一話
よーし
キーンコーンカーンコーン。
4限目の授業の終了を知らせる鐘が鳴った。
教室中のみんなが背筋を伸ばして気の抜けた声を出す。
俺が通っている咲坂高等学校は、60分授業の6限制であり、4限が終わると昼食の時間になる。
「それじゃあ授業はここまで、委員長」
「起立、礼」
「「「ありがとうございました」」」
俺は脱力するように一旦椅子に座り、午前の授業中、全く忘れることのなかった昼休みの約束のために弁当箱を持ち上げて席を立った。
「レイ!昼飯食おうぜ!」
俺の名前はレイチェル・ゼーラー。高校二年生の16歳だ。あだ名はレイチェルからとってレイ。俺は気に入っている。
そして、今、俺を昼飯に誘ってきたのは同じクラスのムードメーカー、ランドー。
ランドーは、すでにみんなの机を並べて大きな食卓を作っている。
いつもなら喜んで一緒に昼飯を食べるところだが、今日は違った。
「ごめん、今日はレリア先輩と一緒に食べる約束してるんだ」
「っ!この野郎!羨ましいな!」
レリア先輩。レリア・ウランクティリ。
高校三年生の17歳。この学校で一二を争う美人であり、それに勝るとも劣らない優しい性格も相まって学校で1番人気を誇っている。
「そういえば…」
「な、なんだよ」
ランドーが、少し口角を上げながら言う。
俺は、ランドーがこれから口にすることに心当たりがあったし、それが自分を大きく狼狽させることに先に気づくことができた。
だから、落ち着いた対応を心がけた。
「まだ告白してないんだよな!」
「ま、まま、まあね」
「「「マジかよ!」」」
「全く…夏休み、何してたんだよ…」
失敗した。
大人な返事をしようとしていたのに、キョドって変な感じになってしまった。
ランドーも、柄に合わず正論を言っているし。
しかも、ランドーが教室中に響く声量で叫ぶから、クラスメイトたちはざわついてしまった。
男子は、夏休みにすでに俺が告白して、付き合っているものだと思っていたようだ。
女子も、レリア先輩もこんな根性なしに好かれて大変ね〜と俺に聞こえる声で話している。
その通りだった。
もう秋の季節になって、先輩だって受験の勉強があるんだ。
「とりあえず!時間がないから行ってくる!」
俺が、耐えきれなくなってそそくさと教室を去ろうとすると、ランドーが背中を叩いて言った。
「頑張れよ、レイ。応援してるぜ」
俺は恥ずかしかったので返事もせずに教室を出てしまった。
それにしても、いい友達を持ったものだと思った。
廊下を走りながら窓の外に目を向けると、裏門の方にあるもみじの木が、さらに秋を感じさせた。
俺は、夏休み、そして今まで、先輩に告白もせずに何をやっていたのかと、自分を叱りたくなった。
下を向いて階段を昇り扉を開けると、屋上はいつもより少し賑わっている様子だった。
屋上の奥の方でレリア先輩が街を見ていた。
屋上は街を見渡す絶好のスポットで、この学校の生徒たちがみんな口を揃えて観光名所と言うほどだ。
そんなことを考えていると、俺から、ネガティブな気持ちが消えた。
「レリア先輩!待たせてしまってすみません!」
俺が走りながら呼びかけると、先輩は振り返った。
先輩の振り返る動作は、たったそれだけで人を魅了する美しさがあった。
俺は照れて少し目をそらす。
「レイ君!大丈夫、私も今来たところだよ。それより座ろうよ」
俺は頷くことしかできなかった。
まるで恋人のようなやりとりは少し照れくさかったが、なんとか平静を保ち言葉を紡いだ。
お互いに座りながら話を続ける。
「良かった。それより今日は来てくれてありがとうございます」
「レイ君が誘ってくれたんだから、当たり前だよ。レイ君からなんて、滅多にないもんね」
何か申し訳ない気持ちになったが、俺は弁当箱を開けながら本題に入ろうとした。
「……こ、この弁当は、俺のおばあちゃんが作ってくれたんですよ!」
「そういえば言ってたよね。レイ君はおばあちゃんに育ててもらってるって。愛されてるよね〜」
先輩ははにかみながら言った。
俺は自分に対して残念な気持ちしかなかった。
俺には本題、もちろん告白であるが、その話を持ち出す勇気がなかった。
「でも、今日はそう言う話じゃないんでしょ?」
「!?」
俺は情けなかった。
自分から言えない俺に先輩がきっかけを作ってくれたんだ。
心を見透かされてる。
やっぱり先輩には隠し事できない。
「は、はい。先輩…あの」
「……」
先輩は真剣な目でこちらを見つめていた。
俺は、また先輩に甘えていたことに気づいた。相槌を待っていたのだ。
先輩が次に口を開くのは、俺の告白に答えるときなんだ。
俺は一度、深呼吸した。
そして、立ち上がってから言った。
「レリア先輩、俺はあなたのことが好きです。是非、付き合ってください!」
目をつぶって、前に90度身体を倒しながら右手を差し出す。
手を取ってくれたなら、OKということだが、残念なことに感触はなかった。
俺が暗い声で謝罪の言葉を言いながら顔を上げると、手を握ろうとしている先輩が、街の上空に目を向けている姿が見えた。
先輩の目からは、畏れが読み取れた。
ばつが悪い思いをしながら街の上空を見ると、そこには大量の魔法陣が浮いていた。
俺は思わず、先輩の手を握った。
街のサイレンがけたたましく鳴り始め、屋上にいる生徒たちは悲鳴をあげた。
上空の魔法陣をよく見ると、それからポツポツと、小さな人のようなものが落ちていることがわかる。
あれは、おそらく怪人である。
怪人たちには、空中にとどまっているものと、地上に落下するものがいた。
翼を持った怪人がいるのだろう。
「屋上や、グラウンドにいる生徒たちは、すぐに校内へ避難しなさい。3分後に外に通じる扉や窓を閉鎖します。屋上や、グラウンドに…」
放送は、繰り返し避難を促していた。
放送を知らせる電子音がないことは、今、とんでもない非常事態であることを示唆していた。
早く避難しないと、怪人が来る。
俺は焦りつつ、屋上の扉の方を見た。
しかし、屋上に一つしかない扉は、生徒たちが避難しようとごった返していた。
このままでは全員が避難できるかどうか、なぜ今日に限って屋上が賑わっていたのか。
俺は今考えても無駄なことに時間を割いてしまっていた。
「落ち着いて!」
悲鳴の中に、きれいな声が透き通った。
すると、生徒たちが一斉にこちらを見た。
俺は先輩と手を握ったままだということを思い出して、すぐに離した。
生徒たちは、気づかなかったみたいだ。
悲鳴はすぐに収まった。
隣にいる先輩が、見かねて叫んだのだ。
この人はやっぱり違う。
無駄がない、先輩は魔法陣が現れてからずっと自分を落ち着けようとしていた。
多分、先輩が今この場で1番落ち着いている。
だから、あの狂騒を一言で止められた。
「避難訓練を思い出して、このままでは全員が避難できないわ。一列になって扉を通って」
先輩がそういうと、扉まわりの生徒たちは素直に従った。
1分後、俺たちは無事校内への避難を成功させた。
それにしても、あの魔法陣、あれは怪人が出てくる門だ。
よろしくお願いします