走り屋の世界はマネーゲームだということ。
私は沢山の走り屋を見てきた。
全てをその車に捧げる為に生きた人間。
自己資金がなく、それなりの車で走り込んで終わる人間。
結局、この世界は自己満足の世界なのだ。
いくら金を注ぎ込んで、化け物の様な車に仕上げて峠で最速になろうとサーキットで好タイムを叩き出そうと結局、車を手放したら終わりなのだ。
結局、勝者のいない世界だということだ。
誰かが資金が尽きて手放し、また他の誰かが車を手に入れて乗って手放す。
結局、いくら車を愛そうと返ってくるのは僅かな紙幣と虚無感、敗北と現実しか残らないのだ。
私の友人は32GT-Rに乗っていた。
彼は父親の事業を引き継ぎ、フルローンで購入した。
資金の余裕はないとはいえ、GT-Rをチューニングしていっていた。
しかし…父親の事業が失敗し、自己破産。
独立目前だった友人に影響はなかったが、家族の為に15年もの間、愛したBNR32を手放した。
父親の自己破産や、生活の為、15年もの歳月をかけたGT-Rを400万で手放した。
「家族をずっと苦しめてまでGT-Rを持つ事なんか俺には無理だよ」
彼は力なく笑いながら、自分の愛したGT-Rを手放した。
それから数ヶ月後…彼は自殺した。
家族の窮地を救った彼が感染症による事業悪化によって自殺した
家族、友人である私達に何も相談さえせず 軽自動車の中で練炭自殺した。
走り屋の世界から互いに離れていたが、つい最近までずっと連絡しあっていた間柄だった。
1月18日。私はこの日をきっかけに車に愛情をかける事をやめると決めた。
落ち着いた今でも私は国が事業者を見殺しにしたと思っている。
私とかなり歳の離れていたが、最高の友人だった。車の知識も、人への気遣いも全てができる人だった。自分が大変な状況だろうと人の為に動くような人だった。
私が生きてきた中で、あれほど素晴らしい人間はこの世の中では他にいないだろう。
未だに私の中で彼は生きている。私はそう信じている。




