ターン128 パパと共同戦線
GTフリークスは、マリーノ国内で最高の人気を誇るレースカテゴリー。
だけど国内サーキットを転戦するだけじゃなく、海外戦が3レース組まれている。
マリーノ国が属するモア連合全域で大人気のカテゴリーだから、よその国があの手この手で誘致しようとしてくるんだ。
経済効果も凄いしね。
第4戦として開催される今回のアンセムシティラウンドも、そんな海外戦のひとつ。
海底トンネル「マーメイドコーリダー」をリニアモーターカーで走り抜け、島国マリーノからクオメタル大陸へ。
8年ぶりにやってきた、ナタークティカ国。
かつてジュニアカートのモア連合統一戦で、ルドルフィーネ・シェンカーやヤニ・トルキと死闘を繰り広げたアーク・エナ・シティから南西に600km。
そこに、眠らない街アンセムシティは存在した。
アンセムシティの印象は、ひと言で表現するならチャイナタウン。
近代的なビルの間に、中華風の建物が点在している。
道路の上までデカいネオンサインが張り出して、夜の街を煌びやかに彩っていた。
実はこれ、本当はネオンじゃない。
透明な樹脂板に投影された、ネオンっぽい看板の映像だったりする。
看板には、漢字――らしきものも混じっている。
アジアからの転生者が多いモア連合。
その中でも特に、この地域は中国からの転生者が多い。
だから、漢字や中華風の文化が伝わっているんだろう。
言語はラウネス共通語があるから、アートとしての漢字みたいだ。
懐かしさを感じる反面、「漢字って、こんなんだったっけ?」という疑問も湧いてくる。
こちらの世界で独自に変化したのか、あるいは俺の記憶の方が曖昧になってきているのか――
そんなことを考えながら、夜のアンセムシティ市街地を1人で歩いていた。
目的は、コースの下見。
そう。
今回の第4戦は、市街地の道路を閉鎖してレースする公道コースなんだ。
俺にとっては、人生で2度目。
スーパーカートの世界一決定戦で走った、パラダイスシティ以来の公道コース。
正直、ちょっと苦手意識がある。
あの大事故の時に全身を襲った惨めな衝撃は、5年経った今でも忘れられない。
「へへへっ。兄ちゃん、ずいぶん不機嫌そうな面してんな。いい遊び場知ってんだ、連れて行ってやるよ」
嫌な記憶を思い出していたせいか、表情も不機嫌そうになっていたらしい。
知らない小鬼族の男が、醜悪な笑みを浮かべながら話しかけてきた。
同じ小鬼族でも、ポール・トゥーヴィーと比べたら全然可愛くない面構えだ。
「仕事中なんでね。遠慮しとくよ」
俺はコンマ2秒で断った。
トラブルの臭いが、プンプンする。
こういうのは極力近づかないようにしないと、GTフリークスドライバーは新聞記者とかに狙われてるからな。
スキャンダルで、チームに迷惑をかけるわけにはいかない。
足を速めてその場を立ち去ろうとする俺に、小鬼族の男はしつこく追いすがる。
「大丈夫だって、お金もそんなにかかんないからさ。可愛い子も、いっぱいいるお店なんだよ」
「悪いけど、間に合ってるんだ」
ヴィオレッタを、見慣れているんでね。
ウチの妹より可愛い子なんぞ、存在するはずがない。
「そんな固いことを言うなよ、ランド……ラウリィ君」
おや?
この声は?
久しぶりに聞く声だ。
「ガゼ……セガールさん、どうしてここに?」
向こうが本名を出さないように言い換えたから、俺もそれに合わせて適当な偽名をでっち上げる。
振り返った先にいたのは、いかにも観光客っぽいカジュアルなシャツとパンツに身を包んだ中年男性。
撫でつけられた黒髪と、黒い尻尾が印象的な竜人族。
ニーサ・シルヴィアのお父さんである、ガゼール・シルヴィアさんだった。
彼は驚いている俺をスルーして、醜悪小鬼族に話しかける。
「義理の息子と2人で、楽しく遊べるところに行きたいんだ。妻と娘に隠れて、羽根を伸ばしたい。この街には、すごく気持ちよくなれるお店があるって聞いてね」
なに?
その設定?
あなたは俺に会う度に、「お義父さんと呼ぶな」って全然呼んでもいないのに言ってくる人でしょう?
疑問に思う点もあったけど、俺はガゼールさんの態度にただならぬものを感じた。
なので、適当に合わせておく。
積極的に演技するのはダメだ。
大根役者魂が火を噴くからな。
「あー。あんた達、気持ちよくなりたいんだ? 知っててこの街に来たんだね? ……いいぜ。連れて行ってやるよ」
どんどん危険の臭いが強くなる。
だけどガゼールさんが俺の肩に手を置きながら、耳元で「手伝え」と囁いてきた。
ここは大人しく、ついていくことにする。
先導する小鬼族は明るいメインストリートを離れ、狭くて暗い路地裏へと入っていく。
どんな怪しいお店に連れて行かれるのか心配していたら、唐突に足が止まった。
「……あんたら、何モンだ? 警察じゃなさそうだけど、こそこそ嗅ぎまわられちゃたまんねえよ。ちょっと、海に沈んでもらおうか?」
人気のなかった路地裏に、俺ら以外の気配が生まれる。
前方に4人。
背後にも4人。
小鬼族を入れて、敵は9人か。
ジャラリとチェーンが鳴る音。
バタフライナイフが開く音。
鉄パイプが地面をこする音。
俺達に恐怖を与えたくて、わざと音を立ててるみたいだな。
でも得物の種類を相手に悟らせるような行動は、大したことない腕前だと宣伝しているようなもんだぜ。
この程度の連中に、やられはしない。
ちょっと心配なのが、隣にいるガゼールさんだ。
この世界最強の戦闘種族と言われる竜人族だから、普通の人間族とかよりは強いんだろうけど――
娘に口喧嘩で言い負かされるあたり、あんまり強そうに見えないんだよなぁ――
俺達を案内していた小鬼族が、折り畳み式の警棒で殴りかかってくる。
ノロすぎる一撃だったから、そのまま手首を掴んでへし折ってやろうと思ったのに――
俺の間合いに入る直前、警棒が止まった。
黒い何かが巻き付いて、動きを封じている。
よく見ればそれは、ガゼールさんの尻尾だ。
「ひとつ、質問したい。なぜ我々が、普通の客ではないと分かった?」
「へっ! おっさんも若いのも、態度が怪しすぎるぜ! お前らみたいなのをな、大根役者って言うんだよ!」
「……ガ……セガールさん。俺と同じレベルの大根役者なんて、人としてヤバいですよ。絶対、浮気とかしない方がいいです。秒でバレますから」
ガゼールさんの奥さんである、ヴァリエッタ・シルヴィアさんの顔が脳裏に浮かぶ。
「黒髪の君」に対する怒りを爆発させていた、いつぞやの表情だ。
どこの誰だか知らないけど、「黒髪の君」とやらには同情するぜ。
「ええい! 浮気などするか! 怒ったヴァリエッタは、戦女神の化身なのだ! 想像するだけで、恐ろしい……」
情けないことを口走りながらも、尻尾の力だけで小鬼族を軽々と放り投げるガゼールさん。
ゴブリン砲弾はそのまま、奥に立っていたオークを直撃。
あっという間に、2人減った。
おおっ!
ガゼールさん、予想に反してめちゃくちゃ強いぞ!
俺でもタイマンで勝てるかどうか、怪しいレベルだ。
「ガゼールさん。そっち側、任せてもいいですか? 反対側は、俺が全員片付けるんで」
「いいだろう。手早く済ませろ」
ガゼールさんの方を向いていたら、背後から鉄パイプが振り下ろされた。
見えなくても、気配だけで得物の種類までバレバレだっての。
俺は振り返り、鉄パイプで襲ってきた虎獣人の手首を押さえた。
そのままゴリッと、関節を外してやる。
虎獣人の悲鳴が上がる前に、奪い取った鉄パイプの先端を口に捻じ込んだ。
――汚ねっ!
折れた牙と、血を撒き散らすんじゃないよ。
これ以上色々撒き散らされると迷惑だから、アゴを掌底で打ち抜き眠ってもらった。
「シャアッ!」
虎獣人が地面に崩れ落ちる前に、銀色の光が俺に飛び掛かってきた。
頬に鱗のある獣人が振るった、チェーンだ。
舌が枝分かれしているし、こいつはたぶん蛇の獣人だな。
シャー! とか叫んでるし。
俺は鉄パイプを閃かせた。
金属音と共に、チェーンが切断されて宙を舞う。
「なっ! そんな馬鹿なぅぼぅ!」
驚いてる暇があるなら、少しは逃げるか反撃するかした方がいいと思う。
ほら、俺に昏倒させられちゃった。
返す刀で、象の獣人を打ち据える。
これもノックアウト。
さらには死角から飛び掛かってきた巨人族のみぞおちを、鉄パイプで突いて失神させる。
これで、俺の担当エリアは制圧だ。
ガゼールさんの方はどうなったかな? と、意識を向けようとした矢先――
「避けろ! ランドール!」
ガゼールさん。
うっかり俺を、本名で呼んじゃってるよ。
いつも付ける「君」も、省略してるし。
それだけ危険な状況だってのは、理解できたけど。
一瞬前に、俺が鉄パイプで失神させた巨人族。
意識を失ったその巨体が倒れると、陰にはエルフの男が立っていた。
エルフ男が俺に向けていたのは、オートマチック式の拳銃だ。
路地裏に、破裂音が響き渡る。
驚愕の声を上げたのは、撃たれた俺じゃなかった。
発砲した、エルフ男の方だ。
「……なっ! なんで生きているんだ!? 貴様、何をした!?」
「何をって……。銃弾が当たると、怪我しちゃうだろ? だから鉄パイプでこう、カキーンと」
「嘘をつけっ! そんな真似、動体視力に優れた我々エルフでも不可能だ!」
えっ? そうなの?
いやいや。
やってみないと、わからないじゃないか。
ルディだと、銃弾が当たって怪我でもしたら大変だ。
だから、ブレイズ・ルーレイロで実験してみよう。
「ば……化け物め!」
化け物じゃなくてレーシングドライバーだよって言いたいけど、これだけ大暴れしといて身分がバレるのは不味いなぁ。
「あー。化け物は俺以外にもう1匹いるけど、目を離していいの?」
俺の問いかけに、エルフ男は思い出したかのように振り返った。
けれども、もう遅い。
エルフ男以外の連中を全滅させ、腕を組んで暇そうにしていたガゼールさん。
彼がエルフ男の顔面に、尻尾での一撃を放ったんだ。
エルフ男は独楽のように回転してから、ドサリと倒れる。
そうえば獣人や竜人族の尻尾って、性的な意味合いのある部位なんだよな?
つまりあのエルフ野郎は、顔面をガゼールさんの――
いや、深く考えるのはやめておこう。
「ガゼールさん。こいつら、いったい何者なんです?」
俺はもう大丈夫だろうと判断して、本名で呼びかけた。
「違法薬物の密売組織だよ」
ガゼールさんは気絶させた小鬼族の懐から、樹脂製の小さな入れ物を抜き出した。
コンタクトレンズのケースに、似ているけど――
蓋を開けてみるとそこには、直径7mm程度の白い錠剤。
「まさか……『クロノス』ですか?」
今やマリーノ国だけでなく、世界中で製造・所持・売買が禁止されている違法薬物「クロノス」。
錠剤の形をしているけど、飲み物なんかによく溶けて簡単に経口摂取できる。
飲むとやたら自信が湧いてきたり、神経が研ぎ澄まされて景色がスローモーションに見えたりするらしい。
他には呼吸が浅くなったり、瞳孔が開き気味になったり、眼球の動きが活発になったりするそうだ。
依存性が高く、服用者が高確率で略奪や暴行などの犯罪行為に走る。
なので、とてつもなく迷惑な薬だったりする。
「俺は一応プロレーシングドライバーなんで、薬物絡みの事件は不味いです。こいつらは、ガゼールさんが1人でやっつけたことにして下さい」
俺はそう言いながら、忍び足で現場を離れようとしたんだけど――
ガゼールさんから、ストップがかかってしまった。
「待て、ランドール君。私も会社を経営する身。表沙汰になると、不味いのは一緒だ」
「だったらなんで、こんな連中に近づくような真似をしたんですか。年甲斐もなく、ヤンチャして……。ヴァリエッタさんに、言いつけますよ」
「そ……それはやめてくれ! これはだな……。ニーサに頼まれて、色々調査していたのだ。上手くやれば、家に戻ってきてくれると言われたのでな」
あらら――
あいつまだ、家出継続中なのね。
「自分で密売人に接触して、大立回りするようにってのも頼まれたんですか?」
「い……いや、それは……。麻薬捜査官の友人に、協力を要請されたのだ。……ほら、彼だ」
ガゼールさんが指差した方向から、犬獣人の警察官が走ってくる。
「ガゼールさん! なんで勝手に行動するんですか!? 我々が配置に着くまで、待っているようにお願いしたでしょう!?」
麻薬捜査官の青年は、プリプリと怒っていた。
ガゼールさん、色々とやらかしているな。
「仕方ないだろう? 知人が、密売人に絡まれてたんだ。……というわけで、ランドール君が悪い」
このトカゲ親父、俺に責任転嫁しやがった!
ホテルの自室に戻ったら、すぐヴァリエッタさんに密告電話をかけないとな。