忍者の初陣-その1
コツコツコツコツ
廊下に杖の音が響く。
コツコツコツコツ
その杖の音に、無言の男達が従って歩く。
音も立てずに規則正しく。
どの男も身を包んだ防護服の上からでも判る、鍛え上げられた肉体の持ち主だった。
その男達が杖を突いて歩く少女に無言で付き従う。
少女の背丈は150センチそこそこ、えんじ色のビジネススーツの上から白衣を纏っている点を除けばその容姿は中三か高一くらいにしか見えない。
少女が突然止まった。
後ろの男達も隊列を乱す事なく止まる。
少女が眼鏡型の端末を操作してから、肩までの僅かに赤みがかった髪をかき上げた。
「フフフ、セキュリティーの掌握は完璧ね」
ここは沼津駅北口近くにあるルル・ポートに密かに作られた地下通路。
その秘密通路に少女達は侵入していた。
「私がいる会社のセキュリティにちょっかいをかけておいて、ただで済むと思わないでね」
少女は再び歩き出し、通路に杖を突く音も再び響き始める。
やがて通路の先が見えて来た。
通路は壁で行き止まっており、少女はしばし考え込むと、突然手を振り出しす。
闇雲に手を動かしているようにしか見えないが、少女のかけている眼鏡に映し出されるARを操作しているのだ。
やがて眼鏡越しに行き止まりのはずの壁に扉が表示される。
「この程度のカムフラージュで私の目は誤魔化せないわよ」
少女はそのデータを後ろの男達の装着しているゴーグルに送り、脇にずれて男達に場所を譲る。
男達は無言で配置につき手際よく壁に隠された扉のロックを解除すると、背負っていた銃を構えた。
その銃は米国で開発されたばかりの暴徒鎮圧銃。
一発当たっただけで手が痺れて動かなくなる威力を持つ弾を無数に撃ち出す、まだ米国でも殆ど出回っていない希少な銃だ。
男達は音も立てずに扉を開け放つと同時に、左右の壁と天井に向けて同時に銃を撃つ。
放たれ弾が天井や壁で跳ね、中にいた人間に襲いかかる。
声を上げる暇も無く中にいた人間は無力化されたが、中年の男一人だけ、中学の制服を着た少女をかばうように覆い被さっていた。
そのおかげで少女は僅かに意識があり、部屋に入ってきた杖を突いた少女の前に引きずり出される。
「会いたかったわミドリちゃん、私と一緒に世界を目指しましょう」
それがミドリとアカネの最初の出会いだった。
それから半年。
ミドリはボール型のコクピットの前に立っていた。
服部ミドリ、9月9日生まれの高校生。
江戸幕府お庭番の末裔であり、4年前に両親が失踪した事により父の残した忍者組織の頭領となる。
スレンダーな体型を生かした素早い動きを得意とする。
悩みは、スレンダーすぎて合うブラが無いというか、必要性すら無いところ。
先日、ようやく16歳の誕生日を迎え、これからナイト・クラン・ウォーの初試合に挑むところなのであった。
「ミドリちゃん、準備出来たからコクピットに乗って」
ヘッドセットにアカネの声が響く。
天馬アカネ、8月8日生まれの20歳。
見た目は中学生か高1くらいにしか見えないが、13歳で米国工業大学を首席で卒業し博士号まで持つ天才であり、ナイト・クラン・ウォーの個人戦において100連勝の偉業を成し遂げ「ナイト・オブ・ナイト」の称号を持つ、ナイト・クラン・ウォーの歴史に名を残す人物でもあった。
「了解」
ミドリはコクピットに乗り込むとシートに座り、腕をアームに通す。
と同時に開いていたポッドの開口部が閉まり、内部照明が点灯すると同時に前面のスクリーンに外部の様子が映し出される。
通称「ポッド」、今、ミドリはその白い球状の「ポッド」の中にいるのだ。
続いて保護パッドが頭と脇の下と足をシートに固定し、腰を両側から挟み込んでくる。
身体は完全に固定され、動かせるのはアームに入れた腕と固定の緩い足が僅かに動かせるだけだった。
頭はゆっくりとしか動かせず、早く動かそうとすると動かなくなる仕様になっていた。
その為、目だけで状況の確認をしなくてはならなく、その補助としてメインスクリーンの上部に後方から200度をカバーするワイドモニターが埋め込まれている。
メインスクリーンとワイドモニターを使って前後左右の確認をしなければならない。
今はそのワイドモニターは起動していなかった。
「コクピット移動を開始します」
AIのナナコの無機質な声が告げると同時にコクピットが動き始めた。
前へしばらく進むとトンネルに入り直ぐに下り坂になり、トンネル内のオレンジ色の照明の中をゆっくりと下り始めた。
最初はゆっくりと下っていたポッドだったが、徐々にスピードが上がりミドリの身体がシートに押し付けられる。
等間隔に並んでいたオレンジの光も、既に光の線と化していた。
弾丸の様な速度でポッドはトンネルの中を進み続けた。
時折、緩いカーブがあったが尋常でない速度で疾走している為、強烈な横Gがミドリの身体を押しつぶそうとする。
その疾走は唐突に終わりを告げた。
「黒猫丸とのドッキングシークエンスに入ります」
ナナコの言葉が終わると同時に強烈な減速がかかり、壁に激突したような衝撃がミドリの身体をシートから引き剥がそうとしたが、保護パッドがミドリの身体をシートに固定して守る。
頭のロックがなかったら間違いなく首を痛めていただろう、それほど激しい衝撃だった。
ポッドはトンネルを抜け、スクリーンに忍者装束に身を包み猫耳を生やした五頭身のロボットの姿が映し出された。
頭のはち金に、「TEI」の文字が刻まれている。
ミドリの乗機、黒猫丸である。
黒猫丸の手前で十分に減速したポッドは、180度方向転換をすると後ろ向きで黒猫丸の腹部に吸い込まれていく。
「黒猫丸と接続します」
開いていた黒猫丸の腹部が閉じ、ポッドが通ってきた通路はトンネルに引き込まれ、トンネルの入り口も跡形も無く消えてしまう。
黒猫丸だけが存在する空間となった。
スクリーンに映し出される景色も変わる。
今まではせいぜい1メートルくらいの高さだったが、今はそれより高い視点でスクリーンに映し出されていた。
黒猫丸は身長15メートルの巨大ロボット、今その目の高さからの景色がスクリーンに映し出されているのだ。
そうこれがこれからミドリが操縦する事になる巨大ロボット、黒猫丸からの景色だった。
「ふー、やっと終わった」
ミドリが一息入れる。
「終わったじゃなくて、試合はこれから始まるのよ」
速攻でアカネの突っ込みが入る。
「いやぁ、聞いていたより結構しんどかったから今の」
「初めてだと結構キツいかもね」
アカネも同意する。
高速状態からの急制動は慣れないと確かにキツい。
「新人への洗礼みたいなものよ。
でも、モチベーション上がるってプレイヤーに人気あるのよね」
「あっ、なんか判る気がする。
地下のトンネルを猛スピードで進んでロボットに合体するのって燃えるよね。
これからロボットで出撃するぞという気分になる」
ミドリが妙にはしゃいだ気分になった。
そんなミドリを見ながらアカネはポッドの待機場を映し出すスクリーンに目を移す。
そこには8機の白いポッドが置かれており、その中の一つにミドリは入っているのだ。
ミドリの乗っているポッドはその場から1ミリも移動していない。
2030年に量子コンピュータのブレイクスルーが起きた。
それから次々と高性能な量子コンピュータが開発され、ついには量子コンピュータによって人類に常温超伝導と重力の解明がもたらされた。
常温超伝導によってエネルギー革命とネットワーク革命が起き、重力の解明によって人工重力発生装置が開発されたのだ。
その重力発生装置が使われているのが、ミドリが入っているポッド。
球状の表面に設置された64基の重力発生装置がポッド内に加速G、無重力、衝突した時の衝撃すら再現する。
今、ミドリが体験したトンネル内の高速移動や急減速もポッドに設置された重力発生装置によるものだった。
「ミドリちゃん、それじゃあ動作チェックして」
アカネの指示を実行してまず、アームを動かすとそれをトレースして黒猫丸の腕が動く。
両手を何度か動かすと、
「アームとの連動問題ありません」
ナナコが伝えて寄こす。
次にブレーキペダルを踏んだままアクセルペダルを踏むと黒猫丸はその場で足踏みを始めた。
白いパール色に輝く壁に囲まれた待機場は両手を広げられる程度の広さしかなく、足踏み程度しかしようがなかったのだ。
ミドリは左のアームに取り付けられている方向スティックをゆっくりと動かすと、足踏みをしながら黒猫丸はスティックの動きに合わせて方向を変える。
黒猫丸は小型で軽いといえ30トンを超す重量を持つ、衝撃吸収装置で軽減しているが衝撃は完全には消す事が出来ず、一歩踏む毎にその衝撃はコクピットを揺らす。
「本当に凄いよね、何度乗ってもバーチャルだとは思えないよ」
ミドリが少し興奮した声を出す。
「まっ、それが売りのゲームだから」
ナイト・クラン・ウォー、12年前に登場したロボット対戦型バーチャルゲーム。
与えられたポイントでロボットを組み上げ、そのロボットを使って他のプレイヤーと戦うというよくあるゲームだった。
たった一つの点を除いて。
ナイト・クラン・ウォーでは試合中に発生した衝撃、加減速や旋回時に発生するGがコクピット内に忠実に再現されるのだ。
「ヴァーチャルであってヴァーチャルではないリアル」
その謳い文句と供に世界中に発表された。
当初、人々は半信半疑だったが、使用されるポッドが米軍で使われている訓練ポッドをベースとして使われていると言う事が話題を呼び、世界の注目を集める事になったのだ。
とは言え、誰でも参加できるゲームではない。
契約料、ポッドの設置及び運営費用、どれも高額であり大企業所属のクランか有力なスポンサーを持っているクランに加入する以外、個人での参加は難しかったのだ。
黒猫丸のはち金に刻まれた「TEI」の文字も、ミドリの所属するクラン「円卓の黒猫」のオーナー企業のロゴマークなのであった。
逆に運営そのものは高額な契約料やグッズの販売で賄われているので観戦は無料。
不正が行われないように生体認証用のリングを購入して登録するだけで、リアルタイムで観戦するのもよし、公開録画を後で見るのもよしと観戦は人それぞれのスタイルで自由に出来るようになっていた。
リングも高校生が半日アルバイトすれば購入できる程度の価格なので、割と気軽に購入できるのも一般受けした。
参加者には厳しいが観客には優しくという謳い文句と、宣伝用に行われた試合も白熱した試合であった事もあり認知度をみるみる上げていったのだ。
その年に行われた世界大会はリアルタイム視聴者だけで十億アクセスをたたき出し、大成功を収めたと言う。
それから12年の時が流れ、ミドリは今、初めての公式試合の場に立つのだった。
「ナイト・クラン・ウォーが始まって12年か・・・・」
アカネが感慨深げに呟く。
それから自分の左足を見て、
「あれからもう5年経つのね」
12年の間、ポッドは様々な変化をしてきた。
最初、24基しかなかった重力発生装置も64基まで増え、コクピットに使われている安全装置も5年前、重大事故を発生させてから大幅に改善されている。
事故の当事者はアカネだった、新開発したシートの安全性をテストしている最中に重力発生装置が暴走しボロ雑巾のような状態で助け出されたのだ。
今まで使われていた安全装置では助からなかったでろうと話を後で聞いた。
新開発のシートの安全装置のおかげで、かろうじてアカネの命を繋いだのだ。
「でも、あの時に社長が助けてくれなかったら・・・」
と言いつつ、アカネの頬がかすかに染まる。
事故が起きた時に真っ先に飛び出し、ポッドの中からアカネを引きずり出し、血まみれのアカネを両腕で抱え込んで医療部に駆け込んでくれたのが当時、クランの監督をしていた現在の社長だった。
医療部まで移動する間に、部下に矢継ぎ早に指示を出し、到着した時には万全の受け入れ体勢が出来上がっていたと言う。
「それが無かったら私の命は無かった」
担当医師に告げられ、アカネは心の底から社長に感謝し、そして・・・
「それは違うぞアカネ君」
背後から突然中年の男性が聞こえ、驚いてアカネは振り向く。
相手の顔を見た瞬間、固まったかと思うと顔がみるみる真っ赤になり、うつむきもじもじとする。
「目の前で部下が命の危険さらされていたら助けるのは上司として当然の勤め、僕は当たり前の事をしただけだよ」
中年の男がにこやかに笑う。
「ひゃ、ひゃひょう」
うわずった声でそれだけ言うと、上目遣いに相手を見る。
「やぁ、アカネ君、近くの部署に用事があったから、ついでに寄ってみたんだけど迷惑だったかな?」
声の主は背の高く身体はがっしりとしていたが少しお腹の出た男性だった。
大山太郎、5月5日の子供の日生まれ、51歳。
TEIの代表取締役、つまりこの会社の社長。
性格は温厚で仕事をビシバシするより、縁側でお茶を飲んでいる方が似合っている。
社内でも昼行灯と呼ばれているが、いざというときの行動力は周りの人間を驚かせるほど高いがそれを知る人は少ない。
「いえ、迷惑だなんて、か・・・社長ならいつでも歓迎します。
なんと言っても社長はこのクランの初代監督なんですから」
このクラン「円卓の黒猫」の初代の監督であり、アカネの命の恩人。
「あっ、私ったらお出迎えにも上がらずに申し訳ありません」
思い出したように慌ててアカネは、入り口に立っている社長に向かって走り出した。
「アカネ君、いいからそこにいなさい」
と社長が声をかけるのと、アカネが自分の足で杖を蹴って派手に転ぶのと同時だった。
「あかねぇぇぇくぅぅぅん」
その体型とは思えぬほどの素早さで社長がアカネに駆け寄る。
「大丈夫かね?」
社長がアカネを助け起こして顔をのぞき込むと、顔を打ったのか鼻の頭が少し赤くなったいた。
「うん大丈夫、鼻の頭を少し擦っただけだね。
アカネ君の可愛い顔に傷でも付いたら大変だったよ」
と安心した様に優しい微笑む。
「可愛い、えへへへへ」
当のアカネは可愛いと言われ、思考は別のところに飛んでいったが。
「そうそう、一緒に食べようと思ってイチゴ大福を買ってきたんだ」
アカネをソファーに座らせると、社長はお茶を煎れる為にいそいそと給湯室に向かう。
「社長、私がしますから」
とアカネが立ち上がろうとしたが、
「いいから、いいから。アカネ君は座っていて。
昔取った杵柄、クランルームは我が家の様なものだからね」
と社長は楽しそうにお茶を煎れる。
「はい、アカネ君の分」
社長はテーブルの上にお茶とイチゴ大福の乗った小皿を置くと、アカネの向かい側のソファーに座りお茶を啜る。
「何年ぶりかな、アカネ君とここでお茶を飲むのは」
と懐かしそうに笑う。
そんな笑顔を見て、アカネは恥ずかしそうに下を向くと、
「済みませんでした」
と小さな声で謝った。
「えっ、なんで謝るの?」
突然、謝られて社長は困った顔をする。
「あの時の私は何も判っていなくて」
あの時と言われ、社長はしばし考え込んだが、昔の話をしている事に気がつく。
「いいんだ、いいんだ。あれはあれでアカネ君らしくて。まっ、少し手こずったけどね」
と少し苦笑いをしながらイチゴ大福を美味しそうに頬張る。
そう言われてもアカネの方は納得できる事では無かった。
当時のアカネは自分の優秀さを鼻にかけて全ての人を見下していた。
13歳でアメリカの工業大学をトップで卒業し博士号まで取った天才にもかかわらず、その傍若無人の性格故に行く先々の会社から追い出され、それが更にアカネの傍若無人さを増大させていった。
方々の会社を転々とした後、この会社でナイト・クラン・ウォーに出会ったのだ。
最初は興味も何も無かった、バルチャーの設計の手伝いを頼まれて、業務命令ならと仕方なく設計を手伝い始めたのが最初だった。バルチャーとはナイト・クラン・ウォーで使用される巨大ロボットの名称である。
その後、何体か設計しているうちに自分で操縦してみないと判らないと思い立ち、無理強引に参加許可を会社からもぎ取り参加したのだ。
性格は破綻していたが、一度引き受けた仕事はきっちりとやらないと気が済まない性格だった故の行動であった。
とは言え、これまで運動などまともにしてこなかったアカネが戦って勝てるはずもなく、散々考えて編み出したのが一撃必殺戦法。
システムの穴を突いた高出力での一撃で初陣を瞬殺で飾り、そのシステムの穴が埋められると別の穴を突いて勝ち進み、誰も成し得なかった100連勝という偉業を達成したのだ。
死の妖精とも妖精の皮を被った死に神と呼ばれていた時代だった。
当時、「円卓の黒猫」の監督だった部長の煎れたお茶などには一切手を付けず、憮然とミーティングルームのソファーに座っていたものだった。
だが社長は知っていた、アカネが陰でジムに通い、自分の体力のないのを補う努力をしていたのを。
毎日、全身に湿布を貼っていた事を。
アカネが口先だけでなく、出来る様になるまで努力する人間だと知っていたので、横柄に振る舞うアカネを温かい目で見ていたのだ。
その事を知らないアカネは、その頃の自分を思い出して恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「どうかしたのかねアカネ君?」
お茶の入った湯飲みを両手で抱えたままうなだれるアカネを心配して、社長が顔を覗き込んでくる。
「ひゃぁあ」
俯いていたアカネが顔を上げると覗き込んでいる社長と目が合い変な悲鳴を上げるが、直ぐに「すみません、すみません」と米つきバッタのように謝る。
「まあまあアカネ君、落ち着いて」
と社長がなだめた。
「何を落ち着いているのですか」
そこへ鋭い女性の声が響く。
社長の動きが一瞬止まり、壊れたゼンマイ人形の如くカクカクと声の聞こえた方へ首を向けた。
「や、やぁ、緋色君」
クランルームの入り口で腕組みをして睨んでいる、上品な感じのうす紫色のスーツに身を包んだ女性に、社長は引きつった笑顔で手を上げた。
「やぁじゃありません、本日はスケジュールが立て込んでいるのでここへ寄る余裕はありませんと、わたくし再三申し上げましたよね」
緋色が一気にまくし立てた。
諸星緋色、生年月日1月1日の23歳。大学を19歳で卒業後、秘書として入社。4年で秘書主任に上り詰めたやり手。社長のスケジュールを完全に管理しており、社内では影の社長と言われている。
「判っているよ、判っているけど。ほら、今日は久しぶりの新人がデビューする日だから・・・ねっ、ねっ」
と緋色を宥めようとするが、きっと睨まれて口ごもってしまう。
「わたくしだって鬼ではありません、ですが先方が本日以外だと二ヶ月先にしか予定が組めないと申し上げましたよね」
緋色にダメ出しをされ、社長はガクッと肩を落とす。
「じゃぁ、アカネ君。また来るよ・・・それから新人の・・・」
社長が咄嗟に名前を思い出せないでいると、
「ミドリです、服部ミドリ」
すかさず緋色からフォローが入った。
「そうそう、ミドリ君。
ミドリ君も頑張ってね」
とモニターに手を振りながら社長はクランルームを出て行く。
緋色もそれに続くかと思ったが、アカネの側まで来て小さな声で、
「あなたもいつまでも社長に甘えていないで下さい、天馬さん」
それだけ言うと社長の後を追ってクランルームを出て行った。
アカネはソファーに座り直すと社長の煎れてくれたお茶を両手で抱えたまま、下を向いたまま動かなくなった。
「ア、アカネちゃん・・・」
モニター越しにやりとりを見ていたミドリが心配になって声をかける。
しかし、アカネは何の反応も見せない。
アカネからまるで返事がないのでミドリは更に心配になるが、
「あーっ、社長とあまり話せなかった!あの女許すまじ」
それだけ言うと手にしたお茶を一気に飲み干し、社長の置き土産のイチゴ大福を頬張る。
「アカネちゃん・・・」
ミドリは「私の心配を返せ」と心の中で叫ぶ、がそれは口にしないでため息をつく。
「ふぇ?ふぁにふぁめいきふぃてんふぉ?」
口の中にイチゴ大福を頬張ったままアカネはミドリに返事をしたが、何を言っているか判らない。
「食べてからでいいから」
苦笑いしながらミドリがツッコミを入れた。
誰かが走ってくる音がしたと思うと、黒髪のロングヘアーの女性が勢いよく飛び込んできた。
「今、社長が来ていたろ」
入ってきた女性の顔を見るなり、アカネの顔があからさまに嫌な顔になる。
「あんた、何しに来たのよ」
「何しにって、当然どこかの馬鹿女の間抜け顔を拝みに来たに決まっているだろ」
「誰が馬鹿女よ、誰が」
いきなり口げんかを始めた二人をやれやれという顔で見ながら、
「アオイさん、こんちは」
ミドリは入ってきた女性にモニター越しに挨拶をする。
「おおっ、ミドリも初試合頑張れよ」
女性は親指を立てて腕を突き出す。
駿府城アオイ、5月5日生まれの21歳。
「円卓の黒猫」のメンバーであり、クラン中三人しかいないナイトの称号持ちである。背は 175と高く、キリッと引き締まった顔立ちは美しく、ナイスボディーの持ち主で雑誌のモデルを何度かした事もある。
性格は姉御肌で、口をひらかなけらばと言われる残念美人でもあったが。
性格と容姿を慕われて女性ファンクラブが多いが、本人はあまりの熱狂ぶりにかなり辟易としている様だった。
「そういや、あの陰険女も一緒だったな。絡まれると嫌だから速攻で逃げてきたけど、なんか言われたか?」
アオイの言葉にアカネは少し考えたが、
「何か言っていたような気もするけど、緋色さんは緋色さんの仕事をしているだけだから気にしないわ」
と素っ気ない返事をする。
さっき「許すまじ」と言っていたじゃないと、ミドリは思ったが黙っておく事にする。
「こんにちは」
「遅くなりました」
そこへ新たに二人、クランルームに入ってきた。
一人はピンクのワンピースを着た中学生くらいのお下げの少女、もう一人は黒髪をポニーテールにした胴着姿の少女。
「愛虹ちゃん、いらっしゃい」
アカネとアオイがハモるようにお下げの少女を歓迎する。
近藤愛虹、3月3日生まれの14歳。
ミドリとは姉妹同然に育った幼なじみ。
性格はのんびりしていて、運動神経はあまり良くない。
ミドリと供に幼い時から忍術の修行をさせられたが、ミドリの頑張っているのを横から応援している事が多く、親も普通に育ってくれれば良いと諦めている。
それからアカネは道着の少女を睨んで、
「白糸、遅刻だよね?私30分前に来るように言ったはずだけど」
富士野白糸、10月10日生まれの15歳。
ミドリと同じく「円卓の黒猫」の新メンバーで、16歳になる来月にデビュー戦が控えている。
1万に一人と言われる武道の天才であり、祖父の開く道場で師範代を務めている。
アカネに睨まれて白糸は、
「すみません、すみません」
とただ平謝りに謝る。
「白糸さんを怒らないで下さい」
そこへ愛虹が白糸を庇う。
「お母さんに親戚の家にお届け物を頼まれたんですが、それがちょっと重くて私が重そうに運んでいたところに白糸さんが通りかかって持ってくれたんです」
愛虹の説明を聞いてアカネが少しバツの悪い顔をした後、
「ちゃ、ちゃんと理由があるなら言いなさいよね」
「いやいや、あんたが理由を聞かないでいきなり怒ったんでしょ」
とみんな思ったが、
「はい、これから気をつけます」
と白糸が素直に謝ってしまったので突っ込み損なう。
「おっと、それより先にやる事があった」
思い出した様にアカネが慌てて、黒猫丸の状態を表示しているサブモニターをチェックする。
「転送まで一分くらいしか無いじゃない、ミドリちゃん急いで最終チェックするわよ」
アカネが眼鏡に触れると、凄い勢いで手が空中を動き回り始める。
傍から見ると何も無い空間に向かって手を動かしているようにしか見えないが、眼鏡の向こうには黒猫丸のサブモニターより詳細な機体状況が表示されているだ。
アカネは神速の勢いでそのデータを確認して次々と入れ替えていく。
「チェック終了」
「転送開始します」
アカネのチェックが終わるのと転送のアナウンスが流れるのは同時だった。
コクピットのスクリーンに映し出される景色が一瞬ぶれたかと思った次の瞬間には、全く別の景色になっていた。
転送された先は試合会場に向かうただ白いだけの殺風景な通路。
白い壁の先に見える明かりの先に試合会場はあるのだ。
この時点で、ワイドモニターが起動して通路の後方を映し出す。
「ナナコ進んで」
「了解」
ミドリの命令によりナナコの操作で黒猫丸が歩き出す。
試合が始まるまではサポートAIによる操作が許されている。
しかし、一旦試合が始まってしまえばプレイヤーのサポートに徹し、プレイヤーが操作しない限り指一本動かす事は許されていない。
「足踏みしていた時より、こうやって動き出すと本当にロボットに乗っているという感じがして滾る」
一歩進む毎に足下から振動が伝わり、同時に僅かな加速Gによって軽くシートに押し付けられる。
ポッドの中で操縦していると、まるで自分が本当に巨大ロボットの中にいて操縦していると錯覚してしまう。
「私は本当にロボットに乗って戦っているんだと思うようにしているわ」
楽しそうに笑うアカネに、そうだろうなとミドリは思った。
この半年間、アカネにしごきまくられてきたが操縦席にいるアカネはいつも楽しそうに笑っていた。
心の底から操縦を楽しんでいるのが判る。
ただし、その笑顔に反して攻撃は苛烈、細身の剣を使った相手に反撃を許さない連撃を得意とし、それを支えきれずに僅かでも隙を見せれば一瞬で刈り取られる。
正しく、その攻撃は刈り取られるという言葉がふさわしい、その剣に貫かれる度にミドリは機体ごと魂が持って行かれると錯覚したものだった。
天才と呼ばれるにふさわしい技であった。
そして、もう一人の天才がソファーでお茶をすすっているアオイ、アカネとは反対に遠距離からの魔法攻撃を得意とし、まるで踊るように相手を翻弄するので踊る魔術師の異名を持つ。
魔術師系は魔法を発生するジェネレーターにポイントを取られるので、装甲に回す余裕がなく接近戦は苦手とするのだが、アオイの場合は違った。
「スタッフは最強の打撃武器」
を心情とし、ミドリも何度も接近戦を試みては操縦席部分にスタッフのフルスイングを貰って気絶させられた事、数知れず。
「案外、あの二人って根っこは同じなのかも」
と何気なく呟いてしまう。
「ミドリちゃん今、何か言った?」
「べ、別に何も」
慌ててごまかす。
「ふーん、あいつと私は根っこは一緒じゃ無いからね」
ミドリに聞こえる程度の声でアカネが囁く。
「聞こえてるじゃん」と思ったが、それを口にする前に、
「ミドリちゃん、試合会場に出るわよ。準備して」
その声にミドリも備える。
黒猫丸が通路から会場のまぶしい光の中へと進み出た。
設定を変更したので書き直しました。2021/02/21