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ナイト・クラン・ウォー 赤髪舞う その5

「転送されました、お姉様」

 サポートAIの姫が試合会場に通じる通路に転送された事を伝えて寄こす。

 白糸はサポートAIに姫と名付け、自分の事はお姉様と呼ばせている。

「自分の事をお姉様と呼ばせるなんて、あり得ない」

 とアカネとミドリに引かれたが「妹が欲しかったんです」と言われ、アカネもミドリも一人っ子だったので、

「まっ、いいか」

 と有耶無耶になってしまった。

 ミドリには愛虹が妹のような存在だったので、流石にサポートAIにそこまで重い入れる感情は無い。

 少しだけ羨ましく思ったのは喜怒哀楽を表す事だ。

 黒猫丸のサポートAI「ナナコ」は高速移動する機体を支える為に、とことん余分な物は削除されてしまっている。

 おかげで「ナナコ」は無機質な応答しかしないが、他のサポートAIは人間らしい受け答えをするのだ。

 アカネの操るイビル・フェアリーのサポートAIの名前は「サトル」と言い、アカネの事を少年の声で「先生」と呼んでいるし、アオイのDWのサポートAIは「丁稚」という名前で生きの良い江戸弁でアオイの事を「姉御」と呼んでいる。

 アオイはなんとなく想像つくが、アカネは何故「サトル」なんだろうと聞いてみてみた事がある。

「若気の至りって奴よ、AIの名前を決めてと急に言われて、近所に住んでいた幼なじみの名前しか思い付かなかったの。

 今にして思えば痛恨の失敗だけど、あの時は何も考えてなかったし」

 アカネらしい話だ、頭は良いがそれ以外は本当にダメダメだなとミドリは苦笑いをする。

 「サトル」という名もただ本当に思い付きで、後も適当に決めたのだろう。

 他のプレイヤーもサポートAIには思い思いの個性を付けているという話を聞くと、少しだけ、

「いいな」

 と思ってしまうのだった。

 そんな事を考えている内に白雪が試合会場へと出る。


うわわわわわぁぁぁぁ~~~~!


 満場の大歓声が白雪を迎えた。

「ええっ、私の時より多くない?」

 ミドリは驚きの声を上げ、白糸は驚きのあまりシートで固まっていた。

「ははははっ、これも私の名声の賜物!」

 アカネが仁王立ちで高笑いする。

「と言いたいところだけど、これはミドリちゃんの御陰ね」

 ニコニコ笑いながらアカネがミドリを見る。

 突然名指しされてミドリの顔が「?」となった。

「この前のミドリちゃんとヴィオレットの試合が良かったから、また私に弟子が出るとあって、それを期待してこれだけの観客が見に来ているのよ」

 アカネがスクリーンの観客達に向かって手を広げる。

「良い試合をすればこうしてお客は来てくれる、逆にへぼい試合をすれば誰も見に来てくれない。

 それがナイト・クラン・ウォーの面白いところであり、怖いところなんだ。

 白糸、お前がここでお客に良いところ見せないと、次は誰も見に来てくれないぞ」

「ひぇぇぇぇ」

 アオイに脅されて白糸が悲鳴を上げる。

「白糸さん、ファイトです」

「ファ、ファイトです」

 ソファーに座っている愛虹が両手を振って応援し、その横でヴィオレットがか細い声で応援した。

「ありがとう愛虹ちゃん、ヴィオレット」

 応援を受けて白糸のやる気が出る。

「そうその意気、あんたは下手に考えない方が強いんだから後はガッツだよ、ガッツ」

 アカネも拳を突きつけて応援する。

「はい、師匠頑張ります」

 アカネにハッパを掛けられ、白糸のやる気が更に高まった。

 反対の通路には既に相手方のバルチャー”ラァチャスゥア”が姿を現している。

 鍛え上げられた褐色の身体に、両手はグローブ、腰はムエタイパンツに足には白いバンテージ。

 頭と腕と首にムエタイのお守りを付けた典型的ムエタイスタイルのバルチャーだ。

「おや?」

 その姿を見て白糸は首を捻った。

 白雪とラァチャスゥアは試合開始線まで進む、開始時間まで少し時間が空いていた。

「お久しぶりです白糸」

 対戦相手のウィーラから通信が入る。

「ウィーラ、お久しぶりです」

 白糸がタイ語で返事をする。

 富士野道場には毎年、方々の国から門下生が来るので、白糸も自然と外国語には堪能になっていたのだ。

「ずいぶんと鍛えているようですね」

 画面に映るウィーラのスーツの下から、見事に鍛え上げられた筋肉にが見て取れたのだ。

「あなたも女性らしくなって、見違えてしまいました」

 端正な顔にこれ以上無いという爽やかな笑顔を浮かべる。

「ありがとうございます・・・出来ればあまり身体の方は見ないでくれると嬉しいです」

 試合用のスーツはボディーラインがはっきりと出てしまう上、白糸は結構プロポーションが良い。

 両手はアームに入れてしまっているので手で隠す事も出来ない。

 白糸は顔を赤くしてもじもじとする。

「す、すみません」

 ウィーラは慌てて視線を逸らす。

「それより、ワイクルーはいいのですか?」

 ワイクルーとはムエタイ選手が試合の前に師や家族、国に感謝を捧げる踊りである。

 踊りが終わると頭に付けた飾りのモンコンを外すのだが、ラァチャスゥアの頭にはまだモンコンが付けたままだったのだ。

 白糸がラァチャスゥアの姿を見て頭を捻ったのはその為だった。

「ありがとうございます、あなたなら判ってくれると思いました」

 白糸に一言礼を言ってラァチャスゥアはワイクルーを踊り始めた。

 突然、ラァチャスゥアが踊りを始めたので場内がざわついたが、ムエタイの試合前の踊りである事がアナウンスされると、次第にざわつきも収まる。

 ラァチャスゥアが踊り終わるのを待って白雪が近寄った。

「私が外してあげましょう」

 モンコンを外す役目は本来は師やコーチがするのだが、この場には白雪しかいない。

 ラァチャスゥアが外すにしても手はグローブになっているので、はずのは大変だと思っての申し出だった。

「あ、ありがとうございます」

 一瞬迷ってからウィーラは礼を言い、ラァチャスゥアは片膝ついて頭を下げる。

 白雪が手を伸ばし、ラァチャスゥアの頭からモンコンを外す。

 これはなかなか絵になった。

 白雪が白い胴着に桜色の袴の武道女子なら、ラァチャスゥアは筋骨隆々のムエタイの闘士である。

 姫に忠誠を誓う兵士に見え、想像力のたくましい一部の女子が黄色い悲鳴を上げた。

 白雪の外したモンコンは白雪の手の中で音もなく消えてしまう。

「あっ」

 白糸が驚きの声を上げる。

「すみません、ここに放置するわけにもいかないので」

 ウィーラが本当に済まなそうに謝った。

 そこでようやく白糸はウィーラが一瞬迷った理由に気が付く。

 ワイクルーが終わったら消えるようになっていたのだ。

 モンコンは戦いのお守りであり、ムエタイ選手にとって大事な物。

 ナイト・クラン・ウォーの試合会場にはその試合に出場するバルチャーしか入る事は許されていない。

 ムエタイの試合ならば外した師やコーチが片付けてくれるが、それが出来ない以上の苦肉の策だったのだろう。



「ああ、あれと同じだなあれと」

 スクリーンを見ていたアオイが納得したように口走る。

「あれじゃ判らないでしょ、ちゃんと説明しなさいよね脳筋バカ」

 アカネがすかさず突っ込んだ。

「誰が脳筋だ、誰が」

 アオイがアカネに飛びかかろうとする。

 いつもならここで白糸がアオイを止めに入るのだが、今はポッドの中だ。

「あっそうか、あいつは今ポッドの中だった」

 止めに入る白糸がこの場にいないのに気が付いて、アオイの動きが途中で止まった。

「なんか気が逸れた」

 と言って愛虹のとなりにどかっと座り込む。

「うふふふ」

 愛虹が楽しそうに笑う。

「アカネさんもアオイさんも結構、白糸さんが好きなんですね」

 と言われて、

「違う」

 とアカネとアオイが同時に叫ぶ。

「なんて言うか、そ、その・・・あいつがいると止めてくれるから、だから・・・・・・」

 言い淀むアオイにアカネが続く。

「多少やり過ぎても何とかなると言うか・・・・・・・・・ゴメン」

 結局、謝ってしまった。

「こっちも言い方が悪かったと思ってるよ、確かに私は口より先に手が出るし、それはダメだなと思ってるし・・・・・・」

 その後しばし沈黙した後、

「アオイさん、さっきのあれって何ですか?」

 と愛虹に尋ねられてアオイとアカネがホッとした表情を浮かべる。

「あれって言うのは、マントの事だよ。

 入場用のマントと言うのがあって、入場の時だけ使えるマントなんだけど、そのマントは試合前に外すとしばらく消えるようになっているのさ。

 たぶん、あいつの頭の飾りも同じカテゴリーなんじゃねえか?」

「そうね、入場用のマントはおまけみたいな物だし、改造にもさほどポイントは食わないから形状変更したんでしょう」



 そのやりとりをスクリーン越しに聞いていた白糸は、

「済みません、余計な事をしてしまったようで」

 白糸は恐縮してしまう。

「いえ、白糸の気持ちは嬉しく思います。

 本来は師やコーチに外して貰う物ですから」

 穏やかな声でウィーラは白糸に感謝を告げた。

「優しいのですねウィーラは」

 白糸が微笑む。

「そろそろ時間です」

 しかし、ウィーラは白糸に背を向けて試合開始線へ向かってしまう。

「そうでした、私たちはこれから試合でしたね」

 白糸も表情を引き締めて白雪を試合開始線へと移動させた。

 白雪とラァチャスゥアが試合開始線で相対するのとほぼ同時に、試合開始の合図が会場に響き渡った。

 ウィーラの表情が引き締まり、ラァチャスゥアはグローブを構え、白雪も構えを取る。

 対人格闘戦と対バルチャー格闘戦は異なる。

 人ならば顔面や顎等の急所にパンチを当てれば戦闘力を奪えるが、バルチャーに人間と同じ急所は無い。

 ダメージを与え続けてダメージポイントを削りきるか、手足を潰して戦闘不能に持ち込むか、唯一人間と共通する急所の操縦席のある腹部に強烈なダメージを与えて操縦者を気絶させるかである。

 言わば、本気の潰し合いがバルチャーの戦いなのだ。

「ダメージポイントは減るけど、多少のダメージは気にしないで戦うのよ」

 アカネがアドバイスを入れる。

「はい、判りました」

 それは練習の頃から何度も言われてきた事だが、アカネに再度言われて白糸は気を引き締める。

 白糸も完全に真剣勝負の表情となる。

 ラァチャスゥアがグローブを構えゆっくりと左右に動きながら間合いを詰めて来た。

 右へ動くとそれに合わせて白雪も動く。

 常にラァチャスゥアを正面に捉える為に動いているのだ。

 右へ動きかけたラァチャスゥアが突然、前に詰め寄ると右、左とパンチを入れてくる。

 白雪は慌てずにそれを捌くが、ラァチャスゥアがローキックをする素振りをしたので白雪が素早く間合いを取る。

 白雪の合わせてラァチャスゥアが距離を詰めると再び素早いパンチを打ち込んででくる。

 そのパンチも白雪を捌くと同時に反対側からパンチが飛んで来た。

 そのパンチもあっさりと捌かれるが、そこへもう一発パンチが繰り出される。

 白雪の身体が流れるように動き、飛んできたパンチの腕を絡め取る。

 その瞬間、ラァチャスゥアの身体が宙を舞い、床に叩き付けられた。

 あまりの見事な投げに観客達が拍手喝采を浴びせる。

 だが、白糸の反応は違っていた。

「うまい!」

 白糸が床に叩き付けられたラァチャスゥアを褒めた。

 白雪もラァチャスゥアも関節は球体関節を使っていたのだが、球体関節は人間のようにしなやかな動きが出来る反面、強度はさほど高くない。

 もし、捻られて無理に踏み止まっていたら絡み取られた腕の関節はは確実に破壊されていただろう。

 それから逃れるには自分から投げられるしかなかったのだ。

 咄嗟にその判断をして投げられたウィーラに白糸は本当に感心して、心の底から賞賛したのだった。

 それから白雪は倒れているラァチャスゥアから素早く距離を取る。

 人間ならば床に叩き付けられたショックで動けなくなる事もあるが、相手はバルチャー。 迂闊に近寄くにいると思わぬ反撃を貰うのでそれを避けたのだ。

 白雪が離れたのを見てラァチャスゥアが素早く立ち上がった。

「相変わらず、試合となると容赦無しですね」

 床に叩き付けられた時に口を切ったのか、唇に血が滲んでいたがウィーラは気にもせず嬉しそうに笑う。

「それでこそ、ナイト・クラン・ウォーに参加した甲斐があったという物ですよ」

 白糸はウィーラの言葉に何か引っかかる物を感じた。

「何故そんなに嬉しそうなんですか?」

 白糸の言葉にウィーラは再び嬉しそうな表情になる。

「嬉しいですとも、またあなたと戦えるのですから」

 そこで一旦言葉を切ると、真剣な表情になる。

「子供の頃あなたに負けてからタイに戻り、あなたと再び戦える日を夢見て鍛えました。

 それなのにあなたがナイト・クラン・ウォーに参加するという話を聞いて、私もナイト・クラン・ウォーに参加したのです。

 早速、こうしてあなたと戦えるチャンスが巡ってきたのも神の思し召しでしょう」

 ムエタイで将来を嘱望されたウィーラが突然、ナイト・クラン・ウォーの世界に飛び込んできたのは白糸との再戦の為だった。

 ラァチャスゥアは構えると再び、白雪との距離を詰めると素早いパンチを繰り出す。

 速さ主体で威力の無いパンチではあったが、時折ローキックも混ぜてくるので先程のように捌いて回り込むというのが出来なくなる。

「少しやっかいですね」

 ローキックを警戒しながら白雪を冷静に操作し、つけいる隙をうかがう。

 ムエタイのローキックは威力が高く、迂闊に食らうとバランスを崩す。

 バランスを崩したところに首相撲に持ち込まれてしまうのはかなりの悪手であり、白糸はそれだけは避けたかったのだ。

 首相撲とはムエタイの組技で、相手の首に組み付いて超近接状態で相手の腹部に膝蹴りを何度も叩き込む技であり、抜け出せなければ確実に試合終了となるムエタイの必殺技でもあった。

「ローキック・・・そうでした白雪にはホバーが有りました」

 短時間とは言えホバーで浮いてしまえばローキックを恐れる必要は無い。

 しかも、浮いた状態からブースト回転蹴りを決めれば主導権はこちら側に回ってくる。

「ならば」

 白糸はローキックを誘うように動き始めた。

 ウィーラの方も誘いと判っていて敢えてローキックを放つ。

「今!」

 ラァチャスゥアがローキックのモーションに入った瞬間、白雪がトンと床を蹴り更にブースターを吹かして宙に浮く。

 と同時に回し蹴りをする為に身体を捻る。

「そこだ、いけぇぇぇぇ~~~っ」

 アオイが絶叫を上げた。

 しかし、白雪はそのままただの回し蹴りを決めて終わらせてしまったのだ。

「えっ」

 一番驚いたのは当の白糸であり、何故そうなったか判らないとばかりに表情が凍り付いていた。

「白糸、しっかりしなさい」

 アカネがまずいと思って檄を飛ばし、はっとして白糸が我に返るがその時は既に手遅れだった。

「僕を馬鹿にするな!」

 ウィーラが怒りの形相で叫ぶのとラァチャスゥアの身体がぶれるのと同時だった。

 次の瞬間には白雪の目の前に現れ、白雪は肘打ちが叩き込まれる。

 激しい衝撃に、一瞬、白雪のコントロールが乱れた。

 ショートダッシュ、ダッシュ系の中では移動距離が一番短く、せいぜい回し蹴りの届く範囲程度だ。

 だが移動距離が短い分、硬直時間も短く近接戦を得意な格闘型とは相性抜群であった。

「しまった」

 と思った時は既にラァチャスゥアに首に組み付かれ、強烈な膝蹴りがボディーを襲う。

 強烈な衝撃が操縦席に襲いかかり、白糸の意識が飛んだ。

 飛んだ意識の中で過去の景色が走馬灯のように駆け巡る。




「あれは8歳の時・・・」

 幾つもの記憶が瞬時に流れ、8歳の時の記憶が鮮明に思い出された。

 8歳で白糸は既に6年生の男の子ではもう相手にはならない程強かったのだ。

 それでも白糸は本気を出していなかったのだが。

 白糸の師匠である祖父の富士野拳吾に、道場では本気を出すなと厳命されていたからだ。

 白糸のその時の実力は大人に混じっても通用するレベルであったが、それは他の門下生に良い影響を与えないと判断したからだ。

 それにまだ身体の出来ていない白糸が、大人に混じって稽古しても白糸にも良くないと判断しての事。

 白糸にとって道場での稽古はウォームアップに過ぎず、道場生が帰ってからの祖父、拳吾との稽古が本番の稽古なのであった。

 そんな中、ウィーラが父親の転勤でやって来たのだ。

 タイの小学生ムエタイの大会で優勝してるだけあり、小学生とは思えない背の高さと体格で、道場へ来るなり同年代の男の達を負かしてしまうと、中学生と稽古をするようになったのも頷ける。

「やーい、ウィーラ。

 お前がいくら強くたって白糸には勝てないだろう」

「8歳の女の子に勝てないぞ」

「やーい、やーい」

 自分たちは白糸に何度も負けているのを棚に上げて、ウィーラを囃し立てた。

「うるさいな」

 と最初は相手にしていなかったウィーラだったが、あまりしつこかったので、

「判った、戦ってやるよ!」

 と叫んでしまう。

 勢いで言ってしまったとは言え、実は白糸の事は気になっていた。

 道場で稽古している時、本気を出していない。

 それでも6年生の男ではまるで相手になっていないのだ。

 8歳でそれだけの実力、興味を引かれた。

 とは言え、今は中学生組と稽古しているので小学生組の白糸とは稽古するチャンスが無かった。

 渡りに船と言えなくもなかったのだ。

「白糸と稽古してみたい」

 道場主であり白糸の祖父である拳吾に頼んでみた。

「ほほう、白糸とか・・・

 良かろう、良い経験になるだろう」

 と笑いながら快諾される。

 試合をしてみてウィーラは白糸の強さに驚いた。

 どんな攻撃をしても、まるで攻撃法方が判っているかのように軽く捌かれてしまうのだ。

 本当に8歳の女の子なのかと心の中で驚きの声を上げてしまう。

 それは白糸も同じだった、パンチや蹴りの速さや重さが今まで相手をしていた男の子と段違いだったで戸惑う。

 おまけにウィーラは12歳にしては背が高かったので、思いがけない方向からパンチや蹴りが飛んできて捌くのが精一杯だったのだ。

 様子見の攻防も、手数が増えるにつれ互いに本気の攻防になっていった。

 白糸は楽しかった。

 今まで、祖父に道場では本気を出すなと言われ、常に自分お力を押さえるようにしてきたのだ。

 それが染みつき、普段の生活でも他人と壁を作るようになっていた。

 まだ8歳の子供に私生活と道場では切り替えろというのは無理な話だ、ましてや白糸は格闘以外は不器用な性格だったのだから。

 今、目の前にいるウィーラは白糸が本気を出してもちゃんと応えてくれる、白糸が本気を出しても祖父からストップがかからない。

「もっと戦いたい、もっと本気の力を出したい」

 白糸の中で抑えられていた欲望が爆発した。

 普段の練習で、中学生すら手を焼いている鋭い回し蹴りが白糸を襲う。

 その回し蹴りの動きが、白糸の目からはまるでスローモーションのようにゆっくりに見えた。

 頭の中でどう回避して、どう反撃するか考え身体を動かす。

 が思ったように身体が動かない、まるで水の中で動いているように早く動かそうとすればするほど身体に抵抗を受ける。

「早く、早く」

 心の中で叫びながらなんとかウィーラの回し蹴りを躱し、ウィーラに向かってジャンプする。

 8歳の子供とは思えないジャンプから見事な空中回し蹴りを繰り出された。

 ウィーラは咄嗟に腕でガードしたが、そのガードを撥ね除け白糸の回し蹴りが決まり、ウィーラの身体が吹き飛びそのまま動かなくなってしまった。

 救急車で運ばれたウィーラは、その後、二度と道場に姿を現さなかった。

 後で聞いた話では、ウィーラはしばらく入院していたが退院すると直ぐにタイに帰ったという。

「私が本気を出してウィーラに怪我をさせたから、タイに帰ってしまったの?」

 と白糸は拳吾に尋ねた。

 祖父は白糸の頭を撫でながら、

「それは違うぞ白糸。

 お互いに本気を出して戦った、それに敗れてウィーラは怪我を負ってしまった。

 それだけの事、武術を極めようとすれば避けて通れない道なのだよ。

 それに相手が本気を出しているのに、自分は手加減して負けるやるというのは相手に対してとても失礼な事だからね。

 白糸もウィーラも本気を出した、本気を出して戦える相手に巡り会えた事は神に感謝しても良いくらい素敵な事なんだよ。

 そんな素敵な出会いを、手加減して汚してはいけないよ」

 祖父の拳吾はニコニコ笑いながら白糸にそう教えたのだ。

「でもあんたは手加減したでしょ」

 アカネが汚い物を見るように自分を見る。

「白糸さんてそんな人だったんですね、幻滅です」

 愛虹が怒ってそっぽを向く。

「お前、何様だ?

 人を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」

 アオイがけんか腰で怒鳴る。

「私の事をライバルとか言ってたけど、本気じゃ無かったんだ」

 ミドリがヤレヤレと手を上げる。

「違う、違う・・・私は・・・・・・本気で、本気で戦いたいんだ!」




 叫び声と供に白糸は意識を取り戻す。

 まだ白雪はラァチャスゥアに組み付かれ、膝蹴りを受けている最中だった。

 白糸は膝蹴りのタイミングに合わせて両手を挙げると同時に白雪の身体を下に潜り込ませ、両足のブースターを全噴射させる。

 白雪の身体がその場で空中回転し、ラァチャスゥアを吹き飛ばす。

「ぐぅぅぅぅっ!」

 あまりの遠心力に白糸は歯を食いしばって耐えると、白雪の身体を捻って見事な空中回転から着地すると、そのまま後ろに下がりラァチャスゥアから距離を取る。

 白雪の髪の毛を束ねていた髪留めがちぎれ、見事な赤毛が背中から腰まで覆っていた。

「ウィーラ、私はあなたに謝らなければなりません。

 私はまだ本気になっていなかったようです」

 言うなり、白雪の袖から扇子が飛び出し、扇子を握って白雪が構える。

 その扇子は戦扇と呼ぶにはあまりにもちゃちではあったが、白糸の手にかかれば危険な凶器になるのはウィーラは充分判っていた。

「やっと本気になってくれたのですね、嬉しいですよ白糸」

 吹き飛ばされたラァチャスゥアが立ち上がると、拳を構えて慎重に距離を詰める。

 白雪は扇子を構えたままその場で待つ。

 ラァチャスゥアはじりじりと距離を詰めながら、ショートダッシュの使う機会を伺う。

 ショートダッシュはダッシュする距離が短い、硬直時間も短時間だが存在するので相手の不意を突かないと、使った後の僅かな硬直時間中に反撃されてしまう。

「エアタンクのチャージ完了しました」

 姫がタンクのエアが満タンになった事を伝えてきた。

「待ってました」

 白糸が叫ぶと同時に白雪が走り出し、タンクのエアを半分使って低く跳躍した。

 そのまま身体を捻ると同時に回し蹴りをし、残りの半分を使ってブーストする。

 ラァチャスゥアは咄嗟に腕でガードし、鋭い蹴りに身体が揺らいだが何とか踏ん張り耐えた。

 白雪はそのまま空中を舞う、長く赤い髪をなびかせて。

 その姿は空を舞う精霊のようにみえ、観客は一瞬我を忘れ見惚れる。

 ストンとラァチャスゥアの背後に降り立ち、白雪は舞うが如き優雅さで扇子を広げラァチャスゥアの方へと振り返り構える。

 その華麗な立ち振る舞いに会場は割れんばかりの拍手喝采が響き渡った。

 



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