ターン109 全マリーノヒロイン選手権オールスター戦
30分後。
俺達は改造ショップ「デルタエクストリーム」店内にある来客スペースへと、場所を移していた。
現在、お・は・な・し・の最中だ。
信じられないことに、ケイトさんが呼んだ全員が集結している。
ルディも含めてだ。
ちょうどルディは一時帰国中で、隣のメターリカ市にあるレイヴン社の研究所に来ていたらしい。
――いや、それにしたって早いよ!
速度無制限である高速道路を使ったにしても、いったい何km/h出して来たんだよ!?
ルディとは1年以上会っていなかったけど、久しぶりの再会を喜ぶどころじゃなかった。
彼女はケイトさんと同じ、機械みたいな笑顔を俺に向けてきたからだ。
相変わらず可愛らしい顔をしているけど、中身はエンジン内で圧縮されて爆発寸前の混合ガスといったところか。
――怖い!
マリー・ルイス嬢は、ひどく険しい表情をしていた。
おはなし中も何やら仕事があるらしく、ノートパソコンでカタカタとタイピング。
相変わらず、疲れているみたいだ。
前回リンの森で会った時と比べると、さらに縦ロールの巻き数が減っていた。
目の下のクマもひどい。
それでも、鬼気迫るような迫力を感じる。
視線が動く度に赤い光の軌跡を描いているように見えるのは、俺の気のせいだろうか?
彼女の瞳は、グレーだというのに。
なんだか不死者っぽいな。
――こちらも怖い。
一方で全然怖くないのが、淫魔族のアンジェラさんだ。
この状況を、楽しんでいるとしか思えない。
先端がハート型のつるんとした尻尾をフリフリしつつ、笑顔で全員を見回していた。
ワクワクを、隠そうともしていない。
他にはマリーさんの運転手をしてきたキンバリーさんと、お店の鍵を開けさせられたヌコさんの姿があった。
休日の朝っぱらからケイトさんに叩き起こされて、最初の方こそ不機嫌そうにしていたヌコさん。
だけど女の子達に包囲され、なぜか床に正座までさせられている俺の状況を見て、アンジェラさんと同じくニコニコ顔になった。
「ランディ、おみゃーはとんでもない男だニね。そのうち刺されるだニよ? まあハーレム男なんか、爆発四散すればいいんだニ」
ニコニコ顔の猫耳ショタジジイから、辛辣な言葉を浴びせられた。
そういやヌコさん、38歳独身で恋人いないんだっけ?
ハーレム男呼ばわりは、やめて欲しい。
俺は誰とも、付き合ったりしていない。
――よく考えてみれば、なんで俺は正座させられているんだろう?
ここにいる女の子達はみんな、俺の恋人などではないというのに。
ニーサと同居していても、問題はないだろう?
16歳の女の子と一緒に住むのは、外聞が悪いからか?
そりゃ親からなら、怒られても仕方ない状況だと思うけどさ。
なんだか複数人のシャーロット母さんに包囲されてる気がして、げっそりしてきた。
ちなみになぜか、ニーサは正座させられていない。
畜生、俺だけかよ。
「それじゃランディ君。ニーサちゃんと一緒に住むようになった経緯を、最初から、細かく、正確に話してくれるな?」
話さないなんて選択は、許さない。
ケイトさんとマリーさん、ルディの目はそう言っていた。
「えっと……。まずはヌコさんに、ルームシェアの話を持ち掛けられて……」
途中でニーサに補足を入れてもらいつつ、俺は全てを話す。
そしたら話し終わった後、ヌコさんは俺の隣に移動させられていた。
仲良く2人並んで正座だ。
「なんでおいちゃんも、正座させられるだニか~?」
「やかましい! よく聞いてみれば、主犯はヌコさんやないか!」
いや、ケイトさん。
それは違う。
真の主犯はルームメイトが異性であると知っていながら、娘を同室にぶちこんだヴァリエッタさんだ。
「とにかく! ニーサちゃんは、まだ16歳や! それが男と同じ部屋に住んどるなんて噂が流れたら、お嫁に行けへんで」
――どうせ、元から行けないだろう?
「あっ! ランディ先輩いま、『どうせ、元から行けないだろう?』って考えたでしょう!?」
「ランディ君! ニーサちゃんに、謝りぃ!」
「ランディ様。さすがに言っていいことと、悪いことがありますわよ?」
まだ、何も言ってないよ!
俺はニーサの方を振り向いた。
どうせコイツのことだから、「ランドール殺す」とか言いながら拳の関節を鳴らしてるんだろうと予想しつつ。
するとどうだろう。
シュンとした表情で俯いている、ニーサの姿があった。
全員から、凄まじい非難の視線が俺に降り注ぐ。
「すみませんでしたー!」
最近俺は、土下座のハードルが低くなってしまっている気がする。
今回は正座状態からなので、スムーズに土下座へと移行できてしまったのが理由のひとつだろう。
思っただけで、まだ何も言ってないのに――
俺が床に這いつくばっていると、ヌコさんがやれやれといった口調で話しかけてきた。
「そこで『俺がもらってやるから心配するな』とか言えれば、カッコイイだニがね……」
『いえ! それはキモいです!』
ニーサを含む4人から言い切られて、ヌコさんは頭上の猫耳をペタンと伏せた。
尻尾まで、垂れ下がってしまっている。
やめて!
それ以上ヌコさんを、追い込まないであげて!
「ねえ、みんな。今は、ランディ君やヌコさんを責めている場合じゃないわ。もっと優先して、話し合わなければいけないことがあるでしょう?」
それまで傍観者だった、アンジェラさんが口を開いた。
おおっ、救世主。
そもそもみんな、俺とニーサが同室で暮らしている今の状況が気に入らないんだろう?
アンジェラさんが、その解決策を提案してくれるのか?
「みんなが気になっているのは、ランディ君とニーサが毎晩どんなプレイに興じているかということよね?」
それ、絶対違う!
淫魔族のぶっ飛んだ思考回路を、全然考慮していなかったぜ。
「ま……まさか先輩、本当にニーサさんとそんなことを……?」
ルディはこういう話に耐性が無いらしく、顔を真っ赤にして唇を震わせている。
なんとか誤解を解きたい俺とニーサより先に、ヌコさんが余計なことを言い出した。
「そういえばランディとニーサの部屋から、毎晩荒い息づかいと何かが軋む音がするだニ」
「「それ、筋トレしてるだけだから!」」
今回はニーサとハモってしまっても、嫌な気分にはならない。
否定するのに忙しくて、それどころじゃないからな。
騒がしくなってしまった一同を鎮めるべく、ケイトさんが手をパンパンと打ち鳴らした。
さすが女性陣の中で、1番の年長者だな。
「はーい。みんないっぺん、落ち着くんや。とにかく、ニーサちゃんとランディ君が一緒に住み続けるのは良うないな。ほんでや……ウチとランディ君が一緒に住んだら、丸く収まると思えへん?」
「はあ? ケイト先輩、なに寝ぼけたことを言ってるんですか? 頭が眠りフクロウになっちゃったんですか?」
ルディは海外に行ってから、ほんと毒舌家になったよね。
とばっちりでディスられた眠りフクロウのショウヤが、ケイトさんの肩の上で不服そうな顔をしているよ?
「ええんよ、ウチはお姉さんやから。ウチが犠牲になるべきなんや。それに何かあっても、ウチはもう結婚できる歳やしな」
両腕を胸の前で交差させながら、悲劇のヒロインっぽいポーズを決めるケイトさん。
だけど顔は、全然悲劇じゃない。
ニヤついている。
あと俺はまだ16歳で、責任を取れる年齢ではないという点も考慮して欲しい。
「ケイト先輩と一緒に住まわせるぐらいなら、ボクが帰国してランディ先輩と一緒に住みます!」
ルディ!
それ、お兄さんのミハエル先生に俺がめっちゃ怒られるやつ!
絶対やめて!
「面白くなってきたわね!」
アンジェラさんは野次馬根性丸出しで、なんの役にも立ってくれない。
「おいちゃん思うんだニが、ケイトとニーサが一緒の部屋に住めばムグググ……」
いまヌコさんが、すごくいい解決策を言おうとしてた気がするんだけど――
アンジェラさんの尻尾がヌコさんの頭部に巻き付いて、口を封じてしまった。
えっ?
尻尾って、デリケートゾーンじゃなかったっけ?
俺がちょっとヌコさん達に気を取られている隙に、ケイトさんとルディは大変なことになっていた。
互いに両掌を組み合わせて、プロレスラーよろしく力比べの真っ最中だ。
「ちょっとちょっと! ケイトさん! ルディ! 喧嘩はやめてくれよ!」
そう止めに入ったら、2人はキッと俺を睨んできた。
そして、声をそろえて叫ぶ。
『誰と住むの!?』
えっ……その……俺が決めなきゃダメ?
悩んでいると、紅茶を配っているメイドさんと目があった。
キンバリーさんだ。
彼女は口パクで、俺に何かを伝えようとしてくる。
アドバイスか?
えーっと――
(ヘ・タ・レ)
一瞬でもキンバリーさんを頼ろうとした、俺がバカだった。
まったく。
ルイス家は自分ところのメイドに、どういう教育をしているんだ?
――ん?
よく見たら彼女の雇い主である、マリーさんの態度が落ち着いている。
俺とニーサがルームシェアしていたことに、思うところはあったようだけど――
暴走気味のケイトさんやルディと違い、マリーさんは冷静だ。
彼女は左手首にはめている、可愛らしい金属ベルトの腕時計を眺めた。
そして、余裕のある笑顔を浮かべる。
「……そろそろ来るはずですわ」
まだ、誰か来るの?
これ以上増えるのは、勘弁してもらいたい。
そう祈っていたのに、店の前に軽トラックが停車したのが見えた。
おや?
あの運転手は――
「状況はマリー監督から聞いていましたが、ずいぶんと人数が多いですね」
この女性人口が多い空間に、貴重な男が入ってきた。
眼鏡をかけたひょろドワーフ、ジョージ・ドッケンハイム降臨だ。
「ジョージぃ~、助けてくれよ~。もう俺、どうしたらいいか分からないんだよ~」
ジョージがアンジェラさんに代わる真の救世主に見えて、俺は思わず縋りついてしまった。
「なんですか、ランディ。引っつかないで下さい。しばらく会わない内に、気持ち悪さがフルブーストされていますね」
気持ち悪くても何でもいい。
とにかくこの状況から、俺を逃がしてくれ!
「ジョージせんぱ~い。大人しくランディ先輩を、こちらに渡してくださ~い」
「ジョージ君は、分かっとるよな? ウチに渡さんと、どうなるか」
ケイトさんとルディが、手をワキワキさせながらこっちに近づいてくる。
「ほう? ……どうなるというのです?」
ギラリと眼鏡を光らせたジョージに、ルディもケイトさんも震え上がった。
久々に、ケイトさんがジョージにビビッてる姿を見たな。
全員の動きが膠着したところで、マリーさんが口を開く。
「ジョージ様。この状況を鎮められるのは、あなただけですわ。これからランディ様と、同居してくださらないかしら? ニーサ様は、ケイト様の部屋に移るということで」
『え~っ!?』
ケイトさんとルディ。
そして話が無難な方向に転がったのが不満そうなアンジェラさんが、一斉に声を上げる。
「ケイト様は時々痴女っぽい言動を取るので、信用できません。ランディ様がひとり暮らしでは、隣の部屋でも充分貞操の危機です。ジョージ様が一緒なら、まあ大丈夫でしょう」
うん。
それに俺、ひとり暮らし耐性が無いしね。
「ニーサ様も、それでよろしいですわね?」
「……え? ええ、分かりました」
――あれ?
俺と同室でなくなることに、ニーサはもっと喜ぶと思ったんだけどな?
なんか反応が、芳しくない。
ケイトさんとはお店で仲良くしているから、一緒に住むのが嫌だというわけでもないだろう。
俺と別々の部屋になるのが、寂しいとか?
――まさかね。
かくして俺は、ジョージと同居することになった。
隣の部屋には、ニーサとケイトさん。
さらに隣には、大家さんでもあるヌコさん。
なんだか急に、アパートが賑やかになったなぁ――