ターン104 全世界のおっさんに謝れ
改造ショップ「デルタエクストリーム」は、本日定休日。
シンと静まり返った事務所の中で、3人の人物が顔を突き合わせていた。
ひとりは俺、ランドール・クロウリィ。
もうひとりは、このショップのオーナー。
キジトラ猫耳と尻尾を生やした、獣人とっつぁん坊や。
見た目は子供、中身はオッサン。
ヌコ・ベッテンコート氏38歳。
そして、さらにもうひとり。
俺と向かい合って、テーブルに着いている人物が問題だ。
ニーサ・シルヴィア。
俺からレイヴンワークスのシートを奪った、憎きドライバー。
畜生。
この竜人族、今日も無駄にキラキラしてやがる。
俺よりは色素薄めの金髪と、トカゲっぽい黄金の尻尾が眩しくて目障りだ。
「ヌコさん、来るのは『息子さん』だって聞いていたんだけど?」
俺はテーブルに肘をつきながら、めいっぱい非難を込めた視線でヌコさんを睨んだ。
「お……おかしいだニね? 同居人になるのは男だって、ちゃんとヴァリエッタに説明しただニよ? そしたら『問題無い』って言われたから、てっきり男の子が来るもんだと……」
「犯人は、お母様か……」
ニーサは溜息をついてから、諦めた口調で頭を振った。
「お前のお母さん、なに考えてるんだ?」
「ふん。こっちが聞きたいな」
娘が分からないのに、赤の他人である俺が分かるわけないだろ!?
「とにかく、俺とルームシェアって話は無しだ。未婚の男女が、一緒の部屋に住むわけにはいかないだろ?」
「当然だ!」
「でもだ二よ……。そしたらニーサは、どこに住むつもりなんだニ?」
ヌコさんの問いに、ニーサは返事をしない。
難しい顔をして、黙り込んでしまった。
「ニーサ・シルヴィア選手は、天下のワークスドライバー様だろう? 契約金で、どこか別のアパートを借りたらどうさ? そもそもなんで、この店で働く必要があるんだ?」
「……もう、ワークスドライバーじゃない」
「……は?」
「パーティの席でセクハラしてきたレイヴン社の偉い奴をぶん殴って、そのまま辞めた。違約金を払ったから、契約金は残っていない……」
なんと気が短い。
いや。
さすがに相手がクソむかつくニーサでも、セクハラされて我慢しろなんて言っちゃダメだよな。
ぶん殴ったのは、どうかと思うけど。
「ならさ……。俺とヌコさんが一緒の部屋に住んで、ニーサが俺の部屋に入るっていうのは……」
「無理だニ。おいちゃんの部屋は車のパーツとかで埋まってて、とても2人で生活できるスペースは無いだニ」
ちゃんと片付けといてくれよ!
何か――
何かいい方法は無いのか?
俺が考え込んでいると、ニーサは脇に置いていたバッグを掴んで立ち上がった。
「どこへ行くんだよ?」
「まだ、決めてはいない。だが、これ以上ここにいても仕方ないだろう? どこか、住める場所を探すさ」
そう言ってお店の出口へと歩き出したニーサを、ヌコさんが止めた。
「待つだニ。……ランディ。どうしてもニーサとは、一緒に住めないだニか?」
「無理無理無理無理」
「無理が多いだニね。ルームメイト候補が、いなくなってもいいんだニか? 昨夜はひとりが寂しくて、眠れなかったんだニ?」
「なんでヌコさんが、それを知ってるんだよ!?」
「ず……図星だっただニか……」
はっ!
しまった!
今のはカマかけというか、冗談だったのか!?
プッ! という、失笑の音が聞こえた。
見ればニーサが俺に、生暖かい視線を向けてきている。
「なんだ、ランドール・クロウリィ。貴様、ホームシックなのか? 心細くて、ひとりでは眠れないと? なんならお姉さんが、隣で寝てやろうか?」
小馬鹿にしたような笑顔に、俺の我慢はあっさりトラックリミットを超えた。
「なにがお姉さんだよ! 同い年だろ? 俺は誕生日4月だから、俺の方がお兄さんだ!」
「はっ! 私と1ケ月しか違わないではないか! それぐらいで年上ぶるな! 1人で眠れるようになってから言え!」
「眠れるさ!」
「どうだか? 今夜も寂しくて、布団の中でメソメソ泣くのだろう?」
「誰が泣くか!」
「あ~。それならニーサ、監視してみたらどうだ二か? 今夜はランディが、ちゃんと泣かずに眠れるかどうか」
「いいでしょう。動画で撮影してやります」
「望むところだ! しっかり録画しとけよ!」
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俺とニーサはアパートの部屋に入り、途方に暮れていた。
「……なあ、ニーサ」
「なんだ? 気安く呼ぶな」
「どうしてこうなった?」
売り言葉に買い言葉。
言い争っているうちにいつの間にか、ニーサが今夜ここに泊ると確定してしまった。
「貴様が愚かにも、ヌコさんの口車に乗るからだ」
「人のこと言えるかよ!」
くそ~。
ニーサをここに置けば、ヌコさんはヴァリエッタさんからお金がもらえるそうだからな。
奴は俺の敵だったか――
「言っておくが、変な真似をしたら殺すぞ?」
「俺にだって、相手を選ぶ権利ぐらいある」
そうさ。
俺の好みは、こんなタイプじゃない。
もっと、戦女神リースディース様みたいな――
あれ?
よく見るとこいつ、リースディース様に似てない?
なのにムカムカするのは、なんでなんだ?
「いやらしい視線を向けるな! 変態!」
「そういうのを、自意識過剰っていうんだよ!」
あーもう、腹立つ!
腹を立てたら、減ってきた。
そういえば、そろそろ昼飯時だな。
「ニーサ、ジャンケンをしよう」
「なんだと? ……まあいい。どんな勝負でも、貴様になど負けん」
この世界のジャンケンは、日本のものとほぼ同じだ。
若干、チョキの形が違うけど。
「よーし! いくぞ! ニーサ!」
13回連続あいこという激闘の末、俺が勝った。
「それじゃ昼御飯は、ニーサの担当な。食材は冷蔵庫の中に色々あるから、好きに使うといい。調味料は、その棚の中だ」
「なに? 待て! 私に、料理をしろというのか!?」
「なんだよ? まさか、料理できないの?」
「悪いか?」
両腕を組み、威風堂々とした態度で、ニーサは自慢にならないことを自慢げに言ってくれる。
「はぁ~っ、仕方ないな。なら食事は、俺が作る。他の家事はできるの? 掃除とか、洗濯とか」
「それは、貴様の教え方次第だな」
「できないのかよ!? そして教わるのに、なんでそんなに偉そうなんだ!?」
こんな奴に、丁寧な教え方をしてやる必要はないな。
勝手に見て憶えろ。
見えるもんならな。
俺はレースの予選でタイムアタックをする時みたいに、神経を研ぎ澄ます。
そして一切の無駄がない、ハイスピード調理を披露した。
どうだ?
スピードだけなら、シャーロット母さんにも匹敵するんだぞ?
「ふん。まあまあの動きだな」
――もうコイツ、昼飯抜きにしてやろうか?
だけどまあ、料理を覚えるつもりはあるみたいだな。
俺の動きを、細かいところまで観察している。
時々質問までしてきた。
一応、きちんと答えてやる。
――やっぱり、丁寧に教えてやろう。
ニーサが家事を覚えられるかどうかで、俺の負担が全然違ってくるからな。
――ん?
いつの間にか、コイツがずっと住み着く前提で考えている。
いやいや。
そのうちに、出ていけよな?
そう願いを込めながら、ベーコンと玉ねぎ入りのとろふわオムレツを差し出してやった。
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昼食後――
俺はニーサの買い物に、付き合わされる羽目になった。
俺と自分の生活スペースを区切る、カーテンが欲しいそうだ。
ニーサはガッデス市民のくせに、この辺りのお店を全然知らないらしい。
俺だって、地元じゃないんだけどな。
そんなに詳しいわけじゃないけど、住み始める前から自転車でちょくちょく通っている。
ニーサよりはこの辺の土地勘あるから、しょうがない。
攻撃的なデザインのオープン2人乗りスポーツカーに乗り、俺達はビルの立ち並ぶ市街地の道路を走る。
運転手は、車の持ち主であるニーサだ。
もう11月だから、外気はそれなりに冷たい。
なのに屋根を、オープンにして走っていた。
俺も前世では、オープンカーに乗っていたから分かる。
案外風は巻き込んでこないから、そんなに寒くないんだ。
「へえ。お金が無いっていうわりには、いい車に乗っているじゃないか。レイヴンの〈フェン〉とはね」
「これはワークスドライバーになった時、レイヴン社から貸与されたもの。だから税金や保険料以外、お金はかかっていない」
「それって、返却しなくていいのか?」
「返せとは、まだ言われていないからな。セクハラの件を大っぴらにしないための、口止め料のつもりかもしれん」
なるほどね。
それなら、貰っといてもいいかも?
それにしても最近、レイヴン社に悪いイメージを持つ出来事ばっかりだな。
所属しているブレイズの親父さん、アクセル・ルーレイロも泣くぞ?
俺の憧れのメーカーなんだから、もうちょっとしっかりしていて欲しい。
まったく――
基礎学校生に、お偉いさんがセクハラなんて――ん?
「そういえばニーサはまだ、基礎学校10年生だろ? 学校は、どうするんだ?」
「今年の4月に、早期卒業したぞ。貴様もそうなんだろう?」
「ま……まあな。ニーサはひょっとして、転生者だったりするのか?」
「いや。私は国から、転生者認定は受けていない」
うっ、ちょっと敗北感。
人生2周目の俺より先に、基礎学校を卒業するなんて――
「転生者認定は受けていない……が……。ランドール。私に少しだけ、前世の記憶があると言ったら信じるか? それも、地球以外の世界から来たという記憶だ」
「なっ……! そんなの、聞いたことないぞ?」
現在この世界で確認されている転生者は、1人の例外もなく地球からの転生者だ。
ここと地球以外にも、まだ世界があるというのか?
「どんな世界だよ?」
「そうだな……。あの世界には、魔法があった。何もない空間に氷の塊を呼びだしたり、不思議な力で怪我人を癒したりできた。あと、魔物もいたな。異形の怪物達だ」
そいつはまた、ファンタジックな世界だな。
もっともこの世界にも、地球では怪物扱いのドラゴンが生息していたりする。
魔物とやらも、動物と大差ないのかもしれない。
ニーサの話から俺がイメージしたのは、中世から近世のヨーロッパっぽい世界観だ。
ファンタジー小説や漫画、ゲームなんかでよくあるやつ。
だけど、ニーサが次に語った内容は――
「それと、ロボだな。全高8mぐらいの人型ロボット兵器があって、私もそれに乗っていたような気がする。あとは、魔法仕掛けのレーシングカーがあったりとか……」
「なんだそれ? 世界観めちゃくちゃだろ。テレビアニメの見過ぎじゃないのか? ウチの妹が、こないだそういうアニメを見ていたぞ? 【解放のゴーレム使い】とかいうタイトルのやつ」
「ふっ。やはり貴様も、そういう反応なのだな……。まあ前世の記憶といっても、地球からの転生者達みたいにハッキリとした記憶があるわけではない。曖昧で、断片的なものだ」
荒唐無稽な話……と、断じるのは簡単だ。
だけど俺には、ニーサが嘘や妄想を吐き出しているようには思えなかった。
「まあ、そういう世界だってあるのかもな」
運転中だから顔は正面に向けたままだったけど、ニーサは意外そうな表情をした。
「信じるのか? おめでたい頭の奴だな」
「俺だって地球からの転生者なのに、レナード神に会ったことがないっていう変わり者だ。何事にも、イレギュラーはつきものだろう? 別の異世界から来た奴がいたって、不思議じゃない」
「……そうか」
いつもは引き締まった、鋭い表情をしているニーサ。
だけど今は少しホッとしたような、年相応の柔らかい笑顔を見せていた。
――なんだよ。
少しは可愛げがあるじゃないか。
「……む? ランドール。貴様いま、地球からの転生者と言ったな? 初耳だぞ?」
「あれ? そうだっけ?」
「つまり中身はもっと、年齢がいっているんだな?」
「ああ。前世と通算するなら、38だな」
「中身はおっさんのクセに16歳の私と同棲したり、エルフの少女とイチャイチャしたり、銀髪縦ロールの少女やケイトさんと楽し気に話したりしているのか……。おぞましい」
「同棲って言うな! ルームシェアだルームシェア! なんでルディのこと知ってるんだよ? それに楽しく話すのは、おっさんでも問題ないだろう? 全世界のおっさんに謝れ」
ちょっとでも可愛げがあると思った、俺がバカだったよ!
バカな俺と可愛くないニーサを乗せて、レイヴン〈フェン〉はガッデス市の幹線道路を走り続けた。
え? 世界観めちゃくちゃ?
ニーサ・シルヴィアがかつて過ごした世界が気になる方は、下記のリンクから「解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~」へ↓↓↓