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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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107/195

ターン107 蘇る光の精霊

チューンド()プロダクション()カー()耐久選手権(シリーズ)への復帰だニか……」




 ヌコさんは腕を組み、目を閉じてしまった。


 そして(まぶた)シャッターを開けることなく、ボソリと(つぶや)く。




「レースの世界は、もう嫌だニ」




 えーっ!?

 なんだソレ!?




 改造(チューニング)ショップのタイムアタックイベントには積極的だったのに、公式なレース競技を嫌がるっていうのはどういうことだ?




 俺が疑問に思っていると、ヌコさんはゆっくりと目を開けてから語り始めた。




「規則書とにらめっこしながら車を作るのは、メンドくさかっただニ。改造屋(チューナー)として、もっと自由にやりたかっただニよ」


 ぬう――

 クリス・マルムスティーン(くん)と、同じようなことを言っている。


 確かに公式なレース競技の世界では、そうなんだよな。


 車をめちゃくちゃに改造しているように見えて、実は車両規則でがんじがらめにしてある。


 競技の公平性や安全性を保つには、仕方のない部分なんだけどね。


 車を作る人としては、面白みに欠けるのかもな。




「それと、もうひとつ。おいちゃんが、レースの世界から撤退した理由……。〈レオナ〉のホモロゲーションが、切れただニよ」




 ――ホモロゲーション。


 市販の自動車をベースにした競技車両でレースに出場するためには、自動車メーカーがこのホモロゲーションという承認を取得しなければならないんだ。


 取得のためには、ある程度の生産台数が求められる。


 この規則がないと、お金持ち自動車メーカーはエゲツない手段が可能になってしまう。


 レースで勝つために、採算度外視の怪物を1台とか2台だけ生産。


 それを「普通の市販車です。レース専用設計ではありません」とか白々しいこと言いながらレースに出場させてくるというね。


 昔タカサキやヴァイキーが、世界耐久選手権(WEM)でやらかしたんだよなぁ。


 そういうお金ごり押しな戦法を、封じるための規則がホモロゲーションだ。




「そっか……。〈レオナ〉はもう、生産終了から20年も経過しているから……」


「ホモロゲ切れで、国内外の公式レースでは走れないだニ。なんの選手権(タイトル)もかかっていない旧車(ヒストリックカー)レースやアマチュアのカテゴリーでは、いまだに(だい)(いっ)(せん)で活躍してるだニが……」


「ならさ、他の車種……ヤマモトの〈ヴェリーナ〉あたりで出場するのは? ウチのお客さんでも、〈レオナ〉の次に多い車種じゃないか」


「ヤだニ。おいちゃんは、ロータリーエンジンひと(すじ)なんだニ。お客さんも、ロータリー乗りが中心だニ。普通のレシプロエンジン車である〈ヴェリーナ〉で出場しても宣伝効果は期待できないし、おいちゃんもレースで通用するほどのノウハウを持っていないだニ」


「なら〈ヴェリーナ〉のエンジンを、〈レオナ〉のロータリーに載せ替えて……」


「ブーッ! 車両規則(レギュレーション)違反だニ。車体と異なるメーカーのエンジンは、積めないだニ」


「そんな……」




 八方塞がりじゃないか。


 俺やニーサがこのショップから、レースに出ることは不可能なのか?




「ランディもニーサもスーパーカートに戻ったり、TPC耐久に出てる他のチームを探した方がいいだニよ。シートが決まるまでは、ウチで働いてもらいたいだニがね」


 そう言うとヌコさんはソファからぴょこんと飛び降り、店外へと出て行ってしまった。




 事務所に残されたのは、俺とニーサの2人だけ。


 いつもとは違った意味で、気まずい沈黙が訪れていた。




「ヌコさんは、あんなこと言ってたけど……どうする? ニーサはスーパーカートに、戻ろうとは思わないのか?」


「私には……もう、スーパーカートは無理なんだ」


「……? どういうことだ?」


「スーパーカートは、運転席(コックピット)が狭いだろう? だから……その……大きくなった最近では、ハンドル(ステアリング)を切るとき邪魔になってしまって……」


「何が邪魔になるんだ?」


「この爽やか無自覚セクハラ野郎め!」




 なんでか分からないけど、ニーサは怒って尻尾を振り回してきた。


 ニーサの行為こそが、逆セクハラみたいなもんじゃないのか?


 また、尻尾を掴まれてもいいのか?


 自分でそれに気づいたのか、ニーサは急に冷静さを取り戻して椅子に腰を下ろした。

 



「まいったな……。私がデルタエクストリーム(ここ)に来たのは、ヌコさんをレースの世界に引きずり戻すという目的もあったのだが……」


「え? そうなのか?」


「ああ。私のお母様……ヴァリエッタ・シルヴィアは、『ロータリーの魔女』と呼ばれた有名な走り屋でな。若かりし頃のヌコさんが改造(チューン)した〈レオナ〉に乗って、サーキットで活躍したらしい」


 ヌコさんの若かりし頃ってのが、想像しにくい。


 今でも若いを通り越して、幼く見えるしな。




「それでニーサのお母さんは、ヌコさんにレースをして欲しいと?」


「ヌコさんの腕を買っているし、このショップの常連だったからな。メジャーな世界で、活躍してもらいたいんだろう。だが、この状況では仕方ない。〈レオナ〉のホモロゲ切れなんて、どうしようも……」




「……なくはないで!」




 大きな声とともに、お店のドアをバーンと勢いよく開けたのはケイト・イガラシさんだ。


 俺のバイト先だった男の()メイド喫茶に登場した時といい、心臓に悪い登場ばかりだな。この人。




「ケイトさん。お店のドアは、もっとゆっくり開けてよ」


「そんな細かいこと、言うてる場合やないで! ビッグニュースや! ビッグニュース! ついさっき、ラウネスネットに流れたんや! シャーラがやってくれたで!」


 ケイトさんはいそいそと事務所のパソコンを立ち上げ、ヌコさんを呼んできて欲しいとお願いしてきた。




 俺は言われた通りにヌコさんを連れて、事務所に戻ってくる。


 そこには立ち上がったパソコンのモニターを見つめながら、楽し気な笑顔を浮かべているケイトさん。


 そしてケイトさんの背後から画面を覗き込み、何かに驚いているニーサの姿があった。




「2人のその表情……。まさか……まさかだニよ? また、いつものデマじゃないだニか?」




 ヌコさんは熱に浮かされたように、フラフラとケイトさんの(そば)へと寄っていく。




「デマやないで! シャーラ公式ウェブサイトでの発表や!」




 俺も気になって、パソコンの画面を覗き込んだ。




 そこに大きく映し出されていたのは、1台のスポーツカー。




 パールホワイトのボディが(まぶ)しい。


 これが、この車のイメージカラーなんだろう。




 最新のスポーツカーらしく、曲面を多用したデザイン。


 空気抵抗(ドラッグ)は、いかにも少なそうだ。




 ドアは斜め上に跳ね上げる、シザーズ式。


 日本ではガルウイングドアという呼び方が(いっ)(ぱん)(てき)だったけど、実際にはガルウイングとシザーズは別物だ。




 吊り上がった、鋭い目つきのヘッドライト。




 抜き去っていくとき印象に残りそうな、丸目4灯のテールランプ。




 異様に低いボンネットは、コンパクトなロータリーエンジン搭載車である(あかし)




 そのボンネット前端には、長い尻尾と翼を持った猫のエンブレム。




 そうこれは、光の精霊の系譜に名を連ねるマシン。




「型式はGR-9。20年ぶりに復活する、新型の〈レオナ〉や」




 ヌコさんが喜びのあまり「FOOOOOO(フー)!!!!!」と叫ぶんじゃないかと思って、俺達3人は身構えた。


 だけどヌコさんは「FOOOOOO!!!!!」も「ニャッポリート!」も叫ばず、食い入るように画面を見つめたまま。




「……そうだニか。やっと……やっと新型が出るんだニね」




 俺達は、見くびっていた。


 ヌコさんが〈レオナ〉に――ロータリーエンジンにかける情熱を。


 ヌコさんが乗っている――そしてウチのショップのデモカーでもある先代のGR-4型〈レオナ〉が生産終了してから、20年の長い年月が流れた。


 その間も、この人は――

 ずっと〈レオナ〉を研究し、時間と愛情を(そそ)ぎ込んできたんだ。


 だから復活するという嬉しいニュースを聞いても、喜ぶよりも先に感動で胸がいっぱいになってしまったんだろう。


 よく見ると、目尻に涙も浮かんでいる。




 ヌコさん以外の俺達3人は目くばせし合い、そっと事務所から出た。


 感動しているヌコさんの、邪魔をしちゃいけないと思ったのさ。




 建物の外に出ると、今夜は月明かりが(まぶ)しかった。


 なんせこの世界(ラウネス)には、月が2つもあるからな。




 月を見上げていると、ニーサが隣で白い息を吐きながら尋ねてきた。


「ランドール。貴様はさっき私に、『スーパーカートに戻ろうと思わないのか?』と、聞いてきたな。そういう貴様は、どうするつもりなのだ?」


「俺は……このショップから、〈レオナ〉で、ヌコさんと(いっ)(しょ)にレースに出たい」


 マリーさんは、もうしばらく時間がかかりそうだしな。


 それまでは、ヌコさんと組みたい。




「ワガママな奴め。そんなことでは、いつまでたってもシートは得られないぞ? それにヌコさん自身が、レースは嫌だと言っているのに……」


 言葉は否定的だけど、ニーサは面白そうに笑っていた。




「説得してみせるさ。ニーサだって、俺と同じことを考えているんだろ?」


「まあな」


 そう言って、俺と同じように月を見上げる。




「ドライバー達だけで、盛り上がるのはずるいで。ウチも混ぜてもらわんと。新型〈レオナ〉の画像を見て、もうインスピレーションが大噴火や。TPC耐久の車両規則(レギュレーション)に合わせた空力部品(エアロ)……いけるで!」


「ケイトさん、就職活動はいいの?」


「ええねん! 就職なんてせえへんでも! 実は旧型〈レオナ〉用のエアロ販売で、けっこう稼がせてもろうとる。新型のエアロも商品化して、儲けさせてもらうで」


 ついに(いっ)(ぱん)企業への就職を、完全に諦めちゃった。


 でも、こっちの(ほう)がケイトさんらしいかもな。


 データエンジニアと空力エンジニア、戦略担当(ストラテジスト)はケイトさんで決まりだ。


 ジョージも呼びたいところだけど、「シルバードリル」でポール達のマシンを見るのに忙しいだろうからなぁ――




「やるぞ。明日からじっくりと、ヌコさんを説得する」


 俺の言葉に、ニーサもケイトさんも大きく(うなず)く。




「まずはヌコさんに、新型〈レオナ〉を購入してもらわないとあかんな。ショップのデモカーにするにしても競技車両ベースにするにしても、研究しないことには始まらんで」


「大きな出費ではありますけど、今のお店の経営状況なら出せなくはありませんよ」


 ニーサはお店の経営状況を、完全に把握してるみたいだからな。


 コイツがそう言うんなら、本当に出せるんだろう。




 少しずつ、パズルのピースが組み合わさってゆく。




 月の背後に、サーキットを駆ける新型〈レオナ〉の幻影を見た気がした。




 待っていろよ、TPC耐久選手権(シリーズ)


 レイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉も、ヤマモト〈ベルアドネ〉も、ヴァイキー〈スティールトーメンター〉も、みんなまとめてぶっちぎってやる。


 


 俺達の〈レオナ〉でな!






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□■□■□■□■

■□■□■□■□

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 俺達は、見くびっていた。


 ヌコさんが〈レオナ〉に――ロータリーエンジンにかける情熱を。






 そして経営者にあるまじき、経済観念の無さを。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] >「何が邪魔になるんだ?」 詳しく! 新型レオナ!! 熱くなって来ましたね。あとはヌコさんを説得するだけですね〜。ケイトもいるし。 とりあえず、次に何が起こるんでしょうかねぇ〜? 楽しみ…
[一言] 小暮先輩「……20年間も待たせやがって……」
[一言] ヌコさんに「ロータリーバカ一代」の二つ名を贈りたいです。 今でもこういうおぢさんいます。 「お金を手元にあるだけ使っちゃうんだよ」とそこんちの奥さんがいつも嘆いてます。
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