」
「影響が出てないとは言えない。だが、1番大変なのはタカサキだろう? ドライバーにも、いたのだからな」
周囲に人がいないことは、確認済み。
それでもお互い小さな声で、具体的な企業名を出さないように気を付けながら喋る。
なぜなら俺とニーサがしているのは、違法薬物「クロノス」絡みの会話だからだ。
ヴァイさんの告発によって、メカニックのベセーラは逮捕された。
だけど同じタカサキ系チームのドライバーにも、常習者がいたと発覚してしまったんだ。
ヤマモトやレイヴンからも逮捕者が出たんだけど、ドライバーが捕まったのはタカサキだけ。
GTフリークスドライバーから逮捕者が出たというのは、センセーショナルなニュース。
捕まったドライバーはここ最近成績が伸び悩み、来年のシートが危ぶまれていた選手だった。
「馬鹿なことをしたな。あれは一時的な動体視力や反応速度の向上が得られたとしても、正常な判断力を失う代物だ。そんな状態では、レースで勝つことなどできん」
まったくもって、ニーサの言う通りだ。
だけど同時に、逮捕された選手の気持ちも少し分かってしまう。
怖かったんだろう。
あの夢と華やかさに満ちたレースの世界から、必要とされなくなることが。
GTフリークスマシンという、自らを超人に変えてくれる第2の肉体。
そのシートを、失うことが。
誰もが羨望の眼差しと、畏敬の念を向ける英雄――GTフリークスドライバー。
その称号を、失うことが。
だから、縋ってしまった。
決して手を出しては、いけない手段だと――
根本的な解決には、ならない手段だと理解しながら。
なんとなく暗い雰囲気になっていた俺とニーサの間に、ドラゴンステーキが運ばれてきた。
焼けた鉄板の上でジュウジュウと音を立てるお肉が、「いいからオレを食って元気になりな」と励ましてくれているようにも思える。
よし!
今は、お肉君の提案に乗ろうじゃないか。
俺はドラゴンステーキに、ナイフを入れた。
肉汁が溢れ出し、ジュウジュウ音がさらにブーストされる。
肉の焼ける匂いとオニオンソースの香りが合わさって、素晴らしい。
どれ、味は――
「……美味い!」
とろけるように柔らかい竜肉に、思わず感嘆の声を上げてしまった。
そんな俺の様子を見て、ニーサは「ふふん、そうだろう?」と言いたげなドヤ顔をしている。
お前が作ったわけじゃないだろ?
くそぅ、なんか悔しい。
悔しいけど、美味しいもんはしょうがない。
無心で肉を食べ進める俺の様子に満足したのか、ニーサも食べ始めた。
コイツは育ちがいいだけあって、ナイフやフォークの扱いは洗練されている。
そして食べ方は優雅なのに、食べ進めるペースがおそろしく速い。
かなり大きなサイズの肉が、みるみる小さくなっていく。
自分でもちょっと速すぎると思ったのか、ニーサは食べるのを小休止して話題を振ってきた。
「そういえばランドール。ヴァイさんが、いなくなってしまっただろう? 来年の相棒は、誰になるんだ?」
「それはまだ、チーム機密です」
「もう、来年のドライバーを発表しているチームは多いぞ? もったいぶるな。ウチは、バラしてもかまわんと言われている。来年も私のパートナーは、ラムダさんだ」
「そりゃ、俺もバラさないと不公平かな? ……ゴメン。本当はまだ、知らされていないんだ。『海外からお前と同じ若手が来るから、楽しみにしてろ』っては、言われてるんだけどなぁ……」
「海外の若手……。ヤニ・トルキあたりか?」
「ヤニか……。確かにあいつなら、不足はないけど」
「ダメですよ、あんな女好きな人。レースクィーンに手を出したり、スキャンダルを起こすに決まってます」
「あー。あいつなら、やらかしそうだな。前科あるし」
「アンジェラとの件か……。ならば、ブレイズ・ルーレイロはどうだ?」
「あの人もダメダメ。速いけどムラッ気があるし、メンタルあんまり強くないんです。ボクは1年間組んでみて、よーく分かりましたね」
そこでようやく、俺もニーサも気付いた。
誰か別の人物が、会話に参加している!?
隣の席との仕切り。
それを上から覗き込むと、翡翠色のショートボブと長く尖った耳が見えた。
背を向けて座席に座っていたその人物は、仰け反って俺を見上げる。
「ランディ先輩、お久しぶりです」
「ルディ!」
逆さになった笑顔を向けてきたのは、エルフの少女。
――いや。
もう19歳になっているから、少女というのも失礼か?
ルドルフィーネ・シェンカーが、そこにいた。
謎のテレビドラマ、原作はこちらです。にんにん。
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ムテキングダムのマスコット、ムテキングさんは……つまりはそういう人です。
こちらの作品でご確認下さい。
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