ターン136 全マリーノ腐女子選手権オールスター戦
GTフリークス第4戦、アンセムシティでの優勝から2日が経った。
今朝は久しぶりに、ブラックダイヤモンドシティのタワーマンション自室でお目覚めだ。
時刻は7:00ちょっと前。
寝坊してしまった。
「ふわぁ……。ゴメンよ、ヴィオレッタ。俺が朝食当番だったのに……」
寝間着のままダイニングに行くと、エプロン姿のヴィオレッタが朝食の配膳を終えたところだった。
「いいよ。帰国したてで、疲れてるんでしょう? 優勝のお祝いに、今日の家事当番は全部交代してあげる」
「そいつは助かる。なんだかまだ、頭がボーッとしててさ」
「そんな調子で大丈夫? 今日のトレーニングは、休んだら?」
「いや~。習慣になっちゃってるから、やらないと気持ち悪いんだよ」
「無理はしないでね。それとロードワーク前に、朝食は食べていって。片付かないから」
サラダ中心の朝食を食べ終えた俺は、ロードワークに行く前にノートパソコンを立ち上げる。
少し、お腹が落ち着いてから走らないとね。
「おー、出てる出てる。モータースポーツ情報サイトや、GTフリークスの公式サイト……。うわ! 一般のニュースサイトにも、出てるじゃないか」
なにが出てるのかって?
俺とヴァイさんのコンビが、第4戦で優勝したっていうニュースだよ。
「へえ。そういうのに喜ぶなんて、意外。お兄ちゃんって、承認欲求とか自己顕示欲があんまり無い人だと思ってた」
「いや、普通にあるよ? 表彰式で視線を浴びたり、勝者インタビューを受けたりするのが苦手なだけで」
「うんうん、それなら良い良い。妹としては、派手に活躍するお兄ちゃんを世間に自慢したいのよ」
調子に乗った俺は、ラウネスネットでの検索を次のステージに進める。
自分の名前をフルネームで検索エンジンに打ち込み、エゴサーチを開始した。
「あっ! お兄ちゃん、エゴサは止めといた方が……」
「えっ? なんで? ネット上に、悪口でも流れてるのか?」
「いや……。そうじゃないけど……。人気があり過ぎて、一部の人達が熱いリビドーを暴走させちゃってね……」
――?
まったく状況が分からない。
俺は不審に思いながらも、検索結果を見ていく。
ノヴァエランド12時間で優勝した時の記事も見つかって、なんだか懐かしい。
ヴィオレッタが、エゴサーチを止めておいた方がいいと言った理由。
それを理解したのは、画像検索をかけた時だ。
「……なんだコレ?」
頬の筋肉が引きつって、ちょっと震えるような声になってしまった。
モニターに映し出されたのは、漫画やイラストだ。
髪や瞳、レーシングスーツの色から、俺をモデルにしていると1発で分かるキャラの絵。
実物より少々耽美にアレンジされ、怪しい色気を放っていた。
それはまだいい。
問題は――なんで半裸なんだ?
なんで、男と絡み合っている!?
「え~っとね。お兄ちゃんがGTフリークスドライバーになった頃から、こういうイラストや漫画が出回り始めてね。特に優勝した直後から、お絵かきサイトへの投稿数がドーンと増えちゃったみたいで……」
「これ、絶対に肖像権の侵害だろ!」
「アウトだと思うけど……。あまりに投稿者が多いから、私も全員抹殺するのは諦めたの。それにほら、見るのけっこう楽しいし」
「やめてくれ! しかもなんだよ? なんでどの作品でも、俺が『受け』なんだよ!?」
「ほら、なんか雰囲気がそれっぽいし。あっ、お兄ちゃん×ブレイズさんでは、お兄ちゃん『攻め』が多いよ」
全然慰めになっていない!
汚された――
俺の心が汚された――
汚されちゃったよ、戦女神様――
「ふっふっふっ……。訴えてやる。訴えてやるぞー!」
特にお絵かきサイトで、3桁にも及ぶ作品を投稿している作者達!
トキコ・ヤマハ!
ぶるうちいず!
パウラ!
ラスト・ベーコンレタスバーガー!
お前達4人は、絶対に許さないからな!
俺が怒りを燃やしていると、横から手が伸びてきた。
ヴィオレッタがパソコンのタッチパッドを操作して、画面に映る「いいね」ボタンをクリックしたんだ。
「いいね」じゃないだろ!
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同日夜。
俺はヴァイ・アイバニーズさんと一緒に、晩御飯を食べる約束をしていた。
「ここだよ、ランディ。オレのおすすめの店だ」
ヴァイさんに連れられてやってきたのは、自宅マンションからあまり離れていない路地。
人通りの少ないそこには、ひっそりと小さな屋台が佇んでいた。
「え? ラーメンですか?」
「大丈夫だ。ここのラーメンは、塩分や糖質を抑えるのにこだわっていてな。美味いのに、健康的なんだよ」
ふうん。
俺と同じく、ヴァイさんはアスリートとして健康管理にめちゃめちゃ気を遣っている。
そんなヴァイさんが言うんだから、間違いないだろう。
今度、ヴィオレッタも連れてきてやろう。
ストイックな俺の食生活に、付き合わせちゃってるからな。
本当はもっと、こういうジャンクフード的なものも食べたいはずだ。
「ヘイ! らっしゃい!」
暖簾をくぐると、威勢のいい声で店主のドワーフ男性が歓迎してくれた。
「……で? ランディよ、相談したいことってなんだ?」
席に着くなり、ヴァイさんは聞いてくる。
「実は……その……。恋愛相談なんですけど……」
「なにぃ?」
ヴァイさんの狼耳と尻尾が、ピンと立つ。
表情は、すっごく面白がっていた。
俺はアンセムシティのレース後に起こったことや、どうやら3人の女性に好意を寄せられているらしいことについて話す。
ヴァイさんは適度に頷き、相づちを入れながらも、基本的には黙って聞いてくれた。
そして俺が話し終わった時、穏やかにこう言い放つ。
「とりあえず、爆発しろ。話はそれからだ」
「そういうのって普通、付き合っているカップルとかに言いません? 俺、誰とも付き合ってないんですけど?」
ちょうど注文していた野菜たっぷり塩ラーメンがきたから、俺は麺をフーフーしつつ会話を続ける。
「黙れ、ハーレム野郎。ドライバーがそんなんだと、チームの士気が下がる。スタッフの2/3は、独身恋人なしどもだぞ?」
あー。
GTフリークス関係者って、凄く忙しいもんね。
みんな、出会いがないってことか?
「いつまでも1人に決めねえっていうのが、印象良くねえな。モテることろまでは、別に誰も構いやしねえんだけどよ。GTフリークスドライバーは人気者だし、お前は見た目もイケてるからな。まあ、若い頃のオレほどじゃねえけど」
「は……はぁ……」
若い頃のモテっぷりを自慢するヴァイさんだけど、実は今でも凄まじくモテてたりする。
それも、おば様から若い子まで広い世代に。
だけど、浮いた話ひとつ流れない。
ラウドレーシングのレースクィーンであるアキラさんなんか、露骨に好き好きオーラを出している。
彼女は渋いオジサマ大好きなエルフっ娘だからな。
なのにヴァイさんは優しく親しく接しつつも、アキラさんを軽くあしらってしまっていた。
ヴァイさんの心には、どんな女性も深くは入り込めない。
みんな、感じているからだ。
ヴァイさんの心の中には今も、亡くなった奥さんが――ジョアンナさんが、住み続けていることを。
「そういえばヴァイさん、聞いてもいいですか? 奥さんとは、どういう風に出会ったんです?」
「おっ? 聞きたいか?」
大好きな話題みたいで、ヴァイさんは犬歯をむき出しにして荒々しく微笑んだ。
「ジョアンナと出会ったのは、もう30年前か……。当時のオレは24歳。今のお前と同じ、GTフリークス1年目の新人でな」
ヴァイさんは懐からロケットペンダントを取り出し、収めてある奥さんの写真を眺めながら懐かしそうに語り始めた。
「初めてあいつの姿を見たのは、スモー・クオンザのホームストレートだったな。マシンに乗っている時だ」
「え? コース上で? ジョアンナさんも、レーサーだったんですか?」
「いや、観客席にいたんだよ。おしとやかな感じのワンピースと、麦わら帽子が印象的だったな。レースのことはあまり分からないのに、レース好きの友達が来られなくなって1人で観戦する羽目になっていたそうだ」
「……それ、クールダウンでゆっくり流している時に見つけたんですよね?」
「いや、決勝レース中だ。当時組んでいた先輩から、オレにドライバー交代して2周目だな。レーシングスピードに入っていたのに、やたらよく見えたよ」
俺も動体視力チートだけど、この人も大概だな。
30年前のGTフリークスマシンなら、確かに今よりは遅かっただろうけど――
それでも直線がクソ長いスモー・クオンザなら、軽く300km/hは出てたはずだ。
そんな高速走行中に、グランドスタンドにギッシリ入っているお客さんの中から1人を見分けるなんて――
「……でだ。ジョアンナを見た瞬間に、体にビリビリと電流が流れたわけよ。一瞬、マシンのどっかから漏電してんじゃねえかと疑ったぜ」
ヴァイさんの笑顔に、俺も釣られて笑ってしまう。
いいな――
ひと目惚れってやつか。
「その時、オレは思った。『観客席のあの子に、いいところを見せたい!』ってな。そこからはもう、プッシュプッシュよ。ピットから『もう少しペースを抑えろ!』って無線が何度も飛んできたが、ドン無視してやった」
「ひょっとして、そのレース……」
「ああ、そのまま優勝しちまった。オレの記念すべき、GTフリークス初優勝だ。勝利を喜ぶのもそこそこに、レース終了後は必死にその子を探したよ。……でも、見つからなかった」
そりゃそうだ。
観客は何十万人もいるんだから。
でも、その後結婚したってことは――
「その1年後だ。再びスモー・クオンザに帰ってきたオレは、観客の中に彼女がいないか探しまくった。そしてピットウォークでサインを貰いにきたファンの中にジョアンナの姿を見つけて、サインと一緒にこっそりメモを手渡したんだ」
「へえ、いきなり連絡先を渡したんですか。やりますね」
「いや、連絡先もだけどよ……。『このレースで優勝したら、結婚してくれ』って書いといた」
ラーメンが気管支に入って、激しくむせた。
レースだけじゃなくて、恋愛もとんでもない速さだな。
交際を飛び越して、いきなり結婚かよ?
「……まさか、そのレースも?」
「ああ、優勝した。さすがにいきなり結婚は、フライングだと言われてな。普通の交際からスタートだ。『あなたが年間王者を獲れるようなドライバーになる頃には、決心がつくと思うの』って言われたから、その年で年間王者になってやった」
なんかもう、言葉が出てこない。
この人ってば奥さんに頼まれたら、生身で宇宙遊泳とかできるんじゃなかろうか?
「ヴァイさんの話聞いていたら、自分がとんでもなく不誠実な優柔不断野郎に思えてきましたよ」
「不誠実だとまでは思わねえ。お前はきっと若い頃のオレより冷静で、付き合うことに責任も感じちまってるんだろう。マリーお嬢ちゃん達は、可哀想だがよ……。お前がもっと余裕出て、レース以外のことにもちゃんと心を割けるようになってから誰かと付き合い始めても、遅くないんじゃねえか?」
ああ、心が軽くなる。
この人が相方で、本当に良かった。
「まあ、周りからの嫉妬や非難は甘んじて受け入れろ。マリーお嬢ちゃんのファンは、チーム内に多いんだぞ? あと、ジョージも何かイライラしてねえか? お前、あいつの彼女とか奪ってねえだろうな?」
「いや、ジョージに彼女がいたなんて話は……」
――ん?
そういえば5年ぐらい前、パラダイスシティGPの時に好きな子がいるとかなんとか言ってたような――
たぶん、俺の件とは関係ない話だろうけど。
「それと待たせるんなら、その間に愛想を尽かされないように気を付けろよ。いいところを、見せ続けるんだな。お前はその3人のうち、誰に1番いいところ見せたいんだ?」
瞬間、マリーさん達3人とは別にプラチナブロンドの竜人族が脳裏に浮かんだ。
だけど、あいつは違う。
それはきっと、ドライバーとして対等でありたいという欲求だ。
マリーさんは何やらニーサを警戒していたっぽいけど、誤解だと思うな。
喋っている内にけっこう時間が経っていたみたいで、ラーメンは無くなっていた。
美味しかったからスープも最後まで飲みたい衝動に駆られるけど、俺もヴァイさんも残す。
ヴァイさんはものすごく自然に俺の分まで勘定を払って、夜の路地を歩き始めた。
「ありがとうございます。ご馳走様でした」
「おう、気にすんな。オレはお前の倍、年俸をもらってるんだぜ? それなのに後輩に払わせるなんてダセェところ見せたら、あの世でジョアンナがガッカリしちまう」
「今でも奥さんに、カッコいいところ見せたいんですね」
「当然よ。オレはずっと、カッコつけてきた。ジョアンナが死んでから10年間GTフリークスのシートにしがみついてきたのも、走っているオレの姿をあいつがカッコいいと言っていたからだ」
ヴァイさんは歩きながら愛用のドリンクボトルを取り出し、口を付けた。
いつも、サーキットで飲んでいるやつだ。
こんな時まで、持ち歩いているのか?
「あいつにカッコいいところを見せるためだったら、なんだってやってやるさ」
ヴァイさんの赤い瞳が、街灯の光を反射して妖しく輝いていた。
「じゃあな! 夜更かしすんなよ!」
レジェンドドライバーはそう告げて、手の平と尻尾を振りながら夜のブラックダイヤモンドシティに消えてゆく。
俺はそんなヴァイさんが手に持ったドリンクボトルが、やたらと気になった。
え~、ランディから訴える宣言をされた4人の大先生方ですが、それぞれの世界で腐ォースを振るい、活躍されております。
トキコ・ヤマハ先生
あとがき下のリンクより、「解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~」へ
ぶるいちいず先生
「明らかに両想いな勇斗と篠崎さんをくっつけるために僕と足立さんがいろいろ画策する話」
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パウラ先生
「少女冒険者 嵐の前の恋と戦いと(ロスハイムシリーズ第四章)」
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ラスト・ベーコンレタスバーガー先生
「≪パンゲア・ザ・オンライン≫ ~~最弱職:"山賊"によるデスゲームへの逆襲劇〜〜」
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