赤髪舞う その2
昼食が済んだ後、アカネとミドリはヴィオレットと供に病室に戻った。
「へぇ、これを使ってアシエ・ガルディアンを操縦していたのね」
と椅子にぐったりしているエレペットをアカネはしげしげと見る。
顔はヴィオレットと瓜二つ、多少、ヴィオレットの方がやつれた感じはするがそれ以外は違いが判らないほど精巧に作られていた。
「ロボット技術が発展したとは言え、ここまで人間そっくりのエレペットなんて聞いた事が無いわ」
ここ数年のロボット技術の進歩はめざましく、ロボットが人間社会へと次々と進出してきている。
エレペットもそのうちの一つだ。
ホテルの受付などに使われているロボットの中には、かなり人間に近い物もあったが、それでも多少の違和感を拭うことが出来ないでいた。
椅子にぐったりと座っているエレペットの顔は違和感を感じさせない、言われなければ椅子にもたれかかって寝ているようにしか見えないのだ。
相当な技術がつぎ込まれており、もう芸術品と言っていいレベルの出来だった。
「これで操縦していたんだ」
ミドリがベッドに取り付けてあるアームに触る。
「ええ、そうですわ」
車椅子のヴィオレットが頷く。
「操作してみます?」
「えっ、いいの」
ヴィオレットの提案にミドリは嬉しそうに応じる。
「それではベッドに入って、ヘッドギアを装着してからバイザーを下ろしてくだいさいませ」
言われるままにミドリはベッドに入ってヘッドギアを装着してバイザーを下ろす。
「バイザー下ろしたら何も見えないよ」
「少々お待ち下さいな」
ヴィオレットがスイッチを入れると、今までぐったりしていたエレペットが起動して目を開く。
「おお、バイザーの中に私が映ってる」
「バイザーの中に人形の目を通した景色を表示しますの」
「へ~っ、凄い」
「へ~っ、凄い」
ミドリの言ったとおりに人形が同じ事を口にして、驚きの表情をする。
「バイザーの中にカメラとマイクが仕込んであります、それを人形がトレースして表情や言葉を表現しますの」
「成る程、昨日見た時に表情が人間と変わらなかったのはそういう仕掛けか」
アカネが興味深げにエレペットの顔を覗き込む。
「アカネちゃん、そんなに顔をじろじろ見ないでよ恥ずかしいよ」
ヴィオレットの声で抗議して少し頬を染める。
「凄いな、頬が少し赤くなった。
ここまで表現出来るんだ」
とアカネはエレペットの頬を撫でたり指でつついたりしてみる。
「でもさっき、紅茶飲んでいたよね。
味とかも判るの?」
「いいえ、飲んでいるフリだけですわ」
ヴィオレットは少し寂しそうに答える。
「ゴメン、変な事聞いちゃって・・・それで、これはどうやって動かすの」
ミドリが話題を切り替える。
「まず、アームに腕を通して下さいませ」
ミドリはバイザーに映る自分を見ながらなんとかアームに腕を通す。
それから操作方法をヴィオレットに教わり、動かしてみる。
操作方法はほぼバルチャーと同じなので、数分で自分の手足の様に操り人形を動かせるようになった。
「流石ミドリちゃん、飲み込みが早いわね」
「そうですわね、わたくしもここまで動かせるようになるのに二週間かかりましたわ」
ヴィオレットも呆れた顔でミドリを見る。
「そんな事無いよ、バルチャーと基本操作が同じだからさ」
「それはそうよ、元々、バルチャーの操作方法はエレペットの操作方法を基準にしているから」
アカネに教えられてミドリは、
「へ~っ、そうなんだ」
「へ~っ、そうなんだ」
と驚きの声を上げる。
しsかし、同じ言葉がミドリと人形から聞こえてくるのにアカネはいい加減うんざりしてきて、
「はいはい、終わり」
アカネはいきなりバイザーを跳ね上げて強制終了させた。
「アカネちゃん、ひどい」
ミドリはぶつくさ文句言いながらアームとバイザーを外してベッドから降りる。
「ただいま戻りました」
そこへ食堂にワゴンを返しに行っていたジョセフが戻ってきた。
「遅かったですわね」
食堂にワゴンを返しに行ったにしては時間がかかったのでヴィオレットが尋ねる。
「申し訳ありません、ワゴンを返しに行ったついでに使った食器を洗って来ましたので。
お嬢様にあのような美味しい食事を作って頂いたにしては、ささやかなお礼ですが」
「ささやかでも、感謝を表すのは大事だと思います。
今度あの方が見えましたら、わたくしからもお礼を申しておきます」
ジョセフの行動に満足してヴィオレットは微笑む。
それからジョセフに抱きかかえられて、ヴィオレットは車椅子からベッドに移された。
足の悪いアカネと二人でヴィオレットをベッドに運ぶのは、流石に危ないのでジョセフが戻ってくるのを待っていたのだ。
「それで、あなたは何故、私たちのクランを選んだのかしら?」
アカネでなくても疑問に思う事だ。
ダルク家の人間と言うだけでも、喜んで引き受けてくれるクランは幾らでもある。
ヴィオレット程の実力があれば引く手数多だろう。
実力の有る新人はどのクランでも歓迎される。
「それはあな達のクランが人数も揃っていない弱小だからですわ」
容赦の無い図星にアカネが返す言葉も無い。
「いくらダルク家の人間と言ってもわたくしのこの身体では、実力のある大きいクランに行っても二軍行きか、良くて客寄せに使われるのが落ちですわね」
強豪クランに加入してもヴィオレット程度の腕ではいきなりスタメンに入るのは難しい、使われるとしてもダルクの名による集客が目当てになるだろう。
「わたくし、客寄せパンダなんてゴメンですわよ」
ヴィオレットが強い口調で言う。
「まっ、ヴィオレットが本気だというのは、実際に戦った私が保証するよ」
「あなたが本気だというのは昨日の試合を見れば判るわよ、でも、うちのクランを選ぶには説得力不足かしら」
アカネの言う事も最もだった、自分が目立ちたければ他にもクランは幾らでもある、なんなら金に飽かして自前のクランを作る事も出来る。
ダルク家の財力ならば不可能では無い事だ。
「勿論、円卓の黒猫を選んだ理由は他にもございます」
ヴィオレットに代わってジョセフが説明を始めた。
「ナイト・クラン・ウォーはその名の通り、本来はクラン戦が主戦場。
残念ながら貴クラン様は人数不足でクラン戦に参加出来ておりません。
が、ナイトクラスの三人は、アカネ様を始め、アオイ様、シュウ様と名うての強者と存じ上げております」
シュウも性格に難はあるが、ナイト・クラン・ウォーでは俊足のシュウの二つ名を持つ剣の使い手だった。
「それにミドリ様、白糸様、お嬢様が加われば六人。
クラン戦の最低出場人数は七人に、あと一人は傭兵を雇えば条件を満たせます」
ナイト・クラン・ウォーでは十人未満のクランは四人まで傭兵を雇う事が許されていた。
ナイト・クラン・ウォーは維持管理費がかなりかかるので、クラン戦を出来るほどの人数を揃えられないクランは、他のクランと契約してプレイヤーを派遣する事が出来るシステムになっている。
それを傭兵と呼び、腕の良い傭兵は当然契約料も高くなる。
「白糸か・・・」
白糸の名前が出てアカネの顔が少し曇る。
「どうかしたアカネちゃん?」
ミドリがアカネの表情に気が付いて聞いてくる。
「白糸用のバルチャー、まだ設計が出来て無くて」
「えーっ、だって白糸の試合は二週間後だよ」
ミドリが驚くのも無理はない、黒猫丸の設計が終わったのはミドリの試合の一ヶ月前だった。
それから機体に慣れる訓練漬けの日々、その間、アカネがガッチリと張り付いて少しでも問題があればその場で機体の修正の繰り返し。
黒猫丸の最終調整が終わったのは試合開始日の二日前だった。
「白糸は強すぎるのよ。
あの子のポテンシャルを引き出そうとしたら、ポイントが圧倒的に足りない」
アカネの言おうとしている事が、ミドリにはなんとなく判った。
白糸とまともに試合をしたらミドリは勝てる気がまるでしない、格闘に関しては天才と呼ぶのがふさわしい実力者だ。
ただ、ミドリが白糸から勝ちをもぎ取る事が出来るのは、格闘に特化したが故に裏をかきやすいというだけだった。
「忍者は相手の虚を突いてナンボだからね」
小回りの利くのを利用して白糸を翻弄して勝つ、それがミドリのやり方だ。
「空手とか、柔道とか使う武術を一つにしてくれればやりようは有るんだけど、白糸の流派は特殊すぎるからね」
アカネがため息をつく。
白糸の流派は古武道を主軸として、白糸の祖父が世界中を武者修行して編みだした物だった。
基本は古武道だが、空手やムエンタイ、プロレスやカポエラ、躰道すら取り入れたかなり変則的な武道であった。
「躰道は間合いの広さは魅力的だから、なんとか使えるレベルにしたいと思っているんだけど、ポイントの壁が・・・」
「だから毎晩遅くまで格闘のビデオを見て研究しているのね」
アカネがこのところ夜遅くまで調べていたのは、格闘に関しての研究論文や映像データを分析していたからであった。
「その躰道というのはどのような武術なのでしょうか?
わたくし、武術の心得は多少ございますが聞き覚えの無い名前でしたので、お教え願えないでしょうか?」
ジョセフの願いにアカネはしばし考えて、
「白糸がいれば直接、演じさせて見せるんだけど、いない物は仕方ないから映像データを見せるわ。
取りあえずクランルームに移動しましょう」
アカネの提案に皆がクランルームに移動する。
ヴィオレットも車椅子で着いてきた。
「これが躰道よ」
アカネが操作して大型モニターに映像を映し出す。
「おおっ、これは見事ですな。
人の力でこれほどの動きが出来るとは」
ジョセフが映像を見て感嘆の声を上げた。
「少々宜しいでしょうか」
と言いつつ、ジョセフが映像を操作して有る場面をスロー再生する。
「ここ、この状況でロケットか何かで加速させれば、この動きは再現出来るのではないでしょうか?」
ジョセフはバルチャーの設計にも造詣が深い様子だった。
「そうね・・・」
言われてアカネはしばし考え込むが、何かを思いついたように顔を上げると、
「そうか、その手があった・・・」
と言いつつ、ブツブツと呟きながらクランルームから出て行ってしまう。
「ちょ、ちょっとアカネちゃん」
ミドリが呼び止めたがまるで気が付いていない。
「アカネちゃんが心配だから、私も帰るよ」
あの様子だと、どこにぶつかるか判らないし、事故に遭っても困る。
「待ってよアカネちゃん」
ミドリは慌ててアカネの後を追いかけた。
「慌ただしい方達でしたな」
「そうですわね」
ヴィオレットとジョセフが二人を見送る。
「お嬢様宜しかったのですか、アカネ様にお伝えしなくて?」
「ええ、慌てる話でも無いですから。
今はアカネも忙しいようなので、手の空いた時に話せば宜しいですわ」
「かしこまりました」
その言葉にジョセフは恭しく頭を下げる。
次の日、ミドリはアカネに食事をさせ、身支度を調えさせてから制服に着替えて家を出た。
今日はアカネに学校を休んでもいいと言われていたが、暇でぶらぶらするのは苦手だし、会社にも人が出るので、朝からトレーニングルームでトレーニングというのも肩身が狭いので学校に行く事にしたのだ。
マンションを出るといつものように学校まで走って行く。
「ミドリ~~っ、試合見たよ~~っ」
追い越したクラスメートが後ろから声を掛けてきたので、ミドリは片手を上げて応える。
校内に入ると、試合を見たと言う生徒に声を掛けられたり、手を振って寄こす。
ミドリは軽く手を上げて応じながら下駄箱まで走ると、上履きに履き替えて教室に向かった。
「ミッドリ~~~!」
教室に入るなり川崎有紀が両手を派手に振りながら大声でミドリの名前を呼ぶ。
その声に今まで雑談をしていた生徒の目が一斉にミドリの方を向き、瞬く間に生徒達がミドリを取り囲む。
「服部、試合見たぜ。凄いんだなお前」
「ミドリ、身体大丈夫?試合の後、気絶したって聞いてびっくりした」
「服部選手、勝利の感想を一言」
「ミドリ勝利おめでとう」
周りを取り囲まれクラスメートに一斉に話しかけられてミドリは顔が引きつる。
「イテ、何すんだ川崎」
「ちょっと、有紀やめてよ」
取り囲んでいる生徒達の後ろの方から悲鳴が聞こえてきた。
見れば、川崎有紀が布製のバッグを振り回してミドリを取り囲んでいる生徒達を追い散らしていた。
「はいはいどいた、どいた。
ミドリは疲れてるんだから、試合の後気絶したの知っているでしょ」
と言いつつ、生徒の囲みの中からミドリを引っ張り出す。
「ありがと有紀、助かったよ」
「な~に、礼なんて要らないぜ。
これが親友の役目ってもんよ」
軽くウィンクして親指を立てる。
「有紀・・・」
「ミドリ・・・」
二人はしばし見つめ合った後、ひっしと抱き合う。
「何バカやってんるのよ」
東山奈緒が有紀の頭に軽くチョップを入れる。
「奈緒、ノリが悪いぞ」
有紀が文句を言い、隣でミドリも「そうだそうだ」と頷く。
「あんた達がバカをやると同類と思われる私の身にもなれよ」
とシッシッと手を振る。
「奈緒はツンデレだな、そんな奈緒をお俺は愛しているぜ」
いきなり抱きつく有紀。
「やめろ、抱きつくな」
奈緒は有紀を剥がそうとしたがしっかりと抱きつかれて引き剥がせない。
「ミ、ミドリ、ちょっとこのバカを引き剥がすの手伝って」
ミドリに助けを止めるが、
「ひ、ひどい有紀、私という者がありながら奈緒と・・・奈緒と出来ていたのね」
とその場にヨヨヨと泣き崩れる。
それをクラスメート達は「また三バカの漫才が始まった」と生暖かく見守るのであった。
お昼の時間になり、ミドリ、有紀、奈緒は机を付けてお弁当を広げる。
始業式から一月遅れで現れたミドリに最初に声を掛けてきたのは有紀だった。
それからなんとなく付き合いだし、有紀に奈緒が付いてきたという感じだ。
元々、有紀と奈緒は近所の幼なじみで、子供の頃から暴走気味の有紀を止めるのが奈緒の役目だった。
「それにしてもミドリ、初試合にしてはなかなか見事な試合だったぞ」
「ナイクラオタクの有紀が言うんだから間違いないよ、あたしも見ていてゾクッときた。
でも身体の方は大丈夫?
試合の後に倒れたんでしょ」
奈緒がミドリの身体の事を気遣う。
「大丈夫、大丈夫。
昨日もぶらぶらするのが嫌でトレーニングしてたしさ。
二人の顔を見たらバッチリ直ったよ」
ミドリがそう言って笑う。
「けっ、泣かせるじゃないか。
女の友情は儚いって言うけどさ、おれっち達の友情は永遠だぜ」
有紀がわざとらしく芝居がかった言い回しをするが奈緒は、
「こいつのバカが嫌でなければこれからもよろしくな、ミドリ」
「こいつとは何だ、こいつとは」
「食いつくとこそこ?」
「・・・バカ?そうだバカって言ったな」
「有紀、自分の事をバカだと思ってないの?」
「それはまあ、人に比べたらバカだけどさ・・・」
「ならいいじゃない」
「そうだな、あははははは・・・、
てっ、あるかい!」
ミドリはこのやりとりを微笑ましく眺めていた。
ふと外を見ると校舎裏でこそこそとしている白糸の姿が目にとまる。
「あっゴメン、用事が出来たからちょっと行ってくる」
言うが早いか、教室から飛び出し廊下を走り抜けると、周りに人のいないのを確認して窓から校舎横の木に飛び移り、その木を降りると白糸を追う。
白糸は校舎裏の目立たないところでお弁当を広げていた。
「白糸、こんな所でお昼?」
ミドリが声を掛けると驚いて白糸は顔を上げるが、
「な、なんだ服部か」
ミドリの顔を見て、ホッとした表情になる。
「なんだじゃないよ、こんな所でこそこそとお弁当食べるとからしくないよ」
ミドリの言葉に白糸はしばし考えて、おもむろに弁当の中から卵焼きを箸で挟んでミドリに突きつける。
「食べてみろ」
言われてミドリは差し出された卵焼きを口にする。
口にした瞬間、外はしっかり火が通っているのに中はふわふわトロトロ、卵と砂糖と隠し味の絶妙なハーモニーが口一杯に広がる。
「美味しい、めちゃ美味しい。
卵焼きってこんなに美味しい物だったんだ・・・あれ?」
なんかどこかで言った覚えのあるフレーズにミドリは首を捻った。
「もしかして、このお弁当を作ったのは一昨日、私を看病してくれたお姉さん?」
白糸は頷く。
「二週間前から家に下宿している」
白糸の家は道場をしており、以前は遠方から来た門下生を下宿させていたので家はかなり広い。
「下宿代代わりだと我が家の家事全般をやってくれているのだが、問題はこの弁当だ。
日替わりで色々と作ってくれるのは良い、美味いし。
気になったクラスメートが一口欲しいというので分けてやったのが失敗だった。
その生徒が「めちゃ美味しい」と騒いで、その日以来、この弁当の争奪戦が始まってな・・・」
白糸は朝稽古の道着のまま登校してしまうほどの武道バカなので、クラスの中では浮いてしまっている。
白糸自身はあまり気にしていないが、その白糸を巻き込むほどの騒動になるとは相当な物だった。
「あははは、あのお姉さんらしいや」
昨日、台風のように自分たちを振り回した金髪のお姉さんの事を思い出して苦笑する。
「でも、料理は本当に上手だもんね」
「ああ、こんな食事を毎日食べているとこれが基準になるから、外で食事をする気にならなくなる」
成る程とミドリは思った。
一昨日の祝賀会でも白糸はあまり美味しそうに食べていなかったような気がする。
牛丼には牛丼の良さがあると思うが、毎日こんな美味しい料理を家で食べていたら舌が肥えて牛丼では満足出来なくなるのかもと思った。
「いや、それだけではないのだが・・・師匠が、まだ私の機体を作ってくれないのも心配だったので」
沈み込む白糸。
白糸のデビュー戦は来週の土曜日だ、心配するなと言う方が無理だろう。
「あっ、それなら大丈夫。
昨日、ジョセフさんにヒントを貰って夕べは遅くまで機体の設計していたみたいだから。
今日、出来ているかも」
ミドリの言葉に白糸の顔が輝く。
「そうか、やっと私専用の機体が出来るのか」
白糸が楽しそうに笑う。
「白糸、本当にナイクラ好きなんだ」
「ああ、武道以外でこれほど打ち込めるのは初めてだ。
誘って貰って、服部には本当に感謝している」
別に誘ったわけではない、流れ的にそうなっただけの話なのだが、嬉しそうに笑う白糸にミドリは口にしなかった。
ミドリと白糸の出会いは今から四ヶ月ほど前、ミドリが高校に通い始めて一週間過ぎた頃だった。
下校の時、有紀と奈緒と分かれてクランルームに向かう途中の道で、立ち塞がったのが白糸だった。
「お前、何か武道をやっているな」
唐突の事だったがミドリは慌てずに、
「な、何のことですか?
わ、私は武道なんてやっていません」
冷静に驚いたふりをして答える。
嘘ではなかった、幼少の頃から忍術の修行で体術は習ったが武術ではない。
「昨日、野球のボールを避けるのを見たが、身のこなしが見事だった。
あの動きは何かしら武術をやっていると私は見た」
「見られていたか」
ミドリは心の中で舌打ちをする。
昨日の放課後、校舎から出て有紀達と話しながら正門へむかって歩いていた最中、野球のボールが飛んできたのだ。
ミドリ一人なら難なく避ける事が出来たが、ミドリが避けたら有紀に当たるコースだったので咄嗟に鞄で叩き落としたのだ。
その場は偶然を装って逃げてきたが、見る人間が見れば偶然でないのは判る。
「いえ、私は武道なんてやってません」
嘘はついていないのでその一点で押し通す。
「いいや、何か武道をしているはずだ」
しかし、白糸はしつこく食い下がってきた。
「武道なんてやっていません、私急いでいるんで」
そう言ってミドリはダッシュで白糸の横を走り抜ける。
「あっ、ちょっと待て」
唐突のダッシュだったので、一瞬反応の遅れた白糸だがそれでもミドリを捕まえようと手を伸ばしてくる。
しかし、ミドリはあっさりとその手を躱すと、猛ダッシュでその場を離れた。
「失敗したな」
と思ったがここで捕まるのもやっかいとなので、とにかく全力で逃げた。
「待てっ、待ってくれ」
その後を白糸が追いかけてくる。
ミドリは逃げ足には自信があったが、白糸もかなり足が速く、結局、クランルームの有るTEIの研究所まで振り切る事が出来なかった。
「後ろから来るあいつ、通さないでね」
研究所の守衛をしている手下にそう言い残して、ミドリは研究所の門をくぐりクランルームに向かう。
「変なのに絡まれて、ホント困ったよ」
クランルームでアカネに変な人間に絡まれた話しながら、ミドリは冷蔵庫から自分のボトルを出して一口飲む。
「変なので悪かったな」
唐突に白糸がクランルームに入ってきて、そう言い放つ。
ミドリは危うく口の中の飲み物を吹き出しそうになった。
「な、なんであんたがここに居るのさ」
ミドリが不思議がるのも当然、ミドリは手下が守衛をしているので顔パスだが、ここはTEIの研究施設なので外部の者は容易には入れない。
ましてやクランルームなど、外部の人間に場所など判るはずもない。
なのに、白糸があっさり門を抜けてきた上に、クランルームまで来てしまっているのだ。
「私がここまで通すように言ったのよ」
犯人はアカネだった。
「富士野道場の白糸さんね?」
「あ、はい、そうです?」
白糸は初対面の人間に突然名前を呼ばれて少し驚く。
相手が白衣を着た中学生くらいにしか見えないアカネなら尚更である。
「あなた、そこのミドリちゃんと一緒に世界を目指してみない?」
唐突に言われ、何を言っているか判らず白糸はミドリの方を見た。
「私も同じ事を言われたから、あんまり気にしないで」
ミドリはスルーを決め込む事にする。
「ちょっとミドリちゃん、私が誰彼かまわずに言っているような言い方しないで頂戴」
アカネが怒るが、ミドリは「はいはい」と言うだけで相手にしない。
「は、はいは一回でいいの」
アカネは怒ったがミドリは完全にスルーを決め込む。
「う~っ、私本気なんだから・・・
その子、本当に格闘技の天才なんだから・・・」
アカネの声が半分泣きそうな声になってきた。
「判った、判りました。
話を聞けばいいんでしょ」
「やった~」
アカネの表情がぱっと明るくなる。
「子供か!」
時々アカネが自分より年上だと信じられなくなる時がある。
「だから放っておけなくなるんだよね」
とお姉さんのような暖かな眼差しでアカネを見るミドリであった。
「世界を目指すとはどう言うことですか?」
今の、アカネとミドリのやりとりを無視して白糸が尋ねてくる。
「ナイト・クラン・ウォーは知っている?
ここはナイト・クラン・ウォーのクラン「円卓の黒猫」のクランルームよ。
そして、そこのミドリちゃんはナイト・クラン・ウォーの出場して、私と一緒に世界の頂点を目指すの」
誘拐同然に連れてこられた上での問答無用の決定事項ではあるが、ミドリも今更、嫌ですと言う気もなかった。
「服部が、ナイト・クラン・ウォーに出場・・・
わ、私に声を掛けたと言うことは、私も出場出来るのですか?」
食いついてきた。
アカネはにやっと笑う。
「私と一緒に来れば世界も夢じゃないわよ。
天馬アカネって知っているでしょ?
ナイト・クラン・ウォー史上、唯一、個人戦で百連勝をした。
そう、それが私よ!」
得意満面の顔で両手を腰に当てて胸を張るアカネ。
天馬アカネの名を聞いた瞬間、キリキラした目で見る白糸。
「天馬アカネ、知っています。
し、師匠と呼ばせて貰って宜しいですか?」
と言われ、アカネもまんざらではないという顔をする。
「よしっ、私に付いて来い!」
「はい、師匠」
なんなんだこの展開はと言う呆れ顔でミドリは様子を見ていたが、
「富士野さんだっけ?やめた方がいいよ、ろくな事にならないから。
それに私と戦うとか言っていたのはどうなったの?」
「いいのです・・・実は私は迷っていたのです。
神童とか天才とかもてはやされて、それに応えようと頑張ってきたのですが、それに限界を感じて・・・判らなくなって・・・それで、服部につい声を掛けてしまったのです。
でも、私はここで新たに進むべき道を見つけました」
静かに、でも熱く語る白糸の瞳に本気の光が宿っていた。
「本気なんだ」
そんな瞳をしている人間の意思を無視するほどミドリも野暮ではなかった。
「おっ、なんだまた新人か?」
そこへアオイがやって来た。
相変わらずモデルかと思うほどの颯爽とした衣装に身を包んでいる。
「宜しくお願いします」
白糸が挨拶をすると、
「そうか、頑張れよ」
と一言励まして更衣室に行ってしまった。
てっきり反対するかと思っていたミドリは少し拍子抜けする。
「それじゃあ、ミドリちゃんも着替えて来て。
白糸は・・・そのままでいい?」
白糸は胴着と袴の出で立ちなので、袴では操縦に支障が出る。
「かまいません」
と言う白糸に、
「そう、じゃあミドリちゃん、着替えたらポッドまで案内お願い」
それが白糸のナイト・クラン・ウォーの始まりだった。