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忍者の初陣-その2

 黒猫丸が試合会場に足を踏み入れた瞬間、怒濤の歓声が沸き上がった。

「なに?なに?なに?」

 慌ててミドリが黒猫丸の首を動かし会場を見回す。

 客席には様々なアバターが座っており、猫耳やうさ耳、妖精やロボット、はたまた剣やらスライムなどの人ですらない様々なアバターで客席が埋まっていた。

「な、何よこの人の多さは!」

 ミドリが思わず叫ぶ。

「入っている入っている」

 アカネが嬉しそうに声を上げ、

「なんじゃ、その人数は」

 ソファーに座っていたアオイは驚いて素っ頓狂な声を上げた。

 新人のデビュー戦を見に来る人などあまりいない、多くても百人くらいだろう。

 それが新人のデビュー戦で超満員などあり得ない話、アオイが驚くのも無理はない。

 アカネは満面の笑みを浮かべて観客を見回す。

「もしかしておまえの仕業か?アカネ」

「正解」

 アカネが振り向きざまVサインをする。

「「あの、百連勝を達成した死を呼ぶ妖精の愛弟子が今度デビューする」とネットで拡散して回っただけよ」

 アカネが得意満面で答える。

「私の知名度もまだ捨てたもんじゃないわね」

 嬉しそうに笑う。

「最近、何かしていると思ったらそんな事をしていたのね」

 ミドリはアカネがここ最近、食事中に上の空になって何かしていた事を思い出す。

 現在、ミドリはアカネのマンションで一緒に生活している。

 4年前、両親が失踪してからは愛虹の家に同居していたのだが、アカネのマンションの方が高校に近いし色々と都合が良いので引っ越したのだ。

 

「でもよ、こんなに人を集めてどうすんだ?・・・ああ、あれか」

 アオイが何かを言いかけて、

「そう、PPを稼ぐ為よ」

 PPとはプライズ・ポイントの略で観客に対して観戦している試合に限った1ポイントを与えられ、良いプレイをしたと思ったプレイヤーに付与する事が出来るポイントだ。

 獲得したPPは機体の改造に使えるので貰っただけ機体の強化が出来る。

 つまり観客が増えれば増えるほどチャンスは増える事になり、チャンスを掴めばそれだけ機体を強化できるわけである。

 新人クラスであるリクルートクラスでは勝っても貰えるポイントは少ない、PPは貴重なポイント獲得源となるのだ。

「観客が増えたって貰えるPPが増えると思うなら甘いぞ、それは判ってるよな」

「そんなの判っているわ」

 いくら観客が増えても、観客が良いプレーだと思わなければPPは貰えない。

 そればかりか、相手のプレイヤーの方が良いプレーだと思われれば逆に持って行かれてしまうのだ。

 PPとは諸刃の剣でもあった。

「大丈夫、ミドリ姉ちゃんはチャンスに強いから」

 愛虹が後ろから声をかけてきた。

「福引き一枚で何回も特賞を射止め、商店街で福引き荒らしと呼ばれた私の実力を見せる時がついに来たかな」

 とミドリかっかっかっと笑う。

 ミドリと愛虹以外の人間は、それちょっと違うんじゃないのと顔を見合わせたが。

「お・・・おお、いい返事だな・・・」

「う、うん、ミドリちゃん、そうね期待しているわ・・・」

 なんとも微妙な空気がクランルームに流れる。

 だが、それも対戦相手が姿を現すまでだった。

 対戦相手の機体が反対側の入場口から姿を見せた瞬間、クランルームに緊張の空気に包まれる。

「し、師匠、あれは何ですか」

 白糸が裏返った声を上げ、

「ひっ」

 愛虹が小さな悲鳴を上げた。

「ありゃ、一発屋だな」

「そうね、典型的なスーパーダッシュ系ね」

 スーパーダッシュとは武器を構えた状態で武器の先から武器の終端、もしくは機体の背中までの距離の十倍の距離を2秒で移動させるバーチャルならではの装置の事だ。

 距離を稼ぐ為に武器は出来る限り長い武器が使われる。

 そして運動エネルギーには速度の二乗×質量という法則があるので、破壊力を増す為に機体の重量は出来る限り重くする。

 対戦相手のアシエ・ガルディアンの右手に構えるは長さと質量の両方を兼ね備える騎乗ランス、左腕が構えるのは巨体が隠れるほどの大きな金属盾。

 全身を覆う白銀色に輝きを放つ鎧を纏い、いかにも重そうな足取りで巨体を一歩、また一歩と歩ませる。

 その様はアシエ・ガルディアン、鋼の守護神の名にふさわしい様相であった。

「うん?ちょっと待て、あの盾に描かれたエンブレムなんかかっこいいな」

 アオイが興味津々の目で盾に描かれているエンブレムを見る。

 アシエ・ガルディアンの構える巨大にな盾には青地に王冠を被る剣と剣の両側には黄金の百合が描かれていた。

「あれはジャンヌ・ダルクの戦旗に描かれていた紋章ですよ、アオイさん」

 白糸がキラキラした目で教えてくれる。

「おお、ジャンヌ・ダルクか。うん、いいな」

 ジャンヌ・ダルクと聞いて、アオイの目が一層輝く。

「でも、白糸。そんな事よく知ってるな」

 アオイが不思議そうな顔で白糸の方を見る。

 白糸は普段から胴着を着て歩いているくらいの格闘バカで、ジャンヌ・ダルクとは到底結びつかなかったからである。

「子供の頃、祖父と遊んだゲームに出てきて、かっこ良かったので調べたんです」

 照れ笑いしながら答える。

「そうか、おじいさんとか・・・そうか~~」

 アオイがどう答えていいか判らずに曖昧に褒める。

 白糸の祖父は若い頃は武者修行と称して身一つで世界を巡り、既に70歳を超える身だが未だ現役で道場の門下生を吹き飛ばすほど元気満々であった。

 ゲームの方もかなりの猛者であり、世界的人気のある格闘ゲームで今年も世界大会で二位を取ったばかりだと白糸に聞いて呆れたモノだった。

「あの爺さん、本当に化け物だからな」

 あまり関わりたくないという表情を浮かべ、額に薄らと脂汗を流す。

「へー、ジャンヌ・ダルクか・・・でも、なんでジャンヌ・ダルク?」

 ミドリが首を捻った。

「それはね、今度の対戦相手のヴィォレット・ダルクはジャンヌ・ダルクの兄弟の子孫だからよ」

 対戦相手のプロフィールは公開されている。

「プロフィールを読んでおきなさいって言ったでしょ」

 アカネに怒られてミドリが「えへへ」と舌を出す。

「ジャンヌ・ダルクにはお兄さんがいて、そのお兄さんと一緒に爵位を貰ったんですよ。

 ジャンヌ・ダルクの活躍が大きかったのですけどね。

 でも、ジャンヌ・ダルク自身はダルクの姓は名乗らなかったんです。

 昔のフランスの庶民は姓は無かったんです、だからジャンヌ・ダルクも自分の事はジャンヌとしか言っていなかったみたいなんです。

 ダルクの姓はジャンヌ・ダルクの死後、復権裁判でジャンヌ・ダルクのお父さんがダルクの姓を署名したので後からジャンヌ・ダルクと呼ばれるようになったんですよ」

 生真面目で必要以上の事を口にしない白糸が、普段とは違って嬉々としてジャンヌ・ダルクについて語る。

「因みに、描かれている黄金の百合は王様から爵位を賜った時に、百合の姓も貰ったので戦旗に描かれているんですよ」

 白糸が立て板に水の如く、ジャンヌ・ダルクの話を披露する。

「復権裁判?ジャンヌ・ダルクの死後?それってどういう意味?」

 何気ない愛虹のこの一言に、今まで蕩々と語っていた白糸の表情が凍り付く。

 助けを求めるようにアカネとミドリの方を見たが、二人ともさっと目を逸らした。

「そ、そんな・・・」

 白糸は泣きそうにり、最後の望みとばかりにアオイの方を振り向こうとした瞬間、

「えっ、ダルクってあのダルクのことか!」

 アオイが突然大きな声を上げた。

「脳筋らしい反応ね」

 アカネがアオイの方を見て「ふっ」と笑う。

「だ、誰が脳筋だ!誰が!」

 顔を真っ赤にして、アオイはアカネに飛びかかろうとソファーから飛び出す。

 凍り付いた表情で固まっていた白糸が、信じられない反応を見せてアオイを押し止めた。

「誰がって、いま、キャンキャン吠えているあんたしかいないでしょ」

 と言いながらアカネが更に挑発する。

「このぉぉ!白糸、離せあいつをぶん殴ってやる!」

 アオイの怒りは頂点に達し白糸の腕の中でもがいたが、白糸はびくとも動かない。

「白糸、やっておしまい」

 アカネが悪の女ボスのような命令を白糸に下す。

 命令されて、白糸は「えーっ」と言う顔をしたが渋々頷く。

「アオイさん、すみません」

 謝るのと同時に瞬時にアオイの背後に回り込み腕を捻り上げた。

「あたたた・・・ギブ、ギブ」

 アオイがあっさりとギブアップした。

 と言うか、完全に決まってしまっていてギブアップする選択しか無かったのだが。

「す、すみませんアオイさん、痛かったですか?」

 白糸が慌てて捻り上げていたアオイの腕を放し、後ひたすら「すみません、すみません」と謝り続ける。

「悪は滅びるのよ、オ~ホッホッホッホッ」

 そんな様子を無視してアカネが高笑いを上げた。

「アカネちゃんの方がよっぽど悪人に見えるよ」

 ミドリと愛虹があきれた顔でアカネを見た。

「やめやめ、なんか馬鹿らしくなった」

 アオイも怒る気力が失せてソファーに戻るとどっかりと座る。

 まだ謝り続けている白糸の方を向くと、

「いいからこっちに来いよ」

 と手招きする。

 白糸がおずおずとやって来たところを、アオイがその手をいきなり引っ張って白糸の頭を胸に抱え込んだ。

「ひゃぁぁ」

 突然の事に可愛い悲鳴を上げる白糸。

「いいか白糸、生まれてくる家は選べないけどな、師事する師匠は選べるんだぞ。

 あんなのを師匠と思っているとろくな事ないぞ」

 抱え込んでいる白糸の頭を撫でながら、アオイが諭す。

「うんうん」

 ミドリも頷く。

「ちょっとミドリちゃん、それひどくない」

 一緒に頷くミドリを見て、アカネが頬を膨らませる。

「アジトをいきなり襲撃されて、問答無用でここに拉致されてきたんですけど私」

 ミドリの言葉に、アカネは明後日の方を向き、

「うっさいわね、それよりミドリちゃん、試合に集中しなさいよね」

 と逆ギレした。

「試合が始まったらね」

 まだ対戦相手のアシエ・ガルディアンが試合開始線に到着していなかった上に、試合開始時間まではまだ余裕がある。

「うぅぅぅ・・・」

 アカネが顔を赤くしてうめいたが、

「ふんっ」

 と言ってそっぽを向く。

「子供か」

 と皆が一斉に突っ込みを入れた。

 が、この騒ぎのおかげで愛虹の質問は有耶無耶になって白糸は内心ホッとした。

「ジャンヌ・ダルクが魔女裁判で有罪にされて火あぶりにされたなんて愛虹ちゃんに言えないし・・・あっ、もしかして」

 白糸はそっとアオイの方を見る。

 アオイは相変わらずアカネと喧々諤々と言い合っていて、白糸の視線には気がついてはいないようだった。

「ありがとうございます、アオイさん」

 白糸は心の中でアオイに感謝した。

「で、なんでダルク家の人間がナイト・クラン・ウォーに出ているのさ」

 アオイの質問に、

「うーん、判んないわね。

 どんな思惑があってこんな危ないゲームに乗り出してきたのかしら?」

 アカネも訳がわからないという顔で答えた。

 セキュリティーの主任という立場上、仕事関係に関してはアカネは口は堅いが、仕事以外の事に関しては逆に自慢げに話すタイプだ。

「お前が判らないなら仕方ないか」

 アカネの言葉にアオイは諦める。

「阿吽の呼吸ですね」

 白糸が感心したように二人も見る。

「なんだかんだで付き合いが長いから」

 アカネの言葉に、

「腐れ縁だけどな」

 とアオイがため息をつく。

「それはこっちの台詞よ・・・」

 と言ってから、

「あんたには感謝しているけど」

 小さい声で言う。

「なっ・・・」

 突然の言葉にアオイが言葉に詰まり、

「それはこっちの台詞なんだよ」

 と小さく呟きながら、悲しげな目でアカネを見る。

「あのぉ、ダルク家ってなんですか?」

 そんな空気を読まずに白糸が質問し、ミドリも同意する。

「愛虹ちゃんはともかく、ミドリと白糸はダルク家の名前くらい覚えておけよ」

 アオイが呆れたような声を出す。

「そうね、知らないならこの機会に覚えておきなさい」

 アカネがここぞとばかりに語り始めた。

「ダルク家はね、ナイト・クラン・ウォーを始める時に多額の出資をしてくれたのよ。

 重力発生装置を使ったシミュレーターがようやく軍用に開発されたばかりの頃で、出資者を集めるのが大変だったみたいね。

 そこへダルク家がポーンと多額の出資をしてくれたの。

 ダルク家が出資するならと、それから次々と出資者が現れてあっという間に必要金額が集まったのよ。

 ダルク家のがその時に名乗りを上げなかったら、ナイト・クラン・ウォーは無かったかもしれないし、開催できたとしてももっと時間がかかったでしょうね。

 ナイト・クラン・ウォーにとって大事な名前だから覚えておきなさい」

 先程の女王様モードかとは打って変わって嬉々とした口調でアカネが説明する。

「はーい」

 ミドリと白糸、愛虹までが口をそろえて返事をした。

「あはっ、揃った」

 愛虹が嬉しそうに笑い、それにつられるように皆も一緒に笑う。

 だが和やかな雰囲気も長くは続かなかった。

 対戦相手のアシエ・ガルディアンいよいよ試合開始線に到着したのだ。

「で、でかい」

 黒猫丸のメインカメラの映像を投影するモニターを見てクランルームにいる人間がその大きさと威圧感に気圧されそうになる。

 目の前に立たれるとアシエ・ガルディアンからの圧力がひしひしと伝わってくる。 

 子供と大人、いや、子供と相撲取りの体格差である。

 圧倒的重量感をアシエ・ガルディアンは放っていた。

「こりゃ、かすっただけでも黒猫丸は消し飛ぶわな」

 とアオイはニヤニヤ笑う。

「そうね、当たればね」

 アカネも「ふふふ」と笑う。

 頭の中でアシエ・ガルディアンのスペックの解析を終えていたアカネは、軽くアドバイスを入れる。

「練習と基本は同じ、初撃は必ず避けて硬直時に削れるだけ削って後は逃げ回る、でも・・・」

「PP稼げるように見せ場も作るだよね」

 すかさずミドリが言葉を繋げる。

「その通り、でないとこれだけ観客を集めた意味がないからね」

 改めてミドリは観客席を見回した。

 ただ勝つだけでは意味がない、この観客達をうならせる試合をしてPPをゲットが最優先となるのだ。

「よっしゃ、任せておいて」



「試合開始10秒前」

 場内アナウンスがカウントダウンを始めた。

 いよいよ試合開始だ。

 ミドリは身構える。

「・・・3・2・1・試合スタート」

 試合開始のブザーが鳴り響いた。

 その音が鳴り終わらない内に、アシエ・ガルディアンから、


キーーーーン 


 と言う甲高いモーター音が聞こえ、次の瞬間、アシエ・ガルディアンの姿が観客の目の前から消えた。

 しかし、その動きをミドリはしっかりと捉えていた。

 スーパーダッシュ系への訓練 はまさしく血反吐が出るほどやった、ミドリは余裕でその一撃を躱したが、僅かに違和感を感じ相手の機体の動きを目で追う。

「あっ、ランスの先が下を向いている」

 そう、ランスの先がみるみる下を向いて行く、

 相手の機体がメインスクリーンからワイドモニターへとその姿が移った瞬間、消えた。

 その時、ミドリはどうして自分がそうしたのかよく判らなかった。

 ただ、頭の中で電流が走り、回避体勢にいた黒猫丸を強引に相手の機体から離すように跳躍させ、何かを防ぐように左手を突き出す。

 それと同時に激しい衝撃と供に黒猫丸の左腕の肘から先が粉々に砕け散り、それでも衝撃を吸収しきれずに黒猫丸の機体が宙を舞う。

「受け身は間に合わない」

 と判断したミドリは空中で無理矢理に黒猫丸にひねりを入れ、床に叩き付けられた。

 コクピットが激しい激しく揺すぶられたが、それをモノともせずに黒猫丸を転がす。

 黒猫丸は床を転がり続ける。

 遠心力と衝撃で意識を持って行かれそうになるのを歯を食いしばり耐えチャンスを待つ。

「ここっ!」

 黒猫丸が残った右手で床を叩き、身体を起こすと同時にジャンプ、そのまま何度も後方ジャンプして会場の壁際まで逃げる。

 試合開始線の近くには黒猫丸に攻撃した姿勢でスーパーダッシュ後の硬直で固まるアシエ・ガルディアンの姿が見えた。

 絶好の攻撃のチャンスだが、今はそれどころでは無い。

「一体何が起こったの?」

 何が起こったかよく判らず、本能で危機回避したミドリはモニターの向こうのアカネに怒鳴った。

 動体視力には自信があった、アシエ・ガルディアンのスーパーダッシュ中の姿も捉えていた、捉えていたはずなのに、一瞬姿を見失ったのだ。

「ちょっと待って、今のシーンをスローで再生するから」

 アシエ・ガルディアンの硬直が解けても、重量級の機体ではここまで来るのに時間がかかる、スロー再生を確認するだけの余裕は十分にあった。

 スローの再生が始まり、その場にいた全員が食い入るように画面を見つめる。

 スーパーダッシュでアシエ・ガルディアンが移動を始め、黒猫丸が躱す。

「ストップ、アカネちゃんランスのあたりを拡大してくれる?なんか動きが変だった」

 アカネが手早く操作するとランスの動きをカメラが追従するように再生が再開する。

 黒猫丸が躱したあたりで既にランスの先は下を向いており、それが更に下を向きついには床に接触して火花を散らす。

「あっ、そうか」

 そう言うとアカネは再生をまた止め、アシエ・ガルディアンの機体全体が見えるように画面を引いてから再び再生を再開した。

「な、何これ」

「うげっ」

「な、なんとぉぉぉ」

 愛虹が驚きの声を上げ、アオイが呻き、白糸が唖然とした。

 床に接触したランスの先から火花を激しく散らしながらアシエ・ガルディアンの巨体が向きを変えたのだ。

 向きを変えつつ、黒猫丸の方へ向くと同時にランスを持ち上げた。

 ランス持ち上げられると同時にスーパーダッシュの効果で前方への高速移動を再開し、黒猫丸に体当たりをしかけたのだった。

「やられた、この手があったか!」

 アカネが憤慨した声を上げる。

「システムの抜け道を探すのに自信があったのに、この手は思いつかなかった」

 悔しそうに地団駄を踏むアカネに、その場にいた人間が一斉に「おいおい」と突っ込みを入れたのは言うまでもない。

「師匠、何故こんな芸当が出来るのですか?」

「スーパーダッシュ中は足の裏の摩擦係数が0になるから出来る芸当ね。

 スーパーダッシュのスピードを出す為には足の裏に摩擦が少しでも有ったら、その摩擦によって機体はあっさり転倒してしまうのよ。

 で、摩擦0と言う事は左右どちらかに何らかの方法で摩擦を発生させれば、簡単に方向転換できるというわけ」

 そこで一旦言葉を句切ってから、

「でもね、理屈が判っていてもそうそう出来る芸当じゃないわよ。

 白糸、車で180度ターンのやり方を教わって出来る?」

 白糸は首を横に振る。

 理屈は判っているから出来るというものではない。

「そう、でも相手はやった。

 スーパーダッシュの効果は2秒よ、その2秒であのくそ重い機体で180度ターンをして尚且つ、黒猫丸をしっかり捉えて攻撃を当ててきたのよ。

 死ぬほど練習しないと出来ない芸当よ、あれは。

 金持ちの道楽なんてと思って舐めているとこっちが食われる。

 気を引き締めていきましょう」

 張りのあるアカネの声がクランルームに響き、皆が頷く。 

 それからアカネ少し微笑むと、モニターのミドリに向かって、

「今のをよく躱したわね、ミドリちゃん偉い」

 褒める。

「・・・あ、ありがとう」

 ミドリも今の再生を見て、あまりの事に唖然として一瞬返事が遅れる。

「自分でもよく躱せたと思うよ、あれは。うん・・・」

 左腕を出していなかったら間違いなくアシエ・ガルディアンに挽き潰されていただろう。

 ミドリは背中に冷や汗をかいていた。

「ありゃ、私でも初見で躱せって言われても無理だわ。本当に凄いよ、お前」

 アオイも手放しで褒める。

「ホント、私でもあれは初見で避けるのは無理ね。ミドリちゃん本当に凄いよ」

 12歳の時、米空軍の訓練用シミュレーションの最高難度をクリアーした事がある。

 どこで手に入れてきたか知らないが、アジトの奥にいつの間にか置かれていた。

 なんとなく触って、なんとなくシミュレーションで遊んでいて、いつの間にか全クリアーしていた。

「最後の方はかなりしんどかったな」

 その時の事をふと思い出してミドリは苦笑した。

「ああ、でもあの時もなんとなく敵の攻撃の方向が判っていたような・・・」

 と考えてみたが、そのあたりの記憶が曖昧でよく思い出せない。

「攻撃が激しすぎて大変だったくらいしか覚えてないや・・・おっと、それより試合、試合」

 試合の方に意識を切り替える。

 とにかくこれからどうするかが問題だ。

 決定打はどうにか避けられたが、黒猫丸の左腕は肘から先を失ってしまったのだ。

 答えを求めるようにミドリはアカネの顔を見た。

 アカネはアシエ・ガルディアンを映すスクリーンを見ていた。

 アシエ・ガルディアンは既に5秒の硬直が解けて、黒猫丸と反対方向の壁際へと移動を始めている。

 会場中央に今のシーンが立体投影され、アシエ・ガルディアンの攻撃に熱狂的な歓声が沸き上がっていた。

 当然だろ、ナイト・クラン・ウォーを知る者なら、アシエ・ガルディアンのなした事は神業に等しいと言う事を。

「まずいわね」

 それを裏付けるように、アシエ・ガルディアン側のPPに少なくないポイントが入っていくのをアカネは唇を噛みしめて見る。

 観客が増えれば取り分も増えるが逆になれば相手の取り分が増える、そこがナイト・クラン・ウォーの怖さだった。

 幸いな事にアシエ・ガルディアンのPPの上昇は直ぐに止まり、アカネはホッと胸をなで下ろす。

「ミドリちゃん、運命の女神はこっちを見放してないわ。

 まだ私の愛弟子への期待が残っている、だったら観客の期待に応えてあげなさい」

 そう、観客は期待しているのだ、死の妖精の愛弟子の実力を、その戦いぶりを。

「それに相手はガードを固めて逃げに入る気満々だから、これは残りのPP総取りのチャンスよ」

 と叫ぶアカネの目の中に、ミドリは「PP」の文字を見た様な気がした。

 


 ミドリは、黒猫丸のダメージゲージを確認する。

 左腕の肘から先を粉砕され、飛ばされた時の衝撃や床を激しく転がったダメージでゲージは20%を少し超えていた。

 ダメージゲージが100%になった時点で自動的に負けとなり、そこで試合終了となりなる。

 もし試合時間一杯まで決着が付かなければダメージゲージの多い方が負けになるのだ。

 アシエ・ガルディアンはそれを狙っているのだ。

「でも、まだ勝ち目はあるわよ」

 アカネが余裕の笑みを浮かべた。

「それどういう事?」

 その場にいた人間が一斉にアカネのの顔を見た。

「それはまだ、黒猫丸が倒れていないからよ。

 スーパーダッシュ系は初撃さえ何とかしてしまえば、いくらでも攻撃のチャンスは作れるわ」

 そう、スーパーダッシュ系での勝ちパターンは初撃で相手を沈めてしまう事、初撃を逃してしまうと重い機体故に防衛に徹する事になってしまうのだ。

「それに相手のダメージゲージを見て」

 言われるままにアシエ・ガルディアンのダメージゲージを見る。

「あっ」

 一番最初に声を上げたのは愛虹だった。

「おおっ、少し減ってるじゃねえか」

「師匠、これは?」

 一方的に攻撃を受けただけで、こちらからは攻撃する暇すらなく吹き飛ばされた。

 それなのに、僅かとは言え相手のダメージゲージが減っているのだ。

「さっきの攻撃は諸刃の剣と言う事よ。

 あのくそ重そうな機体をランス一本で方向転換させれば、ランスに相当な負荷もかかるというもの。

 ・・・そうね、ランスはあと4回で使い物にならなくなりそうね」

 アカネが素早く計算を出す。

「つまりあれはそうそう使えないって事か?」

 アオイの言葉にアカネは頷く。

「機体やパイロットに相当な負荷がかかるし、それにチャージ時間を考えれば試合中に使えるのは3回が限度。

 それを考えれば4回使えれば十分という事ね」

「ああそうか、チャージ時間の事を忘れていた」

 アオイも納得する。

 スーパーダッシュは使った後に6分のチャージ時間を必要とする。

 個人戦は一試合20分だ、試合中に使えるのは3回が限度であった。

「でもよ、あいつがチャージ時間を短縮していたらどうすんだよ」

 ポイントを使えば各パーツのステータスを変更する事が出来る、当然スーパーダッシュのチャージ時間も短縮可能である。

「スーパーダッシュのチャージ時間を縮めるのにどれだけポイントが必要か知っている?

 たった1秒縮めるだけでバカみたいにポイント取られるのよ。

 これだから胸に栄養を取られている脳筋は・・・」

「てめぇ、誰が脳筋だ!」

 再びアオイとアカネが口喧嘩を始め、ミドリはヤレヤレとため息をつく。

「ナナコ、機体の再調整を始めて」

 ケンカを始めたアカネを放っておいてミドリは体勢を立って直しにかかる。

「既に始めています」

 黒猫丸は高速移動型である、スピードが上がれば上がるほど機体の状態の影響を受けてしまう。

 僅かな変化ならばその都度で修正できるが、左腕が半分無くなるような大きな変化には修正に時間が取られてしまう。

 武器も左腕無しで扱えるように再調整しなければならないので、アシエ・ガルディアンが防御に入ってくれたのは実はありがたかった。

「修正終わりました」

 2分ほどでナナコから終了の報告が入る。

「スーパーダッシュの再稼働時間は?」

「あと3分です」

 ナナコの返答にミドリは大まかに計算する。

「よっしゃぁぁぁ、反撃するには十分」

 ミドリは叫び声を上げてアクセルを思い切り踏み込んだ。

 アシエ・ガルディアンの神業の興奮が冷め始めた頃、壁際で動かなかった黒猫丸が突如動き始めたので再び場内が沸き上がる。

「は、はぇぇぇぇ」

 矢のような速さで疾走する黒猫丸に、観客が目を見張る。

 瞬く間に会場の端から盾を構えるアシエ・ガルディアンの前まで走り抜けると、そのまま突っ込む黒猫丸。

 誰もが衝突すると思った瞬間、黒猫丸の姿が突然消えた。


 ガキーーーン


 その音は正面衝突の寸前で横に飛び、忍者刀で腕の関節に切りつけた音だった。あまりの素早い動きに観客の目が追いつけなかったのだ。

 観客の視線がようやく音の方へ向きそこで目にしたのは、壁を蹴りアシエ・ガルディアンの鎧を足場にして宙高く舞う黒猫丸の姿だった。

 空中高く舞い上がった黒猫丸は、身体を捻ると足下から見事にアシエ・ガルディアンの冑の上に着地を決める。

 と同時に、会場全体に大型ダンプ同士が正面衝突したような激しい衝突音が響き渡った。

「おっ、今の攻撃でアシエ・ガルディアンのダメージゲージが5%増えた」

 黒猫丸は軽々と着地したように見えたが、軽量級とは言え重量は30トンを超える、それが頭の上に着地したのだからその衝撃は大きい。

「ううっ、あれはきつい」

 白糸がアカネに頭にかかと落としを食らった時の事を思い出してうめき声を上げる。

 バルチャーは人型を基準とし、その骨格も人間近い。

 頭は人間の背骨に当たる骨格に繋がっており、頭上からの攻撃は骨格を通して機体全体に響くのだ。

 当然、コクピットもその洗礼を受ける。

「あれはあたしでも一瞬、意識が飛ぶな」

 アオイもウンウンと頷く。

 しかし、そんな衝撃にも怯まず、アシエ・ガルディアンのランスが黒猫丸目がけて突き上げられる。

「あらよっと」

 黒猫丸は難なくランスを避けると、アシエ・ガルディアンの正面に着地するとそのままオーバーヘッドキックを振り上げられた右腕に決め、反動を利用して空中で身体を捻ると両肩のパッドから手裏剣を放つ。

 手裏剣は見事に冑の下のカメラアイに命中したが、僅かながらダメージしかは入らない。

「うーん、これじゃカメラアイを潰すまで行かないか」

 ミドリは軽く舌打ちをする。

「打撃力は最低限まで削ったからね、牽制用よ、牽制用」

 アカネがはっはっはっと笑う。

「そこ、笑うところじゃないと思うけど」

 ミドリがアシエ・ガルディアンから距離を取りながら自慢げに笑っているアカネに文句を言う。

「ゴメンゴメン。

 でも、ポイントは機動力とナナコの演算力と忍者刀につぎ込んだから仕方ないのよ・・・」

 そこで言葉を切ると、

「装甲も紙だから攻撃はオール回避でよろしくね」

 片手を腰に当て胸を張るとモニターに向かって可愛く笑う。

「うっ、なんかむかつく」

 黒猫丸の装甲が紙なのは散々模擬訓練をしたので知っている、だが設計した本人に可愛く笑いながら言われると腹が立つ。

「そんな人だと知ってたけど・・・知ってたけど、なんかなぁ」

 とぶつくさと文句を言いつつも機動性を生かしてアシエ・ガルディアンを翻弄するのは忘れない。

 スーパーダッシュは正面にしか進めない、相手が正面にいなければ使っても当たらない上に使用後の硬直が待っているので迂闊には使用出来ない。

 ならば常に翻弄してスーパーダッシュを発動するタイミングを作らなければ良い。

 とは言え、いい気になって近寄ればランスの餌食になる。

 あの大きな盾に殴られただけでも黒猫丸は大ダメージを負うだろう。

 アカネの言った事は誇張ではなく、本当に黒猫丸の装甲は紙同然なのだから。

「さてどうしようかな」

 黒猫丸を操作しながらミドリの頭はフル回転で回る。

「手裏剣はカメラアイ以外ダメ、忍者刀も関節以外は期待できないと」

 攻撃手段が殆どない、先程のような頭上からの奇襲も何度も通用しないだろう。

 黒猫丸は機動性で相手を攪乱して忍者刀でダメージを与える事をコンセプトとして作られている、ガチガチに装甲を固めているスーパーダッシュ系とは相性は良くない。

 とは言え、開幕ダッシュさえ避けてしまえばダッシュ後の硬直時は完全に無防備になる、機動力の高い機体はスーパーダッシュ系の天敵でも有るのだ。

「開幕ダッシュ避けて、硬直中に攻撃して後は適当に逃げる予定だったのに」

 まさかあんな技を使ってくるとは予想外だった。

「とは言え、あの重い機体で180度ーンなんて真似出来ない」

 スーパーダッシュ自体かなりのGがかかる、それをランスを使って無理矢理方向転換をすれば遠心力はリミッターが働くまでかかるだろう。

 ナイト・クラン・ウォーでの最大Gは11Gと定められている、11G以上になるとそれ以上は重力を発生しない様にリミッターが掛けられているのだ。

 昔は15Gがリミットだったそうだが、アカネの事故以降に11Gに引き下げられ更に何重にも安全装置が掛けられていた。

 アカネの事故以降変更された事はもう一つ、最低年齢が16歳になった事。

 それまでは年齢制限がなく、故に14歳のアカネが出場出来たのだ。

 出場すること事態、かなりハードルが高いので子供が出場するとは想定外の珍事だったのである。



「そんな状態で狙いなんて付けられないよ、普通は」

 リミッターがかかる程の遠心力の中で狙いを付けて体当たりをしてくるなど人間業ではないと思いつつ、それをやってのけた相手に素直に賞賛した。

「凄い練習したんだろうな」

 ミドリもバルチャーをまともに動かせるようになるまで、アカネにボコボコにされた。

 最初の一ヶ月は気を失うまで訓練、中学の卒業式も高校の入学式も出られなかった。

「中学の卒業式行きたかったな」

 ふと仲の良かった中学の友達の顔を思い出す。

 高校だって通い始めたのは入学式から一ヶ月過ぎてからだ。

「おっと、試合に集中」

 一度、深呼吸すると黒猫丸の操作に意識を戻す。

 アシエ・ガルディアンを何度か挑発してみたがまるで動きがない。

「もう一度やってみるか」

 黒猫丸を加速させると今度は盾側から突っ込む。

 盾の直前で壁側に飛び、壁を蹴って盾を足場に上にジャンプしようとした瞬間、反対側のランスが動いた。

 既にジャンプ体勢に入っていた黒猫丸はそのままジャンプすると、その黒猫丸を追いかけるようにランスが突き上げられた。

「うりゃあ」

 ランスの切っ先が黒猫丸を捉える直前、身体を捻りランスを躱し壁を蹴ってアシエ・ガルディアンの正面に着地すると素早く距離を取りランスの射程圏外に出る。

「おおっ、あっちのプレイヤーなかなかやるじゃないか」

 アオイが感心した声を漏らす。

「本当に手強いわね」

 アカネも同意する。

 才能などスタートラインに立つ為の資格に過ぎない、スタートラインから先は自分の才能をいかに昇華して絞り出すか、この半年の間でミドリは嫌と言うほど味合わった。

 間違いなく、相手のプレイヤーも血反吐が出るほど練習したと判る。

「向こうが本気なら私だって本気、負けられるか!」

 一気にアクセルを踏み込む。

 黒猫丸が疾走する、その様はまるで地上を疾る黒い矢。

 黒い矢は瞬く間の内にランス側からアシエ・ガルディアンに突っ込む。

 重い鎧に包まれた巨体では黒猫丸の動きに対応できないのは織り込み済み。

 大胆にもランスを足がかりにして空中にジャンプをする。

 足場にされた衝撃でランスの動きが一拍遅れた。

 その隙を突いて見事に黒猫丸はアシエ・ガルディアンの頭の上に着地を決めた。

 激しい金属同士のぶつかる衝撃音が響き渡り、一瞬静寂が訪れた後、会場に熱狂した観客の雄叫びに埋め尽くされる。

 黒猫丸のPPのゲージが見る見るうちに伸びていく。

「よっしゃあ」

 ミドリの雄叫びと供に黒猫丸がガッツポーズをする。

 会場が更に盛り上がった。

「よっしゃぁ、もういっちょ」

 油断が入り込んだ瞬間だった。

 アクセルが踏み込まれ、再び矢の様に疾走する黒猫丸。

 先程と同じくランス側から飛び込み、ランスを足場にジャンプしようとランスに足を掛けた瞬間、足の下からランスの感触が消えた。

 実際に消えたわけではなく、黒猫丸がランスに足を掛ける瞬間を狙ってアシエ・ガルディアンがランスから手を離したのだ。

 重力に引かれてランスは下に落ち、黒猫丸は足場を失う。

 危なく体勢を崩すところを何とか踏み止まる、と同時にミドリは忍者刀を抜き構える。

 そこへアシエ・ガルディアンの盾が襲いかかってきて、その盾を忍者刀で受けると反動を利用して後方へ飛ぶ。

「きゃあ」

「うおっ」

「なにやってんだ!」

 愛虹と白糸の悲鳴とアオイの怒鳴り声が飛ぶ。

 ミドリも今の出来事に全身に嫌な汗をかいていた。

 一瞬でも忍者刀を構えるのが遅れていたら間違いなくアシエ・ガルディアンの巨大な盾に押しつぶされていただろう。

「ミドリちゃん、油断しちゃダメ」

 アカネがすかさず注意する。

 油断したつもりはない、ないが、PPが大量に入っていい気になったのは否定できない。

「ごめん」

 素直に謝る。

「それにしても相手の方もやるな」

「かなりやっかいな相手ね」

 アオイにアカネも同意する。

 普通は武器を手放したりはしない、それを躊躇なく出来る判断力と胆力は侮れない。

「いいじゃない、私なんか燃えてきた」

 ミドリの良いところは失敗しても切り替えの早いところだった。

「このまま何もしなけりゃ負け確定、何もしないで負けるのは私は嫌だから」

 と言ってアクセルを踏み込み、再び黒猫丸が黒い矢となって走り出す。

 またもやランス側から突っ込む。

 それを予期していたのか黒猫丸の進路を狙ってランスが降られるが、黒猫丸の方もそれを予想していてランスの下側に身を滑らせ、そのままスライディングで床を滑るとつま先がアシエ・ガルディアンの足に当たると同時にジャンプする。

 そこからアシエ・ガルディアンの身体を利用して空中高く飛び上がる。

「ごっつい鎧着てくれている御陰で、足場には困らない」

 空中で華麗に身を翻すと三度目の冑の上に着地に成功した。

 すぐさま冑の上から飛び降りる。

「おまけ」

 飛び降りながら腰のベルトからスタングレネードを抜いてアシエ・ガルディアンの顔面に投つけた。

 着地すると同時に黒猫丸の背中が閃光に染まる。

 スタングレネードは強力な閃光と供に電磁波を出して、バルチャーのセンサー類を一時的に麻痺させる効果がある牽制用の武器だ。

 黒猫丸は対策済みだが、対策の無い機体にはかなり有効な目眩ましになる。

「おっ」

「ふむ」

 アオイとアカネは今の攻撃でダメージが入ったのを見逃さなかった。

「あれっ、ダメージが入っている?

 スタングレネードって目眩ましだけでダメージは入らないんじゃ?」

 ミドリもダメージが入っているのに気がついてアカネを見る。

「どうしてだ」

 アオイも速攻でアカネに尋ねた。

「スタングレネードは爆発すると閃光と一緒に強い電磁波を出すのは知っているでしょ?

 センサーを一時的に麻痺させる為だけど、これが超近接だとセンサーにダメージが入るのよ。

 特に頭部はセンサーが集中している所だから、うまく当てれば今みたいに良い感じでダメージが入るわよ。

 リアルでダメージ貰ったセンサーなんて使い物にならないけれど、そこはバーチャル、耐久値が無くなって壊れるまで使える仕様だから、逆にこっちのチャンスにもなるわね」

 そこで一旦言葉を句切り、

「とは言え」

「だな」

 アカネの言葉にアオイも同意する。

 今までの戦いぶりを見た限り、アシエ・ガルディアンを操縦するヴィオレット・ダルクには同じ攻撃は連続で決めるのは難しい。

 スタングレネードの超近接攻撃が危険と判った今、何らかの対策を講じてくるだろう。

「なら私がその上を行けばいいだけ」

 ミドリがきっぱりと言い切る。

「ホント、お前はポジティブだな」

 アオイが笑いながら呆れた声を出す。

「あははは、よく言われる」

 あっけらかんとしたミドリの笑いがクランルームを明るい雰囲気に包む。

「小手調べは終わった、これからは本気マックスで行くぞ!」

 気合いに満ちるミドリ。

「おっいいね、ところで小手調べの語源て知っているか?」

 アオイの突然の言葉にミドリの顔が「へっ?」となる。

「知らないなら教えてやるぞ、昔はな剣道の試合の前に小手に不具合がないか叩いて調べたんだよ。

 それが調べの様に聞こえたから、事前に具合を見るという意味で小手調べと言われる様になったんだぜ」

 アオイが胸を張って堂々と語った。

「アオイさん凄い」

 とミドリと愛虹が尊敬の眼差しでアオイを見る。

 アカネは額に手を当てて、

「あんた、よくそういう嘘を堂々と言えるわね」

「えっ、嘘なの?」

「はい、剣道の試合では小手が一番狙いやすいので相手の技量を測る為に小手を狙う事があります、相手の腕試しという意味で小手調べと言われる様になったのです」

「流石武道家の白糸、よく知っているな」

 と言いつつアオイが軽く舌を出す。

「アオイさんひどい」

 愛虹がポカポカとアオイの身体を殴る。

「あはははは、愛虹ちゃん可愛いな。

 どう、私のお嫁にならない?」

 と言いつつ、愛虹の顎を持ち上げて顔を覗き込む。

 愛虹の顔が見る見るうちに真っ赤になったが、直ぐにアオイの手を払いのけ、

「ダメです、私はミドリお姉ちゃんのお嫁さんになるって約束しているんですから」

 と恥ずかしそうにミドリの方を見る。

「なっ、なんですとぉぉぉぉ」

 突然、野太い男の声がクランルームに響く。

「うわぁ」

「きゃっ」

「はっ」

 突然、見えない所から男が現れてミドリと愛虹以外が驚きの声を上げた。

「お父さん、みんなを驚かさないで」

 愛虹が突然現れた男に怒る。



 近藤鐵、8月1日生まれの45歳。愛虹の父親である。

 元ミドリの手下であり、現在はアカネの下で社内巡回警備の主任を務めている。

尾行術を得意としており、特に相手の認識をごまかす術に秀でていた。

人間の目というのは不思議なもので、見えていてもそれを認識していないと視覚情報として脳が認識しないのだ。

 武芸に秀でた白糸にすらその気配を感じさせないとは、相当の達人である。



 ミドリと愛虹は鐵が愛虹達と一緒にクランルームに入ってきたのに気が付いていたが、一緒にミドリの試合を観戦しているものだと思っていたのだ。

「とぉぉぉりょぉう、い、今の愛虹の言った事は本当ですか」

 鐵が血走った目でミドリの映るモニターに迫る。

「ちょ、ちょっと落ち着け鐵。子供の時の、小さい時の約束だから」

「ミドリ姉ちゃんひどい、私本気でお嫁さんにしてくれるって信じていたのに」

「とぉぉぉりょ~~~~~っ!」

 鐵に加わって涙目の愛虹までモニターに詰め寄って来た。

「じゃかぁしぃ」

 アカネがハリセンで鐵の頭を思いっきり張り倒す。

「鐵さん、今何時だと思います?仕事中ですよね」

 正座させられた鐵の前に仁王立ちしたアカネがこんこんと説教をする。

「すっ、済みません主任。愛虹の事がちょっと心配だったもので」

 大柄な部類に入る鐵の身体が縮こまり、蚊の鳴くような声で答える。

「ここは私がいるクランルームですよ、何が心配なんですか?」

 とアカネに睨まれ、しばし脂汗を流してから、

「済みません、済みません」

 と平身低頭謝り始めた。

「ちょっと、また鐵さんが来ているから連れて行ってちょうだい」

 アカネにインカムで呼び出された男達が、問答無用でクランルームから鐵を引きずって去って行く。

「もうお父さんたら恥ずかしい」

 引きずられていく父親を恥ずかしそうに見送る愛虹。

「あの人の娘バカも筋金入りだな」

 苦笑しながらアオイも引きずられていく鐵を見送った。

「でも凄く迷惑な時もあります、今だって私凄く恥ずかしかったし・・・この前だって」

 ニコニコしている事が多い愛虹にしては珍しく怒る。

 鐵が同様の騒ぎを起こしたのは一度や二度ではないのだ。

「まっ、親なんてそんなもんだよ。

 鐵さんはちょっと極端だけど、それだけ愛虹ちゃんの事が可愛くて仕方ないのさ」

「そうなんですか・・・う~~~ん」

 なんと答えていいか判らず、愛虹は言葉に詰まってしまう。

「そのうち判る様になるさ、なんて私も偉そうな事は言えないけど。

 親にはさっさとナイト・クラン・ウォーを辞めろって言われている身の上だから」

 アオイがサバサバした感じで自分の置かれた状況を説明する。

「や、辞めちゃうんですか?」

 愛虹が驚いて聞き返した。

「まさか、私、ナイト・クラン・ウォー好きだし。

 返さなきゃならない恩があるからな、それまでは辞めないさ」

 それを聞いて愛虹がホッとした表情になる。

「でも、アオイさんのお父さんやお母さんが心配するのも判る気がします。

 ナイト・クラン・ウォーって見ているだけで大変だから。

 私みたいに運動ダメ人間には絶対に無理」

 アオイと愛虹の談笑をアカネとミドリ、白糸は複雑な表情で見ていた。

 アカネは11歳でアメリカに一人で留学してそれ以来、両親とは一度も会っていない。

 ミドリの両親も4年前の事故衣類行方不明。

 白糸も白糸の将来について祖父と両親が揉めて、現在、両親とは別居状態だった。

 両親と共に生活しているのはこの中ではアオイと愛虹だけなのだ。

「あんた達妙な顔してどうしたのさ」

 突然、頭の上から声がしてアカネの視線が上を向く。

 アカネの視線の先にはアラビアンナイトに登場しそうな衣装に身を包んだ小さな女性が浮いていた。



 ニーヤ、誕生日不明、年齢不詳。本人曰く、千年以上は生きているらしい?

 風の上位精霊で、異世界から人を追って転移してきた。この世界の風はあまり美味しくないので、省エネモードで小人化しているが本気で怒って、クランルームを何度か吹き飛ばしている。



「ニーヤ、どうしたの?一人でいるなんて珍しいじゃない」

「う~ん、さっきからシュウの姿が見えないだよね。

 見なかった?」

「えっ、シュウいないの?」

 それを聞いた瞬間、アカネの中で最大限の警報が鳴り響いた。

「全員警戒、シュウが野放しになっているわよ」

 アカネの叫び声に、白糸は「ひっ」と声を出して壁際まで一瞬で逃げ、愛虹は慌ててスカートを押さえ、アオイはどこからでも来いと臨戦態勢になり、アカネも杖を構える。

「あははは」

 その様子を見てニーヤは苦笑する。

「日頃が日頃だから、自業自得か」

 と諦め、シュウの気配を探す事にした。

「風と同化していると気配が希薄になるから・・・」

 さっきまで騒々しく希薄な気配を探り難ったが、皆が警戒して静かになったので気配を探すのに集中出来る。

「そこっ」

 ニーヤが叫ぶと同時に拳を突き出す。

 拳の先から風の塊が生まれ、その塊がアオイの座っていたソファーの下に直撃した。

「ぎゃあ」

 雑巾を切り裂く様な男の悲鳴が上がり、ソファーの下からもやの様なものが飛び出すと長身の男の形になる。

「きゃぁぁぁ」

 愛虹が悲鳴を上げてアカネの後ろまで走って逃げる。

「シュゥゥゥウ、あんたそんな所で何にしてんのよ」



 疾風のシュウ、生年月日不明、年齢不明。本人曰く20歳という事になっているが、精霊の血が混じっているので見た目通りの年齢では無い。ニーヤと一緒に別世界から転移してきた。

 いくつかの魔法を駆使して、女性に問題行動を働くのでニーヤの厳重監視下に置かれていおり、日々、ニーヤから逃れる事ばかり考えている。

 ナイト・クラン・ウォーでは見事な腕前を見せて、瞬く間にナイトの称号を取った実力者でもあり、「円卓の黒猫」のナイト保持者の一人であった。



 憤怒の表情でニーヤがシュウの胸ぐらを掴む。

「いやぁ、アオイさんの足があまりにも美しかったので、ソファーの下に潜って堪能・・・」

 シュウの言葉が終わらない内に、アオイの蹴りがシュウの顔に炸裂した。

「死ね、死ね、死んでしまえこのクズ野郎」

 殺気を帯びた形相でアオイは何度もシュウの顔を踏みつける。

「ア、アオイさん、もうそのくらいにいておいた方が」

 アオイの剣幕に愛虹が止めようとするが、

「大丈夫、大丈夫。こいつ、ドラゴンに殴られても死なないくらい頑丈だから」

 ニーヤは涼しい顔でシュウが蹴られている様子を眺めていた。

 シュウは元の世界ではドラゴンスレイヤーの称号を持つ勇者である、ドラゴンを倒す際、何度かドラゴンの直撃を貰っていたのだった。

「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ・・・もうこれで勘弁してやる」

 やがて蹴り疲れてアオイがソファーにへたり込んだ。

「ず、ずびばせんでした」

 顔面がサッカーボールほどに腫れ上がったシュウが虫の息で謝る。

「ほら行くわよ」

 ニーヤが片手でシュウの胸ぐらを掴むとそのまま引きずってクランルームを出て行った。

 クランルームにようやく平和が訪れたのだ。

「あの~~、私、試合中なんですけど」

 ミドリがモニターの向こうでぼそっと呟く。


設定を変更したので書き直しました。2021/02/21

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