第十八話 フィレンの枷
食器の擦れる音に、液体を注ぐ音。安らぐ空間が演出されている。食器といっても陶器ではなく木ではあるが。
ここは迷宮の開の部屋だ。ベッドには赤毛の少女が寝かされている。開は仕方なく自室へと森で倒れたフィレンを運んだのである。
「魔法というのは便利だな。生活魔法が使えるだけで生活に彩りがでる」
開はコップにお湯を入れ蜂蜜を溶かした。これが開の最近の楽しみである。開は飲みながら魔法陣の本を読み使える魔法を増やしている。読むだけで使える魔法が増えるというのは相変わらずの便利さだ。
開が読み進めていると、身じろぎひとつ。ベッドで動く音がする。フィレンは目を覚まして身を起こした。
「ここは?」
「起きたか。とりあえず飲むか?」
開は状況の分かっていないフィレンに対し、自分と同じ飲み物を出す。フィレンはコップを受け取り口にする。
「おいしい」
「そうだろう」
しばしの沈黙が流れた。開は本を閉じ話しかける。
「あんな無茶を続けていれば。死ぬぞ」
「私のせいで人が死んだの。二人もよ」
「...」
開は口を閉じ静かに聞いた。
「私の魔法のせいで黒髪の人がゴブリンに追いかけられて迷宮に入ってしまったわ。その人を助けるためにDランク冒険者の助けを借りて迷宮に挑んだわ。途中までは良かったの。敵も強くないし罠も仲間が助けてくれたわ。でも、助けるはずだった人は真っ黒に燃え尽きていた...。私はすぐに駆け寄ったわ。駆け寄ってしまったの。不用意な行動をするなと注意されていたのに...。罠だったの。駆け寄った瞬間大量のファイヤーボールが飛んできたわ。私は死んだと思った。でも死ななかったわ。どうしてか分かる?仲間が庇ってくれたの。そうして仲間が、ルドルフが死んでしまったの!私のせいで二人も死んだのよ!」
「事情は分かった。仇のためとはいえその迷宮を攻略するならパーティーを組んだ方がいいんじゃないのか?魔法使い一人で攻略なんて無茶だろう」
「無理なのよ。その迷宮は今じゃ初心者の迷宮と言われてるの。強すぎず弱すぎず、でも油断はできない。そんな迷宮。そこで仲間を死に追いやった私なんて誰もパーティーに入れてくれないわ」
「ならそんな馬鹿をやめるんだな」
「やめれる訳ないじゃない!」
「お前は馬鹿だな。森で火を放つ馬鹿から無謀な無茶を繰り返す馬鹿になっただけだ」
「今、なんて?」
「お前は馬鹿だと言った」
「そうじゃないわ!どうして私が火の魔法使いだって知ってるのよ」
開の言葉は自分の正体をバラすような言葉だった。森でファイヤーボールを放っていたことなどフィレンを以前から知っていなければ知り得ないことだ。
「まさかあなた。髪とか似てるとは思ったけど...」
「そうだ。森でファイヤーボール放たれ迷宮へと逃げ込んだ”黒髪の人”だよ」
驚愕の表情で固まるフィレン。「うそよ」「そんな訳ない」と否定の言葉を口にする。
「嘘じゃない。あの時俺はゴブリンに追いかけられていた訳じゃない。あれは俺のゴブリンだ。あんたを助けた時にも連れていただろう。俺は魔物使いだ」
「じゃあ私の勘違いだったの?」
「そうだ。俺は死んじゃいない」
「ふふ、あはは、あはははは!」
フィレンは笑った。死んだ目に生気が戻った。悩みの種。フィレンを変えたきっかけ。それが今ひとつ取り除かれた。
「それじゃあ今から迷宮を攻略しに行くわよ!」
「なっ!攻略する意味は無くなっただろう?」
「何言ってるのよ。確かにあなたは生きていたわ。でもルドルフは言ったわ”良い冒険者に”ってね。だから私は迷宮を攻略するわ。迷宮を攻略して攻略して攻略し続けてSランクの冒険者になってやるわ。それが私がルドルフにしてあげられる最高の恩返しよ」
Sランク。それは生ける伝説の称号。世界中でも数えるほどしかおらず、憧れと羨望の的である。たった一人で国の軍勢をも退ける強さがあると言われている。
「手始めに初心者の迷宮の迷宮主、ゴブリンキングを倒してやるわ!」
「...ん?」




