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120/195

ターン120 ここはモナコモンテカルロ……じゃないぜ!

 俺が物心ついた時、彼はもう地球上に存在していなかった。




 残っていたのは、その足跡。


 ――というより、伝説の数々だ。




 F1ドライバーとしての偉大な記録。


 ライバル達と演じた名勝負。


 その伝説の中でも特に好きだったのは、市街地レースであるモナコGP(グランプリ)でスピードに勝るライバルを延々と抑え込み続けたレースだ。


 俺は何度も何度も、その映像を繰り返し見た。




 いつか自分も、こんな風に。


 F1ドライバーになって、こういう名勝負を演じるんだと胸を熱くしていた。




 自分が死んだら、あの世で彼と勝負するんだと本気で思っていたな。


 結局地球での俺は、F1に乗るどころか日本最高峰フォーミュラであるスーパーフォーミュラにも乗れなかった。


 さらにはその下の全日本F3でも、シートを失ってばかりだったんだけど。




 舞台は天国じゃなくて、異世界ラウネス。


 乗っているのはF1じゃなくて、市販車ベースのGTカー。


 ちょっと理想とは違ってしまった部分はあるけれど、夢見ていた対決がいま実現する。




 きっと、最高のひとときになる――




「……なんて思っていた時期が、俺にもありました!」




 〈レオナ〉の運転席(コックピット)の中で、俺は誰にともなく吐き捨てる。


 脳ミソお花畑だった過去の自分に、蹴りを食らわせてやりたいぜ。


 何が最高のひとときだ!




 ――地獄だ!


 地獄のようなアタックだ!


 神経と体力が、ゴリゴリと削られる。




 普通このノヴァエランドサーキットの山側区間(セクション)は、追い抜き(オーバーテイク)を仕掛けるような区間じゃないだろう?


 なのにアクセル・ルーレイロの駆るレイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉3号車は、「そんなこと知るか」とばかりに至るところで鼻先(ノーズ)()じ込んできた。


 幅広(ワイド)なボディのレーシングカーが2台並ぶと、いっぱいいっぱいになってしまうような狭い道幅でだよ?




 内側(イン)かと思えば外側(アウト)、アウトかと思えばイン。


 縦横無尽に、ラインを変えてくる。




「当たる当たる当たる~!」




 ビビりまくって叫ぶ俺をあざ笑うかのように、ルーレイロは接触ギリギリのところでスッと引く。


 くう~!

 凄い腕だ!


 道幅が狭くなければ、あっさり抜かれていただろうな。




 上りはなんとかしのぎ切り、俺と〈レオナ〉は下り区間(セクション)へと突入する。




 下りは〈レオナ〉の本領発揮!


 ――と言いたいところだけど、〈RRS(ダブルアールエス)〉も得意な区間なんだよな。


 ここで抜かれたら、そりゃもうドライバーの腕の差だ。




 上り切った地点から下りに入るコーナーでは、完全に内側の前輪が浮いてしまう。


 まるでオートバイのウイリー走行だけど、怖いとか言っている場合じゃない。


 後ろから迫ってくる赤いスーパーカーが撒き散らす殺気の方が、何倍も恐ろしい。




 なにはともあれ、アクセルオン。


 タイヤは4つもあるんだから、1つぐらい浮いたって大丈夫!


 そう自分にいいきかせて、加速体勢でコーナーを切り返す。




 そんな風に頑張って、コーナーを立ち上がったのに――


 次のコーナーまでのほんの短い加速区間で、またルーレイロに鼻先(ノーズ)をねじ込まれてしまった。


 そのままブレーキング。


 右側運転席に座っている俺のすぐ隣で、レイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉の左前輪ブレーキローターが激しく赤熱する。




 ――熱い!




 実際には熱が車内に入ってきたりはしないけど、ヴィジュアル的にもの凄く熱いぜ!


 これも(いっ)(しゅ)の精神攻撃だろうか?




 幸いルーレイロは、またしても引いてくれた。


 そのまま意地を張ると、壁に激突してしまう走行ラインだったからな。




 ホッとひと息――


 なんて、ついている場合じゃない!




 後ろに気を取られ過ぎた。


 意識を前に戻した瞬間、銀髪の美少女剣士と目が合う。


 ガゼールさんところの〈エリーゼ・エクシーズライオット〉だ。


 後部(リヤ)にも(えが)かれているアニメキャラの顔面に、〈レオナ〉の鼻先(ノーズ)が突っ込んでしまうところだった。




 いつの間にか俺のタイヤが温まり始めて、ペースが上がっていたらしい。


 こうなると下り区間(セクション)が苦手な〈ライオット〉には、あっさり追いついてしまう。




 追突を回避するため、俺はやや強引に〈ライオット〉の内側(イン)へ飛び込んだ。


 コーナーを曲がり始めていた〈ライオット〉は、驚いたみたいだ。


 慌ててハンドル(ステアリング)を戻し、走行ラインをマシン1台分外側(アウト)に修正する。


 〈ライオット〉のフロントガラスに光る、ピンク色のLEDランプ。


 あれは第2ドライバーが乗っている(あかし)だから、キース先輩だな。


 ごめんよ、キース先輩。

 乱暴に抜いて。


 迷惑ついでに、後ろから来るルーレイロをブロックしてはくれないか?




 ――ん?


 後ろにルーレイロがいない!?




 奴は〈ライオット〉の陰から、唐突に姿を現した。


 内側(イン)に飛び込んだ俺に対して、ルーレイロは外側(アウト)から大回りして〈ライオット〉をかわしたんだ。


 3台並走できるようなコース幅はない。


 片輪を、芝生(グリーン)に落としながらの追い越し(オーバーテイク)


 クソっ!

 なんでそんな真似して、スピンしないんだよ!?


 空でも飛んでるのか!?




 ルーレイロはスピンこそしなかったものの、グリップしない芝生の上を走ったせいで加速が(にぶ)ったようだ。


 車1台分ぐらい離れてくれて、今度こそ本当にひと息――




 ――つけない!


 つかせてもらえない!




 すでに山側区間(セクション)は終わり、俺達は平地に下りてきて普通のサーキットっぽい区間を走っている。


 だけど、道幅の広いその区間こそ危険。


 走行ラインの自由度が上がり、俺をぶち抜くチャンスは倍増――ってところだろう。


 ルーレイロはコーナーの(たび)に、俺のドアミラーに大きく車体を映し込んでくる。


 プレッシャーを、ガンガンかけてきやがるな。


 ヘッドライトが(まぶ)しい。


 光軸の角度やミラーの反射。

 俺の眼球の動きまで考慮して、意識的に目くらまししてるんじゃないかと疑いたくなるぜ。




 直角ターンの最終コーナーを立ち上がった。


 ピット前を通過する、短いメイン直線(ストレート)に入る。


 サインボードなんて、見ている暇はない。


 今は後ろから迫りくる、悪夢のような敵に集中しなければ――




『サインボードをしっかり見ろ! 馬鹿者!』




 無線から響いた、ニーサの声。


 俺は半ば反射的に、サインエリアを見る。




 目に飛び込んできたのは、でっかい矢印。




 見やすいよう蛍光イエローでサインボードに(えが)かれたそれは、天を突き刺すように上を向いている。




 ペースアップのサインだ。




 それだけじゃない。


 金網の隙間から、沢山の手が生えていた。




 ヌコさん。

 マリーさん。

 ケイトさんにジョージ。

 クリス君。

 ニーサ。

 ヴィオレッタ。




 みんなで金網が途切れている狭いスペースに殺到し、ギュウギュウになりながら天を指差している。


 サインボード以外にも、ハンドサインで俺にペースアップを要求しているんだ。




「ははっ、なんだよ。そんなにいっぱいサイン出さなくても、わかるって」




 フェイスマスクの下で、自分の顔がほころんでいくのを感じる。


 同時に全身から、無駄な力が抜けた。




 みんなの前を走り抜け(ざま)、俺は左手をステアリングから離してヒラヒラ振ってみせる。


 ドライバーのニーサやクリス君、目のいいヴィオレッタぐらいしか見えなかったかもしれないな。


 片手運転しながらでも、ステアリングに着いているパドルを右手で操作してシフトアップ。


 1コーナーに向けて、〈レオナ〉を加速させる。




「もうタイヤは温まった。好きにはさせないぜ」




 1コーナーで、ルーレイロは仕掛けてこなかった。


 奴は脱出速度重視のラインを取り、その後のストレートスピードを稼ぎ出す。


 長い2kmのロングストレート――「ストレート・トゥ・ヘル」の終わり、(タイト)な2コーナーのブレーキングで仕掛けてくるつもりなんだろう。




『ぶん回すだニよ! おいちゃんの組んだロータリーは、壊れないだニ!』




 ――言われなくても。




 燃料をセーブしたいけど、ここは勝負どころ。


 手元のダイヤルを操作し、エンジンマップを変更。


 今は燃費よりも、最高出力(ピークパワー)を重視する。




 行くぞ〈レオナ〉!


 かつてユグドラシル24時間を制した、ロータリーエンジンの底力を見せてやろうぜ!




 俺の呼びかけに対する、〈レオナ〉の反応はクールだ。


 振動の少ないスムーズな回転フィールでパワーを絞り出し、車体を加速させてゆく。




 (いっ)(ぽう)で、排気音(エキゾーストノート)は苛烈で容赦ない。


 後ろのレイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉も相当に甲高い排気音(エキゾーストノート)だけど、それを上回る鋭さだ。


 「気安く近づかないで下さる?」と、()(かく)しているような(ほう)(こう)を上げる。


 ついでに車体底面が路面を擦った時に出る火花が、〈RRS(ダブルアールエス)〉の顔面に浴びせられた。


 天下のアクセル・ルーレイロに対して、このつれない態度。


 ウチの〈レオナ〉姫は、気位が高いのさ。




 観客が総立ちしているグランドスタンドの前を走り抜け、俺とルーレイロは森の中へと突入していく。




『みゃあああああああーーーーっ!!』




 無線越しに、ヌコさんの叫びがうるさい。


 でも、力を分けてもらってるような気分にもなる。




 落ち着いてくれよ。


 たかが3.5(リッター)V型8気筒ターボ無し(NA)に、〈レオナ〉の3ローターが負けるわけないだろ?




 ストレートエンド。

 山側区間(セクション)の入り口である、2コーナーが迫る。


 俺とルーレイロは、280km/hオーバーからのブレーキングを敢行した。




 〈RRS(ダブルアールエス)〉は、ストレートで〈レオナ〉についてくるのがやっと。


 ブレーキングで、飛び込んでくるような真似はできない。




 ――抑えた。




 タイヤが冷えているアウトラップで、タイヤの温まっているルーレイロを丸々1周抑え込むのに成功したぞ!







■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






 その後のルーレイロは、大人しかった。




 山側区間(セクション)で仕掛けてくることは全く無く、ずっと後ろをついてくる。


 向こうの方が速いんだけど、俺のタイヤが温まってしまった以上は簡単に抜けないだろうしな。




 道幅が広くて抜きやすい平地区間(セクション)や、ブレーキング勝負に持ち込みやすい2コーナーだけ警戒していればいいだろう。




 楽観的に考えながら、ルーレイロを抑え続けて5周目。


 山側区間(セクション)の出口。

 下りきって、平地区間(セクション)へと入るコーナーでの出来事だ。




「……しまった!」




 紅白に彩られた、レイヴン自動車メーカーチーム(ワークス)「ドリームファンタジア」の1号車。


 ペースが上がらず周回遅れになっていたそのマシンが、俺の進路を塞いだ。


 「塞いだ」とはいっても、露骨にブロックしたとかじゃない。


 「周回遅れは速い車を先に行かせなさい」という意味であるブルーのLEDボードがコース係員(マーシャル)から提示されているから、そんな真似をしたらペナルティを受けてしまう。


 1号車はただ、最速(レコード)ラインをキープしただけ。


 なんの非難を受けるいわれもない。


 抜く側が走行ラインを変えるのが、モータースポーツの常識だからな。




 ただそれは、俺と〈レオナ〉に致命的な結果をもたらす。




 ほんのわずかな時間、理想の走行ラインと加減速タイミングを取ることができなかった。


 それだけで、コンマ数秒コーナーの立ち上がりが遅くなる。


 そのロスを、アクセル・ルーレイロほどのドライバーが見逃してくれるわけがないんだ。




「ダメだ……。抜かれる……」




 完全な2台横並び(サイド・バイ・サイド)

 それも(イン)側に入られてしまったら、もうどうしようもない。




 俺を抜いた後のルーレイロは、速かった。


 コーナー1つ抜けるごとに差を広げ、小さくなってゆく。




「これでウチの順位は、()()()()か……」


『今のは仕方ないだニよ。1号車と3号車は、タイミングを計っていただニね』




 ――そうか。

 わざと俺の邪魔になるよう、1号車はペースを調整していたのか。




 レイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉3号車は、夕焼けの中に溶けてゆく。


 排気口からアフターファイアを上げながら、コーナーの向こうへと消えた。




『ランディ。おみゃーは良くやっただニよ』




 そんなのは、ただの(なぐさ)め。




 続く言葉を、聞かなければの話だけどね。






『これでもう、ウチが勝ったようなもんだニ」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] どうやらボクシングには蹴り技がないと思っていたようで、今まではどんな相手と競っても、自信に裏打ちされた勝ち気な部分が感じられたランディでしたが、相手がアクセル・ルーレイロともなると、そんな…
[一言] 激戦でしたね!! 手に汗握りましたよ!! そしてヌコさんの台詞的に、勝負に負けて試合に勝ったみたいな感じなんですかね? でもランディとしては複雑かもしれませんね。
[一言] 白熱でしたね。 さて、よくわからないのですが。 ヌコさんの最後のセリフどういうことなんでしょうね〜? 今回のヌコさんは、割とセリフが多いですね<ーヌコさんに失礼。
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