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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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ターン100 オプティマスフライングラップ

 月曜日(ルナル)




 今日は男の()メイド喫茶、リンの森(リンズフォレスト)でのアルバイトも入っていない。


 なので俺は学校が終わった後、自転車でそのまま出かけることにした。


 目的地はヌコ・ベッテンコートさんが経営する改造(チューニング)(カー)ショップ、「デルタエクストリーム」。


 最近俺は、登校にスクールバスではなく自転車を使っている。


 その(ほう)が、自由が利くからね。

 

 俺の体力なら、行動範囲はオートバイ並みだ。


 自転車だと、妹のヴィオレッタと(いっ)(しょ)に登下校できないのがちょっと寂しいけど。




 「デルタエクストリーム」の店舗は、俺の住むメターリカ市のお隣ガッデス市にあった。


 隣の市ぐらい、どうってことはない。


 距離はせいぜい、50kmぐらいしか離れていないからな。


 自転車なら楽勝、楽勝。


 到着するのは日が暮れる頃になるけど、ヌコさんに連絡したら来てもいいって言ってくれた。




「ランドール、よく来てくれただニ」




 作業着姿のヌコさんは、笑顔で俺を出迎えてくれた。


 相変わらずちっこい。


 お店に1人でいたら、子供が店番をしているようにしか見えない。


 他に、従業員はいないの?




 ちっこいヌコ社長に対して、お店は想像していたよりも大きかった。


 ガラス張りの事務所と、その隣に3つ並んだシャッター。


 それぞれ中に整備用のピットや、リフトがあるんだろう。


 建物の2階は、アパートになっているみたいだな。


 改造(チューニング)ショップの2階になんか住んでて、うるさくはないんだろうか?


 整備の音や車のエンジン音が、けっこうするはずだ。


 3つのうち真ん中のシャッターには、しっぽが長くて翼が生えた猫のシルエットが(えが)かれていた。


 見ていると、なんだか(なつ)かしい気分が湧いてくる。


 この猫は、いったい?




「その猫の絵は、〈レオナ〉のエンブレムだニ。おとぎ話に出てくる、光の精霊だニよ」




 

 俺は店の片隅に駐車してある、ヌコさんの愛車に視線を向ける。


 なるほど。

 赤い〈レオナ〉のボンネットを見れば、確かに同じエンブレムがあった。


 猫耳獣人のヌコさんと、何か関係がある絵なのかと思っちゃったよ。




「ランディ。おみゃーに見せたいマシンがあるだ二」


 ヌコさんはそう言いながら、猫の絵が(えが)かれたシャッターを開ける。


 もちろん開閉は、電動式だ。


 ヌコさんの身長だと、上まで押し上げられないからね。


 ――壊れた時は、どうするんだろ?




 工場内には、様々な工具や部品が並べられていた。


 ウチの実家クロウリィ・モータースと、雰囲気が似ている。


 設備や工具、置いてある部品はさほど変わらない。


 あっ。

 でも馬力や燃費を測定するシャーシダイナモは、ウチの工場に無いな。


 さらに見渡すと作業台の上に、見慣れない部品を発見した。




「ヌコさん。これってなんです?」


 俺が指差したのは、金属製の枠。


 形は(まゆ)型をしていた。




「おみゃー本当に、ロータリーエンジン知らないだニね。それはローターハウジングっていうだ二。ほれ。棚の上にある、あの模型を見るだ二」


 指差された先を見れば、電動で動く模型があった。


 ローターハウジングの中で、おむすびのような部品が偏心しながらクルクル回っている。




「あ~。そういえばこういうエンジン、何か自動車工学の本で見た気がする」


「地球のル・マン24時間とかいう、でっかいレースでも勝っているエンジンだそうだ二よ?」


 ル・マン24時間は、フォーミュラしか興味なかった俺でも知っているビッグレース。


 F1のモナコGP(グランプリ)、アメリカのインディ500と並んで、「世界3大レース」と呼ばれているんだ。




「今から30年前。そんなロータリーエンジンを積んで『ユグドラシル24時間』を制したのが、この〈レオナ〉だ二!」


 ヌコさんがぽんぽんとボンネットを叩いて見せる〈レオナ〉は、先程工場の外に停まっていた赤い個体とは別物。


 ボディはブルーメタリックに塗装されている。


 リヤには巨大なスポイラー。


 フロントやサイドにも、周囲を威嚇するようなゴツい空力(エアロ)部品(パーツ)が装着されている。


 オーバーフェンダーによって、車体の全幅(トレッド)は広げられていた。


 それに収まるタイヤも太い。


 エアロのデザインが、少々暴走族っぽいのが気になるな。




「この青い〈レオナ〉、サーキット専用ですか?」


(いち)(おう)、ナンバープレートはついてるだ二。車検対応の車しか出場できないイベントに、参加するための車だ二」


 地球の日本国と同じく、このマリーノ国でも公道を走るための車検が存在する。


 だけど日本のものと比べると格段に規制が緩く、過激な改造車も数多く走っているんだ。




「走り屋向け改造(チューニング)(カー)雑誌『オプティマス』が主催するタイムアタックイベントが、再来週にメイデンスピードウェイであるだニ」




 ほ~う。

 メイデンスピードウェイといえば、俺の住むメターリカ市にある。


 スーパーカート時代に所属していた、「シルバードリル」の本拠地(ホームコース)


 路面のヒビ割れひとつまで把握している、俺の庭と言っても過言じゃないサーキットだ。




「そ・こ・で・だニ。ランドール。おみゃーこの〈レオナ〉で、そのイベントに出場してみないだニか?」


「ふむ。そうですね……」




 俺は(あご)に手を当て、考える――




 ――フリをしていた。




 答えは、迷うことなくイエスだ。


 だけどすぐに飛びついて、軽く見られたくはない。


 シート喪失中とはいえ、俺は国内スーパーカートの年間(シリーズ)王者(チャンピオン)だからな。


 ドライバーとしての市場価値を下げないために、余裕のあるところを見せとかないと。




「その顔は、決定だニね。よろしく頼むだニよ」




 あらら。

 また、表情に出てたよ。


 俺って交渉事には、向いてないよね。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






 2週間後の日曜日(リースディース)


 俺は、メイデンスピードウェイのピットを訪れていた。




「ヌコさん、おはようございます」


「おおランディ、おはようだニ。そのレーシングスーツは、新品だニか?」


「ええ。この青い〈レオナ〉に、合わせようと思いまして」




 実は俺、今までカート用のスーツしか持っていなかった。


 市販車ベースのツーリングカーや地球のフォーミュラカーは、カート用よりも耐火性が重視されたスーツを使う。


 こっちの世界でも、それは同じ。


 なのでこの2週間で、急いでスーツを注文したんだ。


 本当は白が1番好きな色なんだけど、今回乗る〈レオナ〉に合わせて青色のスーツにしてみた。


 レーシングスーツって、高いからね。


 バイト代が、吹っ飛んだよ。

 とほほ――




「今回のイベントの流れについては、こないだ説明した通りだニ」


「ええ、しっかり把握していますよ」




 この「オプティマスフライングラップ」というイベントは、公道を走れる改造(チューニング)(カー)でサーキット1周のタイムを競い合う。


 午前中に1時間のフリー走行が許可されていて、その間にセッティングを煮詰めていく。


 午後からは15分ずつ、3セッションに分けてのタイムアタック。


 そこで上位のタイムを記録すれば、改造(チューニング)(カー)雑誌「オプティマス」にショップの名前と車の写真がデカデカと載るんだ。


 このオプティマスって雑誌は、全国で圧倒的な販売部数を誇るからな。


 大々的に、宣伝できるっていう寸法さ。


 宣伝効果はかなり高いから、各ショップはお金と手間を惜しまず()ぎ込んだデモカーを参戦させてくる。


 有名どころになると、プロドライバーを雇って乗せているショップまである。




 ――いいね!


 俺の名前を売るには、絶好のイベントだ。


 ここで良いタイムを記録できれば、チューンド()プロダクション()カー()耐久選手権(シリーズ)に参戦しているチームへのアピール材料になる。


 それと宣伝に貢献して『デルタエクストリーム』のお客さんが増えれば、資金に余裕のできたヌコさんはレースへの復帰を計画するかもしれない。




「まーた何か、悪いことを企んでいるだニね?」


「いやいや、いいことを考えているんですよ。ヌコさんや、お店にとってもね」




 ヌコさんは、なかなか鋭い人だな。


 車をいじる人は、こうでないといけないのかも。


 レーシングメカニックのジョージも、俺の考えていることが手に取るように分かるみたいだしな。




 決して俺が、分かりやす過ぎる奴だというだけではないはずだ。




 ヌコさんと会話しているうちに、周りのピットでマシンに火が入った。


 どのショップのデモカーも公道車検対応のマフラーだから、レーシングカーほどの音量はない。


 それでも車体の大きさもエンジン排気量も、今まで乗ってきたカートとは桁違いだからな。


 迫力は、比べ物にならない。


 エンジンの形式は、多種多様。


 自然吸気(NA)


 ターボ。


 直列4気筒にV型6気筒。


 V12エンジンのスーパーカーを持ち込んでいるショップもある。


 バリエーション豊かなサウンドが、山間部に鳴り響いていた。


 カートだとエンジンはみんな同じ排気量・気筒数だから、音もほとんど同じだもんな。


 こういう個性豊かな大合唱も、悪くないもんだ。



 

 もうすぐコースオープンの時間。


 気の早いドライバー達は、もうマシンをピットから出していた。


 ナンバープレート付きの市販車でも、ショップの看板であるデモカーはド派手にカラーリングされたものが多い。


 パーツメーカーのロゴや、スポンサーらしき企業のロゴが入っている車まである。


 これじゃ、レーシングカーとあまり変わらないな。


 


 出口にある赤信号(レッドシグナル)(グリーン)にならないと、コースインはできない。


 それでも多くのマシンがピットレーン出口で停車し、1列になってコースオープンの時間を待ちわびていた。


 走行可能な時間を、1秒でも無駄にしてたまるかと考えているんだろうな。


 ドライバー達は青信号(グリーンシグナル)の瞬間を待ち望みながら、ピットロード出口で「待て」をしているコース係員(マーシャル)さんを(にら)みつけていた。




「よし! ヌコさん! ウチもそろそろ、〈レオナ〉の暖機運転を始めましょう!」




 時間を無駄にできないのは、ウチのショップだって同じだ。


 1時間の走行枠。

 その中で、どれだけ車を仕上げられるのか――




 俺が運転席のドアを開け、ハンドルの右下にあるキーを(ひね)ろうとした時――




「ランディ! 待つんだニ!」




 ヌコさんが、鋭い声で俺を静止する。




「え? なぜです? そろそろ暖気をしないと、コースオープンと同時に走り始められませんよ?」


「路面が出来上がる、フリー走行時間後半に出て行くだニ」




 ヌコさんの言わんとしていることは、分からなくもない。


 (あと)から出ていった(ほう)最速走行(レコード)ラインの(ほこり)は払われて綺麗になるし、タイヤのゴム(ラバー)が乗って食い付きが良くなる。


 当然、速く走れるんだけど――




「なに言ってるんですか? まだ車のセッティングは、全然決まっていないでしょう? タイムアタックに入る以前の段階だ。少しでも多く走って、データを集めないと……」




 それに俺が、この車に全然慣れていないのもある。


 このフリー走行セッションでは、走れるだけ走り込むのが正解なはずだ。




「ランディ……。言いにくいんだニが……」




 深刻な表情で俺を見つめるヌコさんには、えも言われぬ迫力があった。


 見た目はチビっ子でも、さすがは38歳。


 長く、車業界で生きてきた人ならではの貫禄だ。


 ヌコさんから見れば、俺は何か判断ミスを犯しているのか?


 ゴクリと唾を飲み込んだ時、衝撃の言葉が浴びせられた。






「燃料とタイヤが、あんまり無いだニよ」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりです、こんにちは! あらためて、完結おめでとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎) 最終話まで我慢できなくて、先に書き込みに来てしまいました。 常に車の音や風のうなりが聞こえてくるようで、…
2021/04/24 17:59 退会済み
管理
[一言] 燃料とタイヤが潤沢にないのも、まぁ、仕方ないことですね。 でも、ランディはこんな苦境は当たり前ですよねー。いつものことっす。初のレース!!
[一言] それもまた一つの現実……ですね。
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