ターン138 天翔ける飛竜と地を這う化け物
今回出てくるサーキットは、なのつく魔物さん
https://mypage.syosetu.com/940454/
から頂いた、素敵なファンアート
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1622086/blogkey/2677466/
を見て思いつきました。
第6戦 ラジャスタウン市街地コース
ここも海外レースだ。
場所はツェペリレッド連合ハトブレイク国にある、ラジャスタウンという古い都市。
近世ヨーロッパ風建造物の間を縫って走る公道レースで、極めて狭いコースレイアウトだ。
レース決勝では事故が頻繁に起こり、追い越し禁止のセーフティーカーが何回も入った。
ラウドレーシングはセーフティーカーが入るタイミングとピットインするタイミングが合わず、順位を落とした。
それでも、結果は4位。
巡り合わせが悪かった割には、良い成績だと思う。
なのに観戦に来ていたブレイズ・ルーレイロの野郎が、不満そうだった。
俺のレースを不満に思っている暇があるなら、GTフリークス関係者に顔でも売っておけよ。
でもあいつが本当に、来年GTフリークスに来たらやっかいだな。
敵だと手強いし、味方だとめんどくさい。
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第7戦 スピードキングダム
こんな名前だけど、マリーノ国内のサーキット。
ここからはもう、国内戦オンリーだ。
スピードキングダムは、コースの途中に立体交差を持つ8の字レイアウトをしている。
地球にいた頃散々走った、鈴鹿サーキットを思い出すぜ。
タイヤにきついのも、鈴鹿と一緒。
路面温度が想定より高かったってのもあって、摩耗は激しく食い付きも悪かった。
俺とヴァイさんは必死でタイヤちゃんのご機嫌を取りながら走り、なんとか3位に滑り込んだ。
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第8戦 シン・リズィ国際サーキット
急なコーナーを短めの直線で繋いだ、ストップ&ゴーなレイアウトのコースだ。
金曜日のフリー練習走行から、どうしてもタイムが伸びない。
俺もヴァイさんも、2人ともだ。
うーん。
さーべるちゃん、ご機嫌ナナメ。
車のセッティングが、全然決まってないな。
困ったアレス監督は、大胆な作戦を敢行した。
――タイヤ無交換作戦。
通常はピットに戻ってドライバー交代をする時に、タイヤ交換もしてしまうのが定石。
けれどもあえてそれを省き、ピットでの停止時間を短縮する。
ピットを出てすぐから、タイヤが温まっているという利点もある。
でも、この作戦は失敗だった。
前半を担当したヴァイさんが、かなりタイヤを労わりながら走ってくれたんだけどね――
最後まで、もたなかった。
俺が乗った後半は摩耗してズルズルで、話にならないスローペース。
レースにおいて奇策ってやつは、まともに戦う速さが得られない時に取るもんだ。
そして大体は、失敗する。
それでも10位入賞で1ポイントもぎ取れたから、失敗とは言い切れないかもしれない。
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第9戦 メイデンスピードウェイ
俺の地元だ。
今回はヴィオレッタも、受験勉強を休憩して観戦。
父さんや母さんも観にきてくれたから、凄く張り切ったさ。
――そして、張り切り過ぎた。
レース終盤、軽い追突で前の補助翼を壊しちゃったんだ。
いやいや。
言い訳させてくれよ。
前を走るレイヴン〈RRS〉の16号車がさ、やけに手前でブレーキングしやがったんだよ。
たぶん、わざとだな。
俺をビビらせて、簡単に仕掛けられないようにする狙いがあったんだろう。
そういう駆け引きだってアリだ。
まあ16号車も、後部底面空力装置が壊れちゃったんだけどね。
それで、俺以上に順位後退を余儀なくされた。
ざまぁ。
補助翼が壊れたさーべるちゃんは前側のダウンフォースが減って、どうにも安定しない走りになっちゃった。
だけどドライバーの俺が、踏ん張ったんだ。
後ろから「どけ!」と迫るニーサを、抑え込んでの2位。
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そして迎える今年の最終戦、ドリームシアター。
フリー練習走行。
「殺風景なコースだな~」
それがピットからサーキットを見渡して抱いた、俺の第一印象。
このドリームシアターは、なんと地下に作られている。
サーキットというよりは、地下都市と言ってしまった方がいいような巨大施設だ。
天井がある空間に作られたコースということで、ジュニアカートのモア連合統一戦で走ったイトゥーゼアリーナを思い出す。
あっちは内装も綺麗で、華やかな雰囲気があった。
それに比べて、このドリームシアターはなぁ――
なんというか、のっぺりとしている。
天井も壁もコースも観客席も、無機質でスベスベ。
色は白1色。
好きな色ではあるけれど、こうも白だけだと気持ち悪い。
「オレも初めて走る、新設のコースなんだよな。本当に前評判通り、絶景になるのかよ?」
俺の隣で走行準備を進めるヴァイさんも、疑いの視線をコースに向けていた。
そう。
聞いた話によるとこのドリームシアターは、走行開始と同時に景色が豹変するらしい。
本当かよ?
今のところ、全然そんな気配はしないぞ?
疑いながらもチームは準備を続け、コースオープンの時間となった。
フリー練習走行、スタートだ。
まずは、ヴァイさんの走行から。
――ん?
マシンの爆音に紛れて聴き取りづらかったけど、いま確かにブウンッって鈍い音が聞こえたよな?
そう思った次の瞬間には、見える景色にノイズが入り始めた。
コース路面やピット、サーキットの設備なんかは普通に見える。
ノイズが入ったり歪んで見えるのは、地下施設の天井や壁だけだ。
これは、いったい?
「ランディ、始まりましたよ。これがドリームシアター、稼働時の姿です」
隣でジョージ・ドッケンハイムが、いつもの眼鏡クイッをやりながら静かに告げた。
――巨大アミューズメント施設、ドリームシアター。
この地下施設はサーキットとしてレースが行われるだけじゃなく、様々なイベントに使われる。
高度な3Dホログラム技術により、立体映像を施設内の天井や壁に映し出すことができるんだ。
それは観客を非現実の世界へと誘う、異世界への転移装置。
「うわ! マジか?」
俺は開いた口が塞がらなかった。
地下施設のはずなのに、青空が見える。
その空を横切る、巨大な影――
飛竜だ!
スゲエ!
まるでファンタジー!
動物園にいるドラゴンは、翼が退化していて飛べないもんな。
空だけでなく、周りを見渡してみる。
これがまた壮観壮観。
俺達は普通の大地じゃなくて、空に浮いた大地の上に立っている。
浮遊大陸ってやつか。
サーキットのコースは、いくつかの浮遊大陸を繋ぐように走っていた。
現実では普通に地面の上にあったから、コースアウトしても落下してしまうことはないんだろう。
――ないよな?
観客席も、浮遊大陸の上だ。
お客さん達も豹変した風景に驚き、歓声を上げているのが分かる。
振り返ってジョージを見ると、相変わらず冷めた表情。
だけど眼鏡が片方ずり落ちているのを、俺は見逃さなかった。
なんだよ!
お前も相当驚いてるじゃないか!
いつも落ち着いているアレス監督でさえ、興奮しているのが見て取れる。
今にもドコドコと、胸を叩いてドラミングを始めそうなほどだ。
念のために確認しておくけど、アレス監督はゴリラでもゴリラの獣人でもない。
人間族だ。
ドラミングが、似合いそうな風貌だけど――
ウチのチームだけじゃないな。
よそのスタッフ達も、ポカーンとしたり歓声を上げたり。
あっ。
ニーサの奴も、ホケーっとしている。
おいおい。
飛竜ぐらいで惚けるなよ。
お前だって竜人族なんだから、親戚みたいなもんだろ?
飛竜の立体映像に驚いているニーサの姿が可愛くて――じゃない!
面白くて、しばらく見入ってしまっていた。
そんな俺達を我に返らせたのは、遠くから轟いてきた爆音。
飛竜でも尻尾を撒いて逃げ出しかねない、モンスターマシン。
それを駆るモンスタードライバー達が、コースを1周して戻ってきたんだ。
先頭を走るは緑の魔犬、36号車〈ロスハイム・ラウドレーシングサーベラス〉。
ホーム直線を300km/hで走り抜けながらも、大きく蛇行運転を繰り返す。
単にタイヤを温めているというより、ヴァイさんが幻想的な風景への興奮を走りで表現しているようにも見えた。
そのすぐ後ろを走っているのは赤と黒のツートンカラー、1号車〈ヒサカマシーナリー・バウバウベルアドネ〉。
こちらはタイヤを温めなくていいのか、真っすぐにホーム直線を通過する。
前を走る俺達の〈サーベラス〉を、厳しく監視しているような走りだ。
いま1号車のハンドルを握っているのは、ラムダ・フェニックス選手。
ニーサの相方であり、昨年の年間王者でもある45歳の天翼族ドライバー。
そしてこの人、俺と同じ地球からの転生者でもある。
元F1ドライバーで、コンピューターじみた正確無比なドライビングが売りだ。
このラムダ・フェニックス/ニーサ・シルヴィア組が、現在のランキング首位。
6ポイント差で俺達、ヴァイ・アイバニーズ/ランドール・クロウリィ組が追っている。
「このポイント差は、きっついな~」
もし俺達がこのレースで優勝すれば、20ポイントを獲得できる。
だけどニーサ達が2位に入ってしまうと、あっちに15ポイント。
このままなら俺達が優勝しても、ニーサ達が2位ならチャンピオンになれないってこと。
相手のミスを、願わずにはいられない状況だ。
飛竜の群れを追うように直線を駆けていく2台を、俺は祈りながら見送った。
「ランディ。何を祈っているか、バレバレですよ? イメージダウンになるから、やめなさい」
ジョージからだけじゃなく、チームスタッフ全員から白い目で見られて俺は祈りをやめた。
なんだよ?
みんな本当は、同じこと願ってるだろ?
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フリー練習走行を走り終えた俺は、ピット裏にあるパドックエリアをうろついていた。
トイレで用を足したついでに、ちょっと散歩しようと思ってね。
マシン搬入用の大きな輸送トラックの間を歩いている時だ。
俺の耳は、男性2人の会話を拾った。
言い争っているような声だ。
「……考え直して下さい、ヴァイさん……」
「……うるせーな。なんど言ってきても、無駄だ……」
俺はトランスポーターの荷台に隠れながら、密会中らしき2人の様子を窺う。
1人はヴァイさん。
もう1人は、ベテランメカニックのベセーラさんだ。
「このままじゃいずれ、ヴァイさんはシートを失うことになる。そんな姿、俺は見たくないんですよ……」
「知ったこっちゃねーよ。自分のことは、自分で決めるさ。お前の方こそ考え直せ。チームにいられなくなるぞ?」
「それは脅しですか? そんなものに、俺は屈しませんよ?」
もう予選前日だっていうのに、険悪な雰囲気。
これは、聞いちゃいけない話だったな。
ただ、このまま放置もしておけない。
言い争いを止めなければ、レースに支障が出るってもんだろう。
「ゴホン! ウォッホン! ゲホゲホ! オエッ!」
咳払いをして存在をアピールしつつ接近し、自然に会話を中断させるっていうのが俺の狙いだったんだけど――
不自然極まりない咳になってしまった。
うん。
俺ってやっぱり、大根役者。
「あれ~? ヴァイさんに、ベセーラさん。こんなところで、何やってるんですか~?」
開き直って、大根演技を続行。
言い争いが止まるなら、もうなんでもいいや。
トランスポーターの影から姿を現した俺に、ベセーラさんは一瞬ギクリとした。
だけどすぐに、彼は笑顔を作る。
「ああ、ランディか。なんでもない、なんでもないんだよ」
そんなわけないでしょう?
ヴァイさんの方は、厳しい表情でベセーラさんを睨みつけたままだし。
「それじゃ、俺はこれで……」
そそくさと立ち去るベセーラさん。
その様子を見送りながら、ヴァイさんは愛用のドリンクボトルで水分補給をした。
「ヴァイさんって、いつも自前のドリンク飲んでますよね? どんな味なのか、気になるな。ちょっと飲ませて下さいよ」
「ダメだ。こいつはオレ専用に、調合してある。狼の獣人であるオレと人間族のお前じゃ、種族が違う。大抵の食い物、飲み物は大丈夫だが、中には合わないものもある。腹壊すぐらいならいいが、下手したら変な反応が出てドーピング検査にひっかかるぞ?」
「そうですか。それは残念」
「トレーナーから、自分専用のやつを調合してもらえ。……そうだ、ランディ。お前にひとつ、言っておきたいことがあったんだ」
ストローから口を離したヴァイさんは一旦言葉を切って、俺の目をしっかりと見つめながら言った。
「明日の予選スーパーラップ、お前が走れ」