2 『闇』の家
エデローラ王国には、ある大きなしきたりがある。
それは、王の花嫁は、『炎』『水』『風』『雷』そして『闇』の属性の魔法を扱う家から順に嫁がせる、というものだ。
そして、その5属性の家から順に王家に娘を嫁がせることで、常に王家は強い『光』の子を授かることが出来る、と言われているのだ。そして実際、建国から何百年と経った今でも、王家に誕生する御子はみな揃って強力な光属性の魔法を扱うことが出来、その事実が途切れたことは一度たりともない。
国内にはそれぞれの属性を司る魔法の名家がそれぞれ一つずつ存在し、例えば『水』はウェルシュタイン侯爵家、『風』はベルラーシ侯爵家。そして、私のエルルーナ侯爵家は『闇』の家柄だ。エルルーナ侯爵家の直系は、闇属性の魔法をこの国の誰よりも得意に扱うことが出来る、というわけだ。
先代の王妃は『風』の家、そして今代の王妃は『雷』の家出身だったので、次期国王となるフィリップ殿下の王妃は『闇』の家から嫁がせる。それはもう、変えようのない確定事項だ。
約16年前、フィリップ殿下が生まれた数ヶ月後に生を受けた私は、生まれたその瞬間から王妃となることがほとんど確定していた。その後1年後にリリーが生まれたが、長女ということで、変わらず私は第一王妃候補で、リリーは私に何かあったときの保険のようなものだった。そして、私は3歳の時にフィリップ殿下の婚約者に内定した。
そして王妃教育を受け始め、幼い子供にとっては厳しい日々だったが、お父様もお母様も使用人達もみな優しく、そして妹のリリーも可愛くて、私は幸せな日々を送っていた。
ねえさま、ねえさま、と私が魔法の本を読んでいる時にぺたぺたとくっついてきて、本をしこたま秘密基地に持って行ってしまったり、人形を使ってお姫様ごっこをしたり、鬼ごっこをしたりと、今では考えられないほど仲が良い姉妹であった。
フィリップ殿下ともよく遊んだ。エルルーナ家の庭園はとても広く、遊ぶには絶好の場所だったのだ。混ざりたい、と駄々をこねるリリーも混ぜて良く3人で遊んだ。
そんな日々が壊れたのは、私が7歳の時だった。
5属性の名家生まれの者はもちろん、魔力を持ちうる貴族の子達は皆等しく、7歳になる年に魔力量を測る検査を行う。7歳までに魔力量がほとんど決まると言われているからだ。
そして私はそこで、両親とともに「魔力量が極めて少ない」とはっきりとした宣告を受けたのだ。
下級貴族の子供でももっとましな魔力を持っているというような旨の説明を受けたが、その後のことはよく覚えていない。
7歳ぐらいにもなれば、家格がどうとか王家がどうとか、などということは分からなくても、親の顔色を見るぐらいは出来る。何か良くないことが起きていて、その原因が自分にあるということは理解できた。
エルルーナ侯爵家はエデローラ王国の建国の頃から闇の魔法の使い手だ。王家のように毎代強力な使い手が誕生する訳ではないが、ここまで魔力量が低い子供が生まれたのは初めてだったそうだ。しかも、よりにもよって王家の婚約者に内定した娘が、だ。
お父様もお母様も王家への説明に困っただろう。王家の花嫁に魔力量の規定はないが、しかしお粗末な魔力量の娘は嫁がせることは出来ない。だが、エルルーナ家からこんな娘が生まれてしまったということをどう伝えれば……と。
お父様とお母様は笑わなくなり、家の雰囲気はとても悪くなった。お父様は私を視界に入れないようにしていたし、お母様は私を見るたびにため息をついていた。「何であんな子を生んでしまったのかしら」と呟いているところにも何度も遭遇してしまった。そんな状況がしばらく続いたと思う。
しかし、状況は1年後に一変した。
リリーの魔力量が、膨大なものであることが分かったのだ。国全体の魔法レベルが建国の頃より下がってきている状況で、リリーはたった一人で失われた古の魔法を行うことも可能であると言われるほどの魔力保有者だった。
それならば、と王家側も一瞬で婚約者の交代を認め、リリーがフィリップ殿下の婚約者となった。すぐに王妃教育を受け始めたが、リリーはすぐにそれらを身につけ、9歳の頃には一切非の打ち所のない存在となった。幼い頃から愛らしく、妖精のようと言われていたリリーはその頃には一層美人になっていた。魔法もお父様と同じレベルの魔法を扱うことができて、貴族界でも評判だった。
もともと親しかったフィリップ殿下との仲はより深まり、12、3歳の頃となれば男女として思い合う関係となった。私と3人で遊んだ過去などなかったかのように、エルルーナ家の庭園でよく2人お茶をしていた。
両親にも笑顔が戻り、エルルーナ家は明るくなった。だけど、全て元通りとはいかない。
婚約者の問題が解決しても、私の魔力が増えることはない。両親は最初は腫物のように扱い、そして段々と異常なほどの厳しさを見せるようになった。
何をするにも妹と比べられ、目を合わしてもらうことは出来ず、せめて勉強ぐらいはできるようになれと勉学漬けの日々を過ごした。街に出かける際も、私一人だけ置いていかれ、ほとんど外に出してもらえなくなった。
でもきっとそれは当然のこと、なのだ。
エルルーナの家に生れながら最底辺程度の魔法しか使えず、勉強についても飲み込みも早い方ではないし、リリーのように誰にも笑顔で話すことができない。恥ずかしい存在なのだ。
そのままそっと隠れるようにして生きていければそれで良いと思っていた。
だけど。
14歳を前にして、急にリリーの身体が弱くなった。すぐに熱を出して寝込み、体力ががくんと落ちた。光と水の最高治癒魔法を用いたが一切良くはならず、また原因もわからなかった。
学者の一人が古の本に出てくる病気に特徴が良く似ている、とは言い始めたが、その本に出てくる病気は不治の病であった。気をつけていれば死ぬほどではないが、しかし一生身体が弱まったまま、というそういう病気であった。
元気な時は、これまでのように大きな魔法を使うことができるが、しかし連続で使えばそのまま倒れてしまうこともある。私の一件以降、リリーを目に入れても痛くないほど可愛がっていた両親は、ひどく落ち込み、憂い、悩んでいたようだ。
ようだ、というのは、この時期は特に部屋から出ることを許されず、外の様子を見ることが出来なかったからだ。
リリーと殿下は思い合っている。そして、闇の魔力量も、器量も、リリーは婚約者にふさわしい。
親としても、誰よりもリリーに王妃になって幸せになってもらいたい。
だけど、世継ぎや、王妃としての仕事量など、ありとあらゆることを考えれば、王家に嫁がせることはリリーにとっては寿命を縮めるマイナスのこととなる。
そして、王家とエルルーナ家で話し合いを何度も重ね、結果、再び私のところに婚約者の座が回された。
誰にも求められていない、歓迎もされない婚約者として。
ただ、『闇』の家の娘を嫁がせたという事実と、そして世継ぎを産む体力があるというだけの理由のために。
私は、次期国王妃となったのだった。