11 王女の友人②
翌日より、マーリャ様と一緒に行動を取るようになった。
マーリャ様とは学年が異なるけれど、1年生の授業の内容はすでにアリラハで学ばれていたことと被るものがあるとのことで、時折私たちの学年の授業を受けていらっしゃる。同じ教室内にアリラハの王族のご兄妹、それにフィリップ殿下もご一緒になることで色めき立つことも多かった。
そして放課後になると、学園内や、学舎の丘や、時に王都にまで出向くこともあった。
マーリャ様達の探しているものというのが何なのか私にはわからなかったけれど、図書室や本屋、出店の古本屋などに出向くことが多かったので何となく、本を探していらっしゃるのかなとは思っていた。
それ以外にも、雑貨屋や美術館などあちこちと、あとはカフェテリアなどに行くことも多かった。
どうやらマーリャ様とフィリップ殿下が留学にあたって、学園内でおふたり付きになる生徒をそれぞれ探していらっしゃる、というような噂は既に貴族間で広まっていたそうだ。マーリャ様にならばリリーになると、そうでなくともカレン様になるだろうと思っていたところで私になったから、特にカレン様やアーリア様は良くは思っていない。
「やっぱり奪うことしか才能がないのかしら」というのは、魔法学の教室から戻ってきたときに言われた言葉だ。
━━でも、前よりもほんの少し、ほんの少しだけそんな声が気にならなくなった気がする。
多分それは、初めて何かに選ばれたということが嬉しくて、あの空を飛んだ経験が愛しくて、そんな自分でも本当に単純だと思う。
今日は再び学園の図書室に来ていた。いつも通り生徒は誰もいない。
「それにしてもこちらの図書室は本当に蔵書が多いですね」
木製の踏み台に乗って、小柄なマーリャ様が最上段の本を取ろうと手を伸ばしている。私はその本を取るのを変わりながら、
「もともと学園の創設者は本好きと有名だった王族の方と、『風』のベルラーシ家の当主の方と聞いておりますから、図書室に一番力を入れていらっしゃったのかもしれません」
「ありがとうございます。……多いのは有り難いですが、なかなか目当ての本が見つからないのは考えものですわね」
マーリャ様が少し唇を尖らせる。
数日ご一緒にいて思ったことだけれど、ラシュナリ殿下が仰っていた、「マーリャは意外と子どもっぽい」の意味が解った。もちろん良い意味でだ。普段の貴族社会では微塵も見せないけれど、思ったことは率直に仰る上、拗ねやすいところもある。それから、ラシュナリ殿下の前では少し強く出られる。なんというか、とても可愛らしい妹という様子だ。
「差し障りなければ探すのをお手伝いしましょうか?」
「……ええと…では、お願いしても良いでしょうか。確かこの辺りに読みたい歴史書があったのですが見つからなくて」
この辺りと大まかに範囲を示される。確かにそこは歴史書のコーナーだ。
「どんな書物でしょうか?タイトルや著者ですとか……あ、あまりお伺いしない方が良いのでしょうか」
マーリャ様は少し目を見開くと、それから少し困ったように笑われた。
「エマは本当にお優しいのですね。お心遣いありがとうございます。……毎日付き合っていただいているのに、深くお話しできないことを許してください」
「全然、お気になさらないでください」
マーリャ様がそう仰るのはもう3日連続だった。今日も終わったらお茶をいただきにいきましょう、とマーリャ様は笑い、それから著者名を仰った。
「フレイ・ベルラーシの著書でしたら確かこの辺りに……」
「フレイの著書でしたらもっと下ですわぁ」
ふいに1階の螺旋階段下から声がした。ふわふわとした喋り方は『風』のウィノナー様のお声だ。
「マーリャ殿下、お久しぶりですね。また歴史書を探していらっしゃるのですか?ですがフレイの著書でしたら先日ウィノナー家の蔵書室でお見せしたものと同じ本しかこちらにございませんわぁ」
「ごきげんよう、ウィノナー様。先日はありがとうございました。いいえ、とても興味深かったのでもう一度読み返してみたいと思いましたの」
まあそうなのですね、とコツコツと音を鳴らしながらウィノナー様が階段を登り、歴史小説を一冊取り出した。魔族と戦った建国の歴史を記したもので、それは、先日私がウィノナー様にこう問われたものだ。
「ではこの本はお読みになって?こちらを読まれて何かご感想はございますか?ぜひマーリャ殿下の感想をお聞きしたいですわぁ」
「そう、ですわね……胸が熱くなる展開で手に汗をにぎりましたわね。ですがこちらはあくまで物語。ストーリーの進行上必要な部分だけを綺麗に切り取ったに過ぎません。ぜひ全ての行程を知りたいと思ってしまうのは、『風』の魔力を持つ者の性なのかも知れませんわね」
まあ、と声を上げたウィノナー様は、嬉しそうに言った。
「素敵な感想ですわね。その通りなのですわぁ。これはあくまで小説。フレイがこの小説の基とした歴史書……史伝はまだ見つかっていませんの。不思議ですわよね」
「ええ、見つかったのならば私もぜひ一読してみたいものですわ」
「ぜひ、ラシュナリ殿下にも小説のご感想を求めたいところですわね」
「兄様も同じことを言うと思いますわ。兄様は私以上に収集癖がございますから」
ふふ、とウィノナー様は笑い、そして私の方を向いた。
「新しい風は吹き始めまして?エマ様」
*
「ウィノナー様は面白い方ですね」
夕方、旧棟近くのガゼポに移動をした。ティーセットをシュゼットに頼んで持ってきてもらった。もちろん菓子は塩気のあるものだ。
「ベルラーシの方々は『風』の強力な魔力と様々な情報を持っていらっしゃる一族で王族からの信頼も厚いのですけれど、同時に立身出世や貴族的な事などには一切ご興味がない家でもありますから」
でも、だからこそ私は有り難いと思ったこともある。
「エマも先ほどの小説を読んだことがありますか?」
「はい。……けれどウィノナー様に同じ質問をされて私は失望をされてしまいました」
「エマは……何と答えたのですか?」
「……その時は魔族との争いというものがどうしても遠くのお話しすぎて、私にはあまり分からないとお答えしてしまいました」
マーリャ様はカップをかたん、と音を立てて置いた。そのままカップの中の波紋を眺めながら、
「それは……当然ですね。……では、あの小説には亜人も出てきましたよね。亜人についてはどう思いますか?」
私は言葉に困った。亜人は人間より劣るものであり、文化を盗むもの。それがこの国での共通見解だ。そしておそらく、他国でも同じこと。でも多分、マーリャ様が求めているのはそう言うことでは無い。
「私は……私は羨ましいと思ってしまいます」
「羨ましい?亜人がですか?」
マーリャ様は目をまんまるにしていた。
「……浅ましい考えですが、強い魔力も、その身体能力も、すべて人間より強いものを持っているのが亜人と歴史書には書かれています。私は純粋にそれを凄いと、羨ましいと思ってしまいます。━━私は、『闇』の家の人間でありながら魔力も無いに等しいですし、優れた才能も持ちませんから」
仮に人から蔑まれたとしても、誇れる力を何かひとつでも持っているのなら多分きっとずっとそれを誇りに生きていける。私は何一つ持っていないから、それができない。
恐る恐るマーリャ様の顔を見てみると、初めて見る表情を浮かべていた。泣きそうな笑みというか、苦しげな表情なのに笑おうとしているようなそんな顔をしていた。
「エマはとても素敵な人間です。貴女の優しさはどんな才能よりも稀有なものですわ」
そうはっきりおっしゃり、少し間を開けて、
「……何か楽しいお話でもしましょうか。例えば兄様の話などいかがですか?」
「ラシュナリ殿下のですか?」
「ええ、兄様はとっても甘党なのですが……あ、これはご存知ですよね。……もう学舎の丘と王都にある全ての菓子屋に行ったそうなのです。しかも毎度使用人にお土産を買ってくるので、使用人が太ってしまって、みんな困っているのですわ。でもこちらの国の菓子が美味しくて使用人も断れないとか」
「まあ」
「で、私がエマの用意してくれる菓子がとても美味しいと言ったら、ぜひそれも頂いてみたいだなんて言うのです」
「シュゼットの作る菓子はとっても美味しいですよね。ご迷惑でなければ今度ラシュナリ殿下の分もお持ちします」
「いいえ、これはこのお茶会だけの特典ですわ。兄様にはあげません」
その言い方が特に子どものようで、私は笑ってしまった。
「マーリャ様はラシュナリ殿下と本当に仲が良いのですね」
「兄様が何かと心配が掛かるだけです。…そういえば、フィリップ殿下には弟君がいらっしゃるのですよね。」
「はい、エレン様がいらっしゃいます。確か、今は10歳ですが……病弱で、王宮内でずっと治療をされていらっしゃるのですが」
後妻・アリエルエ様の子ではあるが、エレン様が生まれた際に5属性の家の関係者が招かれてお披露目のパーティが開かれた。その時はまだ、私の魔力が無いと知る前で、パーティの開催されている庭の片隅でフィリップ殿下とリリーと3人で遊んでいた。
しかし、その後病に伏せるようになったと言うのは国民の誰もが知っている話だ。
前妻である元王妃殿下の祟りだとか、5属性の本家以外の者を娶って子を産ませたからだ……などという心無い噂も多く、結局お披露目の後はどのような公に場にも出ていらっしゃらなずほとんど秘匿されているよな状態のはずだ。そして恐らく、おそらく後妻であるアリエルエ様との関係もありフィリップ殿下が進んでお話しするような内容でも無い。
「……そう、ですか。弟君が床に伏せているということではフィリップ様も心配ですね」
「申し訳ございません、少し話しすぎたかもしれません」
「もちろん、フィリップ様にはお話ししませんわ」
ご安心ください、とマーリャ様が付け足した。
* * *
その夜、マーリャは自室のベッドに倒れ込み、目を閉じていた。
「……元気がないって?そういうことではありませんわよ」
部屋内にも、もちろんベッドの上空にも誰にも存在していない。しかしマーリャは会話を続けた。
「何も話さずに協力してもらっている状況が心苦しいだけです。エマが本当に素敵な方だからこそ。……それは分かっているって?よく言いますわ」
ごろりと寝返りを打ち、
「重荷を背負わせることと同義だとしても、いつか全てを話しても受けれてくれる気がしますわ。……それも分かってる?もう、うるさいですわね、兄様」




