6 異国の人①
「まあ、今回はねえさまも行けるのね。ねえさまはいつもひとりでお家に残ってしまうのだもの」
「アリラハの王女が同じ年頃の令嬢を話し相手に所望しているということだからね。……リリーも歳は近いけど、沢山話すと直ぐに疲れてしまうだろう?」
「でも、わたくしも王女とおともだちになりたいですわ」
むう、と頬を膨らませてリリーが言う。
「もちろんリリーのことを誰よりも先に紹介するよ。王女も高位の魔法使いだから、リリーときっと話が合うよ」
整った顔立ちに甘い笑みを乗せて殿下は返した。
「3日後、王宮で執り行う。お前の支度は全てこちらで用意させるが、そのような醜態を晒すのは即ち我がエデローラの恥だ。心せよ」
「……はい、殿下」
いつの間にかに側近たちが人払いをしていたようで、辺りに人はいなくなっていた。殿下はリリーの背中に手を置き、テラスの方へと向かっていく。
制服にじっとりと染みた紅茶が冷えていた。
*
アリラハから王子と王女がこの国に来る、と分かってから数日、学園も王都も活気づいていた。
国の規模はエデローラと大きく変わらないものの、その絶大な富と豊富な魔力はエデローラのそれを軽く凌駕している。
アリラハの王族は、国内の自然を残すために、あえてその財を投資して国力を今以上に上げようとしない、とも言われているのだ。そのぐらい豊かな国で、その上交流の途絶えた異文化の国。
そのような国から100年以上ぶりに王子と王女が来るということで、実際に学友となる生徒たちが色めき立つのは当然かもしれない。
今回、エデローラに留学されるのは、アリラハの第一王子と第一王女。
ラシュナリ=サイ=アリラハ王子は私や殿下と同じ2年生、マーリャ=ウィナ=アリラハ王女はリリーと同じ1年生となる。
同じ国力の同じ第一王子という立場にあるけれど、殿下は迎える側で、アリラハの王子と王女は客人なのだ。歓迎のパーティまでの短い間、殿下は忙しく過ごされていた。
エルルーナ家にも、私が殿下の婚約者としてパーティに参加する事が通達され、「決して恥をかかないようにすること」という手紙が届いた。5属性の家として両親もリリーも参列するけれど、私は殿下の婚約者として王家側の席に座る。
「アーリア様が羨ましいですわ。私もパーティに行きたいです」
「私もです。ラシュナリ王子とお話出来るかもしれませんもの。この国からラシュナリ王子の花嫁を選んで、エデローラとアリラハの国交を復活させるために今回の留学を決められたという噂もあるでしょう。王子に見初められればアリラハの王妃になる事だって……」
「アリラハの王族の属性は炎と風。『水』のウェルシュタインの血は絶対に歓迎されますわ」
「まあ、およしなさい。軽率な発言は無礼にあたりますわよ。━━まあ、同じ『炎』と『風』の家は優先度は低いでしょうし、『雷』の家には令嬢はいらっしゃらない、『闇』の家は━━リリー様を他国に渡す事を殿下がお許しにならないでしょうし。第一候補がウェルシュタイン家になるのは当然の事かもしれませんけれど」
それはそうと、と続けた。
「王家側で接される方の程度によっては、エデローラの品格のレベルを疑われる事になってしまいそうで私心配ですわ。ねえ、エマ様」
ぷっくりとした唇の端を上げて、アーリア様が笑いかける。
「勘違いをしないでくださいましね?決して今回のパーティの参列者について、王家がお選びになった方を批判しているわけではないのですのよ。お人とお話されるのが随分と苦手そうな方がいらっしゃるから、私心配になってしまいましたの。
エマ様は、もし王子や王女にお話を振られたら、リリー様をすぐに紹介されれば宜しいかと思いますわよ。貴女様は殿下の婚約者でいらっしゃるのだから、あちらも声を掛けない訳にはいかないでしょうから。それか、私を呼んで頂いても結構ですのよ」
それが良いですわね、なんてアーリア様達は盛り上がっている。1年生の頃からウェルシュタインの方々から笑われていた事はあったけれど、ここしばらくで特に増えた、気がする。
「……お心遣い、ありがとうございます」
「よろしくてよ。……あら」
どん、と体の中心が震えるほどの響きが伝わり、壁やテーブルに手を置かなければ立っていられない揺れがやってきた。学園の裏手、「試練の森」に無数の漆黒が落ちていくのが窓の向こうに見える。
闇の上級魔法、星落とし。闇魔法の中でトップレベルの攻撃魔法だ。
「1年生のクラス分けの時間ですわね。流石の威力でいらっしゃるわ、リリー様」
*
王宮内、光輝の間にて、アリラハの王族を歓迎するパーティが開催される事となっている。講義が終わった後、王宮から迎えが来て私も支度に入った。
王宮侍女に黙々と支度を続けられ、ダークブルーのドレスを身に纏った。アクセサリーも、王宮が用意した最上級の職人によるものだ。殿下が支度をされているところとは完全に切り離された別棟で支度を終え、光輝の間に向かうようにと言われた。
慣れない高いヒールで長い廊下を歩いていると、誰かの視線を感じた。はっと振り返ったけれど、長くまっすぐ伸びた廊下には人ひとりいない。
「気のせい、かしら……?」
ぽつんと落とした言葉は、薄暗い闇の中に消えた。もう一度振り返ったけれど、やっぱりそこには誰もいなくて。私はそのまま急ぎ足で進んで、王宮の最上階にある光輝の間へと向かった。
光輝の間の壁には宝石が埋め込まれ、天井には星の光を集めるように光魔法が施されている。広間全体がきらきらと輝く幻想的な造りとなっているそこは、王宮の中にある多数の広間の中でも、最上級の客人を迎える為の広間。私も足を踏み入れた事は無い。
王宮専属楽団がゆっくりとした音楽を奏で、広間の準備はすでに終わっていた。
「随分と支度に時間をかけたようだな」
金の刺繍が入った礼服を着て髪を上げた殿下は、光輝の間に相応しい輝きを纏っていた。星の光を受けて、くっきりとした鼻筋を強調している。とてもとても━━美しかった。
「申し訳ございません」
「……父と母が広間に入った後、すぐにラシュナリ王子とマーリャ王女が入られる。不用意な行動はするな」
「……心得て、おります」
殿下のお言葉通り、国王陛下と王妃殿下か広間に入られた。手を一つ叩き、星瞬の輝きで自身に光を身に付けた国王殿下は、
「我がエデローラとは100余年の再会となる、アリラハの友が入られる。皆、大きな歓迎を以って迎えよう」
広間の扉を指し示すと、一陣の風が吹いた。
エデローラの光魔法で作り上げた星の瞬きの中に、炎の紅い花が咲いた。ひとつ、ふたつみっつと花が増え、一段と大きな花が咲いたその中から、1人の青年が現れた。
彼がアリラハの王子、ラシュナリ殿下だろう。
浅黒い肌に、切れ長の赤い瞳。エデローラでは見られない色だ。黒のゆったりとした服と、赤みがかった茶髪を風に靡かせたラシュナリ王子が広間中をぐるりと眺めた。
一時だけ、目が合った気がした。目を細めて微笑みかけられ、私は静かに頭を下げる。
「初めまして、エデローラの方々。此度は急な申し入れにも関わらず、このような盛大な歓迎を頂き大変に嬉しく思います。私、アリラハの第一王位継承者、ラシュナリ=サイ=アリラハ。それから━━」
一層大きな風が吹き、宙から一人の少女が降り立った。風魔法の中で最高難度と言われる飛行魔法だ。
「マーリャ=ウィナ=アリラハと申します」
ラシュナリ殿下と同じ褐色の肌と赤の瞳に、ミルクティーのような優しいブラウンの髪を複雑に編み上げたマーリャ王女が優雅に広間に降り立った。
風と炎魔法を組み合わせた高度な魔法に、広間はしんと静まり返った。やがて、手を叩いた国王陛下が立ち上がった。
「ようこそ、エデローラへ。流石の腕前でいらっしゃるな。さあ、まずはエデローラの酒と食事で長旅を疲れを癒すと良いだろう。さあ、皆の者。━━アリラハの友に」
エデローラの特産である赤ワインと共に宴は始まった。
わっと歓声が起こった。




